2016年08月04日

歴史学者たちとの研究交流

8月3日。日本から、科研(B)「儒教的民本主義と国民国家建設―東アジアの政治文化史的比較」のチームがハイデルベルク大学日本学科を訪問。ハイデルベルク大学側の教員と研究交流をした。

メンバーは、趙景達(千葉大学教授・朝鮮近代史・日朝関係史・東アジア比較史)氏をリーダーとする8名。ユリアン・ビオンティーノ氏(千葉大学助教・朝鮮近代史・日朝関係史)、久留島浩氏(国立歴史民俗博物館館長・日本近世史)、須田努氏(明治大学教授・日本近世史)、小川和也氏(中京大学教授・日本近世思想史)、村田雄二郎氏(東京大学教授・中国近代思想史)、武内房司氏(学習院大学教授・中国ベトナム宗教史)、伊藤俊介氏(福島大学准教授・朝鮮近代史)という錚々たる面々。ひとり15分ずつくらい、自分の研究を紹介するというので、4時間近いミーティングであった。

日本・中国・ベトナム・韓国史の一流の方々ばかり。このような方々の研究紹介を聞ける機会、そして意見交換する機会はめったにない。もちろん日本でも。

このグループに顕著なのかどうかはわからないが、やはり歴史家というのは「現代」に対する強い問題意識を持っているのだな、というのが第一印象、そのスタンスはやはり反権力ですね。もちろん文学研究者にもそういう立場はあるのだが、私たち日本近世文学者の多くは、そういう問題意識をいったん捨てますね。というと、「新鮮だな〜」という感想を述べる方もあった。

次に、彼らが、文学的な作品や、歌舞伎、日記など、文学研究と接点のある資料を結構使うんだなということが印象に残った。そこでも、近世文学の場合での、そういう資料の扱い方について若干意見を述べさせていただいた。『奥の細道』の虚構性についても「えっ」という反応をされる方もいた。

加藤周一がそこで食事したというレストランでの懇親会に入ると談論風発。歌論・西鶴・近松・俳諧・太閤記から寛政期の地誌流行と名所探訪、丸山真男論まで。それぞれの所属機関に私のよく知っている方がおられたりして、話題はつきない。『儒学殺人事件』の小川氏は、井上泰至氏の本の書評を書いたということで、文学研究側の悉皆調査の方法にいたく感心しておられた。書物研でも活動していらっしゃるということ。

一方で、歴史学研究と文学研究がこれまであまり交わることなく、また方法論的な議論を交わすことなくずっとやってきたことのツケは大きいなと感じる。こういうのはお互いにそれぞれの成果である著書を読んでもなかなか理解できることではない。今回、ひとつのチームという限定はもちろんあるけれども、歴史学の人たちの志向というようなものを、肌で感じられることが少しできたことは何よりであった。

こういう機会は作ろうと思ってもなかなか難しい。Wolfgang Seifert先生のお骨折りによるが、本当にありがたかった。
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2016年07月23日

「古都としての京都」についてのワークショップ

7月22日。ハイデルベルク大学のヤスパースセンターで行なわれた「京都」についてのシンポジウム。10時45分から19時30分まで。発表・質疑応答は、基本的に英語で行われた(一部、コーディネーターのTrede先生のご配慮で、日本語での質疑応答や通訳付の質疑応答もあった)。

ハンドアウトは、基調講演者(keynote speaker)京大の高木博志先生だけが、読み上げ原稿を配布した以外は、なし。大体、日本のようにハンドアウトは配らない。ハンドアウトを配ると、親切・丁寧・助かると評価されるから、いいことのようですけどね。だから、発表前は要旨のみを送り、発表10分前まで、内容をいじることができるわけですな。

そういうわけで、発表内容を私が理解するのは当然不可能であった。ただ、きのうも述べた3つの発表について印象を述べるのと、一日中英語の発表を聞くと言う初体験についての感想を述べる。
SOASのスクリーチさんの天明大火論。スライドもなかったので、断片的な単語を繋ぎ合わせて想像するしかなかったのだが、これは『定信お通し 寛政視覚革命の治政学』の中の論を元にしているということだったので、一度は読んでいる話である。帰国後確認したい。質疑応答でアロカイ先生が盛田の著書のことを紹介してくれた。私はさすがに内容がわからなかったから休憩時間に。「藤島宗順」の言説も紹介していたので、宗順日記や蘆庵文庫の資料のことなどをお伝えしたら、ご興味をもたれたようであった。

 ブリティッシュコロンビア大学のモストウさんの都名所図会論は、スライドたっぷりだったのでついていけた。しかも実際の絵と詩歌句を取り上げての解説・解釈である。質疑応答もそこに集中した。流石に藤川玲満さんの本は踏まえておられた。コーディネーターのトレーデ先生(ハイデルベルク大)が、私に気を遣って、このセッションを日本語での質疑応答としてくださった。名所図会の序文(公家や地下官人がいつもかく)のことや、想定されている読者のイメージについて質問した。

 高木博志さんの、京都イメージ形成論はハンドアウトがあるので、かなり理解できた。なかなか面白かった。私は天皇(公家もだが)が不在となって「みやこ」(天皇のいる場所という意味)の根拠を失った都市が、「古都」イメージを創造する必要があったという理解でいいかという質問をした。

 発表は原稿を読み上げるスタイルと、メモだけ用意して臨機応変に語るタイプの両方。おおむねベテランは後者。笑いもしっかりとりつつ。1時間の枠組みの中で30分ほどが発表で、質疑応答の時間をたっぷりとる。これはこちらで参加したワークショップのすべてがそうであった。そして質疑応答について、日本の学会のように「それについては今回は調査が及んでおりませんので、これから検討させていただきます」というような答えをする人はいない。わからないときは「わからない」と答えるだけである。ここで重要なのは、コーディネートの仕事だが、ワークショップのテーマの立て方である。日本に限らないことだと思うが、枠組みのしっかりしていないテーマだと、異ジャンルの人たちが集まっても、自分の専門の話だけをして、結局かみ合わないということがある。集まるだけではだめで、絡まないと面白くない。それを発表者も質疑者もよく理解していることが、肝要である。このワークショップの主体は、クラスターと呼ばれる学内プロジェクト組織で、さまざまな分野から、日本に関わる研究者が集まって出来ている。この運営は非常にうまく行っているという印象である。ここでもポイントは「人」だと思う。

 ところで、英語ワークショップの個人的な感想を最後に。スライドがあれば、ついていける発表もあるが、それは自分の関心のある分野であるということと、スライドがきめ細かくつくられていれば、ということだ。基本的にはやはり、最下層の英語力ではついていけないのである。今回は、自分の関心のある発表が多かったことと、トレーデ先生のご配慮による日本語討論があったから、予想以上に参戦できて有り難かった。ただ、ずっと聞いていると、あー、コメントとか質問とかは、こういう風に言うのか、とか、勉強になって面白かった。だが、読み上げ原稿を起こしたものを見ながらでも、完全にはついていけない(単語力と文法力の問題)のだから、これはもう自分の力のなさを反省するしかないね。しかし、高い日本語能力と、基本的な英語のリーディング・リスニング・スピーキング能力は、これからの人には必須ですね。自分もまだこれからが、少しはあると思っていますので、勉強はしたい。

 ただ、ドイツ語のワークショップよりはさすがにすこしだけ理解ができる。ドイツの方の英語と、ネイティブの方の英語の違いはそれほど感じなかったが、それは、ネイティブの方が気をつかってわかりやすく発音していたからだと、あとで教えてもらった。
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2016年07月21日

フランクフルトの奈良絵本

フランクフルト大学で開催されているくずし字ワークショップ3日目は特別メニューで、フランクフルト大学日本学科所蔵江戸文庫を用いたワークショップと、フランクフルト工芸美術館の見学。これを逃す手はないと、またまた便乗参加。電車の遅れと、例によっての迷子で30分遅刻したが、教室に入って驚いた。江戸文庫約100点のすべてが、所狭しと拡げられていたのである@。しかも、私が閲覧希望を出していた20点ほどのリストが共有されていて、あっという間に私の手元にそれらが集まったのである。いや感激。

この江戸文庫の詳細な索引付解題目録が出版されている。ハードカバーの分厚いもので、きちんと書誌が記されているものすごく詳しいものだ。クラフト氏の在ドイツ日本古典籍目録(全5冊)がお手本のように思われる。ジャンルや著者についての解説も完備している。この目録、ハイデルベルク大学のヤパノロギーの図書室にあったわけだが、あまりの充実ぶりに欲しくなった。図書室のKさんに相談したところ、古書店を通じて購入してくれた。31ユーロでゲットできた。今日の閲覧、全部見るには少し時間が足りなかったが、8月にもう一度お世話になることになった。その時にいろいろと便宜もはかってもらえそうで、いや感激。

午後からは、奈良絵本のコレクションで有名なフランクフルト工芸美術館にみんなで向かう。マイン川を渡って
AすぐB。ここには29点の奈良絵本がある。ここに所蔵される「熊野の本地」を中心に奈良絵本研究で博士論文を書いた、Jesse先生が、わざわざ、我々のためだけに講演をしてくださり、そのあと、伯爵でもあるこちらの東洋部長のシューレンブルク博士とJesse先生による、含蓄深い、実物を前にしての解説。まことに勉強になる。特筆すべきは、奈良絵本『文正草子』が7点もあるということだ。奈良絵本にもピンからキリまであるんだということが一目瞭然。それを全部見比べることのできる幸運。ここはちょっと写真だせないんだけどね。いや感激。

このあと、工芸美術館の古い方の建物で、展示品をみながらCの解説をきき、館内のカフェでビールを飲み、Jesse先生と、フランクフルト大のキンスキー先生にお願いして写真を撮らせてもらったD.中央がJesse先生。そして駅近くのインド料理屋で、夕食を共にして充実した一日が終わった。キンスキー先生にナスターシャ・キンスキーとの関係を聞いたところ、「あっちは本名はキンスキーではないので親戚ではない」というなかなか衝撃的なお答えでした。
実は工芸美術館で、少し前に奈良絵本の展示が行われ、ものすごく立派な図録が作成されている。購入できませんかと聞いたら、なんと東洋部長さんにプレゼントされてしまいましいた。いやもうこれは、超感激。
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2016年07月19日

フランクフルト大学でくずし字ワークショップ

東北大学の荒武賢一朗先生(日本史)による、くずし字ワークショップが今日からフランクフルト大学日本学科で始まった。初日の4限目に参加させていただく。受講生は大学の教員を含めて10名ほど。荒武先生ご自身も「挑戦だ」とおっしゃていたが、日本史の研究者が海外で古文書の読み方の基礎を教えるという試みは珍しい。いただいた資料によると、明治期の往来物で、士農工商の説明をしたものから入ったようである。私が参加した時間からは、本格的な文書を、いきなり読ませるのである。

東北大学狩野文庫にある大阪の富裕商人の法事に関する覚え。これは急にレベルが上がり過ぎではないかという質問(クレームにも聞こえる)もあったが、荒武先生は、過去3回ほど同様のセミナーを経験しており、ブレはない。「とにかく読みましょう」と。文書の用語の意味や、背景を丁寧に説明し、仮にわからないところがあっても先に進むというやり方。これは非常に実践的な方法である。わからなくても、次に同じ言葉が出てきたら、前後の文脈でわかることがある。そうして進みながら、手持ちの駒(読める字・理解できる言葉)を少しずつ増やしていけば、興味もわいてくる。受講生には相当むずかしいレベルだと思われるが、歴史文書は基本的に漢字ばかり。まず「かな」からという日本文学的発想では対応できないわけだ。

荒武先生は過去の授業経験から、この方法に自信を持っておられる。膨大な字数の漢字を一字一字覚えていくのではなく、文書のパターンを覚えさせるという方法である。これは江戸時代の「寺子屋」方式だともいえるだろう。実際、我々も「手紙を読む会」などでそのようなやり方によって文書を読む訓練をしてきたわけだ。この方法には学ぶべき点が多々あると思われる。しかし日本文学の、まず「かな」方式がよくないということもまたない。ただ、互いに情報交換が必要で、これはいまのところ、このような海外においてこそ実現しやすいのである。

明日は自分の授業があるので参加できないが、明後日はフランクフルト大学所蔵の江戸文庫というコレクションを用いたワークショップ。午後からはフランクフルト工芸大学の奈良絵本を見に行くことになっている。これにはまた参加させてもらう予定だ。
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2016年07月12日

慶応大学斯道文庫の無料オンライン講座

英国のオンライン教育配信事業体であるFuture Learnで、斯道文庫の佐々木孝浩さんと一戸渉さんによる講義「Japanese Culture Through Rare Books」が、7月18日より公開、配信される。全3回(3週間)で、斯道文庫所蔵資料のほか、慶應義塾図書館所蔵資料の画像を多く取り上げるという。現在受講登録受付中。言語は日本語(英語字幕)で、受講者同士でのディスカッションは英語で行われるとのこと。受講料は無料。この講義のページでは、佐々木さんの英語による授業紹介を動画でみることができる。世界の(もちろん日本をふくむ)日本古典文学研究者にお勧めする。講義ページ、登録申請はこちら
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2016年06月29日

ドイツ前近代日本文学研究集会

 6月24日から26日までの3日間、ドイツを中心とする前近代日本文学研究者が集う研究集会が行われた。参加者は10数名。発表言語は基本ドイツ語(英語と日本語の発表もあり)。非常に中身の濃い、レベルの高い発表ばかりであったと思う。もちろんドイツ語はわからないのだが、スライドで原資料・原文を引用しているものは、日本語の発表要旨と合わせて、流れは理解できるものである。ちなみに、欧米では大体そうなんだろうが、発表はハンドアウトはなくて、スライドのみである。

 この研究会は、発足して16年になるらしい。毎年1回、テーマを設定し、持ち回りで開催される。今回も、ハンブルク大学・ミュンヘン大学・ベルリン自由大学・トリア大学といったところからの参加があった。今年のテーマは、「前近代日本文学における越境・空間・境界」というものだ。しかし個々の発表は中々面白く、想像以上に、マニアックである。

 たとえば島崎藤村の「津軽海峡」という作品。日本でもそうそう取り上げられないものだろう。島崎自身も「つまらない」とか言っているらしい。藤本操の事件や日露戦争を背景としている小説だが、その空間的構成の考察は、なかなか面白い。そして質疑の中で、『土佐日記』との共通性が指摘された。船旅の日記という体裁、亡き我が子の追懐、軍艦の出現・・・。実は私も『土佐日記』を想起していたので、この質問者にいたく共感したものである。

 あるいは、パラテクスト研究。ジェラール・ジュネットの提案する概念で、題・識語・奥書・書き入れなどの情報を指している。テクスト解釈の入口であり、内部と外部の間にある不確かな領域。この発表では『高野山秘記』とその異本群が題材である。いわゆる書誌学・書物学と親和性があるが、あくまでテクスト論として定位される。書誌学・書物学がモノとしての情報であるのに対して、パラテクストはあくまでテクストとしての情報である。パラテクストという概念は、日本文学研究ではあまり浸透していないと思われる。すくなくとも、近世文学研究の論文では、聞いたことがない。しかし、実物を見ることがむずかしい海外の研究者にとって、影印や画像データを用いて研究できるのが、パラテクスト研究なのだと思う。そして、識語や奥書などを、書誌情報ではなくパラテクストとして見るのは、既に日本の文献学で知らず知らずかもしれないが、行なわれていることである。しかし、パラテクストという概念を持ってきたとたん、同じ識語・奥書でもさらに見え方が変わってくるだろう。テクスト本体と、そのテクストの周囲のテクスト(パラテクスト)をどこで区別するかという大きな問題が浮上してくるのである。

 画像データベースを利用しただけの「書誌学」は、モノに即した書誌学の前では、「擬書誌学」に過ぎない。いったんそこで見当をつけておいて、実際に本を見に行くということになる。しかしパラテクストでは、モノには即さないので、画像データベースを利用した情報収集で十分学問になるのである。そう私は理解した。まちがっているかもしれないし、表紙の模様や紙質のようなことまでもパラテクストというのかもしれない。そこは質問しそこなった。

 かつて、江戸読本の研究で高木元氏が、テキストフォーマット論と称して、読本のフォーマットがテキストを考える際に重要な旨論じられたことがあるが、この書誌的事項もパラテクストとして捉え、論じ直すことが可能だろう。

 パラテクストについての発表を、ドイツで聞くことで、私には大いに勉強になった。ドイツの研究者が日本の歴史的典籍の書誌的事項を考察しようとするときに、パラテクストの概念は必須ではないかと思うが、それゆえに、発表内容が切実性を帯び、説得力が出てくるからである。

 この発表は最後の発表で、質疑も大いに盛り上がっていた。ハンブルク大学では、マニュスクリプトロジーという写本学のプロジェクトがあり、この発表でも最初に紹介された。ヨーロッパでは、日本と違って古い写本の伝存が非常に少ないそうである。そういう点も、学問の性格が異なる要因に違いない。
 
 さて今回の発表の中で、日本語でなされたが、デジタル文学地図の構想についての発表があった。まだ構想段階ではあるが、たとえば歌枕の空間的位置と、歴史的な用例と、イメージ(図像)が、重層的に表れるというもので、公開すれば、文学研究にとどまらない利用が見込まれる。課題はたくさんあるが、このような構想は今までなかったのである。非常に有意義なプロジェクトであり、このような研究にこそ、お金が投資されるのが望ましい。

 とまれ、いろいろと勉強になった3日間であった。
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2016年06月15日

KuLA書籍化。刀剣愛好家のオンライン座談会参加者募集。

 くずし字学習支援ソフトKuLAとくずし字教育についての書籍を企画しています。刀剣愛好者で、かつkuLAでくずし字を勉強している方々のオンライン座談会のコーナーへの参加者を募集します。詳細はこちら「くずし字教育プロジェクト」での募集をご覧下さい。書籍版KuLAは今年中の刊行を目指しています。一種のマニュアルも掲載しますが、これは夏にリリース予定されているバージョンアップ版に基づく予定です。
 また、世界のくずし字教育についても関係者の原稿をいただくとともに、KuLAユーザーの声を掲載します。刀剣愛好者の座談会はその一つです。
 アプリユーザーが、アプリを卒業後も、更なる勉強ができるような案内もしたいと考えています。

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2016年06月13日

とうらぶクラスタとKuLA

 刀剣ブームである。それを担っている人たちの中で、「刀剣乱舞」という、擬人化した刀剣を育成するゲームを楽しんでいる、「とうらぶクラスタ」の存在が大きい。「とうらぶ」は「刀剣乱舞」の略愛称(?)、クラスタは同好の士(?)ということのようである。クラスターはこのごろ研究の方でも使うし、私自身がクラスターの代表者でもあるので、ゲームの世界でも使うということを最近知って軽い驚きがあった。不勉強ですみません。さて、「とうらぶクラスタ」の多くは若い女性であるため、マスコミが「刀剣女子」と呼ぶことが多い。しかし、必ずしもゲームをやっているわけではない刀剣愛好者もいるし、ゲームプレイヤーであったとしても「刀剣女子」とひとくくりにされるのは嫌だという人が結構いることは、知っておいてもよいだろう。これは私自身が最近指摘されて気づいたことである。「歴女」や「腐女子」も同じで、逆に「スイーツ男子」というのも、そう呼ばれたくない人がきっといるだろう。もちろん嫌じゃない人もいるが、すくなくとも無意識に公の場では使わない方がいいだろう。
 それはともかく、刀剣愛好家の中には、くずし字解読をしたいという希望を持っている人が多いようである。刀剣にまつわる古文書・古書を読みたいということだろう。我々が、くずし字学習支援アプリ”KuLA”を開発している時に、彼らの関心があることがわかり、コンテンツに刀剣書を加えたという経緯がある。そのあたりに注目して、私に取材申し込みがあった。在独であるため、メールでの取材となった。記事は以下の通りである。「刀剣女子」という言葉を使っているというのはあるが、概ね私の述べたことを、要領よく、ポイントを押さえた記事にしてくれている。産経WESTに掲載されている。
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2016年05月23日

日本「文」学史

 ボストン大学のWiebke Denecke氏の講演会が、6月2日にハイデルベルク大学で開催される。
 デーネーケ氏は『日本「文」学史』(勉誠出版、2015年9月)の編者のおひとりである。
 この本は昨年出版されたが、気になりながら、読んでいなかった。
 こちらにきて、氏の講演があるということで、私の受け入れ教員であるアロカイさんが、本を貸してくださった。早速デーネーケ氏の「「文」の概念を通して日本「文」学史を開く」を拝読。
 ヨーロッパ(とくにドイツ)において、歴史のある「概念史」という研究方法を、東アジアの研究に本格的に導入すること提唱するもので、日本における「文」の概念を多角的に検討することで、従来の日本「文学」史を相対化し、新しい「文」学史を開こうとするもの。大変な理論家で、おっしゃること、うなずくところが多い。
 「文」や「文学」の概念のとらえなおしは、近年の潮流であろう。思想史・美術史との連携企画も目にすることが少なくない。ただ、ここまで徹底的に「文」概念を洗いなおしたものは、なかったということだろう。、
 「文学」がliteratureの訳語として明治以降に定着した漢語であって、近世以前とのズレがあることについては、従前問題視されていたところである。『日本「文」学史』の第1巻では、古代・中世の「文」概念の検討となっているが、今後近世はどう扱われるのであろうか。
 近世においても「文」についての概念論は漢文・和文ともに盛んである。近代への接続と断絶を考える際に、近世の「文」概念は外せないはずである。徂徠の『訳文筌蹄』、真淵の『文意考』や蒿蹊の『訳文童喩』『国文世々跡』といった「ど真ん中」の著述もある。「史」を謳うのであれば、当然近世は外せないだろう。ぜひ『「文」学史』の中には近世期の「文」概念を取り入れていただきたくお願いしたい。

追記:編集担当の方によると、続冊には近世がたっぷりと盛り込まれるということ。よかった。楽しみである!
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2016年05月21日

江戸の医学書は「文学」だった

 福田安典さんの『医学書のなかの「文学」』(笠間書院、2016年5月)を拝受した。
 医学的な立場から文学作品を分析したり、病気の面からある文学者の本質に迫ろうとしたり、そういった研究やエッセイはこれまでもあった。しかし。文学研究の立場から、医学書の中に「文学性」を見るとか、文学書が医学書の擬態をとるとかいう視点で、1冊にまとめられた本というのは、本書がはじめてであろう。一般向けにも十分面白い。そういう装丁と価格設定でもある。文章は軽快なあの福田節である。
 国文学研究資料館の、歴史的典籍30万点画像データベース公開という大型プロジェクトでも、医書が注目され、医学史研究と文学研究のコラボも試みられているようであるので、時宜を得た企画である、と思うのは早計で、福田さんは、もう30年ちかく前から、文学研究者として、江戸時代の医学書を漁っていたのである。つまり、時代をずっと先取りしていた。時代が追いついて、福田さんの研究の意味がわかるようになってきたと言った方が、正しい捉え方であろう。実際、本書所収論文の初出は、みな平成ひとケタ代である。
 前のエントリーで書いたように、ここドイツで新刊を読むことは諦めていたのだが、たまたま寄稿したリポート笠間の刊行と、福田さんの本の出版に時期が重なり、笠間書院のご好意により、まとめて送っていただくこと
ができたわけである。あの『白い巨塔』にも出てくるように、ハイデルベルク大学は医学の伝統もあるので、なにか縁を感じたりもする。
 私など、福田さんの、医学書絡みの論文について、その重要性がわからないままであったが、秋成が医者であったこととか、談義本の中に、医学書風のものがあるとか、どうやら自分の中にいつのまにか受け皿も自然に出来ていたようで、本書を面白く読む事ができた。秋成といえば、その眼科医である谷川家には、医学関係の秘伝っぽい資料があったが、その文章は、「文学」といってもいいレトリックに満ちていたと記憶する。そもそも江戸時代の本というのは、実用書であれ、指南書であれ、文学的意匠を纏っている。医学書がそうでないわけがない。
 福田さんは、最初に『医者談義』という本を論じる。従来文学研究側からは談義本として、医学史研究側からは医書として読まれてきた本。見立絵本的な挿絵の戯作性や、西鶴の『武道伝来記』への言及の意味などを読み解きくことで、読み物としての医学書、医学書のなかの「文学」が立ち上がってくる。他にも医書の知識を前提とする初期洒落本の方法や、医学(史)の背景なしには語ることのできない『竹斎』関係の諸論など。
 あるいは『武道伝来記』を、他人が読む事を意識した江戸の医案(カルテ)の意味という視点から読み解いた論は、やはり西鶴は「戯作者」だなあという感想を私にもたらした。こういう論を積み重ねて(浜田啓介先生のいう「外濠」を埋めて)、西鶴論は有効な議論がはじめて出来るのだと改めて思う。
 末尾のコラムも興味深く読んだ。福田さんの論文を生んだ方法とツールの公開である。こういうものを研究者が公開するのは、すこし勇気が要るものである。しかし、研究成果だけでなく、研究方法やツールも共有することで、今後の研究が豊かになることは間違いない。参考資料や索引やツール類が、単体で紹介されても、利用者はそれをどう利用すればいいのかということはなかなか理解できないものである。日本文学の学生はそういうものを、演習という授業で学んでいくわけだが、それを読者は本書とコラムを合わせ読む事で学ぶことが出来る。これを研究書でここまで丁寧にやるというのは珍しい。非常に貴重だと思った。
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2016年05月20日

ドイツで『リポート笠間』60号を読む

 ドイツのハイデルベルク大学で、上田秋成の諸作品を読むゼミと、江戸の本を読むスキルをつけるゼミとを担当し、はやくも5週を終えた。3分の1終了である。どちらの授業も、当方の予想とは違う所で立ち止まり、議論になり、あるいは解説を補足する。授業には、ハイデルベルク大学のアロカイ先生も参加し、こちらの進め方を一たんストップさせたり、軌道修正してくださることもあって、大変助かっている。
 秋成の授業では、ドイツ語での議論になることもあり、もちろん学生たちはその方が深い議論ができるに決まっているのだが、私にはその機微はわからない。アロカイ先生が議論のポイントを通訳してくれる。面白いことに、どちらの授業にも日本人の受講生がいて、彼らは日本語の方が得意なわけである。しかし、彼らもドイツ語の議論には参加する。アロカイ先生が、最も全体の流れを把握している。私と学生の十全なコミュニケーションが出来ないなかで、さまざまな意志疎通の方法が試されている。
 秋成の作品を読む授業では、「菊花の約」とシラーの「人質」との比較が議論になった。「走れメロス」の典拠でもある。日本の演習ではまず出てこない議論である。こちらも非常に勉強になる。
 もうひとつの、江戸の本を読むスキルをつけるゼミでは、くずし字を読み、その意味を理解し、ドイツ語訳をするというところまでを一連のワークとする。これもアロカイ先生の支援なしには考えられない授業である。KuLAでの予習と、3回にわたる宿題で、彼らはかなりスキルを身につけてきた。日本の古典籍を真剣に読みたいという学生もいて、その熱意は大変なものである。
 こういう、いつもの年と全く違う試行錯誤をしている私の手元に、笠間書院から、福田安典さんの『「医学書のなかの「文学」』と、『リポート笠間』60号が届いた。今回拙文が載ったことと、福田さんの本の出版のタイミングが重なったので、わざわざドイツまで送ってくださったのは、まことにありがたい。
 福田さんの新著については、別に書くことにする。『リポート笠間』は近年面白い特集をやってくれるが、今回は「論争」で、ここに私自身も書かせていただいた。拙文はすでに笠間書院のサイトに掲載されているが、今のところ特段の反響はない。私は「菊花の約」の拙論を批判した木越治氏の『上田秋成研究事典』の「菊花の約」研究史の中での拙論への言及に反論を書いて載せてもらった。頁数の制約で、かなり削ったため、意を尽くせたかどうか不安だったが、一番反応が欲しかった木越氏自身からは、既に「読んだよ」という連絡があった。んー、何て言われるかしら、と覚悟を決めたが、反論はきちんとした活字媒体でやってくださるとの事、こんなに嬉しいことはない。
 ところで、今号の笠間リポートでありがたいのは、前述したKuLAについてのレビューが二つ掲載されていたこと。一つは岡田一祐氏の、変体仮名あぷり・MOJIZOとならんでのKuLA批評。たしかこの元になった文章はネットでみていた。たしかに練習問題の際に、前後の字が映り込むという指摘はおっしゃる通りである。しかし、そのマイナス面も計算に入れた上で、あえて残したということもある。そちらの方が実践的であると思うからだが、実際に、検証していないから何とも言えないところ。とまれレビューをいただいたことには深く感謝する。
 また、「面白かった、この三つ」でも、植田麦氏が、KuLAを取り上げてくださった。ありがとうございます。こちらハイデルベルク大学でも、アプリを自習教材として使っているが、学生たちは着実にテストの「全問正解」のスタンプを増やしていっている。いま日本(文)学を学ぶ学生の、隠れたベストセラー(無料だが)なのかもしれない。すくなくととも、『くずし字解読辞典』を探すのも大変な海外の日本研究者には、活用していただきたいと願うものである。
 このほかに、古田尚行氏の国語教育の現場からのご提言、日置貴之氏の演劇研究者としての視座が随所に光る安藤宏著の書評、入口敦志氏の「面白かった、この三つ」に垣間見える大きな問題意識、そして勝又基氏の「目録」国際シンポ報告が面白かった。勝又氏がアメリカで一年研修をして実感したことは、おそらくこれから私も実感として理解してゆくことでなければならないが、僭越ながら大いに共感を持って読ませていただいた。海外からのアクセスを前提に、あらゆるデータベース構築は考えられる必要がある。折角データベースを作っても、それをどうやったら見てもらえるかというところの配慮がどうなんだろうというケースが確かに多いのである。望まれるのはプラットホームの構築。少なくとも英語版は必要。それができるのは今のところ国文研。だがそれには人的資源と経済的資源が必要であろう。ここが問題。
 データベースや現物の情報が得やすくなれば、今やくずし字学習を必須と考える海外の日本研究者と日本の研究者が議論を共有できる可能性は飛躍的に広がるだろう。
 
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2016年05月07日

島津忠夫先生を悼む

 島津忠夫先生が亡くなられた。
 その訃報に接した時、にわかには信じられなかった。
 一人暮らしをされていた川西のご自宅から、ご家族のいらっしゃる関東(所沢)に移ることを決心されたのは、確かに先生のご体調が理由だとうかがっていたが、先生はお元気でいらっしゃると、幾人かの方に伺っていたからである。
 しかし、その時は来てしまった。
 先生ご自身は、それを覚悟されていた。
 この6月ごろ出る予定の『上方文藝研究』へのご投稿は、ご自身にもしものことがあっては、と去年の夏には入稿されていた。先生のご意向を汲み、校正も早く出してもらい、秋には校了していたのである。
 また、ご蔵書なども、生前から着々と整理しておられた。
 それでありながら、著作集完結のあとも、次々と論文・著書を公にされていた。最後までバリバリの現役研究者として第一線を走っておられたことを心から尊敬する。これは決して誇張ではない。このブログでもしばしば書いているように、学会での質疑応答、そしてとりわけ『上方文藝研究』合評会での、鋭いご指摘は、常にだれよりも深い示唆に富んでいた。先生が、『上方文藝研究』の合評会に、よくいらしてくださって、教えてくださった数々のことは、院生諸氏にとって、そして私たちにとっても、本当に貴重な財産となっている。私たちは、次号を、先生の追悼号とする。
 島津先生を知るすべての人が、言うだろう。島津先生のように、学問的にも人間的にも本当にすばらしい方は、めったにいない。島津先生から人の悪口はきいたことがないし、島津先生を悪く言う人もきいたことがない。そして、本当に気さくでいらっしゃった。先生は、どんな人に対しても気さくに接し、惜しみなく知識を授けてくださった。先生は現代歌人でもあり、先生を囲む短歌の会も行われていたときくし、連歌関係の研究会があったり、杭全神社での連歌興行などでも指導的立場におられ、源氏物語を読む読書会も長く続けられていたと聞いている。
 私がかかわった学術誌、「江戸時代文学誌」「雅俗」「上方文藝研究」の創刊号の巻頭論文はいずれも島津先生が書いてくださっている。
 そして私が大阪に来てどれだけ先生に教えられ、励まされ、助けられたか。私が、そして私の妻が大阪で曲がりなりにもやってこれたのは、島津先生のお力が本当に大きい。
 先生は、佐賀大学におられたことがあり、九州大学関係の先生とのご縁も深い。そこで私が阪大に赴任した時の歓迎会には、先生もいらっしゃってくださったが、それまでに、そんなに先生と深い御付き合いがあったわけではない。先生は、慣れない関西に来て戸惑っているであろう私たちを気遣ってくださり、居場所を作ってくださったのだと思う。大阪に来たころは、島津先生のお宅に押し掛けて、いろいろなお話を伺って、あまりの愉しさに時を忘れたこともしばしばあったことが思い出される。柿衛文庫で仕事をさせていただいるのも先生のお陰である。
 いまはこの喪失感を何とも言い表すことができない。
 心から哀悼の意を表する。
 先生、ありがとうございました。
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2016年05月05日

ヤパノロギーへの通学路

ある日の出勤。午前8時。ゲストハウスを出ました。外観はこんな感じです。ふりかえって撮りました。自転車で行くこともあり、歩くこともあり。今日は徒歩です。
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すぐにネッカー河に出ます。
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こんな道を歩きます。
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朝はまだ寒いんですよね。温度ひとケタです。
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橋の下。ここはスケボーの練習場ですな。s_DSC00395.JPG

サカツラガンの家族がいます。
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このあたりお昼間は日光浴の人で一杯になります。s_DSC00397.JPG

二つめの橋の上に出ました。こんな景色が橋の上からは見えます。
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旧市街。トラムが見えます。
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ハウプト通りにはいってきた。もうすぐです。
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ヤパノロギーがみえてきました。
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到着。ここが日本学研究所。所要時間40分。
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おまけ。帰りの橋から。光の関係でお城がよく見えます。
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これで夜の8時ですから。
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2016年04月30日

ハイデルベルク滞在2週間

 1週めは、とても長く感じられたが、2週目は、あっというまであった。
 まだハイデルベルクから1歩も外に出ていない状況であるが、今日(30日)の夜は外へ出るし、来週もその予定である。
 23日ごろからめっきり寒くなり、山が雪化粧する日もあった。早朝は0度に近く、日中も10度以上にはならない。日本なら2月終わりくらいの感じである。着いた日の温度が17度であったことを考えると、その戻り方は半端ない。これがハイデルベルクの4月だそうである。
 長期の滞在許可証も役所からもらい、晴れて「住民」となった。相変わらず毎日が新しいことの連続である。
 環境政策を重視するこの国では、市内の交通機関であるトラム(市電)に、週末(平日19時以降)乗るときは、4人まで無料で同乗させることができる。休日のマイカー抑制政策であり、休日の家族お出かけ推奨政策でもある。これには感心した。前のエントリーで書いた、ペットボトル回収システムと並ぶ、日本にはないアイデアである。
 こちらの今の季節の食べ物であるホワイトアスパラガスや、ラクレットという珍しい料理もいただいた。私がお世話になっている大学の哲学部の日本学科には、日本人のスタッフもいるし、そうでなくても日本語がわかる人が沢山いるので、わからないことは何でも日本語できけるのがありがたい。ラクレットも日本学科の図書室のスタッフのKさんのお招きに与かったものだ。またソウル大のS先生はサバティカルで、前半の半年はトルコ、後半の半年はここで過ごしている。私と同年齢で奥様もご一緒。日本と韓国の古代史が専門で、フィールドはお手の物というか、アクティヴな方である。ビールを誘われて、燻製ビールというのを初めて飲んだが、日本ではなかなか味わえない味。これにドイツ風ピザのクラムクーヘンが合いすぎ。
 さて、肝心の授業は2週目を終えた。秋成の作品を読むゼミナールと、くずし字学習を中心にしながら、江戸時代の書籍を取り上げていくゼミナールで、どちらも少人数ながら意欲のある学生が集まっている。必ずしも日本古典文学専攻ではない。むしろそれ以外の専門の人ばかり。教える方も試行錯誤であるが、幸いに、こちらの日本文学の先生であるA先生も同席されているので、私のむずかしすぎる話や、学生の質問の補足説明をしてくれる。時々は私の説明に対して、異見を述べたりもする。これがとても勉強になる。
 秋成のゼミナールでは、細かい注釈や語釈に重きを置かず、作品を読むとはどういうことか、感想と批評と研究とはどう違うか、などの問題が議論となった。これがなかなか面白いので、今後は議論中心の授業にしようと思っている。
 くずし字の授業も、レベル設定が難しい。とりあえず、彼らは初めてこれに接するので、そう簡単には読めないし、それ以前に、仮名遣いが異なり、句読点がなく、踊り字などの現代文ではない記号があることを認識し、古語を理解するという難業もあるわけで、しかも日本の古典を読んだことのある人はほとんどいないという状況だから、本当に大丈夫かという気持ちがよぎらないわけでもない。
 しかし、幸いなことに、くずし字アプリKuLAがある。これをダウンロードしてもらい、毎週、アプリのテストで、ひとつずつ全問正解をしてもらう。「全問正解」のスタンプがあるので、すぐにチェックできる。どうだろうか。来週彼らはスタンプをもらえてくるだろうか。不安と期待が交る。また、くずし字で書かれた文章を来週読む予告をした。はたして1週間でどれくらい上達してくるだろう。
 こちらではWさん(ドイツ人)という方が、かつてくずし字の授業をかなりやっていたこともあって、数冊の参考書もあるのだ。学生がこのセメスターでどれだけ伸びるか、本当に楽しみである。
 さて、今晩は、ここにきて初めてハイデルベルクを出て、オペラを聞きに行くことになっている。ハイデルベルクにも音楽堂のようなところがあって、昨日の夕方その前を通りかかったら、開演前らしく、大勢の人が集まっていた。ビールを飲みながら談笑している人らもいて、楽しそうだ。恰好は結構カジュアルである。今日のオペラもドレスコードはなさそうで、安心した。
 なにしろこちらは昼が長く、昨日など、夜9時近くまでまだ明るかった。なんだかその点は得した気分である。8時ごろでも川辺で遊んでいる人がたくさんいた。
 昨日は郵便局にも行った。速達で大きさとか条件によってお値段も変わってくると聞いたので、ドイツ語のわかる日本語教師のM先生に同行していただいたのだが、日本に2日で到着するという特別速達便は、、67ユーロだったか、まあ8000円ですな。さすがにそれはちょっとやめた。普通の国際速達便を定型(A4を三つ折りで入れるくらいの)で出しましたが、6ユーロちょいでした。750円くらいでしょうか。
 とりとめもないが、今回はこのへんで。
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2016年04月23日

ハイデルベルクに来て1週間

ハイデルベルク大学の日本学の大学院生対象のゼミナールを2コマ担当するという教育活動のため、4月15日に現地到着。ちょうど1週間が経った。
 こちらは朝方はまだひんやりするが、昼間は陽射しが暑く感じられるくらい。季節的には一番いいとされている。ハイデルベルクは東西にネッカー川が流れ、川の南側が旧市街。川の堤を歩くと、八重桜が何本も生えている。広い河原は美しい芝生で、昼間は多くの人が寛いでいる。ハイデルベルクの有名な古城も川の南側の山手にある。大学は街中に散在する格好である。街の中心を川と平行にハウプトシュトラッセという通りがあり、メインストリートという趣きである。その西はずれ近いところを南北にアカデミアシュトラッセという通りが走り、日本学科はその通りに面している。
 私の住んでいるゲストハウスは、ネッカー川の北側の、ノイエンハイマーフェルトとうところにあり、ヤパノロギーまでは徒歩で45分くらいである。貸していただいている自転車で通勤することもあり、堤を散策気分で徒歩で行くこともある。川には、観光遊覧船や、貨物船や、ヨットや、カヌーなどが往来している。
 日本学の学生の数は全部で200人くらいだろうか。そのうち100人ほどが、日本でいうオリエンテーションに顏を見せていた。私の授業は、こじんまりしたもので、上田秋成の作品を読むゼミナールに数名、江戸時代の古典籍を読むスキルのゼミナールに数名(ただ、このゼミナールは初回の週は開講しないとアナウンスされていたため、来ていない学生もいると聞いたので、2週目を見ないとわからない)といったところ。日本語能力は高く、中には日本人もいる。しかし、日本古典文学を専攻している院生はいまのところ受講していない。彼らがどれだけ秋成やくずし字に関心をもってくれるか、楽しみである。
 ヤパノロギーの中では、日本語が公用語みたいな感じで全く不自由はしない。もちろん一歩外に出れば、日本語など通じない。しかし私は日本語しか使えないから、あとは10数語のドイツ語と、きわめてわずかな語彙しか知らない英語でサバイバルしていかねばならないのである。もっとも助けてくださる方がたくさんいるので、なんとかやっている。もちろん、一人で買い物をしたり、食事をしたりということは、既に何度も体験し、スーパーやパン屋での買い物はなんとかなる。しかし流儀の違う所がいろいろあるので、面白い。
 緑の党が導入したというリサイクル促進システムが、中でも面白い。ペットボトルや缶ビールには、あらかじめ25セントが容器代として上乗せされていて、その料金を払うのだが、しかるべき回収箱に入れると、1つにつき25セントの金券が出てくるのである。これは金券で、買い物をすればおつりがもらえるという。この仕組みで、ポイ捨てはほとんどなくなったと聞いた。
 ちなみにレストランで食事をする時、水などがサービスで出てくることは基本ない。大学食堂でも水やお茶のサービスはないのである。1週間暮らしたので、いろいろと慣れてきた。昼は外食かテイクアウト、夜は自炊または買ったお惣菜という感じある。ビールが日本でいえば500ミリリットルで100円とかもっと安かったりする(しかもこれも25セント上乗せの値段で、である)ので、ついつい買ってしまう、つまり飲んでしまいますね。
 研究室も相部屋ではあるが与えれれている。経済地理学で、日本の人口縮小地域を研究している、エリス先生(男性)である。この間、二人でこの時期の名物であるアスパラガスをランチし、そこでいろいろ話をして面白かった。とても親切で研究熱心・教育熱心な方である。授業を覗くと学生で溢れていた。私たちの隣が印刷室で、PCがプリンタとネットワークで繋がっていて、なかなか便利である。これはゲストハウスからでも出来てしまう。
 それにしても、ここまできても、大学や、その他のお仕事のメールはひっきりなしに来る。なかにはありがたいメール、嬉しいメールもあるけれど。今朝なども午前4時に起床したというのに、日本時間では午前11時で、みなさんお仕事真っ最中だからか、次々にメールが襲ってくる。いろいろ処理していると、食事を挟んだとはいえ、あっというまに6時間たっていたのにはびっくりした。今これを書いている時間は日本は寝静まっているから、おだやかである。まだ、日本の用事でやらねばならないことがいろいろある。
 それにしても忘れ物は相変わらずで、今日は昼食に出るのに財布も持たずお借りする羽目に。また研究室のPCに仕事一切が入っているUSBメモリを突っ込んだまま帰ってしまうなど。それでも、みなさんのおかげで大過なくすごしているのは、御礼の申し上げようもないくらいにありがたいことである。それではまた。
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