2009年01月28日

懐徳堂記念会古典講座のご案内

私が運営委員をしている。
懐徳堂記念会の開催する古典講座のご案内です。

講座の詳細につきましてはこちらをご覧下さい。
ポスター・チラシも広く配布しますので、どこかでご覧になることがあるかもしれません。

【基本コース】
〈A-1〉 古写本で読む源氏物語・・・加藤洋介
〈A-2〉 幸田露伴『芭蕉七部集評釈「猿蓑」』を読む・・・柏木隆雄
〈A-3〉 世阿弥の能を読む・・・天野文雄
〈B-1〉 荘子を読む・・・野村茂夫
〈B-2〉 論語を読む・・・加地伸行
〈C-1〉 中国の歴史故事を鑑賞する・・・高橋文治
〈C-2〉 文人と書画漢詩文・・・大野修作

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今年は和漢の本格的な古典を読む講座が並んでいて、いかにも古典講座の名にふさわしい感じです。

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2009年01月27日

「文学」秋成特集

『文学』1・2月号(岩波書店)が「上田秋成 没後200年」を特集。本日刊行されます。

木越治・稲田篤信・長島弘明(司会)と私の四人の座談会は、『春雨物語』『雨月物語』を柱とする討議ですが、議論がいろいろな方向に飛び火して、なかなか面白いのではないかと思います。4時間ほどの議論の一部はあまりに過激なので(?)カットされているところもあります。

論文は、高田衛氏をはじめとして、17名が書くという華々しさ。じっくり触れたいものも少なくありません。今回の特集の特徴は、ひとつのテクストと向き合ってそれを論じるものがすくなく、文学史的な視点、比較文学的視点、思想史的文脈、新出資料紹介など、秋成をトータルに論じようとする論考が多いと言うことでしょうか。

中野三敏先生の「秋成とその時代」は、短文ながら、大きなスケールの提言です。他に私が特に(私の偏見から)興味深く思ったのは、鈴木淳氏、近衛典子氏、風間誠史氏、篠原進氏、井関大介氏などの論考。

私自身は、従来その内容が未紹介であった、秋成消息文集の紹介。「未紹介〔秋成消息文集〕について」。これで新出の秋成文、秋成和歌をいくつか紹介できることになりました。この特集について語るべきことはたくさんありますので、おいおい触れていきます。
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2009年01月26日

近世文学論叢

2007年3月11日に逝去された岡本勝氏の論文集が刊行されました。『近世文学論叢』(おうふう、2009年1月)。869ページに及ぶ大冊です。

第1章 芭蕉とその周辺
第2章 西鶴とその周辺
第3章 宣長とその周辺
第4章 伊勢俳壇
第5章 書評・追悼

という構成で、1〜4章は、故人にゆかりの深い方が解題を執筆されています。(1・2早川由美氏、3吉田悦之氏、4服部直子氏)。

俳諧(俳壇)・小説・国学と、岡本氏の研究対象の広さが浮かび上がります。

本書の序文は故人の親友であられた雲英末雄氏が書いています。雲英氏も岡本氏の後を追うように亡くなってしまわれました。本書出版に尽力された氏の序文を読むと、胸が痛みます。

著者の御子息の岡本聡さんが「あとがき」を書かれています。
御父君がなくなった直後に、長嘯子の「父二位法印のおもひは侍ることば」を読んでいると、長嘯子が40歳の時に父を68歳で失ったことを知り、それがご自身の状況とまったく同じと知って愕然としたと書かれています。また「追記」として、御父君に続き雲英先生に逝かれた悲しみを綴っておられます。まことに、お気持ちいかばかりかとお察しします。







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2009年01月24日

祝『関東俳諧叢書』完結

 加藤定彦・外村展子両氏による『関東俳諧叢書』がついに完結しました(2009年1月)。厖大な俳書を博捜し、翻字・解題する、本当に粘り強い事業です。1993年以来15年がかりで32巻という大叢書になりました。

 とくに助成金などを得てのことではなさそうですから、版下作りまで手作りの、大変な作業だったと思われますが、編者の情熱でここまで達成されたのは、本当に素晴らしいことだと思います。

 完結の第32巻には関東俳書年表および待望の索引も付され、いよいよ利用価値が高まることになります。まことにめでたし。
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2009年01月23日

秋成浮世草子の新しい評釈

 森山重雄『上田秋成初期浮世草子評釈』から30年以上たって、新しい評釈が若い研究者らによってはじまりました。

 『近世文芸研究と評論』75号(2008年11月)の『諸道聴耳世間狙』評釈(宍戸道子・高松亮太)。

「注釈」ではなく「評釈」というところが、早稲田らしい。この30年の研究成果をきちんと踏まえているところは評価できますが、評釈は、よくいえば穏当、きびしくいえば独自の切れ味にやや欠けます。評釈なのですから、もっと遠慮せずに、どんどん自分の色を出していきましょう。せっかく署名評釈なのですから。今後に期待します。

 ともあれ、研究史に残る評釈になるよう、ぜひ、がんばって継続してほしい、と心よりエールを送ります。


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2009年01月21日

『懐徳』77号

 私も一応編集委員である『懐徳』77号(2009年1月)が刊行されます。
 巻頭に中野三敏先生の「懐徳堂の狂者たち」が載っています。2007年12月に行われた、懐徳堂アーカイブ講座(日本文学研究室共催)の講演会の活字化。別の所で紹介した、儒学史のパラダイム転換の御論文と関連の深いものです。時間がないので詳細については再述します。他に辻本雅史氏の講演録「貝原益軒の学問世界」や、近衛典子氏による鈴鹿本『逸史』の紹介など。

『懐徳』は懐徳堂記念会が刊行する雑誌です。記念会入会については、こちらをご参照ください。

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2009年01月19日

近世大阪文人画の世界

芦屋市立美術博物館で行われている「近世大阪文人画の世界―関西大学コレクションを中心に―」はなかなか渋い展示です。

木村蒹葭堂・岡田米山人・岡田半江・葛蛇玉などの書画。共作も多く、文人たちの昵懇な交わりがよくわかります。

秋成が池大雅の求めに応じて作ったという箱裏書(秋成自筆)のある急須。秋成の箱裏書には「無名」と刻されたのは大雅の自書だと述べています。

しかし大雅が亡くなったのは安永五年。『雨月物語』刊行の年。従来の秋成伝記研究から言えば、このころすでに秋成が作陶をしていたというのは考えにくいところです。

しかしこの急須の出現で、安永期にはすでに作陶していたのだという新事実がここから引き出される・・・・ことになるのでしょうか。

秋成の字は本物のようですが、安永期の字ではなく、かなり晩年の字です。もっとも箱裏書はあとで書いたということも可能ですからね。

謎の秋成作急須でした。

ちなみにお隣は谷崎潤一郎記念館です。

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2009年01月16日

ロマンチシズムとセンチメンタリズム(入不二VS上野)

1月10日のエントリー「入不二基義さん」で、私が入不二さんの文庫版『相対主義の極北』の文庫版あとがきをよんで、入不二さんを上野修さんの定義に基づいて、「ロマンチスト」と評したことについて、入不二さんから忘却散人にメールがあり、それから上野修さんをまきこんで、メール上で、ロマンチシズムとセンチメンタリズムの議論が行われました。議論はいったん終結したのですが、大変面白いので公開してはどうかと提案したところ、お二人から快諾を得ましたので公開いたします。個人的な挨拶の部分は省略しています。

【いりふじ】ところで、「ロマンチシズム」と「センチメンタリズム」なんですが・・・。上野さんの分け方を正確に覚えているわけではないので、私の「誤読」になってしまうかもしれませんが、飯倉さんがブログに書いているのとは「逆」で、私の「あとがき」は、「ロマンチスト」ではなくて、「センチメンタリスト」になるのではないかなぁ?  
 というのも、「ロマンチシズム」の方は、けっして実現されないものへの憧憬であるのに対して、「センチメンタリズム」の方は、実現はされたが決定的に失われたものへの哀惜である、という対比ではなかったかと思うからです。
 そうだとすると、私の「あとがき」は、後者のような気がするんですが。どうでしょう?私の「誤読」かなぁ・・・。

【忘却散人】いわれてみればおっしゃる通りですね。ただ、上野さんのカラオケの分類によれば、
失われたものであれ、実現されないものであれ、それへの憧憬を表に出すのがロマンチストであり、表に出さないのがセンチメンタリストであるという風に私は理解していたのですが。上野さんにきいてみますか。

【いりふじ】 なるほど。でもそうだとすると、カラオケで「歌」という表現として表に出すのに、センチメンタリズムというのは、矛盾しません?上野さんに聞く機会があったら、確かめてみてください。

【忘却散人】さすが哲学者、理づめですね!カラオケという行為ではなく、歌詞がということだと思います。ただ、私の理解自体が、多分まちがってます。さきほどから上野さんにも同送しているので気が向いたら答えてくれるでしょう。明日になると思うけど。

【うえの】定義。
「ロマンチシズム」:失われたものへのattraction感情
「センチメンタリズム」:失われたものへのdistance感情
ということになりましょうか。前者は欲望、後者は惜別が伴います。欲望を養うべく思い出すのが前者、後者は折に触れてふと思い出される、という感じですかね。歌の場合は、歌詞と曲の両方が一緒になって、このいずれかに入る、という妄説です。カラオケはだから、どちらもあり得ると思います。そういえば最近カラオケしていないなあ。

【いりふじ】なかなか明快な定義ですね。
 ただ「失われたもの」といっても、一度は手に入れたうえで失われる」ものと、「けっして手に入らないという仕方で、決定的に失われているものとは、違いますよね。 
 私のエッセイの中に、「あらかじめ失われた・・・・」というのがありますが、これはもちろん後者の「不可能という仕方で失われているもの」の別名です。
 とすると、2×2=4で分類できませんかね。
 その場合、「ロマンチシズム」には、下記の1と2と両方ありうるのでしょうが、「センチメンタリズム」には2がないようにも思えますが。

××××|★attraction感情|★distance感情
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喪失1|ロマンチシズム1|センチメンタリズム1
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喪失2|ロマンチシズム2| ?

【忘却散人】しかし、ここは研究1号館ですか。
ううむ。議論が明快だけど、だんだん本題から離れてきているような。結局上野さんの定義では入不二さんはロマンチストだということで、いいんですね?!

【いりふじ】実は、それほど「本題」からそれてませんよ。というのも・・・
 上野さんの定義に基づくとしても、私の「山口記述」がロマンチシズムかどうか、いささか「?」が残ります。というのも、あの濃い人間関係を今でも「欲望」しているから、あの頃を思い出すというわけでもないし、現在の不全感を埋めるために、思い出を欲しているというわけでもないので。
 つまり、失われた過去へと「戻りたい」とか「取り戻したい」という意味での「attraction感情」ではないだろう、ということです。
 むしろ、あの頃を「よきもの」として思い出すためにも、絶対的な「距離」が必要なので、「戻ったり」「取り戻したり」することは、端から「なし」なわけです。
 この「距離」感・失われ感自体が、本体なのだと思います。そういう意味では、むしろ「distance感情」ではないかと。
 でもこれは、「あった」けど「失われた」という「距離感」ではなくて、むしろ「あの時点では、なかった」けれども、「失われたときにだけ、あったことになる」という「距離感」です。
 これって、前便で「?」を記入した「センチメンタリズム2」そのものではないですが、それに近いものではないでしょうか。
「あったことになる」とはいっても、そもそもは「ない」ことに変わりないので。
 そして、この「センチメンタリズム2」に似た何かと、「ロマンチシズム2」との区別をつけることは、けっこう難しいだろう、と思います。
 「あった」けど「失われた」のではない、「はじめから失われている」場合には、「attraction感情」と「distance感情」とは、区別がつけにくいので。
 だから、私が自分では「センチメンタリズム」だと思うものは、実はロマンチシズムなのだとしても、ロマンチシズム1よりはロマンチシズム2の方になるのではないか。そう思うわけです。
 というわけで、「本題」からそれほど逸れてはいないのでは?

【うえの】入不二さんの議論で行くと、ロマンチシズムとセンチメンタリズムは決定不能になりますね。それはある意味で正しいと思います。まさにそのあいまいさが、この二分法の内実だからです。「あらかじめ失われた」対象がロマンチック対象かセンチメンタル対象か、これもますます決定不能になってきますね。「あらかじめ失われた」という表現は、起源を否定するという意味でアンチロマンチシズムですが、わざわざ否定するという仕草の中に、否認された起源への気遣いが匂う、というのもやはり真実だからです。そうした屈曲を欠いたのがセンチメンタリズムかもしれない。というわけでどんどん分からなくなってくるのですが、強度の一番高い「センチメンタズム2」が実はロマンチシズムの本質であるような気もしてきます。

【いりふじ】まったく、賛成です。そのとおりと思います。この議論は、とりあえず「終局」としていいのではないでしょうか。

【忘却散人】だんだん、おいてきぼりにされた寂しさを味わいましたが(笑)、それ(私の寂しさ)は、センチメンタリズムで行きたいと思います。この議論をブログのコメント欄でやればよかったのになあ、と、これはロマンチシズム。おふたりがよければ公開しますが。ともあれ終局。
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2009年01月14日

和文とは?

下記エントリー(1/13)、カツヲさんのコメントに「和文」を広く考えましょうというご提案がありました。コメント大変ありがたく読ませていただきました。

風間誠史さんの『近世和文の世界』は、和文を書くことが、小西甚一『日本文藝史』の記述にある「日本の純正な文語を確立しようとする志向」に支えられていたという点を重視しています。ちなみに小西著では「擬古文」といい、和文とはいいません。

和文というのは、漢文と対応する概念であり、かつ俳文や俗文ではない雅文であるというのが、私の基本的な認識で、すべてを、ひらがなでかくことを前提として書かれている(たとえ漢語がはいったとしても)ものと、比喩的には言えるのではないかと思います。

急いで書きましたので意を尽くしませんが、拙著『秋成考』所収の「和文の思想」をご参照くだされば幸いです。

藤川さんの翻刻をここにあげて議論する方がいいのかもしれませんが、割愛させていただきます。
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2009年01月13日

秋里籬島伝新資料

国文学研究資料館の研究会で、新しく収めらた秋里籬島の新資料を見せていただきました。秋里籬島とは、『都名所図会』をはじめとして、多数の名所図会を著わした人物ですが、その出生など、伝記は多く謎に包まれています。

「秋里家譜」と題され、籬島自筆(偽筆でなければ)の懐紙1枚で、流麗とはいいがたい、もぞもぞした字で簡略に、漢字仮名交じりで書かれています。ちなみに印もあり。

朱筆で漢字にふりがなを充てているところがあり、籬島が子供のためにそうしたのか、あるいはこれを与えられた誰かが、読みを入れたのか、にわかには即断できませんが、手が違う印象を受けました。

料紙が打曇り模様の懐紙であること、最後に、和歌1首、発句2句がしたためられていることから、記録的なものではなく、文藝的な意識で造られたものだろうと推されますが、文章には何のひねりもなく、伴こうけいに学んだという「和文」の範疇には入らないもの。

ミステリアスな資料です。中身に何が書いているのかというと、家系・住居・宗旨・文藝活動などでありますが、詳細については、藤川玲満さんの「国文学研究資料館蔵『秋里家譜』翻刻と解説(「国文」110号、2008年12月)に紹介されています。


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2009年01月12日

完結しない推敲

話が前後しますが、1月10日に大阪大学国語国文学会で、藤田真一さんの「〈書家〉蕪村」というご講演がありました。画家でも俳人でもなく書家としての蕪村に焦点を宛てた話で、秋成作品の書の側面に興味を最近もっている私にとっては有益でした。

その話の中で芭蕉が自分の作品を何度も推敲するのに、清書は他人に任せるのはなぜか、それは、自分で清書すると、また直したくなっていつまでたっても清書が完成しないからだ、という(やや乱雑な要約ですみませんが)お話があり、これが興味深かったです。藤田さん自身、自分が原稿を書く時も、締切がなければ、いつまでも書き直し続けるとおっしゃっており、そういう経験の中からのひらめきなのかもしれません。

この話、ふたつ前のエントリーで触れた、入不二基義さんの『相対主義の極北』におけるクオリアの論議の中で、「完結せず繰り返される不在」と表現される議論とパラレルに見えたのです。こういうところと、自分勝手の文脈ながら繋がっていくというのが、面白いですね。でも、入不二さんの議論はそういう単純なものではないので、私の勝手な誤読であることをお断りします。

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2009年01月11日

国文研から富士を拝す

今日の東京の朝は、快晴。
立川に行くモノレールの中で研究会仲間の会話。
「今、富士山見ました?}
「見た、見た」
そこで私。
「え、富士山が見えるんですか?どこ、どこ?」
車内の乗客もざわざわしはじめました。

でも、もう見えなかった。

「国文研から見えますよ、4階から」
「え、ほんとですか、見に行きましょう」

さっそく有志4人で4階のリラックスルームへ。

「うわ!」

あまりの大きさ、美しさに息をのみました。
雪をたっぷりいただいた偉容がくっきりと空に浮かぶ。
こんな美しい富士山は、めったに見られないです。
(というか、富士山をそんなに何回もみたことがない!)
立川ってこんなに富士山が大きく見えるのですか。

あああ、カメラを持っていない!!

昼休み、その話をききつけた他のメンバーが、見に行った
時には、もう富士山はみえなかった。

やっぱり貴重な瞬間だったのかも。

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2009年01月10日

入不二基義さん

学食で昼食をとったあと、ふらふらと生協書籍部へ。雑誌コーナーに行くと、『日本歴史』1月号が1冊だけ残っていました。「新年特集」と銘打って「日本史研究者に望むこと」で29名の方が書いていましたが、私の知っている方も日本文学研究者をはじめとして何人かおりまして、「ふむふむ、面白いなこれは、千円以下なら買おうかな(千円なんて安いはずないけど)」と、日本文学系の雑誌の値段を思い出しながら、後ろをみると、「定価1000円」とありました。「おお、日本史の雑誌はやっぱ売れるのね」とちょっぴり嫉妬を感じながら買うことに。

中で目立つのは図版を多用した井上敏幸氏の「芭蕉の方角感覚」。これはもう「望むこと」ではなく論文です。海野一隆『地図の中の日本』にひらめきを得て、芭蕉の方角感覚が、「行基図」と呼ばれた、東西に平べったく、両端がとがっている古代・中世の地図に基づく、現代とはかなり異なるものであったということが述べられています。また日本史学と日本文学の壁についての議論(田中貴子・宮崎修多)もあり、それぞれ面白く拝読しました。

文庫本コーナーに行くと、ちくま学芸文庫で入不二基義さんの『相対主義の極北』が出ていました。文庫版あとがきを読むと、山口大学教養部時代の研究1号館の2階住人たちの濃密な交わりのことに触れています(入不二さん今は青山学院大学)。今はみなほとんど転出していますが、15年ほど前にそこで、まあ30代の人たちの分野を越えた濃い(行きすぎなくらいの?!)つき合いが確かにありました。

スピノザ研究の上野修さん、朝鮮儒学史の権純哲さん、『国語入試の近現代史』の石川巧さんなど。去年の夏の久しぶりに東京で入不二さんに遭遇したこともあって、このあとがき、なつかしく読みました。しかしこのあとがきを読むと実に入不二さん、ロマンチストですねえ(上野修さんによると人間はセンチメンタリストとロマンチストに分けられるらしく、いや歌もそのふたつに分けられるため、カラオケに行くと、上野さんは、あ、これはセンメンタリズム、これはロマンチシズムと分類していました)。

一番隅のタマリ場のような部屋で研究会をやっていて、自分の専門の話を、非専門の方にきいてもらうわけです。入不二さんの話は、「クオリア」の話(茂木健一郎よりはやい?)とか時間論の話。茂木健一郎的クオリアとはまた違って(そういえば入不二・茂木のセッショントークてのもありましたね。入不二さんのHPにおいてあったような)、「充足しえない空所性」とかいう用語を使った面白い話だったということを今でも覚えています。

あの濃い時代、私の中では評価はむずかしい。ただ、教養部の経験は、学際的ということをなんとなくわかるという意味では、よかったと思います。理系の人ともずいぶん話したし。もっとも、まわりに日本古典文学を研究している人が全然いなかったので、専門的には刺激がなさすぎてモチベーションが保ちにくかった時代ではありましたが。
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2009年01月09日

三都出版法制の比較研究

山本秀樹『江戸時代の三都(江戸・京都・大阪)出版法制の比較研究』(科研報告書、2008年3月)。印刷されたのは昨年末だそうです。

文字通り、三都における出版関係の町触れを、『江戸町触集成』『京都町触集成』『大阪市史』から抜きだし、年代順に並べ、江戸・京都・大坂をそれぞれ上中下段に配して比較できるようにしたもので、従来の江戸中心の出版法制理解に修正を迫るものであり、非常に意義のある仕事だと思います。

有名な享保7年のお触れにしても、京都や大坂では遅れているわけで、基本的な部分で認識を改めなければならず、勉強になります。国文学のみならず隣接分野にも有益とみられるので、公的機関に広く配架されることが望ましいと思います。
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2009年01月08日

古今いろは評林の注釈

『古今いろは評林』(古今いろは評林を読む会、私家版)が刊行されています。

廣瀬千紗子氏の「あとがき」によると、立命館大学での演習とそこから生まれた「よむ会」での輪読を元に、改稿に改稿を重ねて出来上がったものといいます。

版下も斎藤千恵氏が作成したということで(これも大変だったろうなあと拝察)、まさしく手作りながら、美しい装丁・版面に仕上がったいるのには驚きます。冒頭に廣瀬氏の「解説」、次いで斎藤氏の「書誌解題」があります。

本書には、そのハイライトともいうべき「忠臣蔵役割」という、三都における忠臣蔵興行ごとの役割一覧表が載り、いつの興行の時に、この役をどの役者が演じたかがわかるのですが、それを精査することで、複雑な出版の経緯が明らかにされていたりするようです。

このような注釈は、公刊するまでにさまざまな問題をクリアしなければならず、その御苦労は測り知れません。私の手元にも、数年にわたる輪読の成果があり、二年ほど前に出版助成を得て刊行しようとしたこともあるのですが、その後、問題が次々に出てきて、未だ改稿中というありさまです。これも、今年は無理ですが、来年あたりになんとかしたいと思っていますが、今回の『古今いろは評林』には大いに刺激を受け、また教えられました。この場で深謝申し上げます。
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2009年01月07日

「乗興舟」讃

ひさしぶりに中野三敏先生の「和本教室」第8回(『図書』2009年1月号、岩波書店)を取り上げます。

「「乗興舟」讃―拓版のこと」と題しまして、若冲の「乗興舟」1巻を取り上げています。先生の『江戸狂者傳』(中央公論新社)のカバーに使われているものですね。

さてこの「和本教室」の連載も佳境に入ってきた感じです。「いい和本」を紹介すること、たしかにそれこそが最高の和本への導入かもしれません。

さて原本が日本に2点しかないというこの「乗興舟」。海外には少なくとも4、5点あると。サックラー美術館の原装のまま残るという逸品を見て、ため息をついてみたいものです。
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2009年01月06日

書籍文化史 第10集

お正月の恒例の風景になりました。

鈴木俊幸氏編集の『書籍文化史』第10集(2009年1月1日発行)が刊行されています。

科研費による個人編集雑誌もついに10年め。これはなかなかすごいことです。連載の『増補改訂 近世書籍研究文献目録』補遺2が相変わらずすごいですね。どうやってこれだけの情報を集めるんだろう?と素朴に思ってしまいます。だって、ある程度読まないと分類できないですよね。全部目を通しているのでしょうか。だとすると驚異的ですね。おそろしいですね。
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