2009年07月29日

こういう日常です。

めずらしく日常を綴ってみる。なかなかあわただしい一日である。院生発表会2日め。しかし今日はいろいろあってトップバッターのM君のだけ聞いて失礼する。F県からはるばるお見えのO高等学校見学会に対応するために会場の教室へ。あっしは対応係なので。30人くらいですねからね、と事務の方と確認しつつ会場準備。待ち合わせ場所にいくと、ややっ。50人くらいの高校生が・・・。なむさん。教室まで案内。やっと全員座れる程度。とりあえず文学部の概要説明をして、「資料がないひとはあとで配りますからねえ」という。で文学部紹介ビデオを流す。ビデオ様の調子があまりよろしくなくてひやひやする。10分ほど予定時間超過したが昼休みとなったので、50人ほどの集団を一番大きい食堂へ案内する。案内がてら「あれも食堂、これも食堂、あ、あれも」というと高校生から「すげえ」と感心される。取り急ぎ、食堂へ案内したあと、自分はパンを買って、そのまま教務係へ直行。「これこれしかじかで資料が足りませぬゆえ、よろしく」と、昼休みでくつろいでいる方々へ霹靂を見舞う。午後から模擬授業をしていただくH先生へ人数が増えたことを連絡しようとするも、研究室はお留守らしくあたふたとする。それに午後からのあっしの授業の試験の解答用紙を印刷してもらわねばとTAに連絡する。K記念会の部屋でちょっと小さな打ち合わせをする。そうするうちに午後の部になる。資料を持ってきていただいて完璧と思ってたら、さらに5部たりないことが判明し、あわてて近くのK記念会へゆき、電話を借りて教務へ連絡する。嫌がられる(ここは想像です)。1分前に会場に戻るとH先生が待機されている。模擬授業はなかなかパンチの効いた挑発的なものであった。椿姫と透明人間の比較文学。高校生もおおっという感じであったろう。ミニワークショップも取り入れておられる。中にH先生の似顔絵を描いているツワモノがいたようだったが。授業が終わって、一行は学術博物館へ向かうので、途中まで雑談しながら案内する。しかし次の時間は共通教育の試験があるので、途中で失礼する。試験はこの上なく厳密にやる。学生証もチェックするし、座席表もこちらでつくっているのだ。学生も必死でカリカリと書いている。終わった。これからもうひと仕事がある。まあ、こういう日常を送っております。
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2009年07月28日

木村八重子『草双紙の世界』

待望の本がやっと手に入った。木村八重子先生の『草双紙の世界』(ぺりかん社、2009年7月)。これは嬉しい。草双紙(赤本から合巻まで)のことが、一般向けに、しかも研究の最前線をきちんと踏まえて書かれ、しかもハンディで、入手しやすい価格で求めることができる、なにより面白い。本当に言うことない本なのである。

4頁5頁に示された、「草双紙概念図」の表がまず目を引く。専門家には基礎知識かもしれないが、我々しろうとにとっては、こんな一目瞭然の表を作っていただいて、涙が出るほどありがたい。それぞれの話は、各中日新聞に連載されたものが元になっているために、本当にわかりやすいし、3頁でひとつが終わる(全部で53話)ので、読みやすい。

しかし、内容は非常に高度だと思う。草双紙史としても読めるようになっている。あまりに、ありがたいので、分不相応にも、いろいろと書いてしまいましたが、しばらくは、この本で楽しめる、今はそういう幸せな気分です。
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2009年07月27日

大阪なにわ学

放送大学大阪学習センターが「大阪なにわ学」連続講演会を企画している。その道の泰斗と俊英の競演といった趣きで、柏木先生ならではのコーディネートである。

オープニング 大阪二つの学問所と大阪学習センター
8月16日(日)10:30〜 
柏木隆雄先生(大阪学習センター所長)

第1回 元禄文化 
10月11日(日)15:00〜
信多純一先生 (大阪大学名誉教授)

第2回 緒方洪庵と大坂
12月13日(日)13:30〜
築山桂先生 (小説家)

第3回 なにわびと木村蒹葭堂
12月13日(日) 15:30〜
水田紀久先生 (元関西大学教授)

第4回 懐徳堂の「知」の交流 
2010年1月10日(日)13:30〜
池田光子先生 (大阪大学文学研究科助教)

第5回 明治・大正のなにわ学 
2010年1月10日(月)15:30〜
肥田晧三先生(元関西大学教授)

申込みは電話06-6773-6328 参加無料
定員 各講演会先着100名。
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2009年07月25日

渡部泰明『和歌とは何か』

渡部泰明さんの『和歌とは何か』(岩波新書、2009年7月)は、和歌を演技という切り口から説明しきってしまおうという挑戦的精神に満ちた一書である。

導入の部分が秀逸である。和歌を縁遠く感じる感覚は古い時代から主流であった。だからこそ和歌は1300年続いたのだという逆説的言説からはいる。

わずか31音の中に、「ひさかたの」などという実質的に意味のない枕詞や序詞、掛詞などのレトリックを使う。これは何か。和歌を和歌らしくさせるとともに、和歌を縁遠い存在と感じさせるものである。それは引き出しの取っ手のようなもので、特別な行為とともにあるときに意味を発する。その特別な行為は、儀礼的行為であり、レトリックは儀礼的空間を呼び起こす働きがあるという。

儀礼的空間とは、複数の人間が限定された場所で、あるルールに基づいて特定の役割を演じる空間である。つまり演技である。和歌は、そういう儀礼的空間と関わる。

ふーむ、それって石橋博士(Dr.S.Kinsui)のいう役割語じゃないのか?と思っていたら、やっぱり出た。15頁に『役割語の謎』が引用されている。

さてこういう思い切った枠組みをつくってしまえば、あとはどうしてもそれに「あてはめていく」感じが否めない。しかし一読者としては、この渡部さんの挑戦にエールを送りたい。渡部さんが、行為としての和歌にこだわっているのは、若き頃、夢の遊眠社で活動していたことがおおいに関係しているに違いなく、本書あとがきで、最後に野田秀樹氏らに謝辞を述べているのもその表れであろう。

奇矯な言い方になるが、そしてすこし偉そうな言い方であることを承知でいえば、私は渡部さんに、世代的共感を感じる。これは石橋博士の『役割語の謎』にも感じた感覚なのだが、つまり、「生きること=演技すること」という感覚あるいは倫理が我々の世代には共通しているような気がするのである。

 では、あんたら世代は、本音を隠して生きているのか、偽善的やな、といわれるかもしれないが、それとは違う。人生を一つの劇場と考えて、真剣に本気で「自分」を演技しているのだ。本音と別のことを話しているわけではない。本音を演技しているのである。石橋博士とS.Kinsuiは、一体だということである。しかし、常にその演技をチェックしている自分もいるだろう。それは自分を高めることに他ならない。こういう生き方を私は同世代の人々に感じるのである。

今度の渡部さんの本は、そういう我々世代の人生観を描いている本のように見えてならない。

渡部さんには、東京大学で一度お目にかかったことがある。長島弘明さんに用事があったのだが、私が早く来すぎて長島さんは食事に出かけていた。その間研究室でぼうーっとしていると、そこに東大に赴任されたばかりの渡部さんがおみえになってしばらく話をした。「ワタナベです」といわれたときに「渡辺」という漢字を思い浮かべ、「あれ、渡辺さんって東大にいたっけ」としばらく不安だったが、中世和歌ときいて、「あ、渡部さんだ。東大に見えたのか」と了解された。その時も、むかし演劇をやっていたことをお話しされていたと記憶する。非常に私の中では印象深かった時間である。あとで、同世代と知り、不思議にふにおちた。

 本書がとるのはいわば演繹的な叙述方法だから、予想される反論や疑問にも誠実に対応しながら書きすすめなければならない難行である。しかしこの難行の跡を追うことで、渡部さんの生き方に触れることができるのは本書をよむ愉しみである。
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2009年07月23日

偽忘却散人録

忘却散人の鰻の戯文を読みし某先生より「偽忘却散人録、かくのごときは如何」と示されし文。

忘却散人食はせたこともなきに糟糠のと形容さる人と連れ立ち、近隣に軒を構へて「商店街」と大きく反り返る小さき店に、習わぬ籠下げて入り立てば、不思議や門前蝟集せり。常は雀羅を張るべかりしに、はてと訝れば、巷にては夏休みに入りしと教へる人あり。夏休みが七月を去りてそも幾年。大学は八月の声聞かずば休みと言はず。何が夏休みならん、さはさりながらけふの夕食を如何せむ、と言ひあひつ、蹌踉として食品コーナーと名付けられたる狭き通路を歩みゆけば、馥郁たる無上の香り。宜なり本日「土用の丑の日」とかや。その名号を記せし旗の先陣を競うて呼ばはるごとく賑やかなるに、にはかに勢ひづきし散人、「うなぎにせむ、うなぎにせむ。ああ、善なる哉。鰻哉。それ選りどりにせむ、抜かるな、抜かるな」と叫ぶ声こそ高けれ、つれなる人もあきれ果てつつ、おのがふるさとの名産、美味ならむ、これなむ召しませ、と良きを選びて、その慎ましくも喜ぶ様、お宮が富山のダイアを見せられて喜ぶごとし。日暮れて、天にはかに暗く、散人の胃もまたにわかに重し。かうべを垂れて「不思議に夜にいたりて食欲なし、うなぎは明日にこそ」と言へば、脂濃く、黒光りせる鰻を横目に、「ふしぎやわれも胃重し。しかせんよりほか無し」とつぶやく声も哀れなり。夏バテに二人ながら苦しみをりしこの明け暮れ、ついうつかりと忘れゐし忘却散人の名に恥ぢざるを誇るべきか。「夏痩せに召せ」とすすめし万葉のうた人の名さへ、どこへやら、日欠け、雲覆ふの日につらつらと記せる状、件のごとし。

ちなみに作者国文学を専攻せる人に非ず。驚くべし。
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怪奇日食

昨日の皆既日食は院ゼミとバッティング。某受講生の懇願により一時中断して日食観測をすることにしていた。ところが、小生の身に謎のトラブルが発生し、なんと休講を余儀なくされてしまった。もっとも大学周辺は曇りで、トラブル解明のために居た場所で「こりゃだめだな」と思っていた。午後からトラブルも回復し、大学へ行く。研究室に私の様子を見にきた受講生の一人に「残念だったね」というと、「肉眼で観察しました」と。内心の動揺を押しかくしつつ「あ、そう、よかったね」と。なぬ、肉眼で観察できただと。夜別の受講生から、写真が送ってきていた。
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もっとも公家日記を読みこんでいる某中世文学者は「日食なんてあんな縁起の悪いもの、なんで喜んでみるんだろうね(笑)」と言っていたとか。なるほどそれもそうだな。それにしても、小生の身に起こったトラブルは解明できなかったが、これは日食と関係のある現象なのだろうか。と思い、ある人にそう告げると、爆笑されてしまった。「では同じ症状の人が世界にたくさんいたってことですか?」「いやいや、小生は感応力が異常に強いのじゃ」。怪奇だ。
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2009年07月20日

土用丑の日

忘却散人つれなる人とともに近くの商店街に買ひ物にゆけば、矢鱈と人多し。巷にては夏休みに入りしといふ。「何が夏休みならん、けふの夕食は何にせん」と言ひあひながら、よろよろと食品コーナーを歩みゆけば、良き香りせり。「土用の丑の日」とか書かれし旗幾本も立ちてにぎやかなり。散人、にはかに勢ひづきて「うなぎにせん、うなぎにせん。それ選べ、それ選べ」と大声にていふ。つれなる人もふるさと産の美味ならむを選びて、よろこびによろこぶ。日くれて、散人かうべを垂れていはく。「けふは食欲なし、うなぎは明日にせん」。連れなるひとも「われもなり。しかせん」。ふたりともに夏バテ気味なりしを忘れてゐたり。
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2009年07月18日

『1Q84』の続編はあるのか

入不二基義さんの選書フェアのことで少し前のエントリのコメント欄でやりとりした。ついでに入不二さんがWikiで、夫婦で同時に読むために2部買ったということを書いていた本が、『1Q84』ではないのかと思って、ちょっと聞いてみたらやっぱりそうだった。某社会学者や某作家などとその続編の存在について、意見交換をしたらしい。この場合、人気が出たので続編を作るかどうかというものではなく、最初から続編が存在しているかどうか、つまりbook1、book2での完結性の議論ということになろう。

ところが小説というのは完結性を持たねばならないというわけではないし、『明暗』や『死霊』のように、未完ゆえに永く議論され続ける小説もある。作者の戦略としたら、ありうべき続編を書かない方が、作品を後世に残すことになるかもしれない。

かつて秋成の『春雨物語』「樊かい」は、前半までしか見つかっておらず、数十年後に完本が発見されたが、その終わり方は予定調和的でつまらないという意見も少なくない(私は最近そうは思わないようになった)。物語を完結させるということは、物語の可能性を奪うことでもあるのだ。

もちろん『1Q84』で残された謎はあまりにも多いのだが、読みようによっては、その答えは既に示唆されているものかもしれない。私も続編はありという立場だが、続編を出さないとすると、そちらの方が高度な戦略ではないかなどと思う。

また村上春樹といえば、ある方の情報をきっかけに、京都新聞など共同通信系の新聞に「村上春樹の物語世界」というシリーズが連載されていて、インタビューで村上春樹が『雨月物語』が好きだと述べているということを知った。ネットで確認すると(本紙は未確認)、たしかにそのようなことを言っているようだ。

念のために言うと、私はハルキストとかではなく、単なるミーハーである。『1Q84』は劇画的で、物語の文法に即した面白いお話だと思う。
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2009年07月16日

日本古書通信7月号

『日本古書通信』7月号に、ここで触れた「変化著しい学術情報環境の中で 1」が掲載されている。私のが掲載されるのは次号だが、今号は鈴木俊幸・塩村耕・田坂憲二・井上泰至の各氏が執筆。なぜかみんな知り合い。

鈴木さんのは熱い。図書館の蔵書はそれなりの価値判断による選書、そうでない古書たちに時代の「普通」を発見できる楽しみ。これは中野先生の『和本の海へ』の主張と同調。彼の『近世書籍研究文献目録』に索引がないわけは、お目当ての文献に至りつく過程における迷子状態を提供したかったのだという。全面的に共感。もちろん鈴木さんだからこそ説得力のある文章である。

文学全集の書誌的研究という途方もないことを実践している田坂さん。図書館長奮戦記も出版されているわが大学の先輩である。図書館では文学全集の箱、帯、挟み込みのチラシなどは保存されないから買うしかない。文学全集の書誌的研究の立場から言えば古書店は図書館以上の存在だという。田坂さんの本来の専門はもちろん源氏物語。

このブログでも何度か登場の塩村さんは、岩瀬文庫に身を捧げている方。「目学問」が横行する事態を憂える。しかしデジタル画像の公開が原本閲覧者の増加に繋がることを期待するという。井上さんもこのブログでよく登場しますが、子規・人情本・秋成・軍書…とどまるところを知らない勢い。ピンポイント学術情報の氾濫は、学としての豊かさを一般に還元できなくすることになるので、今こそ雑誌はデータの提供ではなく新しい時代の知的生産を提案すべきたどいう。

それにしても、この人達は、原本をものすごくよく見ている文献派なのだが、一方でパソコンの使いこなしも一流の人たちだ。鈴木さんなどは近世文学研究者の中でも最も早くパソコンを使っていた人の一人ですしね。まあ何でもそうなのだが、こういう人たちは大体なんでもできるのだ。ううう。意味不明の羞恥心がこみあげてきたのでこれくらいで。

ちなみに木越さんの「秋成逍遥」も快調連載中である。
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2009年07月14日

大阪・京の色彩

2009年度 立命館大阪プロムナードセミナー 立命館京都文化講座『大阪・京の色彩(いろどり)』が、淀屋橋駅近くの立命館大阪オフィスで開催されます。すこし先の話ですが、受講定員があるようなので早めにご案内します。

チラシには「<大阪・京>の色彩(いろどり)、すなわち大阪と京の地で培われ、育まれた伝統的な文化・美術・さらには街の佇(たたず)まいなど、その特質を明らかにします」とあります。大阪大学21世紀懐徳堂と立命館大学文学部とのはじめての共同企画。詳細はこちらまで。

私は第4回でお話しさせていただきます。

いずれも14:00〜15:40まで。受講料1回2000円、全8回13,000円

【講演日程】

第1回 2009年10月5日(月) 
花のこころ   
池坊 由紀氏(華道池坊次期家元/立命館大学)

第2回 2009年10月19日(月) 
大阪を舞台にした能 -世阿弥の『難波梅』を読む-  
天野 文雄氏(能楽研究/大阪大学)

第3回 2009年10月26日(月) 
祇園祭と北野祭  
三枝 暁子氏(日本中世史/立命館大学)

第4回 2009年11月2日(月) 
上田秋成の大阪  
飯倉 洋一(日本近世文学/大阪大学)

第5回 2009年11月9日(月) 
京の美術・絵画  
西林 孝浩氏(東洋美術史/立命館大学)

第6回 2009年11月30日(月) 
近松の浄瑠璃と京・大阪の色模様  
上倉 庸敬氏(美学・芸術学/大阪大学)

第7回 2009年12月7日(月) 
文人たちの京都 -花街とその周辺で− 
加藤 政洋氏(地理学/立命館大学)

第8回 2009年12月14日(月) 
繚乱・商都の色彩−北野恒富、島成園、小出楢重など、近代大阪の画家とその作品−  
橋爪 節也氏(日本美術史/大阪大学)
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2009年07月13日

合評会の夏

昨週末に忍頂寺文庫関係の研究会打ち合わせと、上方文藝研究第6号の合評会が行われた。前者では、Y本さんが、忍頂寺梅谷の画一幅を持ってこられて一同嘆賞。来年度の最終報告に向けて、今後の研究会スケジュールやコンテンツを決めた。

上方文藝研究の合評会は、参加者16名の盛況。合評会に先立つ会員会議は、院生のH田君、S明さんが仕切り、今後管理を院生に完全に移すことが認められた。執筆会員+購読会員で250越えという。次号以下での新企画にも話題は及ぶ。合評会には、A田さんが、K作さんの論文に関わる寂翁の短冊をはじめ、蔵山集入集者などの短冊を持ち込んでミニ展示。合評は、ほぼ全員が発言する活発な会だった。

 いつも出席してくださるF田さん、M木さん、K端さんは、本誌を刊行する会の事務局である阪大のOBであるが、彼らの後輩への温かいまなざしにいつも感謝している。今回はやむをえない事情で見えなかったOアさんもそうだが、事前にものすごく丁寧に読んで来られる。これだけでも院生にとって勉強になるが、その的確な指摘には舌を巻くことが多い。

 A田さん、K作さんは東京から見えられた。ありがとうございます。今回は学生も頑張って発言していた。今後はせめて学生が2本は書くようにあってほしい。

 私は、『文献探究』『江戸時代文学誌』『雅俗』と関わってきたが、これらの研究同人誌では、すべて合評会を行っていたので、『上方文藝研究』でもそれがあたりまえだと思ってやることにした。自分が書いたものを批評されるのはドキドキするが、実に勉強になる。完璧に見える論文も、読み巧者によって論拠が崩されることがあったりして恐ろしいが、一方で論者の気付かない可能性や関連資料を教えていただくこともある。執筆者冥利につきる。自分の知らない分野での専門家同士の熱い議論を聞くこともできる。同人になったらやはり合評会には出る方がトクだ。書いていてもいなくても。
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2009年07月11日

至福のひととき

1週間前の土曜日、長崎で講演。行きの飛行機の中で突然の妄想(思いつき)が生まれ、それをしゃべってみると、聞いて下さった方々から「妄想が一番面白かった」といわれ、少し色気が出てくる。

 それにしても、高校の時の国語の恩師(教育実習で受け入れてくれた)N先生や、同じ時に教育実習を受け、今は某高校の教頭になっているF君が見えていたのには仰天し、緊張した。しかし楽しかった。

 講演後、高校の時の同級生がやっている小料理屋へ行く。9年ぶりの再会だ。彼は大学で東洋史学を学び、卒業後も1年ほど勉強したが、板前になった。山口で修業し、長崎に帰って店を出した。

私が山口大学に赴任した30歳のころ、あるスーパーでばったり7年ぶりにあってびっくりしたことがある。それ以来山口時代は親しくしていた。自宅で料理をしてもらったこともあり、ホテルに勤めていたころは、おせち料理を持ってきてくれたこともあるし、思い出したように連絡があって飲みに行くという関係だった。

しかし、彼の尊敬できるところは、いつも「こだわりがない」ことだ。まったく水のような淡麗な性格。それは少しも変わりがなかった。私を招いてくれた純心大学のN君と、やはり高校の時の同級で長崎県庁につとめているY君とで、昔話に花を咲かせた。これは至福のひとときであった。
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2009年07月10日

検索と通覧

ある古本情報誌に求められて、「変化著しい学術情報の中で」(これが仮題ということ)、研究と古書、原本画像のWEB提供の功罪、学術雑誌のWEB化への見通しなどいくつかのアンケートに答える文章を書いた。こういうことでは目新しいことはなかなか書けるものではない。「検索」と「通覧」の事を詳しく書きたかったが・・・・。スペースが足りない。8月刊行予定。
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2009年07月08日

大大阪観光

大阪大学総合学術博物館で開かれている、大大阪観光展。これはかなり面白いです。昭和12年の大阪観光映画を上映、当時の大阪が蘇ります。会期を今週土曜日まで延長。詳細は、HPへ。

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2009年07月01日

雲英末雄先生追悼特集

『近世文芸研究と評論』76号(2009年6月)は、雲英末雄先生追悼特集。37人の方が追悼文を寄せている。そのおひとりおひとりにとって、雲英先生が、いかに特別な人であったということがよくわかった。いや、読む前からわかっていたのだが、特別の度合が想像を超えるものだった。どの文を読んでも、そこにまぎれもない特別な関係があるというのは、すごいことだ。

 私もある本をお借りするために、早稲田の研究室にお邪魔したことがある。お貸ししてくださったのみならず、「翻刻をしてもいいよ」と言ってくださり、その上に、何冊か持っているらと、ある新書本を下さった(翻刻は私などではなく、もっとも相応しい方がしてくださったが)。私のつれあいも、研究対象の歌人の貴重な資料を譲っていただいたことがある。先生の方から連絡を下さったようであった。

 先生は、相手が誰であってもそのようにされていたのであった。自分の持っている本や資料を役立ててくれる人であれば、先生の方から積極的に声をかけてくださったのである。この姿勢は我が師も同じなのだが、これはいかに稀有なことか。その人がどんな研究をしているかを知っていて、それに関わる本を入手する「古書入手力」があり、その人に連絡できる親しさがあり、わざわざ連絡してくださる手間を惜しまず、貸したり上げたりすることができる度量の広さを持つというのは、いくつもの要件を満たさねばできないことなのである。

 この追悼特集を読むと、そういう稀有な存在を失った学界の痛手をつくづく思うのである。あらためて合掌したい。
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