2020年05月05日

山本読書室の世界

松田清著『京の学塾(まなびや)山本読書室の世界』(2019年12月、京都新聞出版センター)を紹介する。
読書室とは、京都の本草漢学塾である。山本封山・亡羊以下明治まで本草・漢学を継承した山本家の堂号が読書室である。
この読書室には、本草漢学に関わる資料の他に、新聞でも大きく報道された岩倉具視関係をはじめとする維新史料が注目されている。
松田清氏は早くから山本家土蔵の調査に携わり、目録を作成(これはWEBでも公開されている)資料は京都府立総合資料館に搬入された。
平成27年から、山本読書室資料に基づくコラムを1年間京都新聞に連載、この中には秋成資料の紹介もあり、松田氏から直接教えていただいたことがある。この連載に、岩倉具視資料を加え、また重要資料の解説を増補したのが今回の本で、資料紹介部分はオールカラーである。本はやや細長い唐本風仕立て、2700円はリーズナブルである。
山本読書室の資料を広く知らせ、活用していただきたいという著者の情熱が伝わってくる本である。
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2020年05月04日

「国文学」の批判的考察

『「国文学」の批判的考察』というタイトルの本が出た。文学通信。2020年3月。空井伸一氏の論文集で、副題は「江戸のテキストから古典を考え直す」というものである。いただいて1ヶ月以上たってしまったが(もっともっと紹介が遅れている本がたくさんあるが)、この本はコメントをさぼりつづけている訳にはいかない理由がある。
 なにせ、著者の批判の矛先は、この私に向かっているからなのだ(がーん)。もちろん私だけではないが、かーなり私が狙われている。正面から批判される対象になるとは、研究者冥利につきる・・・嬉しい・・・だがやはり、言われっぱなしというわけにもいかないので。
 序の「江戸のテキストを読むということ」。書き下ろしである。ここで私が標的になっているのだ。
 著者は秋成研究の現状に触れ、かつては『雨月物語』『春雨物語』だけが論じられ、世間を白眼視した「頑固おやぢ」、反骨などというイメージで語られていた秋成の文業が、近年総体的に捉えられるようになり、歌人・国学者としての業績が前景化し、そこから見えてくる春雨物語像も変わってきたと。ありがたいことに、その流れを作った一人に私がいるという認識をされているようで(その前からたくさんいらっしゃいますが)、そういう秋成観によって、テキストは閉じられたものになり、「言ってしまえば内輪受けの同人コンテンツのようなものだ」と。同人コンテンツだって、誰かが見出せば画期的な文学テキストになる可能性あるでしょ?という突っ込みもしたくなるが、これは私の論が未熟であるがゆえのことでもある。写本でないと見えてこない部分をとりあげて指摘したものを、それは普遍的ではないと言われても困るわけだ。近代的な読み方では見えないところを指摘しているのに、それは近代的な読み方では耐えられないと言われているようなものだ。だが、写本でごく少数の知人にしか流通していないから開かれていない、というのは形式論だし、まして「出版する可能性があった」(『春雨物語』の出版を許している秋成の新出書簡を紹介した長島弘明さんの論文をふまえる)とたんに「開かれたテキスト」になるというのも、飛躍である。写本が開かれていないのであれば、中世以前のテキストはどれもこれも本来開かれていないテキストということになってしまう。
 とまれ、意図的なのかそうでないのか、こちらが言ってもいない、考えてもいないことを「幻視」して、「國文学」像を作り上げて批判されても、それは的外れなんですけど・・・と言うしかない。ちなみに、p20に、「飯倉の「絆の文学」に言うところの」という言い方があるが、私は「絆の文学」という言い方をどこかでした記憶がないのだが・・・。「見落とされてきたことを認識させるために、これまで評価されてきたところを引き落とす物言いは筋がよいとは思えない」とも言われているが、『雨月物語』の評価を引き落とすような物言いをどこかでしているだろうか?『雨月物語』のへんてこりんな読み方は引き落としたいが・・・それさえもしていないと思うが。
 そもそも、私じしん「国文学」という言い方が好きではなく、自分ではまず使わない。空井氏のいうように「国文学」の中にある「尚古主義」とか「過去の美化」とか、「ナショナリズム」への志向といった、まあコンサバティヴな部分を、私自身も批判的にとらえてきた。そういう陳腐な「国文学」像の中に勝手に押し込められては迷惑である。
 和本リテラシー普及活動についても、「失われた過去を理想として仰ぐ」ものという空井氏の理解は的外れである。本来和本リテラシーとは、眠っている膨大なテキストの掘り起こしのために必要な技術として、普及をめざしているものである。日本文学研究という狭い範囲のことではなく、古地震研究のための歴史文献の読解にも必要なものである。いわば未知の世界の探検道具であり、過去を向いたものではない。専門家だけではなく、一般の人が、これだけインターネットで歴史的典籍画像が提供されている現在、それを読めたら楽しいではないか、可能性が広がるではないか。
 言っておくが『雨月物語』や『春雨物語』には時代を超えた普遍的な価値があると私も思っている。それを、どの時代にあってもきちんと読めるようしてきた、また未来にあってもそうするのが研究者の仕事である。校訂・註釈・現代語訳。仮に、雨月物語の稿本が出てきたら、それを解読し、校訂し、註釈できる能力があるのが研究者である。そうした校訂本文を読んで、専門外の方に普遍的な文学として読んでいただくのは研究者の悦びである。もちろん研究者自身がそれをやって悪いことはない。しかし、研究者がそればかりやっているわけにはいかない。未来の日本文学研究者も、活字化された本文、校訂本文が本当に正しいのか、註釈はそれで正しいのかを検証する能力を持っていなければならないのである。
 なお本書には「菊花の約」論が収められていて、そこでも私の論が俎上に載せられている。ありがたい。これへの反論もしないといけないのだが、これはまた機会を改めることにしよう。
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2020年04月18日

オンライン授業(準備)に明け暮れる日々

 3週間ほど書いていなかった。そしてこの3週間で、新型コロナの感染が一気に拡大し、大学も対策に大わらわの状況が続いている。これまで経験したことのないオンライン授業を、自身で工夫しながら構築しなければならない。私をはじめとする教員は、あまり使ったことのなかった学内の授業支援サイトの使い方や、パワーポイントに音声を宛てて録音する方法や、双方向授業のためのオンライン会議システムを勉強している。いろいろな発見もあり、いい機会だと思って、私なりに勉強しているのだが、いまもって試行錯誤である。しかも、通信量の問題やプライバシーの問題、セキュリティの問題など、さまざまなふまえるべき情報も次々に入ってくる。一方でオンライン授業の工夫についてもネット上にいろんな体験談が載せられるようになった。情報が多すぎても消化しきれずに困る。またどんなにいい方法でも、受講する学生に平等に届けられるかという問題もあって、まさに四苦八苦の日々である。大人数の講義では、同時双方向は難しいし推奨もされていない。時限付きオンデマンドみたいな恰好である。
 わが勤務先では、通常通りの日程で授業が開始されたのでなかなか大変である。一応、4月中はオンラインで(連休明けに対面)と言われているが、いまの状況では、オンラインがいつまで続くかわからず、授業の組み立てをどうするか、非常に厳しい。緊急事態宣言が出てからは、図書館や研究室の出入りも一層厳しく制限される。学生は学内立ち入り禁止である。この中で授業を組み立てよ、といわれても、調べることぬきでは始まらない。そこで新たなミッションが生まれる。学生がネットだけでどれだけ調べ、発表できるか、ネット上の研究関係コンテンツについて、リサーチしなければならないわけである。中身ではなく、外側のことで非常なエネルギーを消費する。
 実際にやってみると、面白い部分もあるが、馴れないために不具合が起こることが頻繁にある。また学生も十分な通信環境が備わっていない場合、十全に対応できない。正直、Zoomなどで演習授業をやっていると、スマホで発表担当は厳しそうである。そういうトラブルに遭遇してはじめて手を打つということもあるわけだ。

 それはさておき、季節柄、新刊の研究書・報告書が次々に現れていて、ありがたいことに私の元にも送っていただいている。紹介すべきものが10点以上たまっているのだが、パラ読み→積ん読状態が続く。申し訳ない限りである。これから週末を利用して、少しずつ紹介していくつもりだが、毎日いろいろなことが起こるので、ちゃんとできるかどうかもわからない。しかし、とりあえず新学期のご挨拶ということで。

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2020年03月27日

怪異をつくる

木場貴俊『怪異をつくる‒日本近世怪異文化史』(文学通信、2020年3月)。いただいた。
歴史学の立場からの近世怪異文化史。今までなかった、怪異意識史。文学研究の目の届かない資料、視点が満載で、本当に文字通り私たちの役に立つ。
木場さんは、子供の頃から水木しげるに傾倒していたという筋金入りの怪異オタクと見受けられるが、大きな視野から怪異史を構想する力もあって、いわばミクロとマクロの両視点をもつ方。わが師もそうだったが、これは学者として強い。
序章に4つの課題。近世人はなぜ怪異を記録したか。(事件としての怪異)、2中世から近世へ。政治と怪異の関係が重要、宗教と学問が関与。3は学問と怪異の関係。4は怪異はどう表現されるか。ということ。やはり我々の問題意識と少し違うなという印象。以下、各章ごとにキーワードを抜き出していく。第1章林羅山。「子は怪力乱神を語らず」。朱子学では「怪異」「勇力」「悖乱」「鬼神」をさし、それぞれ常・徳・治・人に対する概念であると。この基本は押さえておかねばならないと肝に銘じる。「羅山にとって[怪異]とは、教化の道具であった」第2章政治。日本において怪異を語ることができるのは国家であったということ。神仏と深い関わりがあり、占いで対処を決める。政治と関わる恠異を「恠異」で表現している。うかがいたいのは「その根拠は何でしょうか?」論述のための便宜的なものではないと思うので。徳川初期はこの「恠異」が活きていた。それがだんだん自然現象と片付けられる。また法によって奇異妖怪説をいうものは取り締まれる。「馬の物言い事件」などはそうである。納得。江戸時代は恠異を語る人間は処罰されるのである。しかし一方で恠異が盛んに出版されるのは何故なのかという問題設定が深く感じられる。一方朝廷では「恠異」が生き続けることも指摘。第3章本草学、モノとしての怪異。また補論の『日東本草図纂』が江戸の怪談集を典拠にしている具体例は近世文学研究にも有益な指摘。第4章、語彙。怪異に関する言葉の研究は「怪異」「物怪」など。辞書の検討。妖怪・変化・化物・化生の物は同義で互換性あり。「化生」は「四生」のひとつで仏語。何もないところから出生、あるいは形を変えて生ずること。化生であることは不思議であることではない。鬼・樹神・河童・天狗・猫又なども検討。第5章、語彙A。『太平記』『伽婢子』。「奇」の説明も。また「子不語怪力乱神」の徂徠解釈。第6章民衆の怪異認識。政治的な恠異からの脱却。稀少な出来事=怪異。唯心論的怪異認識。「妖怪革命」(香川雅信)。第7章化物絵、描かれる怪異。図入り事典と絵巻・絵手本。このあたりかなり生き生き書いているのがわかるところ微笑ましい。8章ウブメと9章河童は具体的なモノに即してその歴史的流れを追いかける。補論三の「大坂」は西鶴・庭鐘・秋成・懐徳堂を扱う。西鶴で拙論を引いてもらって恐縮。秋成と懐徳堂は怪異の受け入れ方が真逆だが、どちらも「合理的」というのは頷ける。西鶴の「人はばけもの」認識をその起点においてみせる構想に感心した。10章 古賀侗庵。懦者が怪異を記すことの意味。格物致知のための素材。無鬼論ではなく理気論で[怪異]を平常化。メモっぽい紹介で申し訳ないが、なんとなく本書の叙述内容のイメージが伝われば御の字である。
 ちょっと突っ込みたいところもないことはない。それはご本人に直接伝えることにしよう(笑)
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2020年03月20日

川平敏文『徒然草』

 川平敏文さんの『徒然草 無常観を超えた魅力』(中公新書、2020年3月)が出た。「出た」というのは川平さんのブログ閑山子余録の紹介パターンだということは、川平ブログの読者ならわかっていただけるだろう。
 副題を見れば、そして帯を見ればわかるように、中学・高校の教科書などで「無常観の文学」「隠者の文学」というイメージが定着している『徒然草』を川平流に読んで、『徒然草』の意外な魅力を提示しようとした本である。その試みはかなり成功していると思う。
 『徒然草の十七世紀』(岩波書店)という著書があるように、川平さんの研究は『徒然草』がどう読まれてきたか、という注釈史・享受史を柱とし、そこから近世思想史・近世文学史を読みかえるものである。本書もその延長線にあると思うが、最新の研究をとりこみつつも一般読者を意識し、『徒然草』の(やや風変わりな)入門書としても好著であろう。
 無常観・隠者の文学という教科書的イメージは、実は近代以降のものであることを、享受史的な観点から明らかにする。ではどのように読まれてきたのか。たとえば文学書というよりも故実書としてとか、四書の注釈と同列に近世初期の儒者が注釈していたとか、帯に書いているように、恋の指南書という側面や、落語的な趣向、その中に確としてある教訓性など、江戸時代の読者の読みを通して、『徒然草』の魅力が明らかにされる。とりわけ序段の「つれづれなるままに」の「つれづれ」についての解説が白眉である。九大学派らしい実証的な手続きを経て、「つれづれ」とは、本来の「孤独」から「存在の欠如」(寂寥)そして「行為の欠如」(退屈)と意味が広がっていったとする。そして、近代以降の多くの注釈書が現在にいたるまで「つれづれ」を「所在ない」「退屈」の意味でとっているという。この間あざやかな叙述であるが、第6章で明らかにされるように、近代以降もむしろ西洋文学の影響を受けた文学者らが「孤独」の意味で解釈しようとしていたことも事実である。しかしその「孤独」は、西洋的な文学観に基づくもので、兼好本来の「つれづれ」とはまた違うようだ。「つれづれ」の解釈についての解説を首尾に配したのは、なかなか戦略的である。
 また、『徒然草』に見える多面性、両義性をどう考えるかという点については、語り手の仮構性、つまりその都度、その主張に適した主体に「なりきる」という叙述法なのではないかという。これはさもありなん。題詠における和歌の演技性(渡部泰明氏『和歌とは何か』)につながるところだ。兼好も歌人なので。
 帯にある「落語の原型」というのはどうだろう?と首をひねる向きにも、幕末の落語家の証言をエビデンスとして説得力がある(詳しくは本書参照)。
 とにかく読みやすい。現代語訳を多用し、古典が苦手であってもすらすら読める。小川剛生さんの『兼好法師』との併読が効果的だろう。
 さて仄聞するところによると、今年春の中世文学会は、『徒然草』をめぐるシンポジウムが開催されるらしく、川平さんもパネリストとして招かれているという。実はその日は確か日本近世文学会とバッティングしているので、タイムシフトで視聴できないかなあ、などと期待するのであるが・・・。
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2020年03月18日

本居宣長記念館

青山英正さん関連の記事がふたつ続いたので、3つめ。前の投稿にかいた青山さんの科研の成果報告展示が、三重県津市の石水博物館で行われていて、招待券もいただいていた。有給休暇をとれという通知もあったので、少しゆっくりと伊勢をめぐるかと、本居宣長記念館と組み合わせて、のんびり調査見学小旅行を企てた。鳥羽まで行き、そこから北上するプランである。鳥羽のあたりで信じがたいことが起こった。少なくなったガソリンを補給すべく、どこでもいいやと立ち寄ったのが小さなガソリンスタンド。出てこられたのがご年配のご婦人である。車の窓から顔を出し、「満タン」というと、「ここはね、このあたりで一番高いんですよ。だから」とおっしゃる。なんという親切。感謝して「では10リッター」と言おうとすると、「だから、ここで入れない方がいいですよ。駅の近くまでいくとセルフのスタンドがありますから。セルフは使ったことありますか?そう、それならそちらで入れてください_「え、でも」「いや、本当にここは高いから」と、私を見送る体勢になっている。しかし、そんな、ねえ、お人好し過ぎませんか?・・・実際、しばらくいくと、1リットルにつき20円も安いスタンドがあって、びっくりした。
と、まあ、その話はともかく、リニューアル後初見参の本居宣長記念館。いまにも芽吹きそうな桜を横目に、事前予約していた資料を拝見。私費で来ているとはいえ、科研がらみで、とてもよい資料に巡り会うことが出来た。ちょうど、館長の吉田悦之さんが登場されて、宣長記念館所蔵の軸物、とくに本居家蔵の表装や箱書について、いろいろ教えていただくことが出来た。それにしても清造さんの端正な筆跡には感心させられることしきりである。さて知らなかったが、2018年3月に、記念館から『本居宣長年表(稿)』が刊行されていて、購入することができた。吉田館長の執筆のようだが、没後の事蹟の方が3倍くらいあって、宣長十講の各回の講義まですべて漏らさず記されていた。非常に便利な本である。と言っているうちにどんどん時間がたって、石水博物館の閉館時間が迫ってきた。車に飛び乗って一路津へ。川喜田家の資料を保存する石水博物館には初見参。閑静な森の中にたたずむ感じのいい博物館でした。川喜田家の豊かな文化を、張り交ぜ屏風や書翰などで堪能することが出来た。
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2020年03月13日

伊勢商人の文化的ネットワークの研究

青山英正さんを代表とする科研基盤研究(B)「伊勢商人の文化的ネットワークの研究‒石水博物館所蔵資料をもとに‒」の研究成果報告書が刊行された(2020年3月)。伊勢の豪商川喜田家旧蔵資料を元に、江戸時代の伊勢商人が文化的にも非常に重要な働きをしていたことを、明らかにした、意義深い研究である。これまでも、研究メンバーの個別の研究成果発表によって、この川喜田家資料が宝の山であることは、知らされていた。上田秋成の『春雨物語』の流通についても、青山さんが書簡からさまざまな情報を析出して報告している。メンバーの菱岡憲司さんは、小津桂窓の資料を着々と発掘して報告している。本報告書は3部に別れ、第一部が総論で、青山さんの研究概要の説明、早川由美さんの川喜田家代々についての概説、そして神谷勝広さんの「十六代半泥子作成の書簡貼りまぜ屏風」の紹介。100通以上の書簡が貼り交ぜられたもので、当代を代表する文化人の書簡だらけである。
第2部の各論では、本資料を用いた興味深い個別研究が並ぶ。中でも青山さんの「伊勢における『春雨物語』文化五年本の流通について」で、文化五年本諸本を改めて整理し位置づけた報告は、私にとって非常に重要なものである。西荘本は桜山本の写しではあるが、「清書」で書かれているから、当代の人にとっては価値が高いのでは、という提言には、なるほどと思った。
第3部は、書簡目録。数千通に及ぶ。そのエクセルデータもCDROMで付けている。至れり尽くせりとはこのことである。この豊富な書簡群からは、まだまだ様々なことが明らかになるだろう。
それにしても、近世の資料は本当にまだまだたくさんある。これらを整理し、読み、位置づけるスキルを持つ研究者が途絶えないような、文化に理解のある社会であってほしい。
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2020年03月08日

幕末明治の社会変容と詩歌

 青山英正さんの『幕末明治の社会変容と詩歌』(勉誠出版、2020年2月)が刊行された。
 3部全15章に、魅力的な問題意識に基づく優れた論考が配列され、和歌と新体詩の両方を、体系的な構想の中で論じるという、離れ技をやってのけた。
 前書きに次のようなことが書かれている。前近代から近代へと移行するなかで、詩歌の領域で二つの注目すべき事実がある。ひとつは前近代の国歌や社会を支えてきた和歌という文芸が近代以降も近代短歌として継承されたということ、もうひとつは、近代化の過程で新体詩という文芸が創始されたということ。それはなぜか。
 文芸を社会的行為としてとらえ、幕末明治期における社会変容過程に位置づけるという方法を取ってそれを解明すると。普通に国文学を教育された者にはなかなかできない発想である。
 青山さんは序章において、みすからの構想の見取り図を示している。青山さんの力量を証明するのは、研究史の整理である。単に目配りをしているだけでなく、自身の問題意識に焦点化している。そして近世と近代の連続を、近世から見るのでも、近代から見るのでもなく、双方に等しく目を配るというのである。これまでのあらゆる先行研究の方法を見据えながらも、どの研究からも距離をとり、その隘路に独自の道を拓いている。なにより文章に品格があり、しかも読みやすい。
 本論第一章は、私が盛田帝子と編んだ『文化史のなかの光格天皇』(勉誠出版)に書いていただいた論文であった。これは非常に嬉しいことであった。近世と近代をつなぐもののポイントのひとつが天皇である。天皇がになう古今伝受の意味が重くなったがゆえに古今伝受が途絶えるという逆説を見事に論じている。
 「あとがき」は、研究書を読む愉しみのひとつだろう。本書の「あとがき」は、数ある「あとがき」の中でも特に印象に残る物のひとつだ。私が知っている人が多く登場することもあるのだが、青山さんの学問を形成する上での、それらの人々との出会いと大切な場面がものすごく素敵に描かれている。名文と言ってよいだろう。視野の広い本書は、和歌・新体詩研究に収まるものではない。文学史・思想史・社会史・・・いや、近代の成立に関心のあるすべての読者にとって、読んでよかったと必ず思わせる本だろう。
 
 
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2020年03月05日

英語発表をしたい若手日本文学・日本史研究者の方へ

日本文学・日本史の若手研究者に対する、国際会議デビュー支援ともいうべきプロジェクト、リサーチショウケースがコール(発表者募集)されている。
私も、英語がほとんどできないくせに、厚かましくも英語発表などをしているということで、逆にちょうどいいと思われたのか、このプロジェクトの運営に関わることになった。こちらを参照してください。

概要は次の通りである。
(以下ウェブサイト引用)
歴史家ワークショップでは、外国語(特に英語)で学問的コミュニケーションを行う機会を提供するために、Research Showcaseを2016年より開催しています。第11回目となる次回のResearch Showcaseは、日本文学・日本史分野の若手研究者を中心に、@英語での研究発表とディスカッションを経験する、A文学研究と歴史研究の学際的交流をすすめることを目的として開催されます。ゲストコメンテーターとしてロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)のタイモン・スクリーチ(Timon SCREECH)先生、司会およびコメンテーターとして国文学研究資料館の山本嘉孝先生をお招きする予定です。

英語での発表スキルの向上、また学際的・国際的交流をめざす全ての日本文学・日本史研究者に開かれた会にしたいと考えています。日本文学や日本史など日本関係のあらゆる分野から、大学院生からポスドクまで広く発表者を募ります。

※ 過去のリサーチ・ショーケースについては、以下のサイトをご覧ください
https://historiansworkshop.org/category/research-showcase/

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日   時 : 2020年7月11日(土) 
会   場 : 東京大学本郷キャンパス(詳細は追ってご案内いたします)
ゲストコメンテーター:  Timon SCREECH(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院)
司会・コメンテーター: 山本嘉孝(国文学研究資料館)
フォーマット: 一人あたり、発表8分+質疑応答7分
使用言語  : 英語
応募条件  : 大学院生からポスドクまでの文学、歴史研究者
募集人数  : 8名程度
参加費   : 無料
応募方法  : 発表希望者は、2020年4月10(金)17時までに以下のサイトにある応募フォームに記入し、送信してください
URL    :  https://forms.gle/f21coa7bQRa5Gh2h8
ポスター  : ダウンロードはこちら

旅費も負担してもらえる。海外で発表したいけれど、いきなりはちょっと、という方にぴったりである。助言もいただける。日本研究が国際的になるためには、英語と日本語の両方での発信が、これからますます必要になってくる。これからの若い研究者は、是非チャレンジしてほしい。同様に、院生のご指導にあたっておられる先生方も、ご自身が英語ができるできないに関わらず、どんどん勧めていただければと思う。

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秋成の俳諧を考えるシンポジウム

3月1日に駒澤大学で、上田秋成の俳諧を考えるシンポジウムが行われた。
基調報告
 『也哉抄』の引用句例について 金田房子
 秋成と大阪俳壇 深沢了子
 俳諧紀行『去年の枝折』について 飯倉洋一
関連報告
 鉄屋の文事‒几掌を忠臣に 野澤真樹
 の4本の発表と意見交換。
近衞典子さんの科研によるもの。時期が時期だけに、個人的に宣伝も控えたが、参会者は20名ほどで、秋成研究者・俳諧研究者のみならず浮世草子研究者も集まり、有意義な発表と議論が行われた。
また科研の成果として、秋成発句全注釈の冊子が配布されたが、会場にいた佐藤勝明さんが「画期的」と称賛していたように、そもそもほとんど顧みられていない秋成の発句に、詳細な注釈を付けたのは、我々秋成研究者にとっても快挙である。なにせ秋成研究は散文に集中している。全歌集こそあるが(浅野三平氏)、全歌注釈さえ備わっていないのである。雨月物語や春雨物語はたくさん注釈があるというのに。
今回、この冊子で、秋成が芭蕉句を意識した句作りをたくさんやっていることが明らかになっている。秋成の俳諧研究の基盤となるものであろう。
 私も臆面もなく発表したが、俳諧の発表ではなく、我田引水の「寓言」論になってしまった。しばらくして、まとめてみたいので、ここでは詳しく書きませんが。




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2020年02月12日

補陀落ばしり物語

 西鶴をはじめとする近世文学研究の第一人者であり、歴史小説家でもある中嶋隆さんの長編第3作『補陀落ばしり物語』(ぷねうま舎、2020年1月)を読了した。私の中では、現時点での中嶋さんの代表作と言ってよいと思う。元禄大地震・宝永大地震・富士山噴火という立て続いての大災害の続いた時代に生きた、名もない人々の信仰の物語だが、読ませる。途中から止まらなくなった。テーマは魔仏一如の人間の心?。そして、隠れたテーマは、東日本大震災で犠牲になった人々への鎮魂か。いや勝手な読み方ですが。
 それにしてもなぜここまでリアルに江戸時代の名もない人々のリアルを描けるのか。第1作では、さすが研究者の小説と思ったが、本作では中嶋さんの内側に魔仏一如の心があるからではないかと疑っている。
 敢えて言えば、大団円に向けての展開がやや予定調和だったかなと思う。そこに何かビリビリっと破れるような展開があればなどと、勝手なことを言ってしまうのであった。しかし、これだけ小説に集中できたのは久しぶり。素晴らしい作品をありがとうございます。
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2020年01月21日

小説家、織田作之助

 私のお隣の研究室は近代文学が専門の斎藤理生さん。すでに太宰治についての著作があるが、このたび『小説家、織田作之助』(大阪大学出版会、2020年1月)を上梓された。斎藤さんが近代作家の新資料を発見した記事はもう何回見たことだろうか。新聞や雑誌を細かく調査する、地道で根気の要る作業を、たぶん嬉々としてやっておられる結果が、発見に繋がっているのだろう。空理空論をもてあそぶのではなく、資料に基づいてしっかり読む研究スタイルを、私は尊敬している。そこで、近代文学ではあるが、ここに紹介する次第である。
 一般向けの選書スタイルながら、360頁というボリューム。ですます調で書かれ、フォントも明朝体ではなく、ちょっと洒落ている。表紙は、阪大リーブルとは思えないほど(失礼)、明るく、可愛い(西村ツチカさん画)。1月11日に開かれた大阪大学国語国文学会で披露されたが、みなさんその外側の意匠に感嘆されていた。
 中身は?もちろん今後、織田作之助研究の必携書となること疑いなしの充実した内容である。お前全部読んだのか?と突っ込まれそうだが、いいえ、読んでませんが、拾い読みしただけで、それが確信できるのだ。
 織田作之助についてまわる「大阪の作家」というイメージ。そのイメージに?を投げかける序章。そして『夫婦善哉』にはじまる代表作の読み。先行作品の換骨奪胎の指摘。数々の新聞小説の試みの分析。縦横無尽である。ふと、思い出した。斎藤さんが学生の頃に、浮世草子作家其磧の「剽窃」について私に質問したことを。なぜ(研究用語として)「剽窃」というのか?という内容ではなかったか?ズレた回答をしたように記憶するが、オダサクの「器用仕事」のことを考えていたところからの質問だったのだろうか?
 とまれ、同時代の状況と作品の切り結びという観点に興味のある近代文学研究者(いや、もっと広く文学研究者)は必読だろうと思う。きちんと読んでないくせに自信に満ちた言い方?いや、大丈夫です。隣の研究室にいるから、保証できるんです。
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2020年01月19日

近世文藝111の怪談研究

 今年はゆえあって、近世怪談の研究をなるべくフォローしてゆきたい。で、第1弾は昨日届いた『近世文藝』111号(2020年1月)。ほんとにメモ程度で申し訳ないが、触れておく。森翔大氏「林義端怪異小説の典拠」。「浮世草子怪談」と位置づけられている義端の『玉櫛笥』の典拠として、室町物語の『業平夢物語』と、中国明代小説『続艶異編』を指摘する。義端が古文辞学派の儒学者であり本屋でもあったことで、これらのメジャーとはいえない本の知識があったとする。しっかりとした典拠考。伊與田麻里江氏「山東京伝『復習奇談安積沼』の創作手法−敵討物草双紙からの影響をめぐって−」。南杣笑楚満人の黄表紙『敵討沖津白波』の利用を検討し、京伝読本形成の試行錯誤の跡を示すものと位置づける。
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2020年01月18日

中根東里という人

 去年の10月に行われた、佐野市立郷土博物館の「中根東里展」。なんと台風19号で、佐野市全体が被害を受けたため、展覧会は会期途中で中断されたという。関係者の無念さはいかばかりであったろうか。
 中根東里。私もその名は知っているが、何をした人なのかといえば、はて、漢学者でしょう?、ぐらいしか頭に浮かばない。この展覧会の図録『中根東里展−「芳子」と門人たち−』を去年の11月に送っていただいていた。ご紹介が遅れて申し訳ない。
 この図録の第一章「中根東里の生涯」に塩村耕さんが、西尾市岩瀬文庫悉皆調査の過程で、『東里先生遺稿』『東里外集』に出会い、二度驚いたことを記している。「新瓦」という文章に、幼い姪芳子が成長後に読むようにと直接的に明言していること(そういう例は稀少)、そしてその文章で西鶴の記述と似た状況が語られていたことに。東里は、「隠逸孤高の文人」だが、希有な思索者・表現者であることが塩村氏によって発見されたわけである。
 特定の人に向けて書かれた文章であるからこそ、誰が読んでも胸を打つということがある。前近代の文章はそのような性格を備えていると私は思っているが、このケースはまさに「我が意を得たり」である。
 さて、東里は、一生独身で学問に専念していた。しかし、突然幼い姪「芳子」を育てることになり悪戦苦闘する。姪が成人するまで自分の寿命があるか心配で、「新瓦」を書き残した(「あとがき」参照)。塩村さんは、この「新瓦」を「日本人必読の書」だと評する。原文は漢文だが、訓読文を施し、さらに丁寧にも現代語訳をつけている。かなりの思い入れだが、確かに、この文章は、古典と呼ぶに相応しい。現代的意義に満ちている。「忖度」という言葉の本当の意味も教えてくれる。そして「名を好む心は学問の大魔なり」と警告してくれる。興味深いのは、芳子は女性だが、「真の読書」をする女性になってほしいという。その時に何を読むか、何を読まずにおくかを木に例えて教えるのだ。
 『詩経』と『書経』は根、『論語』と『孝経』は幹、『左伝』『国語』『史記』『漢書』はその枝葉花実だと、それ以外は読んでも読まなくてもいいと。読書で徳を成すものは、上の部類、読書で恥を知るものはそれに次ぎ、読書を楽しみとするものはそれに次ぐと。我々にとっても、貴重な教えだ。
 さて、この図録、佐野の地に学問を根付かせた中野東里の功績を称えた展示で、きめ細かい。なかでも彼を慕った須藤柳圃宛書簡が多いが、翻字だけではく現代語訳まで付けてくれている。書簡文が読めなくても東里の思想の真骨頂を見ることができる配慮だ。なんだか、東里の教えを、この図録が受け継いでいるかのようだ。
 塩村さんと末武さとみさんの労作の図録だが、もはや東里研究の現時点における決定版といえるだろう。
 ところで、コラムのひとつに「東を歓迎した佐野の人々」(末武さん執筆)があり、そこにやはり佐野を拠点に俳諧および教化活動をした常盤潭北の話出てくる。かつて私が調べた、「教育する俳人」で、拙稿を引いていただいているのがありがたい。この縁で図録を送っていただいたようである。
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2020年01月12日

文学研究と歴史研究(滝川幸司さんの講演について)

 2020年初投稿。今年もよろしくお願いします。
 ブログで紹介したい本や図録など数点を年越ししてしまった。これからのスケジュールを考えると一気に挽回というわけにもいかないようだ。
 短い記事でも少しずつ書いてゆきます。
 さて、昨日は、大阪大学国語国文学会の総会(研究発表+総会)があり、昨年10月に着任された滝川幸司教授の講演が行われた。
 題して「渡唐の心情は詠まれたのか−寛平の遣唐使と漢詩文−」。
 中公新書の『菅原道真』164頁以降に触れられていることだが、道真が寛平6年に遣唐使可否再検討の状を出したのは、自身の渡唐に不安があったからだという説があるが、それはありえないということを話された。渡唐不安説は、状を出した5日前の重陽宴で道真が詠んだ漢詩を根拠にしている。しかし、天皇が催す詩宴で、詩題にそって詠まれた漢詩は、題意をふまえて詠むものであり、私情を詠むことはあり得ないこと、また詩に使われている「賓鴻」「向前」の典拠・用例を踏まえて解釈すれば、渡唐の心情を詠んだという解釈は成り立たないことを明快に述べた。
 もともと権威ある漢詩文研究者の説を、歴史研究者が鵜呑みにして、何十年も疑われなかったという状況があったということだ。
 そして、このようなことが起きないようにするには、やはり文学研究者が、注釈という文献解釈の方法をきちんと一般に説明し、啓蒙する必要があるのだということを主張された。学生にとっても非常に重要なメッセージとなったし、すごく意義のある講演だったと思う。
 歴史学者は史料を厳密に読むが、こと詩とか和歌についてはどうだろう。そのへんの注釈書を鵜呑みにしていないか?どの注釈書を使うかということも重要なスキルである。詩や和歌ばかりではない。最近もある歴史学者の論文で、文学テクストを扱ったものを見たが、そもそも、注釈や現代語訳さえ備わるテキストなのに、大昔のテキストを用いていて驚いた。ちょっと文学研究者に聞けばわかることなのだが・・・。
 しかし、同様のことを文学研究者もしているかもしれない。自戒しなければならない。そして、これはやはり人文学の蛸壺化が招いてきた弊害であろう。学際化・国際化が叫ばれているが、実際どうやってそれをやるのか?まずは、人的交流だろう。学生も、専門以外の授業を受けてみるといいと思う。一つ学問の境界を越えると、同じことを別の用語で称することもあることがわかる。
 そういうことをいろいろ考えさせられる講演だった。
 
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