2016年12月04日

日文研荒木班研究会で発表しました。

 真山青果シンポジウムの余韻に酔いすぎて、翌日の日文研の発表の準備を、当日朝、発表開始の1時間前までホテルでやるという綱渡りで、会場の慶応義塾大学に着いたのは、3分前。今日の発表は私だけだったのに、発表者がこんなに遅くなって本当に失礼いたしました。

 さてこの研究会「投企する古典性―視覚/大衆/現代」というテーマ。なかなか難解だが、どういう発表をすればいいのか?座長の荒木浩先生からは、「ハイデルベルク大学でのご経験を通しての、国際的なくずし字教育の現状について、KuLAの紹介を含めてお願いします」みたいな感じで依頼されていた。

 それならば、経験をお話すればよいわけなので、お引き受けした次第である。一応タイトルはえらそうに、

国際的くずし字教育の現状と展望 ―学習アプリKuLAの利用を中心に―

お集まりの、日文研ならでの学際的メンバー20名ほどに、「KuLAをダウンロードして下さっている方、どのくらいいらっしゃいますか?」と聞いたところ、10名弱の方が手を挙げてくださった。KuLAの紹介は、やはり関心を引いたが、古地震研究会が取り組んでいる、近く公開されるというクラウド参加型翻刻システム「みんなで翻刻」の紹介に、大きな反響があった。これは私もしゃべりながら、ものすごい可能性を感じた。このシステムの中にはKuLAも組み込まれていて、くずし字コミュニティの形成に大きな役割を果たしそうである。
 しかし、さすが日文研の研究会だけあって、議論は非常に多角的である。くずし字未翻刻文献が1パーセントという数字は、「くずし字」を学ばない人は日本研究をしてはならないという強圧になっていないか、という観点は意外ではあったが、重要な論点である。また日本の実証的研究が海外の理論的研究に資するというのは、裏を返せば、日本的実証主義が理論主義の補助的手段としてしか位置付けられないことにならないかとか。この点に関しては河野至恩氏のバランス感覚にすぐれたコメントがあった。やはり、双方が両方のやり方を理解してはじめて、国際的な共同研究は実のあるものとなるのだろう。日本研究における議論を、国際的に共有できる議論にするために、考えるべきことは多い。
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真山青果の魅力!

 12月3日は一橋講堂で、学術シンポジウム「真山青果の魅力―近世と近代をつなぐ存在」が開かれた。500人収容可能の素晴らしい会場だったが、マックス120くらいの集まりだったかしら。芸能史研究会東京大会(早稲田大学)や演劇学会、国立劇場の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」が2日目など、いろいろバッティングしていたこともあり、残念であったが、内容は非常に充実していて、実行委員としては90点をあげてもいいかなと思う。アンケートでも、全体としては好評だった。
 とりわけ神山彰先生の基調講演が素晴らしかった。数々の青果の芝居を縦横に論じ、その創作意識、近代演劇史上の位置、さらには今後の青果作品の生かし方に至るまで、内容の濃い、かつ面白いお話だった。あれだけ専門用語をつかいながら、そして私達が見ていない作品について語っているのに、ものすごくわかりやすいという、奇跡的な話芸である。先生のご講演を初めて聞いたが本当に驚いた。お願いしてよかったと思った。「演劇というものは自立していない(テキスト)」。「今の観客はボリュームを最大にしないと満足しない。いきおい力演型、熱演型が評価されるようになる」。「青果の成功は、新しいことをやっただけでなく、古いものを残したところ」。「青果が今後生き残るのは歌舞伎ではなく新派」など、印象に残ることばがいくつもあった。神山先生は長い間、国立劇場で実際に芝居に関わってきた方。年季が違う。演劇を知り尽くしていらっしゃる。本当に聞き惚れてしまった。
 パネリストとして登壇したのは、西鶴翻案ものを太宰治と比較して論じた丹羽みさとさん、青果文庫の調査から見出された昭和19年当時の青果の住所録を紹介しつつ青果の多彩な人的交流をあぶりだした青木稔弥さん、西鶴研究における真山青果の業績について検証し、その影響をわかりやすく論じた広嶋進さんの3名。いずれも青果文庫調査メンバーである。そして、難しい全体ディスカッションを仕切った日置貴之さんの捌きも実に見事。フロアからの質問を巧みに織り込んで、流れをつくる手腕は素晴らしかった。
 真山蘭里さんの挨拶も胸を打つものであった。このプロジェクトは、不思議な縁がいくつも重なって実現している。国文学研究資料館の山下則子さん、青田寿美さんはじめ、調査メンバーの献身的なご協力もあった。青田さんの作った展示リーフレットの文章は、「青果への愛にあふれている」と蘭里さんはおっしゃっていた。私がドイツにいてなにもお手伝いできない間、星槎グループのスタッフの皆さんや、国文研の皆さんには大変ご尽力をいただいた。松竹の協力、日本近世文学会の後援もありがたかった。すべての関係者のみなさまに、実行委員として感謝申し上げます。ありがとうございました。
 しかし、青果プロジェクトは、まだ終わらない。次なる挑戦がまたはじまります。また頑張ります。
 
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2016年11月17日

菱岡憲司『小津久足の文事』

 ぺりかん社から菱岡憲司さんの『小津久足の文事』(2016年11月)が刊行された。
 菱岡さんは、私の後輩だが、直接の接点はないのである。
 しかし彼が驚異的な読書家であり、研究者としてすぐれた資質の持ち主であることは、彼のブログを読んだり、彼と読書会をしていた木越俊介さんから話を聞いたりで知っている。なにより私は、読みやすくて志の高い彼の文章のファンである。人柄も素晴らしい。ブログにも一度書いたことがあったと思う。
 当初、馬琴を研究対象としていた菱岡さんは、近年小津久足の研究を精力的に行い、その文事の全貌を明らかにし、はじめて文学者としての久足の評価をきちんと本書で打ち出した。今後、近世文学史を久足抜きに語ることはできない、といっても過言ではないくらいに、見事にその文事の価値を明らかにした。この功績は大きい。
 久足といえば、「馬琴の友人」「伊勢の豪商」「西荘文庫」「小津安二郎の先祖」などのキーワードが浮かぶのだが、その文事については、全く知られていなかったし、知ろうともされていなかった。菱岡さんは、自身の馬琴研究と、師である板坂耀子さんの紀行文研究から、久足の紀行文を読みはじめ、そのレベルの高さに、研究の価値ありとみて、これを広げ深めていき、遂には久足の文事全体に及ぶのだが、久足と菱岡さんの出会いは、必然的なもの、約束されていたものだったんだと、本書を繙けば思わされるのである。二人はとても似ている。

 それにしても、なんと芳醇な文章であろうか。この文章は上手いというような評価では言い表せない。研究者には稀有な、爽やかでかつ豊穣な文章であり、良質な読書体験が醸成したとしか思えない教養を感じさせる文章である。そして何より文学への清らかな信頼がある。小津久足論としての素晴らしさはもちろん、ひとつの作品として、この本は、ある意味で奇跡の達成を示している。
 普通なら「饒舌」と言われかねない長い「あとがき」。ここにも彼の真骨頂が見える。「菱岡憲司の文事」を形作ったさまざまな人の「文事」へのオマージュ。そのあまりの素直さは、全く嫌みがない。私の知っている人がたくさん出てくるのだが、本当にそうだなあと思う。菱岡さんの前では、みな鎧を脱ぎ捨てて文学青年の本性を喜んで見せるんだ。そう思う。多くの人に読まれてほしい本だ。やはり一人の人が渾身の思いで書き下ろした本は素晴らしい。もちろん既出の論集だけれど、書き下ろしの味わいがある本なのである。
 
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2016年11月14日

木越治氏の反論について

 リポート笠間60号に掲載していただいた拙稿「木越治氏へ―「菊花の約」の尼子経久は論ずるに足らぬ作中人物か」に対する木越さんの反論、「飯倉洋一氏へ―作品論のために」が、リポート笠間61号に掲載されている。
 信州大学で開催された日本近世文学会で手にすることができたが、木越治さんとお話することもできた。
 木越さんとは「議論は建設的に」という約束であったので、その方向で、この文章には答えて行きたいと思う。
 反論するようなことは、そんなになく、いくつかの補足と、木越さんの議論を受けての、より大きな問題への展開となる。
 基本的には、近世「文学」における「読者」とテキストの「語り」、そして「作品論」、さらには文学史の問題を考える段階へと話を進めてゆきたいと思う。大体の腹案は出来ているが、当面他の仕事にかからねばならないため、公表は年末ぐらいになると思う。これ以上、リポート笠間の紙面を借り続けるのも、申し訳ないので、笠間のWEBサイトに載せてもらおうかと思っているところである。以上、簡略ではあるが、一応ご報告の必要があるかと思い記しておく。
 それにしても「飯倉洋一氏へ」の活字があまりにでかくてビビった。
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2016年11月04日

学術シンポジウム「真山青果の魅力」

真山青果―近代演劇界の巨人。その人物像と足跡を再検証する学術シンポジウムです。
素晴らしい登壇者が揃いました。
随時、このシンポジウムについて、このブログで発信してゆきます。

眞山青果学術シンポジウム
「真山青果の魅力―近世と近代をつなぐ存在」

日時:12月3日(土) 14:00〜18:00
会場:学術総合センター・一橋講堂(千代田区一ツ橋 学術総合センター2F)
主催:星槎グループ
協力:松竹・国文研

私たち日本人にとって、テレビなどでおなじみの「忠臣蔵」のスまトーリーに、大きく影響を与えた新歌舞伎『元禄忠臣蔵』の作者眞山青果。歌舞伎・新劇・新派に関わった巨大な劇作家であり、西鶴研究者としての足跡も忘れられません。近世から近代への断絶と継承を象徴する存在であった眞山青果の魅力に迫ります。

14:00 開会・主催者挨拶 井上 一 (星槎大学学長 星槎ラボラトリー)
   来賓ご挨拶 安孫子 正 (松竹株式会社 取締役副社長)他
14:25 趣旨説明 飯倉 洋一 (大阪大学教授)

14:30 基調講演「ジャンルを超えた劇作家としての青果 ―多彩な人物像―」
   神山 彰 (明治大学教授)
(休憩)
15:30 パネルディスカッション
「眞山青果の翻案作品について ―太宰治作品との比較から―」
丹羽 みさと(立教大学等非常勤講師)

「文壇と劇壇 ―青果の多彩なる人脈―」
青木 稔弥 (神戸松蔭女子学院大学教授)

「青果の西鶴研究」 広嶋 進 (神奈川大学教授)
コーディネーター 日置 貴之 (白百合女子大学講師)
(休憩)
16:50 全体ディスカッション 神山 彰、広嶋 進、青木 稔弥、丹羽 みさと
コーディネーター 日置 貴之

17:50 まとめ 眞山 蘭里 (劇団新制作座代表)
    鬼頭 秀一 (星槎大学副学長)
以上

ご期待ください!
関連企画として、国文研でも「真山青果旧蔵資料展、その人、その仕事」を開催!
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2016年10月28日

中野三敏先生の文化勲章ご受章


2016年10月28日、我が師、中野三敏先生(80歳)が、文化勲章を受章されたというニュースが飛び込んできた。おめでとうございます。弟子として、これほど嬉しいことはない。かなり興奮している。
昨年末、福岡市で、中野三敏先生の傘寿をお祝いする会が開かれた。川平敏文さん(彼も今年度の角川賞受賞!)の編集で、「雅俗小径」という記念文集がつくられ、この時先生に献呈された。私もその文集に拙文を寄せた。いま、祝意に代えてその文章をここに掲げる。

「時代の先をゆく中野先生/飯倉洋一」
中野先生と学生時代の私
 教養部一留を経て、私が九大の国文学研究室に進学したのは、一九七七年の秋。もともと西洋史(ドイツ史)志望で、苦手なドイツ語を勉強するために留年したはずが、親鸞の『教行信証』や梅原猛の諸著作に影響されて国文に転向、もっとも中世仏教文学研究を志していた私は、永積安明や西尾実などを読みこそすれ、近世文学への興味は全くなかった。「中野三敏」の名も当然知らなかったし、中野先生が講義されていた「洒落本史」にも当初全く興味が沸かなかった。しかしそのうちに、『陽台遺編』の書誌学的な講義を伺うと、その推理小説的な展開に感銘を受け、同じ下宿の住人である現九州大学教授の佐伯孝次さん(日本中世史)に、ノート片手にその興奮を語るなど、次第にその魅力に惹かれていった。気づいたら近世文学で卒論を書こうとしていた。それでもまだ「何か違うな」という感じは残っていた。
もちろん、私は何も分かっていなかった。卒論構想発表会では大言壮語して先生方の顰蹙を買った。自分なりに何か国文学的ではないやり方で論文を書こうという野心があったのだろう。そのように私はいわゆる「困った学生」だったが、中野先生は寛容であり、私をいわば泳がせていたのである。これは非常に忍耐力の要ることだが、自分が教員になってからの指針になっている。「僕は教育者としてはあまり・・・」と、中野先生が仰ることを一度ならず聞いたことがあるが、とんでもない。一流の研究者はやはり一流の教育者でもあるのだ。
大学院時代の私の研究は、秋成の文章から思想的言説を抄出して論じるというもので、およそ書誌学的なことに疎かった。しかし、そのような私に一つの大きな転機があった。
それは久留米市立図書館の和古書目録を作成するという作業で、私が皆さんの取ったカードを、清書する役目を仰せつかったのであった。修士課程の三年目のことではなかっただろうか。出来上がった原稿の最終チェックのため、現物照合を行う作業を三日連続で中野先生と二人だけで行ったのである。私が目録原稿を読み上げ、先生が原本を次々に確認していくという作業。もし、その時私がもう少し近世の本についてアンテナを張っていたら、この経験はものすごい成長を私にもたらしたことだろう。しかし、私の本に関する知識は相変わらず無に等しかった。なにせ、「飛毛鏡」を「ひげかがみ」などと読んで呆れられたくらいである。それでも、この経験は中野先生の本についての知識が尋常ではないことを私に知らしめるのに十分だった。
 昼食・夕食も二人だけで共にした。なんとも中野先生には物足りない相手であっただろう。その時もいろいろな事を教えていただいたはずだが、憶えているのは、「同じジャンルの本を百集めたら、そのジャンルについて物が言えるようになる。いま集めるとしたら、たとえば節用集だね」というお言葉である。「節用集」が何であるかもよくわかっていなかった私だが、そのお言葉に従っていたら、もう少しましな研究者になっていたかもしれない。
 ともあれ、大本とか半紙本とかの書型を感覚的にわかるようになったのは多分この時の経験があったからであり、あらゆるジャンルの本を網羅的に見ることがいかに大事かということを確信できるようになったことは、私にとって貴重な財産であった。

西鶴戯作者説
 江戸時代のあらゆる本に精通しているということがいかに強みであるか。それは、「陽明学左派の流行」や「ひとこぶラクダ説」や「江戸モデル封建制」や「近世的自我」という、これまでにない新しい考え方を提唱される時に、誰よりも江戸のことを知っている中野先生に対して、何人も「それはないでしょう」と簡単には言えないということだ。中野先生は、定説を覆すような、あるいは全く新しい概念を次々と打ち出している。そこには一本の筋が通っており、中野先生に言わせれば、当然の帰結なのである。『江戸文化再考』としてまとめられたそれらの大概は、中野先生が何度も何度もご講演(コーエン生活者と自ら称されていたが)したものの集大成で、今後の近世文学研究の指針たりうるものであることは、多くの人が認めるところだろう。それでも学界がなかなか理解せず、行き渡らない説もある。「西鶴戯作者説」がそれである。
 近年、「ぬけ」や「カムフラージュ」と称して、西鶴の作品に、政治批判、権力批判を読みとる傾向が、西鶴研究者の間に拡がってきていた。とりわけ武家物・雑話物を中心に、故谷脇理史氏、篠原進氏、広嶋進氏、杉本好伸氏、有働裕氏、長谷あゆす氏らが、そのような読みを展開していた。私は外側からこれに異論を唱えて、ブログなどで発信していたためか、大阪で開かれた2010年夏の西鶴研究会にはコメンテーターとして呼ばれ意見を述べたこともあった。2013年6月、中野先生が九州大学国語国文学会で、「西鶴戯作者説」の再論を講演され、『文学』に投稿されるとうかがったが、丁度同年9月には京都で西鶴ワークショップが開催され、錚々たるメンバーが集結、中野先生も参加された。そして翌年の3月、東京の西鶴研究会に中野先生が招待され、西鶴戯作者説を語るに至った。ちょうど、『文学』も刊行されたタイミングであった。このご講演で、これまで誤解されていた西鶴戯作者説が一部の方に理解された感触を私は得た。直接語って理解してもらうことの重要さを肌で感じた瞬間であった。それにしても中野先生の質疑応答の時のご発言は、相手を重んじ、自らの非は非として認める、おどろくほど謙虚なものであった。私はそこに胸を打たれ、師の度量の大きさを、改めて痛感したのであった。

社会に向けて
 この西鶴研究会は、笠間書院のご好意で設置されたサイト「西鶴リポジトリ」上で、前哨戦が行われていた。その中で木越治氏が、中野先生の『文学』誌上の論を、これは一般の読者には通じない閉じられた議論であると批判された。私に言わせれば、「作品」論がないという批判の方が「文学」研究を近代的にしか捉えないという意味で狭いのではないの?となるわけだが、木越さんの徹底した近代的スタンスはある意味尊敬できるもので、その立場からの批判はあった方がよい。木越さんへの私なりの批判は拙ブログ(2014年3月29日)に記したのでここでは繰り返さないが、中野先生の視線が、開かれていることは、〈文系基礎学〉〈和本リテラシー〉についてのご発言、その啓蒙活動からも明らかであろう。
 〈文系基礎学〉が重要だというご主張は、現在の文科省の国立大学文系再編成論に対する「文学部の逆襲」議論とも重なってくるところがあり、その先駆的な言説として、大きく評価されるべきものだろう。先生は岩波ブックレットに『読切講談大学改革 文系基礎学の運命や如何に』を書かれたが、単に書かれただけではない。実際に行動をされたのである。先生は、現在の学問をリードする理系のトップクラスの研究者にこそ、〈文系基礎学〉の重要性を分かってもらう必要があると考えられ、あらゆる伝手を利用した。当時山口大学にいた私には二件来た。そのころ私の同僚が結婚したが、その相手が西澤潤一氏の娘さんであった。その同僚とは親しくもあったので、私はブックレットを持って同僚宅に頼みに行き、西澤先生との対談実現を探ったが、これはうまくいかなかった。もうひとつは、山口大学学長の広中平祐先生との対談実現であった。一介の三十代教員であった私には、厳しいミッションであったが、これはなんとか実現したかった。公設秘書の他私設秘書も雇用していたという学長は多忙を極めていた。面会を申し入れて三週間ほど経ったころ、秘書から電話があり、三十分ほど会ってくれるという。私はブックレットを持って参上し、趣旨を説明した。学長は文系の重要性はよくわかっていると言い、機関銃のようにエマーソンの話をした。いささかの不安を感じたものの、対談の申し入れには「考えておく」というようなご返事であった。それからしばらくしてまた秘書から電話があり、学長が中野先生を食事にご招待してくださるということであった。九大から、ドイツ文学の池田先生とともに中野先生が山口大学に見えられ、私もお相伴し、山口でも一番美味しい料亭とされる双鳩庵水野というところで約二時間、対談が行われた。今思えば録音でもしておけばよかったのだが、正直内容はあまり憶えていない。最初は広中先生が機関銃のようにしゃべりまくり、後半中野先生が盛り返したというような感じだったか。ただ対談を終えた中野先生のご感想は、「やはり、さすがだね」というものであった。これは広中先生が、〈文系基礎学〉の重要性を理解しているという意味で、である。今、〈文系基礎学〉のみならず、文系全般の危機が訪れている。文理という枠組みそのものが壊れかねない事態に至っている。そういう時、京大の山極壽一総長のような、理系の一流研究者の文学部擁護発言はやはり心強い。中野先生の戦略の先見性を証する例といえよう。
 そしてここ十年余りの〈和本リテラシー〉啓蒙活動。これもなかなか浸透しなかったが、岩波新書の『和本のすすめ』や、角川書店のくずし字シリーズのご出版、そしてご講演活動を通じて、着実に拡がっている。日本近世文学会にこの活動をご提案された時には、冷ややかな声もなくはなかったが、今では『和本リテラシーニューズ』の刊行など、学会をあげて取り組んでいる印象があるほどだ。海外でも大きな関心を呼んでおり、私も及ばずながら「くずし字解読学習アプリ」の開発や、くずし字に関する国際シンポジウムの開催などに取り組んでいる。それらの記事をブログにあげると、拙ブログ史上かつてない大きな反響があり、驚いている。なかでも一〇〇万人いるといわれる、イケメンに擬人化された刀剣の養成ゲーム「刀剣乱舞」のユーザーが、大きな関心を持っているのだ。

まことに先生は学問においても、社会活動においても、常に、時代の先を走って来られた。私などその足跡を踏み歩いているだけのようなものである。中野先生の教え子であるというだけで、研究者にも、ある時は古書店にも、信頼されることがある。実にありがたいことで、感謝の気持ちは言葉では言い尽くせない。傘寿をめでたく迎えられたが、これからも、時代の先を行くお姿は変わらないのではないか。そのような気がしてならない。
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2016年10月21日

『歳をとってもドンドン伸びる英語力』ってホント?

 実は私はハウツー本が結構好きで、本屋で立ち読みしたり、買ったりするのである。影響されて真似したりすることもある。佐藤可士和氏の、空間の整理→情報の整理→思考の整理などは、真似できないけれど、リスペクトしている整理学である。野口悠紀雄氏の『超整理法』もかつて実践していたが、挫折。
 英語学習についてもそうで、英語の勉強をしないくせに、英語勉強法の本が結構好きなのである。私の真の英語力を知っている人は笑うに違いない。それにしても、ドイツの4ヶ月半の滞在生活は、「あー、せめて英語でスムースに会話ができれば!」「この先生の(英語の)発表の大体の概要がつかめるくらいに聞き取れれば!」「このメールを辞書なしに読めれば!」と、痛切に思う毎日であった。それでも勉強はしなかったんだが。
 そういう時に知ったのが、鳥越晧之氏の『歳をとってもドンドン伸びる英語力 ノウハウ力を活かす勉強のコツ』(新曜社、2016年10月)である。筆者は大学の学長さん。この年になると、どっかで、「これからやってもねえ」という諦めがあるのだが、そういう我々にも勇気を与えるタイトルではないか。でもさ、本当かしら。
 実際、この本によれば、著者は68歳から勉強しはじめて、英語で授業が出来るくらいになったと。もっともこの先生は、英語で授業が出来るくらいの、元々英語の地力がある先生なのだ。「おまえ、自分と一緒と思うなよ!」と、当然自分で突っ込んでいるのだが、まあまあそれはそれとして、一般的な英語勉強法としても、これまで読んだ本の中で一番説得力があると感じたもので、読み流さずにメモまでとってしまったのである。といっても、九州への飛行機の片道で読んでの話だが。
 たぶん英語の勉強本でブログに紹介するのは初めてである。このごろは「とにかく勇気を出して話そう」とか「大声で話そう」とか、「毎日続けて」とか、精神論のような世界になっている英語勉強本だが(立ち読みしたところそういうのが多いような気が)、この本はなんか感覚が合う。
 さて、この本だが、歳をとると生物学的記憶力は落ちるけれど、ノウハウ的記憶力は伸びるという力強い仮説に立ち、自らの経験に基づいて展開するのだが、その独特のカワイイ語り口がまたなんともいえず、いいのである。
 で、私が、非常に感心したのは、この先生のけっこう赤裸々に書かれている実践報告である。参考にした本がたくさんあげられていて(ということはあまり役にたたなかった本も結構読んでるなと)、かなり英語勉強本を漁ったということがわかるあたり、すごく共感を覚えるし(もっとも私は勉強を実践できてないんだが)、インターネットで文例を探したり、yahoo質問箱まで出てくるところが微笑ましいし、すごく親しみを感じるのである。何より上から目線ではないのが最高に素敵である。
 単語やフレーズを覚えても「ザルに水」のように、どんどん忘れるけど、忘れてもいいんだとか、気が向かないときにはやらなくていいかもとか(それでいてそこはちょっと自信なさげだとか)、なにか安心する。たしかにシニア向けである。いろいろな英語勉強法を試してみて、自分に効果のあったものを勧めるというのが基本である。そういう勉強本を具体的に教えてくれるし、リスニングにいい番組や映画、英語DVDをみながら学習するときにいいソフト、Youtubeの具体的活用法など、とにかくすぐ試したくなるようなものばかりである。
 でも、さすがに学者として一流だと思うのは、たくさんの英語勉強本から、箴言のような珠玉の言葉を引っ張ってくるその的確さ。たとえば外国語は、上手にならなくても、ちょっと学んだだけでも実践すると意味があるっていうのは、まさしくその通りで、モチベーションが高まる。わずか数十語しか運用できないドイツ語でも、それを使えばドイツの人は喜んでくれるし、実際、驚くばかりにコミュニケーションが出来るということを経験した人がここにいますので、此れは真理です。
 一番負担がなく効果は認められる方法、「やさしい英文を朗読するだけ」っていうのは、すぐにも実践してもよう。といってたぶん長続きしないんだけど、それに罪悪感を感じることはないんだって。安心するよね!
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2016年10月14日

デジタル文学地図ワークショップの報告

 歌枕など、古典文学に現れる地名を、地図上に表示するとともに、その地名が含まれるテキストを検索したり、リンクしたり、蓄積された地名にまつわる説話・イメージを取り出す事ができる、WEB上のデジタル文学地図の構想について、そのプロジェクトを進めているハイデルベルク大学のユディット・アロカイ教授のチームが、プロジェクトの発想と現在の進捗状況を報告し、それを元に討論するワークショップが昨日大阪大学豊中キャンパスで行われた。
 題して「デジタル文学地図の試み」。たしかに研究にも教育にも、こういう文学的地名の空間的把握は重要である。これまでの地名(名所・歌枕)辞典の類に欠けていたものは、その名所がどの辺りにあり、近くにどういう名所があり、誰がそこを訪れたかというようなデータである。もっともそれは紙の辞典上では構築しにくいのである。そういう時に、Web地図でそれを示すというのはピッタリである。
 非常に壮大な構想であるとともに、エンドレスなプロジェクトでもあり、どれだけの日本研究者を巻き込むことができるかが鍵になるし、新たな地名辞典構想へののヒントにもなる。
 会場では30名以上の人が熱心に議論を戦わせた。女性の旅日記の専門家や、東京の辞書系の出版社の方もお見えで、夢を現実にする具体的な提案が続出した。今後の展開が楽しみであるし、出来ることはお手伝いしたいと思う。
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2016年10月12日

懐徳堂の美と学問

大阪大学総合学術博物館で、「大阪のほこり 懐徳堂の美と学問」という展示が行われる。近代になって復活した懐徳堂=重建懐徳堂の誕生から100年を記念した行事でもある。以前紹介した、中井履軒・上田秋成合賛鶉図も展示される。懐徳堂の美と学問土曜日も開いているので、阪大で研究会がある時など、お寄りいただければ幸いである。
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2016年10月11日

いたずらコンビは最後は死んで誰も同情しない

 本日10:30分から、大阪大学豊中キャンパスで、ハイデルベルク大学教授ユディット・アロカイさんのご講演「明治時代における西洋文学受容―"Max und Morits"とローマ字訳『Wampaku monogatari』を例に―」がおこなわれた。西洋では誰でも知っている、ウィルヘルム・ブッシュ作の「マックス ウント モリッツ」をローマ字訳した『Wanpaku monogatari』を紹介し、その翻訳の戦略を明らかにしたご講演であった。
 原文はいたずらコンビの7つの話だが、ローマ字訳されたのは最初の4話だけ。実は7話でこのいたずらコンビは悪さがたたって殺されてしまうが、誰も同情をする人はいなかったという「えっ」という結末。この部分は日本的な土壌には合わないとみたのか、訳されることがなかった。
 いろいろと注目すべき点があって、原文がかなり韻律的であることを受けて、翻訳もほぼ七五調で韻律的。磐梯山の噴火なども強引に取り入れていたりして当代性もあり。教訓なのか、ファンタジーなのか、ユーモアなのか。誰をターゲットとしたものなのか。翻訳・文語・韻律・寓話・ローマ字普及・漢文訓読などなど、さまざまな問題が浮上する問題のテキストである。世界各国にものすごく訳されているこの本、まさしく国際シンポの題材にもうってつけではないか。小さな集まりではあったが、議論は高度で活発であった。
 さて、10月7日のエントリーで書いたように、13日午後2時からは、アロカイ先生が中心のプロジェクトチームが発表する「国際ワークショップ、デジタル文学地図の試み」が、大阪大学基礎工学部国際棟セミナー室で行われる。こちらも是非ご参集を。
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2016年10月10日

幕末田安文化圏

柳川市史編集委員会が今年3月に刊行した、大部の歌合翻刻資料。
それが『柳川文化資料集成 第一集 井上文雄判 柳河藩歌合集』(柳川市、2016年3月)。
A4判2段組で370頁を超える。
幕末の大名・家臣が、あの緊迫した政治状況の中で、和歌の修行をし、歌合を行う意味とは何なのか。
福井藩の文事を調べた久保田啓一氏は、福井藩も柳川藩も、田安家と関係が深く、そこに田安文化圏と称すべきものを想定できるという、魅力的な構想を、月報で語っている。
そして、同じ月報で白石良夫氏は、小城鍋島藩で行われた明和九年の歌合を紹介している。明和九年というのは、ずいぶん早いのではないか?
歌合の復興は近世後期からと漠然と思っていたが、明和に地方大名の下で行われていたとは。私が知らないだけなのかな。寄贈を受けてたまっていた本のひとつだが、これもまた宝の山っぽい。解説編集は亀井森氏。
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2016年10月07日

国際ワークショップ「デジタル文学地図の試み」のご案内

国際ワークショップ「デジタル文学地図の試み」をきたる13日、大阪大学で開催いたします。

 「デジタル文学地図」は、日本の詩歌や紀行文・物語・名所図会などにおける歌枕・名所をデジタル地図の形で表示し、歌枕・名所にまつわる文化的、詩歌的な意味を記録して、日本の歌枕・名所とその意味合いをデジタル地図で辿るデータベースを作成する試みです。

 ハイデルベルク大学エクセレンス・イニシアチブの助成を得て、このプロジェクトを推進していらっしゃる、同大学日本学科教授ユディット・アロカイ先生のチームが、日本の皆さんのご意見を是非お聞きしたいということで、現在開発中のシステムを紹介し、意見交換をするワークショップを計画いたしました。
興味のある方は是非ご来聴ください。使用言語はすべて日本語です。

日時 10 月 13 日(木j) 14:00〜17:00
場所 大阪大学基礎工学部国際棟セミナー室
定員:70 名 事前申し込み:不要

登壇者と発表内容は下記の通りです。

発表1 文学地図プロジェクトの発想
Prof Dr. Judit Árokay ユディット・アロカイ(ハイデルベルク大学日本学科教授)

発表2 デジタルデータベースの紹介
Dominik Wallner ドミニク・ワルナー(ハイデルベルク大学日本学科講師)

発表3 デジタルプログラムのプレゼンテーション
Leo Born レオ・ボーン(ハイデルベルク大学情報言語学大学院生)

日時 10 月 13 日(木j) 14:00〜17:00
場所 大阪大学基礎工学部国際棟セミナー室
定員:70 名 事前申し込み:不要

主催:Heidelberg University ExIni II
大阪大学文学研究科国際古典籍学クラスター
連絡先:飯倉洋一研究室 iikura☆let.osaka-u.ac.jp(☆=アットマーク)
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2016年09月21日

ドイツの大学における教育と研究について考えたこと(補訂版)

 以下は、9月5日〜7日に行われた研究室旅行のパンフレットに寄稿した文章をアップする。一部補訂している。ドイツ滞在中は非常にいい気分で仕事ができたので、いいイメージを持っているが、ドイツにはドイツの抱えている問題がもちろんある。それを忘れてはならない。

□わずか四ヶ月余りではあるが、ドイツのハイデルベルク大学で、二つの授業科目を一セメスター(十五回)担当し、何度か研究集会に参加し、一度は発表もさせていただいた。そこで、教育と研究のことについて、私が知り得たこと、考えたことを、もとより狭い経験に基づくものではあるが書いてみたい。何かの参考になれば幸いである。
□ドイツの大学進学率は四十パーセント程度であり、余り高くはない。次に述べるように入学金・学費が無料であるにも関わらず、である。このことについて、ドイツの人に理由を聞いてみると、ドイツが学歴を重視する社会ではないからであるという。ドイツは伝統的に職人を重んじる国である。大学を出たからと言って高収入は保証されない。
□一方で、学びたい人にとって、境遇は恵まれている。なにせ教育費は公的負担により、タダである。学びたい人は何年でも在学して学ぶことができるようで、私の授業には、学部十一年目の学生が出席していた。日本の大学ならそういう学生は、ほとんど大学にも出てこない、成績のよくない学生が多いが、彼は熱心だし、不出来ではないし、教員の信頼も厚く、学内のイベントでは常に中心におり、明るく、人柄がよく、彼女もいて、学生生活を謳歌している好青年である。
□ちなみに、ハイデルベルク大学のような著名な大学だが、哲学部(文学部)の場合、入学試験はない。医学部や法学部はあるようだが、ない方が普通なのである。大学院についても入試はない。入学資格はあるが、試験はない。教員は入試業務がないわけで、その時間を授業準備や研究に割けるわけである。もちろん授業についていけない者は脱落していく。このシステムがいいかわるいかは一概に言えないが、学歴重視社会ではないゆえに可能であるとは言えるかもしれない。
□では授業はどんな感じであろうか。他の先生方も異口同音にいうのは、学生がアクティブで、疑問があれば、教師の説明中であっても、質問を投げかけてくるということである。
また、授業中の居眠りは、教師に対してきわめて失礼とされるため、ほとんどない。もっとも遅刻は結構あったことは付け加えておこう。授業のひとつは上田秋成の文学がテーマで、私にはテキストを丁寧に解釈していく「日本式」?の授業をすることが求められていたのかもしれないが、結局議論中心の授業を行った。古典文学専攻の学生が誰もいないということも理由の一つだったが、古文の理解度にかなりの個人差があり、解釈中心の授業が成立しそうになかったからである。『雨月物語』と『春雨物語』はドイツ語訳があるため、少なくともドイツ語訳を事前に読んでおくこととし、テキストとしては日本古典文学全集を用いながらも、実際にそれを細かく読んでいくことはしなかった。彼らは、女性が徹底的にネガティブに描かれる話や、喜んで死を受け入れる話に素直に違和感を表明する反面、それを面白いと受け止めることもあり、一様ではない。
□もう一コマは、くずし字学習を含む、江戸の教養についての授業であるが、結局くずし字学習中心の授業になった。参加者は八名。ここにも古典文学を専攻する学生は1名しかいなかったが、くずし字への関心は非常に高く、最初の週に紹介したくずし字アプリのテストを、次の週には、ほとんど全問正解してくる強者もいた。前週に配布した宿題のくずし字テキストを、授業では順番に読みあげて行き、文字や語彙の説明を加えるが、さらに、同席されているハイデルベルク大の先生が、ドイツ語訳させるという授業である。学生がその場で試みるドイツ語訳や、それに対する先生のコメントは全くわからないが、比較的訳しやすい教訓書をテキストとして用いていたから、学生たちもなんとか訳していたようである。しかし日本学科で学んでいるだけあって、孝悌忠信などの徳目については、さほど説明しなくても理解できているようではある。
□授業は、たとえば一限が九時から十一時までの一二〇分であるが、実際九時十五分に始まり、十時四十五分に終了する九十分授業である。休憩時間が三十分、昼休みは九十分あり、ゆったりした感じとなる。
□次に研究会へ参加した感想を述べよう。七月二十四日現在までに私が参加した研究会は、使用言語がドイツ語か英語であった。といっても参加者のほとんどは日本語もわかるので、私が日本語で質問することについては問題なかった。
□ワークショップでの発表には日本のようにハンドアウトがない。大抵の場合はスライドを使用するが、その作り方は十人十色。非常に丁寧に作ってくる人もいれば、スライド数枚の人もいる。もちろんハンドアウトを作るのが悪いことだというわけではない。持ち帰ってじっくり検討できることは喜ばれる。しかし、いくつかの発表を聴いて思ったのは、事実を明らかにするという発表よりも、こういう考え方があるという発表の方が多いので、ハンドアウトがあったとしてもその発表が終われば用済みで、学会発表や論文執筆にむけブラッシュアップする。保存することを求められないからハンドアウトは要らない、そういう論理のような気がする。
□一時間であれば、発表時間が三十分、質疑応答が三十分である。この三十分を持て余すということはまずない。日本の研究会でありがちな、発表者の不勉強な点を突いて、質問者が知識を披歴し、発表者の「その点につきましては不勉強で調査が及んでおりませんので、今後の検討課題とさせていただきます」という答えを引き出すような、一方通行のやりとりがないのである。第一、そういう質問があったとしても、発表者は「それはわかりません」とあっさり言うだけだ。
□枠組みを共有し、各々のテーマに、さまざまな観点からの見解をぶつけることで、新たな地平を拓く。皆そこを目指している。重要なのは個々の発表ではなく、枠組みの方である。したがって、ワークショップを開催する時は、ワークショップのテーマ、枠組みの作り方が重要である。ハイデルベルク大学には「クラスター」という研究組織がある。阪大の文学研究科に存在するクラスターとは似て非なるものである。全学的な予算がきちんと措置され、それ用の建物もある。ハイデルベルク大学には日本学クラスターがあり、頻繁に、講演会・研究会・シンポジウムを催している。
□私が参加した研究会のひとつは、「京都―古都のイメージ形成」というテーマのワークショップで、高木博志京大教授が基調講演された他、全部で六人が登壇した。文学・美術・歴史・前近代・近代という枠を取り払った議論が行われた。イギリス・フランス・ドイツ・スイス・オーストラリア・日本などの国々から五十名ほどが参加した。使用言語は英語だが、日本語の質問も許されたので、私も都名所図会についての発表や、古都のイメージ形成の基調講演には、質問で参加できた。タイモン・スクリーチ氏やジョルジュ・モストウ氏というビッグネームの発表も聞けた。このワークショップが大成功したのは、ひとえにコーディネーターの枠組み設定がよかったからだと思う。日本でも、インターディシプリナリティがますます重要になるだろうと実感した。
□とはいえ、彼らは、日本の実証的な研究や注釈書を利用して研究をしていることもまた事実であり、それらは非常に重宝されている。一方で、その実証の正しさや、注釈の精度について正しい評価が出来ているかどうかは問題が残る。私達は、日本文学への国際的なアプローチの仕方を知るとともに、実証的方法や、地道な注釈を捨ててもいいと言うことは決してないのである。ダブルスタンダードが求められている。
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2016年09月20日

海を渡る史書 東アジアの通鑑

 中国の『資治通鑑』、朝鮮の『東国通鑑』、そして日本の『本朝通鑑』。この3つの国の公的史書は、もちろん中国→朝鮮→日本という形で伝播し、『通鑑』文化圏と呼ぶべき歴史書の世界を形成していた。我々が近世の歴史観を考えるときに、このことは基礎的な知識でなければならない。
 しかし、東アジアの「通鑑」を総合的・多角的に、その淵源と流通、変化、影響までを含めた論集はこれまでなかったのではないか。
 日本はかつて『東国通鑑』の板木を略奪した。一方でその和刻本を作った。奇しくも20世紀はじめに和刻本の板木が朝鮮に寄贈された。500枚以上の『新刊東国通鑑』の板木である。近年、ソウル大学で金時徳氏によってこれが発見されたことを契機に、本書『海を渡る史書 東アジアの「通鑑」』(勉誠出版)が企画出版された。金氏と濱野靖一郎氏の共編である。まことに興味深い内容で、「通鑑」入門書でもあり、最新研究書でもある。
 「通鑑」(資治通鑑)の誕生と継承、『東国通鑑』の総合的検証、和刻本『東国通鑑』の流通と上記板木の現状、日本の通鑑『本朝通鑑』の内容、そして思想史的検討と、構成も見事で、素晴らしい執筆者を集めている。意をつくさない紹介であるが、取り急ぎ。
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2016年09月19日

幕末明治 移行期の思想と文化

 少しずつたまっている受贈本を。簡略になってしまいますが。
 渡独中の5月に勉誠出版から出た『幕末明治 移行期の思想と文化』。
 帯に「ステレオタイプな歴史観にゆさぶりをかける画期的論集」とあるが、この移行期を「幕末明治」と連続で捉えることが近年の流れで、従来見向きもされないような著述(言葉)やモノ、パフォーマンスを掘り起し、それぞれの歴史を捉えなおすことが各分野で成果を上げはじめている。本論集もそのながれにあるが、明星大学スタッフの研究会を母体とする論集で、多角的な問題意識をぶつけ合う開かれた議論が実ったものと見受けられる。
 編者の一人、青山英正さんの論考は、韻文史の移行期の重要要素として七五調を取り上げる。すなわち新体詩が採用したものだからであるが、長歌→新体詩という従来の視点に代えて、教訓和讃や今様という全く注目されていなかったジャンルに光を当て、五七調か七五調かという歌学的議論がやがて終焉して韻文論的議論へと解消する状況にまで論及、説得力をもって叙述している。わかりやすく、切れ味のいい論文。
 冒頭井上泰至さんの「帝国史観と皇国史観の秀吉像―『絵本太閤記』の位置」は、私の、初期絵本読本に関する旧稿が参考になったと言われていたが論文を拝読して、そう結びつくのかと驚きました。
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