2009年05月29日

日本漢詩の逆襲

ちょっと派手なタイトルをつけてしまった・・・。

『文学』5・6月号(岩波書店、2009年5月)は「日本漢詩のエートス」という特集である。座談会(後藤昭雄・佐藤道生・堀川貴司・池澤一郎・鈴木健一)は、なごやかな雰囲気で読んでいても楽しくなる。それぞれの方の写真もすごく穏和ないい顔である。よほどみんな漢詩が好きで、語り合うのが楽しいのだろう。

近世前期は鈴木さんが報告、どれも面白い詩である。よく議論になる丈山の「富士山」の中で、「煙は柄の如し」とある以上団扇のはずだが、「白扇倒しまに懸る東海の天」(これは素晴らしい表現)はどうみても扇であって、矛盾する。たいていの漢詩入門の本には、そういう細かいことを超えた詩想を評価しようというのだが、池澤さんは、もしかしたら「詩のほうの欠点なのかも」という。当否はともかく詩を読みこんでいるから言えるのだろうなと感心する。

池澤さんの番になると、さらにヒートアップする。田能村竹田の填詩を取り上げ、もとになっている陸游の詩「錯、錯、錯」「莫、莫、莫」を踏まえて、女性の立場で作られた、「恐、恐、恐」、「痛、痛、痛」。池澤さん「「こわいわ、こわいわ、こわいわ」というのは、歌謡曲の一節のようですが(散人曰山口百恵だ)配達夫が聞いていようがいまいがかまわず噴出する女の述懐です」。「頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、と。これはしのび逢う恋の苦しみ、あるいはその恋が難局にさしかかっていることに好奇の目をむける人にその事を隠そうとするセリフです」。
 また画賛をもっと重視すべきだという文脈で、「フェノロサは(略)文人画という藝術を否定した方だと思います。詩画一致の世界を認めなかった。そのしり馬に我々が乗る必要はまったくないはずです。もうそういう流れは断ち切らなきゃいけないと私は強く思っています」。

 最後に、それぞれの方の日本漢詩文との出会いを語るのだが、そこがまた面白い。後藤昭雄氏は、大学の大先輩であり、ちょっと前まで同僚であった先生だ。吉川幸次郎の岩波新書に引かれて漢詩文をやろうと思ったけど、中国文学は進学者が少なくて友達が出来ないんじゃないかと危惧して国文に行ったという思い出を語っている。聞いたことがあったかもしれないが、そうだったのかあと思う。こういうことを話せるなんて、よほどこの座談会楽しかったんでしょうね。

 堀川さんが学生だけやるゼミで塩村耕さんと『虫の諌』を読んでいたという話も面白い。今、早稲田で若手を育てている池澤さんは、「日本の古典の研究者は、その古典作品がつくられた時代に流行していた漢籍は読むべきだというのが私の基本的姿勢です」という。拳拳服膺すべきだろう。

 この座談会では漢詩文研究の復権してきた状況を、パソコンの普及とデータベースの充実が後押ししたという分析がなされているように思う。たしかにそうだろう。漢字を書かなくてもいいし、用例検索も容易になった。なにより漢字というのは、日本語以上にコンピュータ向きだ。だが、それならば、古典本文のデータベースだってと思うかもしれない、しかし、古典本文は、本文作成自体にさまざまな問題が付随する。旧字旧かな問題、濁点、句読点。凡例をたくさん書かなければ活字に出来ないのだ。その点漢字本文の方がかなりやりやすい。

 そういえば馬琴の中編読本集成が出て以来、馬琴研究が盛んになったような気がするから、やはり出版やデータベースというのは大事なんだなと思う。さかんになってくる研究というのは、やはりきちんと研究者が努力をしている分野なのだろう。と、いろいろ考えさせられる座談会だった。

 ちなみに論文も充実している。上記5人の方以外に、小財陽平、合山林太郎両氏の若手がいい論文を書いているのに注目した。これはまたあらためて。
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2009年05月26日

完本蒹葭堂日記

 『完本蒹葭堂日記』(藝華書院、2009年5月)が遂に刊行された。快挙である。

 昨年11月刊行といわれていたが、編者(水田紀久・野口隆・有坂道子)が慎重に慎重を期して、最後の詰めを行ったために、遅延していたと聞いている。しかし、この大事業は、少しぐらい遅れたって構わない。従来、十八年分の翻刻と二年分の影印があって、不便であったのが一挙に解消、統合された上での索引が利用できる。また本文もかなり改訂されていると聞く。快挙と言わずになんと言おうか。

 たしかに定価4万円は一見高い。しかし、18世紀の上方文化に関わることを研究する者は、絶対に手に入れなければならない。とにかく、この日記の情報は、凄い。20年におよぶ、上方のトップレベルの文人の歳月が、一日単位で完全に再現されるのである。もちろん、記されているのは、来訪者と自分が訪問した人物の名前だけなのだが、文化とは人と人との交流に他ならない。

 たとえば上田秋成(東作・余斎)は索引で見ると59回出てくる。これが秋成研究にどれだけ有益な情報をもたらしているだろうか。新版の索引で補われた寛政12年は特に多くて13回である。ちなみに索引だけで約300頁に及ぶ。

 ところで、この本の箱を見て驚いたのだが、『木村蒹葭堂全集 別巻』とある。実は、同僚の橋爪節也先生が、蒹葭堂の全集を出すと意気込んでおられるというのは伺っていた。しかし、実際にそれを目にすると、驚く。蒹葭堂の全集となると、いったいどういう全貌になるのか、想像がつかないのである。しかしワクワクする。

 詳しくはわからないが、この本が陽の目を見るのに、どれだけの人の努力が傾注され、どれだけの人の善意が寄せられただろうか。水田先生と中尾堅一郎氏の序文を読むと、胸が熱くなる。

 この全集刊行を支えるためにも、一人でも多くの方に、本書を買ってもらいたい。そして蒹葭堂のスゴサを知ってもらいたいと切に願う。
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2009年05月24日

柿衞忌記念講演

伊丹市の柿衞文庫で、6月7日、柿衞忌が行われる。

毎年、柿衞賞受賞者の講演があるのだが、今年は受賞者なしのため、近年の受賞者による講演が行われる。

井田太郎氏 一蝶・其角・芭蕉
根来尚子氏 其角・追善のかたち
青木亮人氏 俳誌という遺産―昭和新興俳句に関して

場所 柿衞文庫講座室
日時 6月7日(日) 午後1時30分〜3時30分

*根来さんは受賞時には辻村さんです。

以下、柿衞文庫HPより。

当文庫の創設者である亡き岡田柿衞翁をしのびつつ、その翁の業績を永く顕彰するために設けられた「柿衞賞」(かきもりしょうー40歳未満の新進俳文学研究者への奨励賞)。第18回目となる本年は、該当者が選出されないという残念な結果になりました。そこで今回は、近年の受賞者3名に、柿衞文庫の資料にもとづいて、最近の研究成果をわかりやすくお話いただきます。俳文学研究の最前線を知るよい機会となると存じますので、ふるってご参加賜りますよう、ご案内申し上げます。

なお開館25周年記念特別展「酒都伊丹につどう―詩人・俳人・画人たち」が開催されている。
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2009年05月23日

南極の氷で

国文学研究資料館で、文献資料調査員のあつまりと、共同研究『王朝文学の流布と継承―国文学文献資料調査を起点として―』のシンポジウムがあった。

最初に館長があいさつ。国文学研究資料館と同じ建物に「極地研究所」が入った。どうにも相性のよくなさそうな同居だが、実はかけがえのない「友」だということがわかったという。

「それはここではいいません。知りたい方は懇親会へどうぞ」

で、懇親会へ。わかった。ウイスキーを割る氷に、南極の2万年前の氷を提供してくれた。さっそく氷をもらってロックを味わう。館長のいう通り、「シュワシュワシュワ」と、2万年前の音がした。

うーん。カンゲキ。ついつい飲みすぎてしまう。
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シンポジウムは、久保木秀夫・浅田徹・小林一彦・神作研一のパネリストの発表。流布と継承がテーマだけに、話題は必然的に「近世」や「出版」に及ぶので、非常に面白く聴いた。



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2009年05月20日

典拠探しの極意

 日本近世文学会ではトリの渡辺守邦氏の『慶長見聞集』と『童観抄』の典拠関係から、仮名草子論という大きな問題に展開する発表が印象に残っている。そういう折に神谷勝広氏の「初期草双紙『浮世宿替女将門』と八文字屋本『今昔出世扇』」(『かがみ』39号、大東急記念文庫、2009年3月)を研究室新着雑誌でたまたま読んだ。

 題を一見すると典拠を指摘しただけの論文のようだが、ここでは典拠指摘に定評のある神谷氏の「典拠探しの極意」が語られていて面白い。

「典拠調査は三つのパターンに大別できる」とし、それは@同一の世界(曾我物とか太平記物とか)に注目。A類似した内容に注目(読書量と記憶力が必要)。B一見無関係だが実は関わるものに注目(準備が大変、当たれば面白い)。と私が乱暴にまとめればそうなる。その上でBの実践例として『浮世宿替女将門』の典拠探し行う。ターゲットは浮世草子である。「結論からいうと、挿絵を手がかりとする」。調査範囲は挿絵を載せる全集類を使う。全タイトルは400種くらい。

 そうすると意外な作品が網にかかった。挿絵が似ている。文章を検討すると間違いない。「趣向を凝らした部分を挿絵として示す傾向がある」。ここに目を付ければよいのだと。まさに「秘打挿絵較べ」という感じだ。

 神谷氏の即物的な文体がこの論文には似合っている。文章のアヤで論文を説得力あるものにする文章の達人がいたりするが、そういう要素(アヤ)は全くない。意図的に排除しているかのようで。不思議な読後感である。

 さてここから広がるのは、上方の〈小説〉と後期江戸小説の「意外な」関係というテーマである。神谷氏は注で、浮世草子と初期草双紙の典拠関係を指摘した従来の論文を列挙する(これは圧巻)。近年では木村八重子氏の都賀庭鐘と草双紙の典拠関係の指摘があることも附言。典拠の指摘を積み上げることで、「意外」は「意外」でなくなって、文学史を塗り替えることができるというわけである。

 これは絵入りの近世仮名読物を扱う演習の授業なんかで是非紹介したい論文である。中村幸彦先生のように歩くデータベースでない限り、神谷式典拠探索法を試してみない手はない。
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2009年05月19日

雅俗研究叢書

「雅俗研究叢書T」として川平敏文・大庭卓也・菱岡憲司編『福岡藩儒竹田春庵宛書簡集』(雅俗の会、2009年5月)が刊行された。「雅俗の会」とは、九州の近世文学研究者を中心とした研究会の呼称であり、かつて『雅俗』という研究同人誌を出していた。

そもそも九州の研究会とその同人誌の歴史は長い。かつて杉浦正一郎先生門下のメンバーを中心とする「七人社」(白石悌三先生・棚町知弥先生ら)が出す『近世文芸資料と考証』という瀟洒な雑誌が10号まで出た。背表紙に「■」を積み上げて号数を表示する白石先生好みの斬新でモダンなデザインだった。

それからしばらく途絶えていたが、中野三敏先生を囲む研究会が発足し、そこに集う中村幸彦門下を中心とするメンバー(柳門舎)が『江戸時代文学誌』を8号出す。柳門舎は中村幸彦先生の号痩柳に因む舎号である。井上敏幸・白石良夫両氏を中心に編集が行われ、私や園田豊、久保田啓一らも手伝った。私は雑誌の編集をこの時に学んだ。読者が非常に多く、300を超えていたと思う。

同誌の終刊を受けて、中野門下の私、園田、久保田、ロバート・キャンベル・高橋昌彦らで後継雑誌を作った。東京の白石良夫・宮崎修多両氏にも呼びかけた。柳門舎の先生方にもご協力していただいた。それが雅俗の会の『雅俗』で、10号刊行した。終わりを何号にするかを最初から決めて出発するのが、九州流である。雅俗は当初8号までの予定だったが、好評に応えて10号まで継続した。私は5号まで関わり、あとは川平敏文氏や大庭卓也氏に編集を委ねた。購読者は400を超えていたようである。

その雅俗の会。研究会はなおも続けられ、『雅俗文叢』という中野先生古稀記念の立派な本も出した。そして今回の『雅俗研究叢書』は、5冊刊行予定がうたわれている。

今回の書簡集の出来はすごくいいと思う。B5判144頁、119通所収。長年の研究会での成果に基づくものであり、江戸時代の学者らの手紙のサンプルとして読んでも参考になり、地方藩の仕組みの勉強にもなる。大庭卓也氏の解説もきわめて充実しており、読み応えがある。それぞれの手紙の写真も影印で載せられているので、良心的であり、書簡を読む練習のテキストにもなり得よう。川平氏の後語は、雅俗の会会員としては、ぐっと来る。これからも頑張ってほしいとエールを送りたい。

なおこの本は近世文学会で売られたが、上記川平氏まで連絡されれば入手できます。川平氏のブログ参照。
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2009年05月18日

学会の展示

日本近世文学研究の一拠点であり続けている早稲田大学で日本近世文学会が行われた。

特筆すべきは「近世文藝の輝き」という展示。予想以上にすごかった。谷崎旧蔵の近松自筆書簡や、唯一の完本である西鶴の『懐硯』、西鶴の書簡、漆山本『春雨物語』、八犬伝の稿本、服部南郭の自筆備忘録、杉田玄白の自画賛肖像、芭蕉の「枯れ枝に」画賛…。これはごく一部なのだ。

その中でも、加藤千蔭宛小澤蘆庵書簡、同じく千蔭宛伴蒿蹊書簡のところを展示していてくれていた南大曹旧蔵名家書翰集は、すわりこんで写しつつ唸っていた。とくに伴蒿蹊の手紙の内容がすごい。あとで小澤笑理子さんにきいたら、研究会でこの書簡を読んでいたらしく、蒿蹊書簡の担当は雲英末雄先生だったというので、なおさら感慨深い。

この展示では雲英先生を偲んで、その原稿や講演メモなども展示されていた。巻き紙にあの独特の字体でメモを作っているのに、しばらく見とれていた。2回きいたことがある先生の講演を思い出した。

まことに素晴らしい。この展示だけでも価値のある学会だった。
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上記学会などで3日ほど東京に滞在、帰阪すると、新型インフルエンザで大学が全学休講(1週間)になるということを知った。閉鎖というのではない。まあ1週間すれば、いろんなことがわかって事態も落ち着いているだろうとは思うが。


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2009年05月14日

井上泰至『雨月物語の世界』

すでに新聞広告も出ているが、井上泰至さんの『雨月物語の世界―上田秋成の怪異の正体―』(角川選書、2009年5月)が刊行されている。

『サムライの書斎』(ぺりかん社)が出たのが2007年だが、それから数えて5冊目。驚異的なスピードであるが、井上流とでも呼ぶべき書き方が確立した観があり、今後も量産を続けて不思議ではないだろう。じっさい次号の「江戸文学」の編集担当でもあり、次の本の構想を伺ってもいる。

 それはさておき、この本は8つの切り口から『雨月物語』を中心に、秋成と秋成文学を解析したもので、随所に井上さんらしい現代的視点があり、隣接諸学の援用があって、自在な語り口を印象付けている。同題の長島弘明さんの『雨月物語の世界』(ちくま学芸文庫)が一篇一篇を丹念に読んでいくのに対して、本書は八艘飛びよろしく秋成を駆け巡る。これは先の『恋愛小説の誕生』(笠間書院)と同様の筆法である。

 雨月物語の第一線の研究者の一人として、最新の研究動向を踏まえて書かれているということで、読者はここから『雨月物語』や秋成研究に入っていけるため、安心して学生や一般の方にも推薦できる。

 それもそのはずで、井上さんは、私と木越治さん編『秋成文学の生成』(森話社、2008年)において、『雨月物語』典拠一覧という、原稿用紙240枚にわたる難業を一人でやってのけたのである。このことは「あとがき」に書かれているが、そのことが本書を生むベースになっているとしたら、また喜ばしからずや、である。

 秋成没後200年の年に、先の『文学』(岩波書店)に続いて、秋成に関する一般向けの本が出たことはまことに慶賀すべきことである。
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2009年05月12日

目にやさしく

本文の大きさその他、変え方がやっとわかったので、少し変えてみました。小さくで読みづらいという声がけっこうありましたので。

テンプレートを変えると、その度ごとに「スタイルシート」のデフォルトを書き変えなければならないので、今後はひんぱんにテンプレートを変えることはあんまりないと思います。ちと試行錯誤の過程で、お見苦しい点があったことをおわびします。
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2009年05月11日

文学という毒

 ひとつ前のエントリーとも大いに関係があるのが、『文学という毒』(笠間書院、2009年4月)。青山学院大学でおこなれたシンポジウムの書籍化で、武藤元昭×市川団十郎の対談、富山太佳夫×マイケル・ガーディナー×高山宏×長島弘明×大上正美×篠原進によるパネル・ディスカッションである。書籍化の時点では、時世に好遇の企画になったようである。

 長島さんが秋成の毒について、篠原さんが西鶴の毒について、それぞれ述べている。秋成の毒については、『文学』の座談会でも論点になっていたのであらためて述べない。篠原さんの論旨は「日本文学」と同じだが、こちらの方がメッセージ性がより明確になっている。そしてあくまで西鶴の読み物に政治的社会的メッセージを読みとろうとする。

 シンポジウムはフロアからの質問に答える形で、お互いが絡み合うことはないのだが、団塊世代の共鳴共振は大いに感じられるというところだろう。

 笠間書院が最近作る本は「志」が感じられて共感する。秋成と西鶴の「毒」というとらえ方には共感しないのだが、こういう現代とリンクする企画はどういう立場であれ、あった方がいいのである。

 「寓言」が思わぬ方向で使われているのも、中身には同調しないけれど、「寓言」の議論を深める意味で歓迎。そういえばかつて参加したことがある韓国の寓言学会は今どうなっているのだろう…。韓国や中国では寓言辞典や寓言全集のような本が今でも出ている、つまり「寓言」の語が今でも生きている。これはなかなか面白い現象だと思う。
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西鶴寓言論

『日本文学』4月号は、大会特集で「共同制作される世界―〈文学の混沌に向き合う〉」。パネリストの生方智子・篠原進・斎藤美奈子の三氏の、発表を元にした論文が載り、それを聞いた三名の方の「大会印象記」を併せて載せる。

〈従来の文学観が溶解していくような現代の状況の中で、それをしっかり認識した上で、私達はどう進むべきかを考えましょう〉的な趣旨の大会テーマのようで(私はこの学会に所属していないので間違っていたらすみません)。

ケータイ小説を読んだことのない(『電車男』は本屋で立ち読みしたことがあるけど)私としては、なにが混沌なのかもよくわからないのだが、どうしても、篠原さんの論文「村上春樹という逆説―浮世草子・寓言・レトリック―」には、ピピっと反応してしまう。そう、「寓言」に。

この論文は、三島事件に無関心な登場人物を造型して、一見非政治的で無害な小説っぽい村上春樹の小説が、政治に関わらないという点で実は政治的なんだという逆説を最初に提示して、江戸時代の八文字屋本という本屋と作者の安全「共同制作」商品に転じ、そういう「共同制作」という制約の中でしたたかに「屈折した思い」(「毒」)を織り込んだのが、西鶴だとし、その方法を「寓言」というキーワードで説明する。用例から、「寓言」とは自分の思いをストレートにではなく何らかのレトリックに託して表現する装置であるとし、それを現代文学も取り入れるべきだと主張しているように読めた。

篠原さんの表明している文学観は、驚くほど典型的な「全共闘世代」的、「団塊の世代」的なものであるが、これは多分戦略的に役割を演じている部分もあるのだろう(パネリストというのは時にそういう面がある)。

文学は反権力的で、反社会的で、文学者はアウトローで空気が読めない存在であることに徹するべきだというように、乱暴にまとめるとなるようである。いや、これは篠原さんが心からそう思っているというのではなく、あくまで戦略的役割的に表明しているのだと、私はとっている。

 その解釈の上でいうのだが、江戸時代の読み物、西鶴でも黄表紙でもいいのだが「反権力的」という考え方をあてはめるのは、また(反権力的な意味での)「毒」という言葉をあてはめるのは、かなり無理があると思う。

 息子が親父に逆らうように、絶対的な存在に対して「まさか本気で怒らないだろう」と、多少ちょっかいを出してみることはあるが、それは毒でも、反権力的でもない。黄表紙の場合、ちょっとやりすぎたら本気で怒られて、すぐにシュンとしているわけである。もちろんひそかに「諌める」という意味での言説はあるかもしれないが、それはむしろ所与の秩序を乱さないための忠の精神であろう。

「寓言」を、毒や針をオブラートに包むレトリックとして用いるというのは、理屈としては成り立つから、それを現代文学に要望するのは悪くはない。しかし貞享とか元禄のころに実際に寓言をそういう風に駆使した人がいるというのには、私は賛成できない。
 
 ただ、最近西鶴をそのように読む読み方が増えてきている感じがする。主題の復権というべき現象である。それは「ぬけ」とか「寓言」とか「カムフラージュ」とかいう「方法」で、隠匿されているらしいのだが、さてそうなのだろうか。確かに西鶴はわかりにくい。隠された典拠やモデルもこれまで次々に「明らかにされた」。

 だが、なぜ西鶴がお上にたてつき、反権力的であらねばならないのか。そこのところがわからない。「人はばけもの」とか「人ほど可愛いものはいない」とかいう以上、政治や社会に関わる事も扱いはするし、それが危ないことになることもあるとはおもうが、それとこれとは別だと思うし、「寓言」を「武器としての笑い」に用いるというのは、それも西鶴がというのは、かなり疑問に、今は思います。
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2009年05月09日

絵本読本の序文

『江戸文学』40号(ぺりかん社、2009年5月)は〈よみほん様式〉考という特集。国文学研究資料館のプロジェクト研究「近世後期小説の様式的把握のための基礎研究」の成果報告の一部でもある。大高さんが書いているように、このプロジェクトで目立ったのは、上方の絵本読本の再評価と、人情本のジャンル的位置づけの再検討であった。

本号の内容は以下の通りである。

<よみほん様式>とはなにか=大高洋司
読本に関わる文体論試論―言表提示の周辺=濱田啓介
「読本」としての西鶴本―『八犬伝』表現構造への影響をめぐって=中嶋隆
読本の時代設定を生み出したもの―軍書と考証=井上泰至
濫觴期絵本読本における公家・地下官人の序文=飯倉洋一
実録から絵本読本へ―二つの「忠孝美善録」=菊池庸介
<一代記もの>における江戸と上方=大高洋司
浄瑠璃の読本化に見る江戸風・上方風=田中則雄
人情本の外濠―文政年間中本の一考察=木越俊介
[コラム]
読本の形式=藤沢毅
『昔話稲妻表紙』の歌舞伎化と曲亭馬琴=大屋多詠子
『朝顔日記』の文芸的展開=檜山裕子

本特集は、プロジェクトの趣旨に鑑み、大きな枠組みを提示したものが多い。よく見ると小論以外はみなそうである。濱田啓介氏はいわゆる「会話文」の引用形式に着目して、中世以来の厖大な用例を精査し、文体の面から読本の様式位置づけを検討するものすごい力作。数少ない文学史家といえる中嶋隆氏は、表現面に着目して、西鶴から馬琴への小説史を見通す。その他、いま詳細に触れる余裕がないのだが、「合評会」をしたくなるような、魅力的な論文ばかりである(プロジェクト研究会での発表が基になったものも多い)。

小論は、その中で局部的なことをとりあげていて申し訳ない次第である。プロジェクトに参加しているうち、知らず知らずぼんやり形づくられていたものを、文章にしてみたもので、試論の域を出ていない。

ただ、むかしから、名所図会と上方読本の序文に公家・地下官人がよく書いているなあと漠然と思っていた。今回、何か書くようにといわれて、そのことを少し考えてみようと、とりあえず上方の絵本読本を文字通り外側から通覧してみた。結果的には濫觴期に絞った話になった。

公家・地下官人の序文と、絵本読本濫觴期における朝幕関係の動揺、太閤記・楠公記・忠臣蔵という幕府にとってはビミョウな内容の読物化を関連づけてみたもの。濱田啓介氏、山本卓氏らの卓越した先行研究にずいぶん助けられている。
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『国文学』の休刊

学燈社『国文学』が休刊ということになったらしい。私も去年までこの雑誌で時評を担当していただけに、寂しい。驚いた人も多いだろうが、近年のリニューアルはその予兆だったと思われる。最後のチャンスを与えてもらっていたということなのだろう。専門範囲を超えるような特集が多かったし、意欲的にも見えたが、苦し紛れにも映った。しかし、決して「裏目に出た」ということではないだろう。従前の編集方針であってもジリ貧だったはずである。「国文学」という「業界」の縮小化・流動化が急速に進んでいるわけなので。

『解釈と鑑賞』『国語と国文学』の至文堂も最近「ぎょうせい」と業務統合したらしいし、厳しい状況である。店頭に「国文学」専門誌が並ばなくなるということの影響はかなり大きいと思われる。

 だが、「逆境こそがチャンス」という私の好きな考え方をここでも思い出すことにしよう。社会が、政治が、という前に、「国文学」そのものが、魅力を失っていたのだということを自覚するよい機会だろう。流動化に身を委ねるのか、可能性を掘り起こすのか。「国文学」が衰退しているからといって、「古典」や「文藝」や「物語」の魅力が失われているわけでもなさそうである。

 「国文学」というククリが、時代に対応しなくなってきたということは、まあ確かである。根拠を奪われることを恐れるのではなく、自ら飛び出してみることもまた必要であろう。とはいえ、ちまたにあふれる四字熟語のナントカ学・ナントカ論が空しいこともまた確かである。新しそうな家に入って安心する前に、しばらく放浪するのもまたよしである。高いところに昇ってみるのもいいかもしれないナ。
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6月号を見てみたけれど、休刊の気配は全くない。
普通に7月号(これで終わるということだが)の予告がなされているし、平岡正明「立川談志」の「新連載」もはじまっている、ううむ。
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2009年05月07日

19位

先に案内いたしました、『大阪大学附属図書館和古書目録 第二稿』のOUKA(Osaka University Knowledge Archive=大阪大学学術情報庫)のダウンロード数が、この4月集計で、4359ページ中、第19位(42ダウンロード)を記録したという報告を受けました。図書館の方も喜んでいらっしゃいます。第二稿には、第一稿と合わせた索引を付したのですが、第一稿もOUKAにアップされる予定です。その際にはまたここでもご案内いたします。

【追記1】少し間違いに気づいていますので、ここで訂正しておきます。8頁697番の賀歌(実際はごんべん)留の説明で「延美」は「信美」が正しい。また分類の十八「準漢籍」としていますが、「準漢籍・和刻」とすべきところです。
【追記2】私のホームページ(このブログからリンク)のトップページからもリンクを張っておきました。
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2009年05月05日

弁惑物

門脇大氏の「弁惑物の思想基盤の一端」(『国文学研究ノート』,2009年3月)。副題は「『太平弁惑金集談』の一篇を中心にして」であり、私のアンテナにピピっと来る。

近世中期の書籍目録で「奇談」に部類分けされる書物たちがあり、それらが文学史的に重要であると私は考えているので、それらについてこれまでいくつかの論文を書いてきた。それらは一部を除いてほとんど論ぜられることのなかったものだが、近年、研究者の間の問題意識が「奇談」研究ではなくても、たまたま「奇談」を扱うことになる論文に遭遇する。これは私にとっては漁夫の利である。「ありがたい。ありがたい」と、捧げ持ちながらこれらの論文を拝読する。

 『太平弁惑金集談』も「奇談」なので、当然ピピっと来るのである。門脇氏のテーマは「弁惑物」という点にある。これは「惑を弁ずる」つまり、怪異などの迷妄を打破し正しい説明をすることを主眼とする読み物といったらよろしいであろうか。「迷妄」というのはもちろん作者の立場であって、信じる側から言えば「なにを」ということになる(中井竹山・履軒の懐徳堂学主兄弟と上田秋成の立場の違いも同じことだ)。

 さて、本論だが、堤邦彦氏の「弁惑物読本の登場」などを踏まえながら、『金集談』をヒントに弁惑物の思想的基盤をひとつの言説に求めようとしたものである。結論から言えば、それは『性理字義』の「妖由人興」(妖は人に由りて興る」の言説である。『金集談』にはこの書名が明示され、その言説の広がりが仮名草子などに見られるというものである。

副題は「『金集談』を手がかりに」とかした方がいいのかなと思ったが、先行研究をうまく咀嚼した、なかなか手際のあざやかな論考と見た。欲をいえば、この言説の広がりをもう少し具体的に挙げていただきたいところである。談義本にもありそうだし、近世後期の読本類にまで探索を及ぼしてもらえばより厚みが出るでしょう。でも面白うございました。
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2009年05月04日

他を欺かんや

西田耕三氏の「他を欺かんや―『大学』から『こゝろ』まで―」(近畿大学文芸学研究科『渾沌』第6号)は、文藝における虚実論を、方法論としてではなく、倫理(倫理規範)から考究する100枚超の力作評論である。秋成の虚実論を発端に、独庵玄光、妙幢浄慧、林羅山、伊藤仁斎、貝原益軒、皆川淇園、李卓吾、F・ベーコン(これは援用だが)、山片蟠桃、篠崎小竹、太宰春台、海保青陵らの言説から儒仏における「欺く―欺かれる」の言説を探り、忠臣蔵の加古川本蔵心底明かしを論じて、演劇においても心底が倫理規範にさらされているとし、馬琴の『夢想兵衛胡蝶物語』の食言郷(嘘の国)を取り上げて、「く欺く―欺かれる」関係が小説の主題に転じたと読む。それは近代に如何に引き継がれたのか、という問題を『こゝろ』で解き明かす。この『こゝろ』論だけで1編の論文になりうるボリュームである(ちなみに、私が衝撃を受けた出原隆俊さんの「Kの代理としての私」も引用されていたのには驚いた)。

 徳川時代の倫理観で『こゝろ』を要約すれば、「上」は、意味あり気に「私」を惑わす先生の姿、「中」は、それに影響されてみずからを先生に似せる「私」、「下」は先生の心底明かしの場における「自欺」の告白の物語にすぎない。(中略)自欺や他欺が行き交う「心」という場が個を超えたところにあると考えた徳川時代の志向がようやく個を超えたところにあると考えた徳川時代の志向がようやく個の内部に納まり始めた過程として『こゝろ』を読めば、むしろ、『こゝろ』は深い伝統を負って存在している作品だということができる。

 「明治の精神」は江戸の倫理規範と読んでも構わないと西田氏は言う。ともあれ、読む方もかなりの覚悟を強いられる。西田文藝学の集大成ともいえる評論である。私はもちろん秋成を論じた部分(これがまた一つの論文を成してもよいほどの長さ)に反応せざるを得ない。私は、『文学』1・2月号の座談会で、春雨物語の虚実論を倫理意識から捉えたい旨を発言して、木越治さんから「方法論として考えた方がよいのではないか」と言われた。わたしは同調できず「いややっぱり倫理で」と言っていたわけだが、それはあくまで晩年の意識であって、浮世草子や雨月物語の場合は、むしろ方法的だとそこでもしゃべっている。

 西田氏は、浮世草子から倫理意識で考えている。これは論の展開からして当然そのようになる。個人の中での虚実・虚偽の問題意識が変容するという面倒なことを言っていたら江戸から明治への「欺く―欺かれる」という大きな枠組みを論じられない。しかしそればかりではなく、西田氏のように倫理で浮世草子を読んでもたしかに問題はないように見える。しかし、一種の話型として詐欺譚を使う浮世草子と、馬琴とはまた別の仕方で、「偽り」を意識的に主題とする物語である『春雨物語』の「欺く―欺かれる」意識は同じではないと今は思う。いずれ書かねばならない。

 
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする