2008年12月29日

大節季

年内に出さねばならないはずなのに、年を越してしまいそうなものが二つ。これは少ない方でしょうか。普通でしょうか。

 稿債の束見詰めつつ大節季

などとパクリっぽく。

なんとか本ブログもここまできました。みなさまのご厚情のたまものでございます。来年もなにとぞよろしくお願いいたします。
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年末スペシャル

よよよ(-_-;)。
サラリーマンNEOの年末スペシャルを見逃してしまった。

余裕のある年末をすごしたいのに・・・。
というわけで、今年もわけのわからないうちに、1年が過ぎ去ろうとしています。

来年2009年は、秋成没後200年。
さ来年は・・・・。
毎年がスペシャル、毎年がスペシャル。
それにしても、サラリーマンNEOスペシャル再放送はあるのでしょうか?誰か教えて。HPをみてもわかりませんでした。よよよ(;_:)

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2008年12月25日

旅と説話収集

村田俊人氏が「上田秋成の城埼行―『雨月物語』所縁の地の探訪―」(『日本文藝研究』60−1・2、2008年11月)を発表されています。K学院大学の博士後期課程の学生さん。

若い方が、秋成にとりくんでくれるのはありがたい。最近、馬琴研究は若い方にすごく人気がありますが、秋成はいまひとつという状況なので。

ところで、最近村田俊人氏と一緒に仕事をする機会がありました。彼は、私がたいへんよく知っている方(というか、同僚というか)の息子さんです。お父さんについてうかがいますと、「父を尊敬しています」と言ってました。すばらしい。

さてこの論文ですが、秋成安永八年の城崎行に関わる二つの紀行文『秋山記』『去年の枝折』についての考察で、『雨月物語』「吉備津の釜」所縁の地の探訪をこころざし、それに挫折したという〈物語〉を読みこもうしている点、意欲的ですが、私は、にわかには賛成しがたい。ただ「説話収集の旅」という観点、あらためて考えさせられますね。浮世草子でも、秋成は旅で説話を収集した形跡がありますので。



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2008年12月24日

レジ注意物語

忘却散人、さる蕎麦屋にて、美味なる蕎麦を食して満足し、勘定せんとレジへ向かふ。財布の中身を見ながら、レジ前に立てば、店の人、笑ひて「そこは我の立つところなり」。レジ前のつもりにてありしが、レジ中に入りしか。そこらなる者ども、諸声に笑ふ。連れなる人も手をうちて笑ひけり。散人、方向音痴なるも、レジ中に入りし事は初めてなり。
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2008年12月17日

墨の道 印の宇宙

湯浅邦弘さんの『墨の道 印の宇宙 懐徳堂の美と学問』(大阪大学出版会、2008年12月)が刊行されました。

図版をふんだんにつかって、懐徳堂が伝えてきた墨と印章について平易に解説していますが、本書は同時に、懐徳堂についての入門書であり、墨・印章の入門書でもありと、実に考えられた構成になっています。

従来の懐徳堂の研究書は、思想研究、あるいは人物研究中心で、もっぱらテクストを読んでいたのですが、本書は、モノを切り口に、懐徳堂の思想・文化に迫るという新しい懐徳堂論でもあります。懐徳堂研究の第一人者である湯浅さんならではの一書です。

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2008年12月13日

論文の凝縮度

 すぐれた論文には、さまざまな問題提起が含まれ、重大な事実がこともなげにいくつも指摘されています。

 数百という論文を発表された故中村幸彦氏の論文は、その1本1本に、10本以上の内容が凝縮されていることが少なくありません。おそらく、氏の論文にこめられた問題意識・情報は、数千本分の内容に匹敵するでしょう。いや、今なら、それで1本の論文にしてしまうような、典拠の指摘が、たった一行でなされていることがあり、そのことが気付かれていないケースさえあるようです。

 濱田啓介氏の論文にもそれが言えます。濱田氏の業績の一部は、『近世小説・営為と様式に関する私見』(京都大学学術出版会、1993年)にまとめられていますが、そこに収められなかった重要な論文が数多くあり、その中には、驚くべき先見の明が示されていたり、貴重な指摘が散りばめられているのです。

 読本様式論である「造本とよみもの」(国語国文、昭和32年5月)。氏が27歳の時の論文ですが、そのレベルの高さ、凝縮度、現在でも十分鮮度のある情報の豊かさに舌を巻いてしまいますね。

 「教訓読本」「画本読本」という時の「読本」ということば。この「読本」に「近世文藝の基礎の岩盤の露出」=「よみものとしての基盤」を見、さらにそのよみものの下に、「もっと宏い大きな「本」という基底」があると説きます。そして、「近世の「本」を作る人々が、原稿を書くというよりも「本作り」をやったという感を抱く」。その「最も甚だしい例は本屋作者の場合である」と述べているところ。つまりは、最初から開板を予定された本の作ろうとする造本意識に基づく行為であり、学者一般の著業とは異なるというのです。

 いまでは、これらの考えはある程度常識になっているかもしれませんが、ここに到る濱田氏の論は、伝達行為史的な構想、書林仲間記録の精査、本屋作者論、書肆の仕入れ帳の紹介、書籍目録の検討、「絵本」と「読本」の問題、後期上方読本史、秋里籬島論、「本作り」論など、今でもホットなテーマを自在に往還しているのです。

 こういう論文を読むときの至福。それにしてもこれが27歳とは。それにくらべて自分は・・・・、などと反省するのはやめて、しばらく味読。味読。
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2008年12月12日

『語文』91輯の特集

 『語文』91輯(大阪大学国語国文学会、2008年12月)が刊行されました。特集として共同研究「会話文と地の文に関する通時的・多角的研究とその展開」が組まれています。

 大学院生たちが、文学・語学の壁を取り払って、共同研究を企画し、何度かの研究会を重ねて、学会の場でワークショップを開催したのですが(2008年1月)、その時の報告・発表を元にした原稿5本と、
 その「由来」1本および傍聴記2本です。

 私はそのうちの傍聴記を書きました(「公開ワークショップ傍聴記」)。短い文章です。いろいろと勝手なことを言っております。

 学生が企画を立てて、自分らでワークショップを運営したことは評価できると思います。しかし、あくまで最初のところが、どちらかといえば、教員側の促しのような形があったようで、そこのところに、野性味が不足している感じがいたします。あえて辛口で書いたのですが、思いは通じているかな。

 加藤昌嘉氏の「平安和文における鉤括弧と異文」は、「思想」が感じられる本文論です。どの分野の人も一読の価値ありでしょう。

 
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2008年12月10日

訪書の醍醐味

あるところで、掛物を見せてもらいました。

桐の箱を明けると、展示に使った時の解説文と、関係する新聞記事が
一緒に入っていました。その新聞記事が思わぬ情報をもたらしてくれました。こういうことは、案外よくおこります。いまは便利な時代となって、ネットで画像が提供されていることも多いのですが、現物を見に行かねばこういう発見はありません。

別の箱に入っている短冊が三十枚弱。その箱の中には、領収書が入っていました。昭和三十六年に京都の古書店から、別の資料と合わせて、10万円で買っていることがわかります。昭和36年の10万円というのは、ものすごい額です。これをもって、このコレクターの収集ぶりがわかってまいります。

こういう時に、それを話題の糸口にして、所蔵者なり、学芸員の方にお話をうかがうというように話が進んでいき、そこから思わぬ情報がもたらされることがあります。

「そういえばこういうものもありますよ」

というような。

ある高名な俳諧研究者が、1回行くだけではわからない。2回、3回、できれば毎年でもいけば、かならず、なにか新しいことがわかる。いや、そもそもそういう関係をつくることが大事、というようなことをおっしゃっていたことを思い出します。

なかなか実行できることではありませんが、実物を見ることにともなう、ある感動は、画像をみることとは比べ物にならない記憶の定着と、対象への愛着をもたらすことは確かなようです。

そうはいいながらも、実際は思っていても、なかなか実物を見に行くことのかなわない者の、自戒としてのメモです。

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2008年12月08日

夜明けの詐術

四方田犬彦さんが『日本の書物への感謝』(岩波書店)という本を出されましたが、本屋で5分ほど立ち読みしました。

上田秋成のことを書いているので、そこを読んでみました。『雨月物語』「吉備津の釜」のことを称賛しています。

とくにそのクライマックスの場面について。亡霊磯良の襲来を防ぐために正太郎は、呪文を体中に書いて42日の間耐えます。その最後の一晩をやりすごして、「今は一夜にみたしぬれば、殊に慎みて、やや五更の天もしらじらと明わたりぬ」。この文章です。

正太郎はすっかり安心して隣の彦六を呼ぶ。彦六も安心して外に出てみると……。

この場面、「夜明けの詐術」とも言われていて、正太郎も、彦六も、そして読者までも騙されてしまうのです。この読者までもあざむく、叙述トリックともよぶべき語りについて、四方田氏は、「すごい」と激賞(立ち読みゆえ具体的な表現は忘れました)。私もかつて、同じように感じました。しかし………

このあとは、いずれ紙の媒体で、述べてみたいなと思っています。いつになるかわかりませんが。
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2008年12月02日

八犬伝挿絵論争

『文学』(2008年11・12月号、岩波書店)に、信多純一氏「最近の馬琴研究」が掲載されています。今年6月の近世文学会で発表され、『文学』7・8月号にその内容が掲載された服部仁氏の論文への反論が中心となっている、かなり長い論文です。服部氏の論文の内容については、以前に記しましたが

『八犬伝』第四輯の芳流閣の決闘の図において、文渓堂の後印本では薄墨が施されるという改板が行われているが、その結果この場面は夜の場面ということになろうが、それだと『八犬伝』本文と齟齬してしまう。馬琴がこのような指示を行うわけはないので、この薄墨の加板は本屋の所為である。

というものでした。文渓堂における挿絵の改変に馬琴が関与していたということが、信多氏の八犬伝論の根拠・前提になっていることであり、その根拠・前提を崩すという狙いが服部氏の論にはあったわけです。もとはといえば、服部氏が『曲亭馬琴の文学域』において、馬琴が挿絵にそれほど力を入れていないと説いたことに信多氏が批判、それへの反論として、服部論の今回の論は書かれていました。これに対して信多氏が再反論したものです。

非常に長い論文ですが、反論のポイントは、二つあります。

ひとつは、服部氏の後印本の調査、とくに薄墨図の有無についての調査において不備があるということ、問題箇所についての所見本を明らかにしていないことなどへの批判です(この部分は、信多論とともに服部氏の批判の対象となった朝倉留美子氏による詳細な反論)。

もうひとつは、薄墨がほどこされた文渓堂版の挿絵の読み(絵解き)。信多氏は、この場面は夜ではなく、薄墨にある白い小さな丸(服部氏は星と推定)は、水の飛沫であるとします(本文中にも「水烟」とあると指摘)。この絵は屋根の先端部を船と見立て、二人が屋根から船におち、流されて救われるそのあとの展開と重なる仕掛けとなっている、左側の文五兵衛の張り出した釣り竿、鴎、絵の枠(上方雲、下方水、両脇葦)もそれを示唆。さらに飛沫説はすでに朝倉氏が出していたのに無視されていると言います。

この論争は稔りのないものだったと信多氏は述懐していますが、『八犬伝』論、馬琴論のためを思えば、有意義であったのではないかと思います。私にとっては服部論文も信多論文も、『八犬伝』への興味を深める、ありがたいものでした。
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2008年12月01日

歌舞伎 研究と批評 41号

『歌舞伎 研究と批評』41号(2008年11月)。歌舞伎学会の学会誌なんですが、あまり読んでいなかった雑誌。

でも、今号はひきこまれる文章が多かったです。この二十年の歌舞伎と歌舞伎研究(役者絵研究)を特集していて、いろいろと勉強になりました。

われわれ素人にとってありがたいのは、デジタルコンテンツをはじめとする、最新の研究の動向がわかるということです。素人なりに追っかけていてもやはり知らずにいることが多いので。吉田弥生氏、高橋則子氏の労作に感謝します。

また神山彰氏の「歌舞伎のイメージの変質」は、実に興味深い考察です。歌舞伎をめぐるこの20年の言説・評価について、古典的伝統演劇として評価される「安全な状況」、「型」の意識の衰退、個人的な好みという相対的価値観の横行、観客における信仰の風化と「歌舞伎耳年増」の増大、つまりはメディアによってその毒性を骨抜きにされた「祝祭空間」になってしまった現状を辛口で論じておられます。これは歌舞伎のみならず、いろいろな「古典」や「芸術」にあてはまる、耳の痛い話ではないでしょうか。たしかに古典研究などというものは、本来安全な状況でやるようなものではないですね。

また、川添裕氏の服部幸雄氏追悼文。よかったです。私など全く服部幸雄氏のことを知らないのですが、故人の学問への姿勢というものが実によく感じられる文章です。もちろん川添氏と服部氏の良き関係も。

補記(2013年11月30日)。「笠間リポート」55号、児玉竜一氏「歌舞伎の研究をめぐる壁」に、本エントリーの記述に関して、厳しいコメントを賜りました。「あまり読んでいなかった雑誌」という表現につき、私自身の歌舞伎研究軽視の表れであることを指摘されています。ご指摘に深謝申し上げるとともに、「歌舞伎研究と批評」に関わる皆様に対して大変失礼な発言でありましたことを深くお詫び申し上げます。
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