2010年04月30日

秋成と当代画家(秋成展関連情報4)

京都新聞の連載は快調である。4月21日と4月28日は、秋成に親しい画家たちの話。今回の秋成展は、画文の競演になる。もともと本展のコンセプトとして、『胆大小心録』的世界の再現というのがあった。

『胆大小心録』は江戸時代屈指の痛快随筆で、秋成の毒舌が口語体で炸裂する。槍玉にあがるのは、小澤蘆庵、大田南畝、池大雅、円山応挙など錚々たる人々。ついでに柿本人麿やら源頼朝やら歴史上の人物までコテンパテンにやられる。

とりわけ画家へのコメントは、のちのちその画家の評価に影響を与えている。というわけで、美術史研究の側から、2回連続で書いていただいた。

4月21日はおなじみ狩野博幸さんが、田能村竹田のことを書いている。秋成と親しい村瀬栲亭の門人である竹田は、秋成が栲亭を訪れて雑談していた様子を書きとめているというのである。「さすがの秋成も栲亭を前にしては身にまとうよろいを脱がざるを得」なかったと狩野氏は想像している。竹田の作品から秋成展に展示される予定の「煙霞帖」という小さな画冊が紹介されている。

4月28日は、新進の水谷亜希さんが、『胆大小心録』での応挙・岸駒への例の悪口を紹介、秋成と親しい呉春(松村月渓)の代表作「柳鶯群禽図屏風」の魅力を語っている。「春雨にけぶり、静かにざわめくような情景は、どこか秋成の描く物語の印象と通じるものがあるように感じる」。秋成と呉春の画文コラボレーションが本展ではいくつか見られる。いや、本展でしか見られない。
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2010年04月26日

平成異本今昔物語

川端善明先生の編集と訳になるところの『聖と俗 男と女の物語 今昔物語新修』(発行創美社、発売集英社、2010年4月)は、平成異本今昔物語と呼ぶべき本である。

そのように呼びたい所以は、
1 今昔物語集の中から169話を選んで再構成。
2 「今は昔」「となん語り伝へたるとや」という話を枠組を捨てる。
3 いわゆる話末評語を捨てる。
4 インド・中国・日本、仏教・世俗という枠組を捨てる。
5 短篇物語としての説話に関連を持たせた編集、すなわち『宇治拾遺物語』のように再編集。

といったところである。なぜ捨てるのか。それはもう先生の好みだからである。現代によみがえらせたいからである。訳はさすがに魅力的で、この新しい今昔物語に引き込まれてしまう。また1〜5の方針をのべる「はじめに」「あとがき」の思い切りのいい文章が大好きだ。

京都の地図の絵と文字は先生の自筆。これも素敵だ。

結局私は善明先生のファンなのである。
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2010年04月19日

新着雑誌

午前中に、しめきりをちと過ぎた原稿を送付して解放感にひたる。とはいえ明日締め切りの原稿が・・・。

とりあえずこくぶん研究室で新着雑誌を漁る。

二又淳「戯作者の筆耕」(「国文学研究]160集、2010年3月)は、丈阿・一九が両面摺年代記や、両面摺画家系譜などのの筆耕をしていたことを明らかにし、彼らが筆耕だけの仕事もしていたこと、さらに春町・京伝の戯作の筆耕の例をあげて、戯作者は筆耕を含めて戯作者たりえたのではないかと述べる。

中尾和昇「馬琴と大坂―『月氷奇縁』成立に関する一考察―」(「国文学」関西大学国文学会、2010年2月)は、『月氷奇縁』の挿絵を流光斎如圭、版元が河内屋太助であることについて、馬琴在坂での交友関係を手がかりに、説き及んでいる。田宮仲宣・馬田昌調の周辺を探っていけば当然このようなことは明らかにしえよう。以前南畝の在坂生活を整理したことがあったので、個人的に興味深かった。ただタイトルは「成立」というより「出版」とか「刊行」がいいのではないかと思ったのだが。版本としての成立という意味だったのですね。

『演劇学論叢』11(阪大演劇学研究室、2010年3月)は天野文雄先生退職記念をうたうだけあって、564頁の大冊。巻頭の山崎正和先生の「能を演劇と見る芸能史学者」とは天野先生のことである。「古い友人を新しい知己として」という副題だが、素敵な文章である。

 同誌に中川桂氏による『浪速新内跡追』についての論文が載っているのを見つけて嬉しくなった。かなり昔、わけもわからず、この本の翻刻のお手伝いをしたことを思い出したのである。これは個人的な感慨である。

 そうしているうちに、冒頭に書いた論文、古い版を送付していることに気づいた。しかも最新の版のファイルが見あたらない。らら、これは大変なことだ・・・。そちらにちょっとかかります。

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2010年04月17日

畸人(秋成展関連情報3)

京都新聞の「畸人秋成の世界」第2回は、中野三敏先生が、まさにその「畸人」について解説している。

秋成自身が『雨月物語』自序で「畸人」を名乗っていること、18世紀の江戸において『近世畸人伝』が出るにおよび、当代読書人の間に「畸人」が認知されたこと、老荘思想に基づく「畸人」とならんで陽明学の発想である「狂者」もまた時代のことばとして広く受け入れられ、その精神は、若冲らの奇想の画家にも浸透していたことなどを書いている。

さしえは版本『近世畸人伝』である。

次回は日本美術史の狩野博幸氏。元京博。現同志社大。「若冲展」や「蕭白展」を成功させたことで知られる。秋成展でも同時に展示される同時代の画家の作品の選択などで関与。実は秋成展では同時代の画家作品が結構でるのだが、そちらでも目玉があるのだ。そのうち告知します。

さて京都新聞の連載は、「特別展観 上田秋成」に関わった人たちが執筆者である。この連載の最中に、同じメンバーによる連続講演会(同志社女子大学)、そして6月27日には秋成忌(西福寺)も行われる。こちらもいずれ告知する。
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2010年04月16日

『江戸風雅』2号が秋成特集

もうすぐ刊行される『江戸風雅』第2号が、上田秋成と漢文学という、めずらしい特集を組むらしい。

徳田武「上田秋成と都賀庭鐘―無腸の号を廻って」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成と菅茶山」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成の「富士山説」」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成と本居宣長・小沢蘆庵」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「細合半斎と上田秋成」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成の『藤簍冊子』自序と『五雑組』」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成の天保歌」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成と村瀬栲亭―『上田秋成全集』訂正」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成と上田耕夫」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「上田秋成と蘇東坡」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武・宍戸道子「『清風瑣言』序・『毎月集』序 注解と補説―栲亭の秋成評二種―」〈「上田秋成の漢文学」半特集〉
徳田武「天明・寛政期の柴野栗山』(中)」
黒川桃子「淡窓と陸游詩―詩句の援用と主題の受容―」
徳田武「頼聿庵と頼支峰」
小財陽平「日本の青邱 松橋江城の文事 ―「秋懐十首」を中心に―」
徳田武「田中従吾軒伝」
神田正行「曲亭馬琴「好逑伝脚色抄」 解題と翻刻」
池澤一郎「矢野龍渓撰の墓碑銘について」

そのラインナップを江戸風雅ブログから転載させていただいた(いいですよね?)。圧巻としか言いようがない。

徳田武氏の「雲烟過眼録」に載ったものがズラリと並ぶ。読むたびに唸っていたこのブログの秋成記事だが、江戸風雅でまとめて読めるようになると確信していた。その通りになることはありがたい。
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秋成における「いつはり」の問題

 高麗大学日本研究センターが刊行している『日本研究』第13号(2010年2月)は、昨年9月同大学で行われた近世文学のシンポジウムに基づく原稿が数本載っている。このごろようやく送ってきた。

延廣真治「江戸文学の可能性」、長島弘明「物語集としての藤簍冊子」、飯倉「秋成における「いつはり」の問題」、佐伯順子「「色道ふたつ」の時代」、鈴木淳「秋成の文学観」、佐伯孝弘「近世前期怪異小説と笑い」の6本である。なんと秋成が3本で、秋成没後200年行事をを韓国でもやっているのか、という感じである。

 拙稿は、『春雨物語』に「いつはり」の語が多出するなど、晩年における秋成の「いつはり」の用例を検討して、書くことの罪意識、草稿投棄の問題、樊カイ末尾の解釈に及ぶもので、私としてはかなり気持ちを入れた(?)ものである。入手しにくい学術誌でもあるので、いずれHPにでも置いておこうと思う(6月ぐらいにはHPにもそういう役割を与えるようにしたいと思っている)。
 
 鈴木淳氏は私の論文を参考に引いた上で、「肝心なところを閑却視している」と批判している。こういう批判は実は嬉しい。おざなりに賛成されるよりも批判の対象になる方がいいのである。シンポジウムの時点では、議論の時間もなく(討論者は決まっていたので)、また私自身よく理解していなかったところがあるのだが、今はかなり理解できていると思う。その上で秋成の貫之観については、まだ考察の余地があると思うし、実はそのことを7月刊行予定の某雑誌に書くつもりである。
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2010年04月13日

「畸人秋成の世界」でした。

2つ前のエントリー「秋成展関連情報2」の補遺です。

その後、ご親切にカラーコピーをお送り下さる方がおられまして、京都新聞連載第1回の様子がわかりました。

タイトルは「畸人 秋成の世界」で、畸人は角書。訂正します。高田衛先生が、秋成愛好作家という、文学山脈を浮かび上がらせる。そのもっとも新しい存在として村上春樹を挙げる。私は知らなかったのだが、村上龍との対談で、「恥を知っている文章、少し自虐・自嘲気味ではあっても、心が外に向けて開かれた文章」と名文を定義した上で、具体的な作家として、フィッツジェラルド、カポーティ、チャンドラーに並べて秋成を挙げているという。

カラー版で秋成の陶像の写真が載る。
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2010年04月10日

鈴木淳『江戸のみやび』

鈴木淳さんの『江戸のみやび』(岩波書店、2010年3月)が刊行された。

「雅がなければ、その崩しとしての俗は存在しえず、雅の部分が怪しくなってくれば、文化全体がその体を保つのが危うくなってゆくと思う」と序に書かれている。中野三敏先生が唱える雅俗論の基本、「雅あっての俗」である。

「雅へのあこがれ」、「みやび礼賛」の代表者として鈴木さんが挙げるのはやはり加藤千蔭である。千蔭がお好きなのである。そして、おそらく鈴木さんは現代の千蔭なのである。ここにこの本の基調がおそらくある。

 本書は十章からなるが、その半分は新稿である。それは鈴木さんの多忙さを考えると驚きである。

 文芸の幅を広く考えて、絵画や衣裳に及ぶ。とくに絵画についての言及が多い。そして、論ではなく具体的な事象を、みやびな文章で綴ることで、みやびとは何かを示そうとしているかのようである。

 それにしても、パトロネージ、フェティシズム、コスチューム、パフォーマンス、トポグラフィーとタイトルや副題に並ぶと、「ん?」と思う。「新稿」にそれが多いのだが…。これは批判でなく、どうも鈴木さんのイメージに合わないということなのだが。いや合うのか…?

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2010年04月09日

京都新聞連載開始(秋成展関連情報2)

そういえば、4月7日(水)から、京都新聞で「畸人秋成」のリレー連載が開始されているはずです。

毎週水曜日朝刊、けっこう大きいスペース、カラー写真付きで掲載されるときいています。

残念ながら大阪ではなかなか読めない京都新聞。どなたか御覧になったかた情報をお願いできれば幸いです。ネットには出ないのかな?

第1回は高田衛先生、4月14日の第2回は中野三敏先生。これは特別展観「上田秋成」連動企画。



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2010年04月08日

キャンパスメンバーズ(秋成展関係情報1)

キャンパスメンバーズのことは意外に知られていないようだ。

国立の美術館・博物館がこの制度をもっている。大学が一定の会費を払って、学生の入場料を無料ないし割引してもらうというものである。

京都国立博物館の場合、京都の主な大学はこれに加入しているし、大阪大学・近畿大学・奈良女子大学なども加入している。ネットで「京都国立博物館 キャンパスメンバーズ」と検索すると、あなたの所属する大学がメンバーかどうかがわかります。

原則として平常展なら無料、特別展覧会でも学生料金の半額程度になるという。

さて、では7月17日〜8月29日の「特別展観 上田秋成」はどうだろうか。「新収展」を同時開催するので、本館全部を使っての展示が見られるのだから、これは特別展覧会なみの規模であるが、キャンパスメンバーズは無料になるという情報を得た。ちなみに何回行っても無料。秋成展の場合は、入れ替えもあるので。

というわけですから、学生の皆さまは是非行ってください。なお20名以上の団体でいくと、引率教員は、大学発行の身分証明書提示で無料になる。ただ教員ひとりで行っても、そうならないようです。

私も何度か行くことになると思うが、いまのところ7月27日の15時ごろには確実にその場にいることになっている……。もしかすると、秋成意匠のTシャツを着ているかもしれない(学生が3着作ってくれたので。大学とか町を歩くにはやや恥ずかしいデザインである)。

秋成展に関する情報はこれから折に触れてアップします。
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2010年04月06日

『水滸伝』の衝撃

このところ、ゆるやかな連句的繋ぎになっているって気づきました?

というわけで本日取り上げるは稲田篤信編『水滸伝の衝撃』(アジア遊学131、勉誠出版、2010年3月)。

中国学の専門家、比較文学・言語学の専門家、江戸文学の専門家を動員して、「東アジアにおける言語接触と文化受容」を、『水滸伝』を通して学際的に検討する共同研究の書で、案外類書は少ないのではないだろうかと思う。高島俊男に感銘を受けたという稲田さんの、この方面への目配りに驚く。日ごろから水滸伝研究に親しんでいないとできない人選ではないか。

実は4月から読書会で読まんとするのが、『水滸伝』絡み。これは嬉しいタイミングです。

秋成関係では小澤笑理子さんの「樊カイ」論が一本。課題にそって魯智深で書いている。最後に樊カイは秋成自身の投影ではというのは、賛成。すでに彼方では2月に出ているはずの、高麗大の『日本研究』に私もそういうことを書きました。まだ送ってこないんだけど。
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2010年04月05日

福岡伸一と「妙」

 土曜日のこと、家人が新聞に面白い記事が載っているというので、見たら福岡伸一氏を取材した記事であった。『生物と無生物の間』は私も面白く読んだし、「動的平衡」の考え方をサッカーの岡田監督が好み、対談していたことも新聞で読んだ。さて、どんなことが書かれているのかと見たら、結構面白いことが書かれている。

 たとえば「動的平衡」の考え方は、「方丈記」の「行く河の流れは絶えずして、しかも元の水に…」と同じ認識である。だが科学が進めば、同じ世界観・生命観を、より解像度の高い言葉で語れるようになる。「科学の目的の一つは新しい文体、スタイルで記述することだと思います」というのである。それは限りなく「文学」に近い。『生物と無生物の間』も香りのある文章で書かれていた。

そこで唐突に私は三月の末、有志で行った、西田耕三氏の新著『近世の僧と文学』(ぺりかん社)の書評の会を連想した。そこで話題になった「妙」である。福岡氏のいうのはこれではないか。

「妙は唯人に存す」とは、『近世の僧と文学』の副題であり、妙幢淨慧が頻用する言葉。言語・文字・文章はそれ自体意味を持つものではない、それを用いる人に「妙」があるからこそ、生き生きとした意味を持ってくる。これは西田氏が『人は万物の霊』(森話社)で展開した死活の説に通じるものである。

 たしかに世界を認識・解釈し、それを記述するという点において、科学と文学は共通している。いや、書画や音楽もそうかもしれない。その記述の仕方を「妙」と捉えて主題とした西田耕三氏の慧眼に思いを致す。妙幢淨慧は、若い時に文芸に親しみ、やがて詩のわかれを体験する。それでありながら、言語・文字・文章を用いる「妙」は、あらゆる世界を表現し、あらゆる世界をつくることができるという認識を持ち続けた。

 「妙」とは、「言い得て妙」の「妙」である。西鶴や秋成が、なにを描いたかを考えることも重要だが、文芸研究の本質はたぶん「妙」を指摘することにある。だがその指摘は、箇条書き的に挙げられるわけではない。また単語で答えられるわけでもない。「妙」を指摘するのももまた「妙」なのである。そういう意味で西田耕三は妙幢淨慧その人である。そのようにこの本は読める。

 そういえば妙幢淨慧は、厖大な読書量をもとに引用をしまくった「引用の人」、その引用の記録を読んでそれをまた引用した西田耕三氏もまた「引用の人」。だがその引用に「妙」がある。「妙」はあたり前のことを改めて突き付ける技術だとも言える。たしかに科学というのはそういう側面がある。
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2010年04月04日

木主

昨日は恒例の懐徳忌。西鶴研究会の会場であった上町筋の誓願寺で行われた。ここに中井竹山・履軒などの墓がある。

懐徳堂の歴代堂主を追福する法要と、講話が行われた。

墓前祭のあとに、法要、そして島根大学の竹田健二氏による「懐徳堂記念祭における儒礼」という講話をうかがった。

講話の前の休憩時間に、加地伸行先生が儒式における木主(仏教でいう位牌)について、中井履軒の木主を実際に手にとって解説してくださった。2,3人で拝聴していると、ぞろぞろと人が集まってきて特別講義の様相となる。

木主は、その方の死んだ時の姿である(形代というわけである)。お送りした時の名を書いた板を外側からはめこむようになっている。中には生きているときの俗名が彫り込まれた小板が入っている。これは外の板がはめこまれた状態では見えない。つまり保護されているというわけである。仏教の位牌では裏に書かれているもの。位牌はこの木主の影響を受けているらしい。

『儒教とは何か』(中公新書)の著者直々のご説明で感銘を受けた。記して記憶にとどめておきたい。ちなみに『儒教とは何か』では257頁に木主の説明が出てくる。
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2010年04月03日

江戸文人と明清楽

中尾友香梨さんの『江戸文人と明清楽』(汲古書院、2010年2月)。

「江戸文人と明清楽の関わりについて論じた初めての学術研究書」(あとがき)である。著者は、15年前中国からの留学生として来日、九州大学で学び、2006年に帰化。2008年に博士号を取得している。博士論文を元に本書は成っている。

私などの全く知らない分野だが、江戸時代の文人の中国趣味を語るのに音楽は欠かせない要素で、都賀庭鐘の『英草紙』の音楽論なども思い浮かぶ。いろいろと今後参考にさせていただくことになるのではないかと思う。日中比較文化が専門だというが、江戸文学のことも、九州の雅俗の会などで勉強しているというから、今後は読本などへの言及も期待される。

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2010年04月02日

肥田先生と『疑雨集注』

荷風ファンであった肥田晧三先生は、昭和38年、大阪の古典籍商、中尾松泉堂の目録に清朝詩人王次回の詩集『疑雨集注』が出ているのを知り、購入された。荷風の「雨瀟瀟」の中でしばしば引用された詩集だったからだと言う。

ところがこの本に谷崎潤一郎の蔵書印が捺されていた。本の価値が上がった。肥田先生は、荷風著作コレクションが備わり、かつ荷風の父の漢詩文集が所蔵される池田市(肥田先生お住まいの地である)の池田文庫(阪急経営の図書館)にこの本を寄贈された。40数年前のことだという。

以上は、『荷風全集』(第2次)第十巻月報(2010年3月)の「荷風断想」という文章の中に書かれていることである。

本は収まるべきところに収まるべきだというお考えをお若いころからお持ちだったのだろう。しかし、若い時にはなかなか出来ないことだと思う。

大阪大学にその旧蔵書が収めらている忍頂寺務さんの著作を集められたことについて、ご講演いただいたことがある。実に面白いご講演であったので、お許しを得て、活字化の準備を進めている。

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