2018年12月16日

絵入本ワークショップ記(明知大学校)

12月2日のエントリーに書いた、第11回絵入本ワークショップ、15日・16日の2日間、ソウルの明知大学校で、みっちり行われました。発表者が多く、初日の午前の部は2会場に別れました。私がこのワークショップで発表するのは、去年に次いで2回目ですが、学会と違って、運営がいい意味で融通が利いていて、臨機応変という印象を受けます。佐藤悟さんの献身的なご尽力によるものです。今回は韓国の日語日文学会との共同開催ということで、賑々しく行われました。

私はトップバッターの予定でしたが、指定討論者の先生が交通トラブルに巻き込まれて遅くなるということで、3番目になりました。発表は、『摂津名所図会』の人物風俗図を描いた丹羽桃溪の絵を全体的に考察し、名所案内・臥遊の書とされてきた『摂津名所図会』を、別角度から読み直してみる試みです。やや妄想的な仮説を提示したもので(それができるのがワークショップの良さだと思いますが)、指定討論者の先生をはじめとして、ご質問やご教示をたくさんいただき、また発表後も好意的なコメントをいろいろな方からいただき、もしかすると相手にされないかもと戦々恐々だった私にとってはとてもありがたかったです。とにかく、私がご教示を受けたいなと思っていた先生方がことごとく質問してくださった、という感じです。

私も今回は2回ほど質問しました。和歌絵本についての神作研一さんの発表と、忍びの装束についての吉丸雄哉さんの発表です。後者は私の学生のテーマと重なりますので、かなり熱心に聞きました。また、いま授業や読書会で読んでいる『絵本太閤記』の話題も1度ならず出てきて、これまた収穫でした。

今回のハイライトは延広眞治先生と佐藤悟さんの基調講演でしたが、延広先生のご講演は、かつて大阪大学に集中講義に来て下さった時の『奇妙図彙』のご解説をさらに進化させたもので、阪大の名前も出して下さり、とても嬉しかったです。佐藤悟さんのご講演は、ソウル大学に所蔵される、世界的な合巻コレクションについてのご紹介でした。私もソウル大の日本古典籍目録に参加して、合巻のカードを取るお手伝いをしたことがあったので、これまた懐かしく拝聴しました。

明知大学校の崔京国先生をはじめ、金美眞先生ほか韓国側のスタッフの素晴らしいおもてなしに感動・感謝の2日間でした。
そして、絵本に疎い私にとって、すべての発表が勉強になるもので、とりわけ2日目の草双紙をめぐる発表と質疑には感銘を受けました。発表は、文学史の定説に挑戦する刺激的なもの(松原哲子さんなど)もあり、またそれへの質疑が実に興味深く勉強になるのです。浅野秀剛先生など美術史研究者からの指摘に目から鱗という場面もありました。これは、ソウルまで来て、本当によかった。

ソウルは、実に久しぶりで、今回はとても寒かったですが、空気がとてもよく、ワークショップ前日には今はソウル神学大学校で教員となっている教え子に、ソウル歴史博物館を案内してもらい、美味しい韓料理をふるまってもらうなど、これもまた楽しい思い出となるでしょう。

2日目は懇親会途中で疲れが出まして、お先に失礼いたしました。みなさま、お疲れ様。カムスハムニダ。


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2018年12月06日

信州の本屋と出版

鈴木俊幸『信州の本屋と出版』(高美書店、2018年10月)。
ご紹介が遅れてしまったが、これは鈴木さんのフィールドとする信州・長野県の本屋と出版についての20数年にわたる調査研究の成果である。
江戸の本屋・出版といえば、三都(京・大坂・江戸)の他は、そんなに盛んじゃないよね、と思いがちだが、江戸の後期となると、地方都市にも、本屋がどんどん生まれ、書物が流通する。そのことを、信州を事例に明らかにしたのがこの本である。
 今に続く高美屋という本屋を中心に、残存する貴重な資料を読み込み、明治にかけての信州の出版状況を多数の図版を用いて鮮やかに描き出している。これぞ鈴木俊幸の仕事。しかし、これだけ学術的に高い水準の本を次から次へと、本当に敬服します。
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2018年12月05日

松野陽一先生のこと

松野陽一先生が亡くなられた。
30代のころ、松野先生が国文学研究資料館の文献資料部部長時代に、客員助教授として、呼んでいただいたことがある。
あの時は、小峯和明さんや、キャンベルさんも在籍していたころだった。
部長室には3時から4時ごろに、三々五々先生方が集まって、いろいろと座談をするならわしがあって、古書の話や研究の話をされていて、勉強になった。
中心には、いつも穏やかな笑顔の松野先生がいらっしゃった。それが今でも脳裏に浮かぶ。
松野先生は中世和歌がご専門ではあるが、近世和歌和文についても多くの業績があった。その集成が『東都武家雅文壇考』(臨川書店)である。
そこにも収められている和文の研究に導かれて、私も近世の和文を考えたことがある。岩波の『文学』で、中野三敏先生、上野洋三先生と近世歌文について鼎談されたものは、何度も繰り返し読んだものである。一度、山口にいらっしゃた時には、「ちょっとお会いできたらと思ったのですが」と留守電を残されていて、あー、しまった、もったいないことをと、在宅していなかったことを悔やんだこともあった。
先生は、国文学研究資料館始まって以来はじめての「生え抜き」の館長であった。つまり国文研の中から選ばれたはじめての館長であった。これは現在に至るまで、先生だけなのである。そして松野館長時代に、私もさんざんお世話になっている。
先生の館長時代、韓国での国文研の調査で、ご一緒したことがあり、たしか明洞のスタバだったかで、その時は食事のあとで、もう少人数になっていたと思うが、近世和歌の研究状況について、思いの外厳しいことを言ったりされたことも記憶にある。先生は私の師と、早稲田時代の同期だったと思う。それもあって、勝手に敬愛していた。
どうか安らかにお眠りください。






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2018年12月02日

絵入本ワークショップ in ソウル

今年の絵入本ワークショップは12月15日と16日に韓国ソウルで開かれる。
韓国日語日文学会との合同開催。
プログラムが固まったということで主催者から案内があった。

ソウルに行くことは10回目めくらいだが、最近は2011年だったかの、日本近世文学会高麗大大会以来久しぶりなので、大変楽しみである。
そして、発表者の多さよ。
もともと美術史と日本文学の学際的なワークショップだが、今回は加えて国際的、というわけである。
私は『摂津名所図会』で発表する。予稿集の原稿は送ったものの、パワーポイントの作成はこれからである。
むこうに行ってからでも少しは・・・と思っていたら、なんとトップバッターだった。
焦りますな。

韓国日語日文学会
2018年冬季国際学術大会
日時:2018年12月15日(土)11:30-18:00
   2018年12月16日(日)10:00-16:00
場所:明知大学
( ソウル市西大門区南加佐洞50-3 )
<国際シンポジウム>
日本文学と挿絵リテラシー
主催: 韓国日語日文学会 明知大学日語日文学科
共催: 日本絵入本学会, 国文学研究資料館, 東洋文庫, 一般社団法人 美術フォーラム21, 実践女子大学文芸資料研究所, フランス極東学院
∎古典文学3(絵入本ワークショップⅪ) 2018年12月15日(土)    
第 3 発表会場
座長 : 이준섭 (경북대)
11:30-12:00 受付
12:00-12:30
飯倉洋一(大阪大)
『摂津名所図会』における挿絵の役割
        討論:이현영(건국대) 司会:최태화(광운대)
12:30-13:00
高永珍(同志社大) 
「意馬心猿」図と『紀三井寺開基』の挿絵
−相違の要因としての演出と図様の展開−
        討論:김학순(고려대) 司会:최태화(광운대)
13:00-13:30
高杉志緒(釜山日本文化研究所)
斎藤秋圃の挿絵本について
  討論:康志賢(全南大) 司会:神林尚子(鶴見大)
13:30-14:00
개 회 식 개 회 사 :허영은(한국일어일문학회 회장)
축 사 :
사 회 :
14:00-15:30 국제심포지엄
주 제 : 일본문학과 삽화 리터러시 (日本文学と挿絵リテラシー)
강 연 : 延広眞治(東京大学), 佐藤悟(実践女子大学)
지정토론 :
사 회 :
15:30-16:00 休憩
                                  座長 : 구정호(중앙대)
16:00-16:30
洪晟準(檀国大)
知識伝達媒体としての挿絵
        討論:편용우(전주대) 司会:박희영(대진대)
16:30-17:00
神作研一(国文学研究資料館)
〈和歌絵本〉と絵入り歌書刊本
     討論:金裕千(祥明大) 司会:上野英子(実践女子大)
17:00-17:30
18:00- 懇親会
∎古典文学4(絵入本ワークショップⅪ)  2018年12月15日(土)
第 4 発表会場
    座長 : 황소연 (강원대)
11:30-12:00 受付
12:00-12:30
武藤純子(跡見学園女子大)
『絵本小倉錦』の出版経緯と特色−跡見学園女子大学図書館蔵本に注目して−
    討論:手島崇裕(慶煕大)司会:小林ふみ(法政大)
12:30-13:00
小笠原広安(駒澤大)
「蛇を咥える蛙」の図に関する一考察
  討論:斉藤歩(ソウル大) 司会:吉丸雄哉(三重大)
13:00-13:30
片龍雨(全州大)
歌舞伎における老いの描写
        討論:韓京子(慶煕大)
        司会:河合眞澄(大阪府立大学名誉教授)
13:30-14:00 개 회 식 개 회 사 :허영은(한국일어일문학회 회장)
축 사 :
사 회 :
14:00-15:30
국제심포지엄 주 제 : 일본문학과 삽화 리터러시 (日本文学と挿絵リテラシー)
강 연 : 延広眞治(東京大学), 佐藤悟(実践女子大学)
지정토론 :
사 회 :
15:30-16:00 休憩
16:00-16:30
金英珠(韓国外国語大)
視覚化から見る神話の生成と変容
討論:홍성목(울산대) 司会:木越俊介(国文学研究資料館)
16:30-17:00
井上泰至(防衛大)
絵入り本の「黄昏」−正岡子規の受容−
           討論:河野龍也(実践女子大)
           司会:木越俊介(国文学研究資料館)
17:00-17:30
18:00- 懇親会
∎ 古典文学5(絵入本ワークショップⅪ)  2018年12月16日(日)
第 1 発表会場
座長 :佐藤悟(実践女子大)
9:30-10:00 受付
10:00-10:30
金美眞(ソウル女子大)
ソウル大学図書館所蔵合巻の装丁-文政期以後の作品を中心に―
    討論:神林尚子(鶴見大)司会:片龍雨(全州大)
10:30-11:00
松原哲子(実践女子大)
草双紙試論−呼称・内容と時代との関係について−
    討論:康志賢(全南大) 司会:片龍雨(全州大)
11:00-11:30
神林尚子(鶴見大)
『〈お竹大日如来〉稚絵解』の成立とその背景
討論:金美眞(ソウル女子大) 司会:洪晟準(檀国大)
11:30-12:00
曽田めぐみ(東京国立博物館)
幕末期の合巻からみる摩耶夫人のイメージ−朝鮮仏画「釈迦誕生図」とのかかわりから−
    討論:류정훈(고려대) 司会:洪晟準(檀国大)
12:00-14:00 昼食
         座長 : 服部仁(同朋大)
14:00-14:30
康志賢(全南大)
三亭春馬作合巻『紫菜浅草土産』の書誌考−摺付表紙及び、板元文会堂山田屋佐助と錦重堂上州屋重蔵を中心に−
  討論:吉丸雄哉(三重大) 司会:松原哲子(実践女子大)
14:30-15:00 山本和明
(国文学研究資料館) 覆刻本版下について−草双紙を例に−
  討論:木元(大妻女子大) 司会:松原哲子(実践女子大)
15:00-15:30
吉丸雄哉(三重大)
絵入本にみる忍び装束の発生と定着
    討論:최태화(광운대) 司会:韓京子(慶煕大)
15:30-16:00
崔京国(明知大)
浅井了意『三綱行実図』の挿絵
 討論:斉藤歩(ソウル大)  司会:韓京子(慶煕大)
16:00- 懇親会
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2018年11月19日

妙法院宮真仁法親王とその周辺

11月22日、午後3時から、龍谷大学で講演をします。
光格天皇の兄である妙法院宮真仁法親王の文化圏について、特に小沢蘆庵との交流を軸にお話いたします。
龍谷大学で蘆庵の研究会をやってらっしゃるということで、それと関わりのあるお話をというご要請でしたが、その研究会の中に、私より詳しい方がたくさんいらっしゃるのですけどねえ。
授業の1コマでもあるらしく、学生さんたちと、そういう専門家の方々が混じって講演を聴かれるらしいのですが、正直申し上げて、これはやりにくいですよね。もちろん、学生を優先してしゃべりますからね。物足りないなどという苦情は受け付けませんよ。
すこし前に、東山七条の妙法院は特別拝観で一般公開しておりました。すぐ近くには、刀の展示をしている京博。妙法院は江戸時代以来、豊臣秀吉の遺宝を管理しているわけですが、たまたま秀吉関係資料の特別展示が行われていました。非常に興味深かったです。そういうわけで、秀吉関係ネタも少しだけやるつもりです。

下記

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2018年11月18日

歴史研究者に通史はかけるのか(続太平記コロキアム報告)

 太平記コロキアムin日文研2日目。満を持して?日文ハウスに宿泊したのは、ちと大げさだったかなと思っていたが、そうしてよかった。往復の時間分お仕事ができました。さて『観応の擾乱』の著者、亀田俊和さんは『太平記』全体に中国故事がどのように分布しているかに着目して分析した。たしかに『太平記』を読んで戸惑うのは、この中国故事の横溢で、なぜこんなにあるのか、という典拠論とは違う問題意識が新鮮である。質疑も有益で、中国故事の太平記への流入に幼学書の影響を考える黒田彰氏の業績などを荒木さんが紹介。
 次いで小秋元段さんが、各発表についてのコメント。『太平記』なしで南北朝史が書けるのかと、歴史研究側に問いかけた。これは、今回のシンポジウムの根本的な問題意識を具体的に顕在化したものだったように思う。
 その後、各発表者からまとめのコメントとフロアからの質疑があった。印象に残ったのは、谷口さんの「実態と認識」。これは呉座さんの『応仁の乱』の記述が認識というレベルを重視していたこととリンクする。井上さんの「通史というものは大衆的」。裏返すと学問的に通史を書くことは至難。たしかに非専門家が通史を書いているのは今も同じである。司馬遼太郎の小説を歴史書として読んでいる向きもあるだろうが、これも『太平記』の流れというわけである。
 南北朝史の叙述は『太平記』から逃れられないのは宿命的なものだろう。仮に『太平記』を全く使わない通史を書けたとしても、『太平記』を意識せずに書くことはあり得ないと谷口さんが言うとおりである。
 どうも物語>歴史(研究)のようである。だからこそ、歴史学のアイデンティティのひとつは、物語の否定にある、ということになる。我々の前提としてある〈物語〉、江戸時代でいえば、「江戸時代は鎖国だった」という物語を否定するのが歴史学、という印象がある。しかし、それは、大衆の歴史認識においては物語が優先しているということであり、歴史学のインパクトとは物語の否定だということになり、それはいわば破壊であって創造ではない。もし、実証的な歴史学が新しい物語を作るとすれば、それはなかなか面白いことなのだが、小秋元さんによれば、それは「方法としての『応仁の乱』」ということになるのだろう。小秋元さんのいう方法としての『応仁の乱』とは呉座さんの方法で、「応仁記」など既存通史の枠を借りない、京都ではなく奈良の視点で描く、ということである。しかし、どなたがいうように、応仁の乱の時代には『太平記』のようなカノン的な通史がないのである。はたして南北朝でそれが可能なのか。
 井上さんの提案する『太平記の虚像と実像』という本は、秀吉の虚像と実像よりもかなり厳しそうだが、人物を10人くらい取り上げてやると面白そうである。
 近世演劇の作法「世界」と「趣向」ということを考えると、『太平記』は『平家物語』や『曽我物語』と同様、「世界」を構成する作品である。その「世界」を検討すると近世的太平記観が浮かび上がるだろう。その意味で、コ治主義を謳う儒教的な『太平記』の序は重要なのだろう。序をどう考えるかは質疑で出た論点のひとつである。
 近世後期文学は、このような軍記を図会という形で解釈したりする。読本の図会物というのはきわめて思想史的な問題をはらんでいる。ここでも井上氏の仕事が関係してくる。今回頂戴した「幕末絵本読本の思想的側面」(日本学研究 28)もそのひとつである。


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2018年11月17日

太平記コロキアム in 日文研

日文研の荒木浩さんの主宰する共同研究「投企する古典性−視覚/大衆/現代」の特別版、太平記コロキアム初日。たぶん数十人が集まりましたが、歴史学と文学の垣根を越え、近世と中世の境を越えて、すごいメンバーが集まっていたので、表には出さねど「うわーすごい!」と、心中ではミーハー的にはしゃいでおりました。まず、コーディネーターが呉座勇一さん、本日の発表者は、和田琢磨さん、谷口雄太さん、井上泰至さん、伊藤慎吾さん。全部面白かった。和田琢磨さんは太平記諸本研究史を整理するとともに、異文発生は武家の関わり以外にも考えられるのではないかということを提起した。谷口雄太さんは歴史家が現在でも「太平記史観」にとらわれているとして、足利・新田のとらえ方を切り口に挑発的な問題提起をした。フロアも黙ってはいない。論われる側の兵藤裕巳さんや市沢哲さんがその場にいて発言されたり、松尾葦江さんが「太平記史観」という問題意識そのものへの疑義を出されたり。井上泰至氏の近世における太平記享受の展開は、国学・皇国思想との結びつきに焦点を当てたもの。井上軍記学の集大成的な発表ともいえ、このところの私の関心(名所図会や絵本読本)ともリンクして面白かった。渡辺泰明さんのお顔も見たが、挨拶する間もなく、角川賞のお祝いも言えなかったのは残念であった。伊藤慎吾さんの太平記に登場する妖怪の展開、現代のRPGやライトノベルまで広く、射程長く見渡していて、共同研究テーマの三要素をすべて備えた発表だった。明日は、太平記と中国説話、そして小秋元段さんの総合コメント、ラウンドテーブルとまたまた楽しみである。懇親会のあと、敷地内のゲストハウスに泊まって時間の節約。
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2018年11月09日

動物怪談集

 ニャンコやワンコに限らず、動物番組って人気がありますよね、むかしから。
 そのまたむかしの、江戸時代ならどうでしょう。
 狐・狸・蛇・猫・・・と、人間に化けたり、悪さをしたりする動物が、本の世界、演劇の世界で大活躍・・・。
 というわけで、『動物怪談集』なるアンソロジーが編まれた。
 国書刊行会の「江戸怪談文芸名作選」の第四巻、近衞典子さんが校訂代表。2018年10月。
 編集者の書く帯が相変わらず華麗で、今回は「動物たちが縦横無尽に活躍するファンタスティックでユニークな怪談集」と謳う。
 収められた怪談は五編。帯では意匠絶巧・痛快洒脱・珠玉の浄瑠璃調・弁惑物の怪作と、繰り出す作品を形容する。
 この中の『風流狐夜咄』をかつてすこし取り上げたことがある。夢の中で、狐が順繰りに扇を回しながら咄をする(夢の中でのことという設定だが)、当時の夜咄のあり方をどこか反映していると思われて興味深い。また「順咄」という語が注目される。
 丁寧なあらすじを含め、解説も丁寧である。
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2018年11月08日

信多純一先生

信多純一先生が逝去された。

その学問的・教育的業績は、ここであらためて言うまでもない。
近松をはじめとする近世演劇研究に加え、絵画と文学の関係についての論も多く、どれもが魅惑的な論である。
八犬伝や好色一代男にも一家言があり、議論を巻き起こされた。

先生に対しては、「恐れ多い」「申し訳ありません」という言葉が私の中から湧き上がってくる。
実際、先生からは、何度か、流麗な文字で書かれたお手紙をいただくことがあったが、そこに書かれていたのは、いつもご教示とご叱責であった。
先生は、阪大の国文学(今は日本文学)の研究室を本当に愛しておられ、心配しておられた。
私などが、近世文学の教員を務めていることに、危うさを感じられておられたと思うと、まことに恐れ多く、申し訳ない次第なのである。

もともと私は大胆で一見奇抜な論文を読むのが大好きだったので、大学院生時代から自分勝手に信多先生ファンだった。もちろん、先生の本領は厳密な学問である。しかし、あっというような仮説を述べられることがあるのだ。

教え子の方たちと比べると、私の思いなど、芥子粒のようなものだが、私なりにいろいろな思い出がある。
それを全てここに記すことはもちろんできない。少しだけ記す。

私の後輩の時松孝文君が浄瑠璃研究を志し、中野三敏先生のお勧めもあって、信多先生の門下になった。
その時松君が、ある私のことば(信多先生に関することではない)を、信多先生に告げたところ、「けしからん!」とおっしゃったということ。「言うなよ〜、時松」とその時思ったが、何十年もたってみると、なにか私の中ではいい思い出である。時松君は若くして急逝したが、葬儀の時の信多先生のご弔辞は、胸を打つものであった。

先生が叙勲を受けられた時、先生の功績調書を作成したことがある。教え子に協力してもらい、過去の「国文学」と「解釈と鑑賞」の学界時評を全部確認したことがあった。先生ご自身も、多くの書評や新聞記事をストックされておられたが、時評までは確認されていなかったようで、感謝されたことがある。先生とメールや電話にやりとりを頻繁にしたのは、この時だけだったが、これも貴重な経験であった。
叙勲ご受章のお祝いの会では、かたじけなくも先生ご夫妻と同じテーブルにすわらせていただき、大変緊張したが、有り難かったことを思い出す。

また、先生と親しい柏木隆雄先生が、阪大の日本文学の教員との会食で、先生をお招きくださったことがあり、会食のあとに、信多先生行きつけのすごく格調の高いカラオケ店(?といっていいのか?知らない方もいるなかで一人ずつステージのようなところで歌う形式。元歌手の方がたくさん常連でいらっしゃる。リクエストは紙に書いて渡す)に連れて行ってくださったことがあり、そのプロ並みの歌に驚いたこともあった。

そして先生は、本ブログのコメント欄にコメントをお寄せくださったことがあった。「志水」の号で。これは本当に嬉しかったのである。
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2018年10月31日

水鳥荘文庫目録(第二版)の御上梓に快哉を叫ぶ

『水鳥荘文庫目録』(第二版)(弘学社、2018)は水鳥荘主人こと柏木隆雄先生蔵する所の洋書の目録なり。十六年前に第一版刊行せし以来購ひし一千五百余冊を加へ、第二版とす。併せて一万余冊といふ。A5判にして目録は四百頁を超え、解説また七十頁を費やす。吾は仏語を解せざるも、解説は和語なるを喜びこれを摘読すれば、稀覯本・初版本・美装本を述べて学術的価値に及び、学ぶこと少なからず。
先生の目録再版を思ひ立ちしは2011年の冬、南仏ニースにての事なり。古きよりの知人にして古書店主のヒルラム氏に逢ひ、「古書語り」に花咲き遂に目録再版を約するに及びしと。吾ら夫婦、その旅(同地美術館に所蔵せる北斎漫画の調査なり)に同行を許され、その晩餐の現場にも同席せしことは、忘れがたき思ひ出なり。第二版序に我らが名を以て紙面を汚せしはかかる理由なり。恐れ入り奉りしことなり。また五百四頁に載る写真は吾が撮りし写真ならん。
言ふまでもなし。「水鳥」は、酒(氵に酉)を意味する語にして、仮名草子にも『水鳥記』なる酒豪の物語あり。柏木先生の酒を愛すること、先生を知るものは誰か知らざる。
いざ、本書の開版に祝杯挙げん。目出度し、目出度し。
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2018年10月28日

東京百年物語

文学地理学がらみの本、岩波文庫からも出ています。
『東京百年物語』。2018年10月。東京を描いた文芸アンソロジー。第1冊は、1868〜1909。
解説は、ロバート・キャンベルさん。
いまは亡き雑誌『文学』に「銀座文芸の100年」を連載していたが、それがベースになっているのでしょう。
巻頭の『東京銀街小誌』にはなんと現代語訳!東大での演習の成果が反映されていると。
この作品、『江戸繁昌記』に連なる「繁盛記物」だということ。まことに生き生きと明治初期の銀座が甦ります。
勝手ながら、この本、文学地理学を考える一助にさせていただきます。


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祈りと救いの中世

私は学部生のころ、親鸞の『教行信証』を唸りながら読んでいた。
その論理の構築に興奮しながら、日本思想大系の頁をめくっていた。
私は西洋史学に進学予定だったが、その本によって、日本の仏教文学を研究しようと転向することになり、日本文学に進学、中世文学の研究書をあれこれ読んだりもしていた。中世の、死を見つめながらの思索的な世界に憧れていた。
どういうわけか、というよりも、日本文学に進んで見ると、中世文学の先生はいなかったので、結局またまた小さな転向をして、近世文学を研究することになった。なにか、ずっと違和感を感じつつ、今日に至るわけである。しかし、近世を選んだことはもちろん後悔していない。
なぜなら、違和感を感じたつづけてきたことが、自分にとっては幸いだったと思っているからである。
しかし、学部のころの仏教に対する探求心のようなものは、いつのまにかどっかに行ってしまい、中世文学研究にも、ごく一部をのぞいて、目配りをしていなかった。
しかし、今、開催されている東京立川の国文学研究資料館の特別展示、「祈りと救いの中世」(10月15日から12月15日の期間、開催されている。日曜、祝日と11月14日が休館)の図録を拝見して、40年ぶりくらいに、それが蘇っているのは何故なのだろう。いや、正確にいうと、少しは近世文学を研究したことで、新たなアンテナが立ち、反応しているのだろうか。図録の巻頭言ともいえる「祈りと救いの遺産ーテクストに託された唱導のはたらき」という阿部泰郎氏の文章にのめり込んだ。そうか、唱導とテクストか。もちろん近世でも堤邦彦氏がこのテーマをずっと追っている。私はそれを唱導とテクストの関係という問題意識であまり見てこなかったのだ。唱導行為をテクストや絵に移植する時に、文字あるいは料紙のもつ様々な制約と制度から、衝突がおこり、その負荷とも呼ぶべきものに、思想や文芸の可能性がある。
 とくに絵の問題は、これまで私があまり顧みなかったことだが、このごろ絵入本ワークショップに参加しているせいか、絵の意味を考えるようになってきているので、今回の展示でも、唱導というパフォーマンスとテクストそして絵の三者の、さまざまなベクトルを想像していると、脳内がいったん混乱するなかから、ある思念が立ち上り、錆びた部分に注油されるという感覚を覚えるのである。
 実は、この期間、東京に行くことがかなり難しいと感じているが、これは無理してでもいくべきなのではないかと、学部生のころの自分が今の自分に呼びかけている。
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2018年10月27日

不忍池ものがたり

またまた鈴木健一さん。このブログ10月に3回、新著で登場、しかもこれは単著である。
『不忍池ものがたり 江戸から東京へ』(岩波書店、2018年10月)。
最近の、このブログの話題として「文学地理学」があるが、まさしく、この本、文学地理学の成果といってよい。
もともと、名所図会や名所和歌集の研究をしてきた鈴木さんの著書としては、必然の帰結であろう。
不忍池の語源、地理的考察から、文化的意味、文学的意味、歌枕としての成立、漢詩人の見る不忍池など、軽快に筆が走る。
中でも、歌枕としての考察は、デジタル文学地図プロジェクトと大いにかかわるので、興味を引く。
そして今回の本は、「江戸から東京へ」という副題にあるように、明治期における不忍池に紙幅が割かれている。
戊辰戦争の激震地、上野という文化的な場所の中での位置、そして鴎外の「雁」、さらには江戸川乱歩、吉本隆明まで出てくる。
まさに不忍池の文学史だが、そういうタイトルではなく、「ものがたり」である。
これは池そのものの歴史と、池を見てきた人々の歴史、それを称する言葉なのであろう。
池というのが、文化的な存在であることが最初に述べられている。湖・沼・池と並べると、確かに池だけが庭園という人工的な空間に
存在しうるものである。着眼がやはり非凡なのである。

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輪切りの江戸文化史

鈴木健一さんの編んだ『輪切りの江戸文化史』(勉誠出版、2018年10月)が、刊行された。
かつて學燈社の『国文学』の臨時増刊号かで、『編年体日本文学史』というような企画があり、10年おきぐらいに時期を区切って、分担執筆するというものがあったように記憶する(正確ではないかもしれない)。それもひとりが50年分くらいを担当したのではなかったか。
また、岩波講座日本文学史も、世紀別の編集(それぞれの分担は専門の人に依頼したもの)で話題を呼んだが、それも早昔話。
しかし、今回の企画は、任意に選ばれた江戸時代(といっても明治20年もはいっているが)のある1年を15選んで、それぞれを一人の研究者に書かせている。
その1年はどのように選ばれたのかの説明はないが、鈴木さんが重要な年として選んだのだろう。もちろん、違う選択もありうる。私には嬉しいことだが、近世中期、つまり十八世紀にバイアスがかかっている。近年の研究傾向を反映しているのだろうか、十八世紀を推している私としては、「おお、いいじゃん」と思うわけだ。そして、その1年を誰に書いてもらうのか、これも鈴木さんのセンスである。漢詩・和歌・俳諧・演劇・小説と、それぞれの専門にどうしてもかたよってしまうところもある。たまたま出来上がった輪切り文化史は、作りようによっては、まったく違うものになる、そういう可能性に思いを寄せながら読むのもまた一興だろう。
 それぞれの原稿は、この特異な形式の依頼でしかありえない内容であるが、みなさん自分の関心外のところにも触れないわけにはいかず、なかなか苦労しているのがよくわかる。そしてこわいのは、その1年の総括をそれぞれの担当者がするため、その担当者の文化史観がモロに出ているところだろう。他の人が書いたら、全然違う物になるだろうな、と思わせるわけだし、文化史観の豊かさ、深さというものの個人差が結構はっきり出たりするので、案外執筆者にとってはシビアだったのではないだろうか。
 しかし、どの年にしろ、なんらかの意味で「転換期」と捉えているものが多かったように思う。鈴木さんがそういう年を選んでいるのか、輪切りにすると、伝統と新興の両方が見えるので、そうなるのか。
 この輪切り文学史、違う編者が違う年を選び、違う執筆者に頼んで、別バージョンを作ると面白いだろうな、と無責任なことを考えた次第である。
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2018年10月24日

芭蕉の手紙展を観る

前に案内をこのブログでしていましたが、実際に見てまいりました。
今日はゼミのメンバーで「芭蕉の手紙」展見学。この展示を担当した辻村さんにギャラリートークをお願いし、みっちり90分解説していただいた。

手紙というのは懐紙などのハレの文字とは違い、”素”がうかがえる文字であるので、筆跡鑑定にも重要な資料であること。
その中でも、人によって、中身によって、芭蕉は書き方を変えている。
たとえば、女性への手紙と男性への手紙、明らかに書きぶりが違う。
また、スケジュール調整をするような手紙、俳諧について論じるような手紙、これまた違う。
とくに、「風雅」を述べる手紙は、特別の思い入れがこもるような書きぶりとなる。
だから、芭蕉の手紙を活字で読んでも、それは、十分に読んだことにはならない、のである。
非常に共感する解説である。秋成の書簡にもそれと同じことが言えるのである。

今回、初めて展示される新資料もあり、俳諧研究者も必見であるし、芭蕉の愛読者にもぜひ観ていただきたい。

さて、図録の表紙、いろいろ仕掛けがあったんですね。いろんな方向からこの表紙をながめると、ああっ!という仕掛けが。そしてそこに籠められた意味、説明されてなるほどと唸りました。ぜひ、図録を手にされた方は、トライしてください。

さらに、芭蕉の文字でつくった変体仮名表「芭蕉のくずし字」クリアファイル!これはくずし時の勉強にもなるし、お土産にも最適ではないだろうか。
いい展示ですので、お勧めです。
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