2009年08月28日

天理の秋成展

天理図書館で、開館79周年記念展「秋 成−上田秋成没後200年によせて−」が開かれる。天理図書館に所蔵される秋成資料は膨大。近世文学研究者、秋成ファンは見逃せないところだろう。来年は東京の天理ギャラリーで開かれる。なお、来年7月〜8月に京都国立博物館で開催される上田秋成展(日本近世文学会・京都国立博物館主催)は、これとは別である。

会 期 : 平成21年10月19日(月) 〜 11月15日(日)
時 間 : 午前9時 〜 午後15時30分 (会期中無休)
会 場 : 天理図書館2階展示室

琵琶演奏会 「秋成世界を語る」
 平成21年10月25日(日) 15時より
  ・ 対 談 「片山旭星師と琵琶」
     片山旭星 師(琵琶奏者)
     土居郁雄 氏(芸能研究家)
  ・筑前琵琶演奏
     片 山 旭 星 師
詳細は天理図書館のHPへ。
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2009年08月22日

江戸の文人サロン

 揖斐高氏の『江戸の文人サロン―知識人と芸術家たち』(吉川弘文館)が刊行された。歴史文化ライブラリーの1冊。大阪の詩社混沌社、江戸狂歌の連、蘭学のサリン、耽奇会・兎園会、書画会など、江戸の文人たちの社交の場から、江戸文化を見直す。

 非常に丁寧に、書き込まれている感じで、読みやすい文章。ひとつひとつはおなじみのことだが、社交の場が文化を生んでいるという視点から、これらをまとめて論じたということだろう。広く読まれてほしい本である。

 
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2009年08月21日

京都近世小説研究会

京都近世小説研究会という会で久しぶりに発表させていただくことに。

日時は8月29日(土)午後3時からで、場所は同志社女子大学今出川校地 栄光館1階E104会議室。発表者は神戸大学大学院生の天野聡一さんと私。

天野さんが「五井蘭洲『続落久保物語』読解―物語注釈を通して」。私が「秋成における虚構と倫理―『春雨物語』「樊かい」末尾部試解」という発表をする予定。

当会は近世小説を中心とする近世文学の研究会で、濱田啓介先生、廣瀬千紗子氏、服部仁氏をはじめベテランもいらっしゃるが、大部分は関西の若手研究者で構成されていて、最近の参加者は20名前後と増えている。興味のある方は私宛にメールでも。iikura(あっと)let.osaka-u.ac.jp。世話人の方に連絡します。
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白石良夫さんと和本リテラシー

中野三敏先生が、論文や本でさかんに「和本リテラシー」をあげるべきだという主張をしていらっしゃるのは、本ブログでも既報した。ロバート・キャンベル氏もテレビで師匠の説を広げようとしている。まあ、現代日本社会では、英語力は絶対必要のように言われているが、「和本リテラシー?何それ?」ってなもんである。「蟷螂の斧」とか「アナクロ」とかいう声も聞こえてこないでもない。しかし、その方がかえってやる気になるというのが、マイナー分野研究者の性というものだろう。

 「和本リテラシー」の根本は変体仮名読解力である。本家の中野先生もなにか企画をされていると仄聞しているのだが、中野門下もまた、師説の普及にいろいろ努力しているという話。
 佐賀大学の白石良夫さんは、オープン・キャンパスの模擬授業(といっても大学生相手の)で、高校生も飛び込み自由という、変体仮名読解のワークショップをやったらしい。集まった高校生10人は、とても真剣に取り組んでいたという。なるほど、模擬授業で行うというのは一案である。和本を見せるだけでなく、変体仮名を読ませるというのがいい。

「和本リテラシー」を今の時代に説くなんて、どういう時代感覚?といぶかる向きもあろうが、意外に若い学生は興味を示してくるもの。私なども授業で、和本を見せることがよくあるが、数百円から数千円程度で買った和本にも、学生たちは「本ものですか?」「すごい?」などと興味を示し、値段をきいて(その安さに)またびっくりする(もちろん、高い本は高いのですが)。ただ、ほとんどそれで終わってしまうのも事実である。和本が新刊屋に並んだり、「今月の和本」なんていう連載が新聞の読書欄ではじまるくらいでないとなかなか。

 和本リテラシーは回顧趣味ではない。活字化されずに眠っているフツーの本たち。ここにこそ、日本の文化史・思想史が詰まっている。これを発掘し、歴史や思想を再発見するという知的冒険のツールなのである。
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2009年08月18日

明治の百物語

一柳廣孝・近藤瑞木編『百物語』(国書刊行会、2009年7月)、は明治26年浅草花屋敷で行われた百物語をベースにその翌年「やまと新聞」に連載されたものを単行本化したものの復刻で、感じのいい本に仕上がっている。第十席の円朝の話は短いけれど、やっぱり巧い。理屈抜きの怪談である。
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2009年08月17日

明治の秋成熱

『日本古書通信』8月号には、木越治さんの連載「秋成逍遥」の3回目。今回は、井伏鱒二の「「雨月物語」明治翻刻本」というエッセイの紹介である。明治22、3年ごろは秋成の名前もほとんど忘れられていたのだが、その後、急に再吟味がはじまり、関西では近松や西鶴以上に喧伝されたこと、銀峯会という秋成研究会が出来、会の連絡所は磯貝家(のちの八千代)であったこと、西福寺に各自愛蔵の秋成遺墨を持ちよって、秋成を偲んでいたという。

明治36年の藤岡作太郎の手帖によれば、持ち寄られたモノの中身が凄い。背振翁伝、自伝、金砂、胆大小心録など、そして蒹葭堂画に秋成が賛をしたものがあるが、これこそ、木越さんも言っているように、今年6月19日の読売新聞に紹介された墨梅図の賛(個人蔵)に違いない。またどうもこの会の名誉顧問の佐藤古夢氏の紀行文によれば、春雨草紙も出ていたらしい。
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2009年08月14日

モノとしての古書こそ

お盆ではあるが、諸般の仕事に追われています・・・。

さて『日本古書通信』2009年8月号に、タイトルに挙げた拙文を載せていただいた。「変化著しい学術情報環境の中で」という「若手研究者たち」(?)へのアンケートで、1現在研究中のテーマ、2研究上の古書の価値・意味、3資料のデジタル化のメリット・デメリット、4研究発表媒体の今後の見通しなどについてきかれたものに答える形である。

7月号の4人の方に続いて、高木元・柏崎順子・神田正行・神作研一各氏と私である。近世文学に偏っているのはなぜだかよくわからないが、結局みな、比重のかけかたは多少異なっても、ほとんど同じことを言っている。デジタルだけではダメで本物を見なければならないというあたり前のことである。

デジタル化に関しては、高木氏・神田氏の諸情報はありがたい。しかし高木氏も書いているが、われわれは大量の情報を収集することを効率的に行えるようになる反面、データを分析・整理する時間を失いつつある。インプットが必要なのに、形になるアウトプットばかりが求められている。自己評価・研究報告書・中期計画・外部資金の獲得・オープンキャンパス・出前授業・それらに関わる会議。所属する機関ばかりではなく、学会や研究会においても、ただ牧歌的に研究をしていればいいということではない。これらの消耗戦が、一番肝心な基礎体力を奪っているのではないか。

情報収集は確かに便利に効率的になったが、そうして集められた情報のみを用いて書かれた研究論文はえてして薄っぺらな感じを免れない。また、デジタル情報(データベースの存在)を知らないのではないかと不安になることが私もあるが、本来は、この本を見ていない、読んでいないということが不安でなければならい。

デジタル情報のことはほとんど知らず、昔ながらに図書館に通い、黙々と原本を調査し、読んでいるベテランの研究者たちの方が、いい仕事をやっぱりしているのではないだろうかという思いは、いつもついてまわる。多分そうですよね。
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2009年08月13日

国際学術シンポジウム

来月中旬に韓国の高麗大学校で行われる、国際学術シンポジウム(テーマは「日本近世文学・文芸の中心と周縁」)で発表しなければならないのだが、発表原稿提出締切が1ヶ月前となっている。韓国語に翻訳するためである。

韓国は縁があって、いままで2回ほど学会での発表経験があるが、その時のコメンテーターの発言をきいていると、発表内容がうまく通じていなかったようだった。発表原稿の日本語をシンプルにしないとわかりにくいのだろう。ところが私の発表とか論文は、たいてい粘っこい展開となり、シンプルではない。ただ、今回の原稿は場所をわきまえてシンプルにしないといけないだろう。

おまけに一緒に行く研究者が、一筋縄ではいかないひとたちばかりである。私の発表するパートは、「読みなおされる江戸文芸」とかいうタイトルが付いているのだが、今回は秋成でやることにした。ところが、同じパートに議論に妥協のないことで有名な秋成研究の第一人者(T大のN氏)がいらっしゃるので、無傷での帰還は無理ではないかと思われる。傷心をいやすためにチャングムパークへ行きたいな。
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2009年08月11日

大谷篤蔵先生の遺稿集

 故大谷篤蔵氏の遺稿集『芭蕉 晩年の孤愁』(角川学芸出版、2009年8月)が、没後13年にして出版された。

 大谷篤蔵氏の学識と人柄は、俳諧を学ぶ者のみではなく、周囲のすべての人が慕っていたという。近世文学会の二次会だったと思うが、私をはじめとする、数人の若い研究者たちの中に、突然、大谷先生がニコニコとやってこられて「若い人たちと話そうかな」と座り、場がパっと明るくなったのを憶えている。

 私が助手であった昭和60年、近世文学会をQ大で開催したときに、閉会のあいさつをされたことも印象に残っている。前日の3次会が福岡屋という「客に仮装して踊らせる店」で行われ、W先生のおてもやんや、H先生のカルメンなど、すごい演目が続いて、大喜びしておられたが、そのことにも、行ったものだけがわかるようにチラとコメントされていた。

 とにかく、先生が挨拶されたり、談話の中心にいると場がなごむし、さわやかな風が吹く。現在関西で活躍している俳諧の研究者の方で、大谷先生の影響を受けていない方がいないだろう。どなたにうかがっても、素晴らしい先生だったというに違いない。

 俳諧研究の泰斗であられた大谷先生は、しかし生前自説を論文で述べることが少なく、大きな論文集を刊行されることがなかった。『俳林間歩』(岩波書店)、『芭蕉連句私解』(角川書店)だけである。それがまた先生らしかったのである。
 
 今回、ご子息の大谷俊太氏が「あとがき」を書かれているが、胸を打つ文章である。淡々と書かれているのだが、父上への限りない尊敬と愛情が感じられる。篤蔵先生が論文集の出版を考えていなかったことについて、「書き残す執着が乏しかったのだと思う」と書いている。「俳諧」の精神にふさわしく、「「言い捨て」にとどまるをよしとも」した。「父がこよなく愛した「俳諧」が、父の寡作を許容したと言えるかもしれない」と。「しかし、より根本的には、父の人生は「余生」であったからではないか」と、さらに俊太さんは筆を進める。具体的な事情については、ぜひ本書について読んでいただきたい。そうだったのか、なるほどなあ、と思わせられた。「余生」と「俳諧」との幸福な出会いの上に、篤蔵先生の人生と学問が成り立っていたのではないかと俊太氏は述べている。

 それにしても、その俊太さんが、父上の学識と人柄をそのまま受け継いでいるように見えるのは、私ばかりではないだろう。俊太さんだからこそ書けたすばらしいあとがきである。

 さて、早速講演録「俳諧の学」とタイトルにも採用された「芭蕉晩年の孤愁」の二つを先ず読んだが、篤蔵先生の語り口が聞こえてきて、なんとも心地よい。そしてやはりハッとするようなことをおっしゃっているし、実に巧みに語り進めている。勉強になった。他の文章もこれから読むのが楽しみである。
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2009年08月07日

閑山子跡追

閑山子さんのブログで紹介されているものを私も取り上げてみる。

鈴木淳さん「江戸の巻子本」(『文学』2009年7・8月号)。大東急の『十番虫合』は私も見たことがある。素晴らしい絵巻であった。秋成の『春雨物語』にも触れている。拙稿「『春雨物語』論の前提」(『国語と国文学』2009年5月)の問題意識や提言とかなり重なる部分があって、心強い。

巻子本という装幀はパトロンの求めによって選ばれた可能性が高いということ、装幀そのものを作品として捉えるということなどであるが、鈴木さんの論文で教えられたのは、この意識が古代への拘り、就中真淵の『伊勢物語古意』の、本来冊子はおしなべて巻子本だったという説に、理論的根拠があるだろうというところである。

また、『春雨物語』は絵はないものの、筆跡が視覚に訴える要素がある点を重視すべきだというのだが、かつて私も「目ひとつの神」を「絵のない絵巻」に見立てたことがある(もちろんアンデルセンの「絵のない絵本」をもじったのだが)(『秋成考』)。

近年ようやく江戸の雅文学をモノとして捉える見方が広まってきている。それは、普遍性というよりも個別性を、主題というよりも挨拶を考えるようなことになるから、文学性から離れることになりかねないという批判もあるだろうが、私は文学研究の可能性を開くものだと思う。

田中康二さん『本居宣長の大東亜戦争』(ぺりかん社、2009年8月15日)。奥付が敗戦の日となっているのは偶然ではないだろう。宣長観の変遷、とりわけ戦時下の宣長研究の再検討ということを考えること自体、私などは尻ごみしてしまう。世代的なものもあるのだろうか。もちろん、閑山子さんがいうように、野口武彦門下であるということは大きいに違いない。

ともかくも、田中さんはほぼ書き下ろしで一書を編んでしまったのだ。その意欲、筆力に脱帽する。田中さんは、今こそ戦前・戦中の国学を再検証する機が熟したと捉えている。書名が実に秀逸。暑い夏に読むのには相応しい本かもしれない。
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2009年08月05日

佐竹昭広集

『佐竹昭広集』の刊行がはじまり、第2巻が予告されている。岩波書店の『図書』8月号(現在中野三敏先生が連載中とあって、欠かさず入手できるようにしている)には、田中貴子氏の「浄土の猫は蓮に揉まるゝ」という佐竹学を語る文章が載っている。田中氏は、佐竹氏の「読む」ための学問について触れ、冒頭の文章の秀逸であることを紹介し、「はなし」の構造や、「抄物」の魅力への関心が、説話文学研究にとって重要な意味を持っていることを説いている。これに応えて編集後記も佐竹氏の「学問の精神」について熱く語っている。

とにかく佐竹先生(先生と呼びたくなる理由についてはかつて書いた)の文章は国文学者としては図抜けて洗練されている。それが巧すぎでイヤダという人もいるくらいである。その思考の深さもまた計り知れない。たしかに編集後記のいうとおり、国文学者の範疇を超えて、思想家といえる。

ただ、亡くなった時の新聞記事の扱いを見ると、俗人の私は、それがあまりにも小さかったのに、憤りを覚えた。もちろん先生はそんなこと、笑っていらっしゃるだろうが。今度の著述集の刊行で、佐竹学が広く知られるようになることはとても意義があると思う。というわけで、私も全巻購入することにしました。
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教え子からの便り

山口大学時代のむかしの教え子からお便りをいただいた。この場でお礼申し上げる。私が唯一大学院で指導した人だが、修士1年を終えたところで、私は転任することになった。その後、私の後任となった方のご指導で、よい論文を書いてくれて、嬉しかった。

よく夏に近況報告をしてくれるが、今回のお便りでは、私のブログを読んでくれているということ、失せ物ネタで「そういえば、山口大学でも、先生が机の上を探し回しても見つからず、『まあいいでしょう』とあきらめておしまいになったことを思い出し」たということが書かれていた。そんなこと、私じしんは忘却しているのだが・・・・。

しかし最近なぜかリバイバルヒットしている『思考の整理学』の著者は、忘却して頭に隙間をつくってそこで考えるってなことを言っているから(新聞にも出てましたね)、忘却でもいいのさ、と嘯くことにしている。
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2009年08月02日

皇統迭立と文学形成

大阪大学古代中世文学研究会編『皇統迭立と文学形成』(和泉書院、2009年7月)が刊行されている。同研究会の200回記念に出された本である。

同研究会は年2回『詞林』という研究誌を刊行しており(〜45号)、また「大詞林」と通称される『古代中世文学研究論集』(〜3集)という単行本を刊行してきた。

この研究会は、若手の切磋琢磨の場であり、事務能力育成の場でもあった。これだけの成果を形にするというのは、並大抵のことではなく、それがほとんど学生主体で行われてきたということに、驚きを禁じえない。「継続は力なり」を実感する。伊井春樹先生・荒木浩さん、加藤洋介さんのご指導が献身的なものであっただろう。

今回の論集でも、阪大の古代中世の研究者層の分厚さを見せつけられる感じである。なお、本論集の詳細については、同研究会のホームページや、和泉書院のホームページでご覧いただきたい。伊井春樹先生の序文と荒木浩さんの概要、16本の論考から成る。
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