2010年11月29日

古語の謎

白石良夫さんの『古語の謎』(中公新書、2010年11月)が刊行された。

「古語の認識のされ方の歴史」を書くのがこの本の趣旨であるという。

 たとえば、「おごめく」。河内本源氏物語と徒然草に出てくるため、古語辞典にも登載されているこの語は、実在しなかったという。「おごめく」の用例は、この2例しかなく、徒然草のその箇所は源氏物語を踏まえている擬古文であるから、実際は1例だと言ってよい。だが、これは本当は「おこめく」なのだという。

 林羅山が書いた徒然草の注釈書『野槌』で「おごめきて」とこの本文が読まれて以来、諸注が「おごめきて」を採用した。そして、徒然草の注は、源氏物語を引用するから、その引用部分も「おごめく」となる。かくして、実在しなかった古語「おごめく」が、「うごめく」の変化形として、かつて存在したことになる。

【追記】なお、「江戸の徒然草」博士である閑山子氏によれば、「おこめく」に濁点が打たれているのは、『野槌』の再版本系で、稿本系・初版系では「おこめく」らしい。つまり羅山はこの件、あずかり知らぬということである。うーむ。深いなあ【追記終】

 あるいは、あまりにも著名な「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」という人麿の歌が、このように訓(よ)まれ始めたのは、賀茂真淵以来だという。万葉集はもともと全て漢字で書かれていて、それをどう訓むかは難問なのである。だが、平安時代末において、この歌は「あづまののけぶりの…」と訓まれていた。

 それがずっと踏襲されていたが、契沖が「もしかすると「ひむがしの」と訓むのかも」と言ったのを、正式に訓読に採用したのが、賀茂真淵であった。以来、「ひむがしの」が歌語として定着し、その歌語を使った歌も無数に詠まれることになる。だが、「ひむがしの」と確実によんだ歌は、平安から中世にかけて4例しかなく、それは「例外」と目される。つまり、「ひむがしの」は歌語ではなかった。真淵がそれを歌語として定着させたのだという。

 もちろん、恣意的に「ひむがしの」と訓んだのではなく、文献学的方法を踏まえてそのように訓んだのであるが、人麻呂が本当にそう訓んだかどうかは実はわからないのである。だがアララギ派の歌人たちは、この「名歌」にならって「ひむがしの」を自らの歌に多くよみこんでいる。

 このような「古語」の謎解きがいくつもあるのだが、その背景としての江戸の古学の歴史についての説明が平易に説かれており、江戸古学史の入門書としても読める。日本文学を学ぶ学生には読んでおいてもらいたい本である。
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2010年11月27日

21世紀市民の「学びのかたち」

多数の御来聴ありがとうございました。このイベントは無事終了しました。

私が運営委員をしている懐徳堂記念会100周年記念シンポジウムのお知らせです。是非いらしてください。

シンポジウムでは、これまでの100年の経験をふまえて、これからの100年における市民の「学びのかたち」を、各界を代表する識者の提言をもとに考えたいと思います。これからの市民の「学び」には、どのような「中身」や「かたち」が求められているのか、このシンポジウムを通じて21世紀の市民の知的研鑽のための指針を見いだしたいと考えています。

総合探求 21世紀市民の「学びのかたち」
―懐徳堂記念会のこれまでの100年とこれからの100年―
開催日時 ◆ 2010年11月27日(土)午後1時〜午後5時(正午12時より受付)
会   場 ◆ NHK大阪ホール
参 加 費 ◆ 無料
定   員 ◆ 800名
参加方法 ◆ 11月24日までに懐徳堂記念会に申し込み(電話、メール、葉書などにて)
  お問い合わせ/お申し込み
  【懐徳堂記念会事務局】 06-6843-4830 kaitokudo(アットマーク)let.osaka-u.ac.jp
主   催 ◆ 財団法人懐徳堂記念会、大阪大学、NHK大阪放送局
基調講演
パネリスト ◆ 堺屋 太一
  コシノヒロコ (ファッションデザイナー、株式会社ヒロココシノ代表取締役)
  津田 和明 (サントリー株式会社元副社長、日本芸術文化振興会前理事長)
  鷲田 清一 (大阪大学総長、懐徳堂記念会理事)
進   行 ◆ 森西 真弓 (大阪樟蔭女子大学教授、雑誌『上方芸能』編集代表)
  ※講演者・パネリストなどは予定です。

*このシンポジウムの模様は後日NHK教育テレビで放映の予定です。
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2010年11月26日

菊の着せ綿

上田秋成展で展示した「菊の着綿(きせわた)」は、菊に綿をかぶせておいて重陽の日にそれで身体をぬぐうと、老いを去り、寿命が延びるとされたものである。秋成が神医谷川氏に贈ったもの。図録『上田秋成』にも掲載されている。

昨日、能の研究者のAF先生から、「小忌衣と着せ綿の写真はありがたかった。能にも出てくるんでね」と言われて、そうか、そういうことで役立つこともあるのかとなんだかいい気分になっているところへ、きょうまたありがたいお便りがあった。

秋成の図録と同じようなものが、カラー写真で『淡交』2010年9月号に載っているという。I.Oさんに教えていただいた。コピーまでお送りいただいた。ここには黄色の着せ綿がある。秋成展のは白と赤だけだが。これまたありがたい写真ではないか。

じつは『淡交』は、西鶴で卒論を書いた私の教え子(Yさん)が編集の仕事をしているのである。西鶴研究者のI.Oさんから情報がもたらされたということで、なんだか奇縁を感じました。もちろんI.Oさんといえば茶道ですから、『淡交』は購読していらっしゃるのでしょうね。

ともあれ、貴重な情報、感謝いたします。Yさん、今度9月号みせて!
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芭蕉全句集

角川ソフィア文庫で『芭蕉全句集』が刊行された(2010年11月)。季語別・現代語訳付きで、俳句実作者向けを意識した本づくりとなっている。佐藤勝明さんが雲英末雄先生の仕事を引き継いだ労作である。600頁を越える。

最初は年次別に編まれるはずだったらしいが、ぐっと一般向けの仕様になった。ソフィア文庫としては、こちらの方が似合っているのではないか。

時折、重要な季語はゴシックで解説するなど懇切である。983句が集められた。巻末の佐藤さんの解説はアグレッシブで、新鮮な感じがした。
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2010年11月23日

日本近世文学会in松江

日本近世文学会が、20〜22日、島根大学で行われた。
天候にめぐまれ、雪をいただく大山、夕陽に輝く宍道湖を見ることができた。美しい。
食べ物もおいしいし、地元の方は親切だし。いろいろ書きたいけれど、割愛。

参加者は少なめであったが、大会開催校のご尽力により、大変充実した学会となった。
深謝申し上げる次第である。
しかし学部長が旧知のT氏だったのには驚いた。いい意味で、学部長というイメージではないので。

研究発表と質疑応答も、なかなか勉強になるものであった。

今回は、質問が、本質的なところを衝き、指摘するものが多く、考えさせられた。

何のために、その発表をしているのか。
その発表で何を言いたいのか。
その作品、あるいは資料を、どのように位置付けているのか。

何のための発表であり、何が言いたいのかが明確であってはじめて、その発表を聴く気になる。それを明確にするためには、発表にかかわる作品、資料を、歴史的に、ジャンル的に、研究史的に、位置付けておかねばならない。そうでなければ発表が明瞭にならないし、質問のしようがないのである。

発表時間、質疑応答の時間を長くとった方がいいという意見があり、もっともだと思うのであるが、しかし、上記3点がクリアされいなければ、それは苦痛の時間となってしまう。

つまらない発表は、さっとおわり、面白い発表はじっくり聞けるという自在な運営ができれば一番いいんですが、難しいですね。

えらそうに申しましたが、お前の発表ははどうなんだと言われますと、その、あの。
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2010年11月18日

近松再発見

神戸女子大学古典芸能センター編『近松再発見 華やぎと哀しみ』(和泉書院、2010年11月)。
阪口弘之氏のコーディネートによる特別講座・公開シンポジウムを中心に、近松研究の最前線がわかる本となっているようである。

渡辺保の講演「近松はわれらの同時代人か」は刺激的で面白い。なにかパワーを感じる。
原道生「近松の人となりと作品」。読み始めると、近松はこの論文から入っていけばいいかな、と思わせる説得力がある。

シンポジウムも個性が出ていて面白い。
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2010年11月17日

鬼貫のすべて

伊丹の柿衞文庫で開催中の「鬼貫のすべて」展。いま柿衞文庫友の会の会員である私に図録が送られてきた。これは非常に充実している。最新の鬼貫研究を踏まえた年譜・全句集を備えており、きわめて有益。まだ行っていないが、いかねば。

以下HPより。

伊丹市制70周年にあたる今秋、郷土伊丹の誇る俳人鬼貫(おにつら)の直筆および関連資料をできうる限り網羅し、ご紹介します。柿衞文庫創設者、岡田柿衞翁の俳諧資料収集の出発点ともなった鬼貫の世界をお楽しみください。

鬼貫(1661〜1738)は伊丹の酒造家油屋の三男として生まれました。八歳の頃から俳諧に親しんだ鬼貫は、豪放で磊落な「伊丹風」と呼ばれる句風の中心的人物として活躍しますが、次第に遊戯性の強い放埒・異形な伊丹風に疑問を抱き、ついには「まことのほかに俳諧なし」の悟りを開きます。俳諧宗匠とならず弟子が少なかった鬼貫は、没後その功績を顕彰されることもなく、孤高の俳人となりました。この鬼貫に光を当て「東の芭蕉 西の鬼貫」と並び称して賞揚したのが、天明期の蕪村と太祇です。のち近代の碧梧桐や、柿衞文庫の創始者岡田利兵衞―柿衞翁が鬼貫顕彰に尽力しました。

 鬼貫と親交のあった岡田酒人を先祖にもつ柿衞翁の俳諧資料収集の端緒となったのが鬼貫でした。伊丹町長在任中の昭和13年には鬼貫の二百年忌を実施しました。昭和45年には市制30周年記念の「目で見る伊丹の歴史展」が開催され、鬼貫の生涯を知る上で重要な家系図「上嶋譜」と武人としての一面を伝える鬼貫直筆の自叙伝「藤原宗邇伝」の発見をもたらしました。

 伊丹市制70周年に当たる今秋、これに最もふさわしい展覧会として、現存する鬼貫の直筆および関連資料を出来うる限り網羅し、伊丹の誇る俳人鬼貫を顕彰すべく、「鬼貫のすべて」展を開催します。

会期
平成22年11月3日(水・祝)〜12月19日(日)
月曜日は休館
開 館 時 間  午前10時〜午後6時(ただし入館は5時30分まで)
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2010年11月13日

蔦屋重三郎展

六本木のサントリー美術館で開催中。なかなかよかった。携帯電話から書き込みしてます。
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2010年11月10日

学会版秋成展示図録

このブログでも、えんえんと情報を流していた京都国立博物館の上田秋成展。その展示図録(日本近世学会版)が完成し、このほど学会員に配布された。実行委員会の稲田篤信・木越治・長島弘明・飯倉洋一と京博の水谷亜希が解題を執筆。出展目録と年譜そして実行委員会記録を付している。

展覧会後に出現した、大型の新資料も追加で収録した。

京博の小冊子にくらべると、やはり「学術的な」内容である。新しい指摘も随所にある。学会から補助をうけて刊行しており、市販はされない。新出資料、初公開資料が多いので、価値は高い。

これで、すべての実行委員会の仕事は終わる。(もっともまだ協力者などへの発送や、住所不明で戻ってきたものなどの処理は残るが)。やれやれである。打ち上げが楽しみである。
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2010年11月06日

山本卓さん

山本卓さんが『舌耕・書本・出版と近世小説』(清文堂出版)を刊行された。大高洋司さんが推薦文を書かれている通り、「著者の堅実な学風に大胆さが加わり、読んで面白い論文集になっている」。「書本」というタームを書名に使った例は他に知らない。森鴎外の『雁』に出てくる言葉で、実録・講談を読み物化した写本である。舌耕→書本→出版という流れで、縦筋を作っている。そこがこの本の手柄で、ユニークなところである。

私は個人的には山本さんの絵本読本の研究にお世話になった。『忠臣水滸伝』が後期読本の始発で、それに上方読の『絵本忠臣蔵』が影響を受けたという定説を、出版記録などを精査して、ひっくり返し、それは逆だと言っているあたりはすごい。

山本さんは、私と同年生まれである。たしか星座も同じだったような記憶がある(ちがってたらすみません)。それでということもないが、昔から親近感を持っている。

山本さんとはじめてあったのは、彼がQ大に本を見に来た時だった。私が大学院生の時だ。中野先生が君も一緒にと、食事に誘って下さり、たしか「珍竹林」という焼き肉の美味しいところに行ったと思う(これと同名の店が難波にもあるが、関係ないと思います)。この店は『下戸の口 二杯目』(中野先生作福岡グルメ評判記』にも載っていたような気がする。若いころにはありがちだが、同世代ということで意気投合しすぎて、山本さんが泊まっていたホテルにまで押しかけ、飲み明かした記憶がある。なにを話したかはあまり記憶にないのだが、他大学の院生と何時間も話し込んだのは初めてだったので、いたく刺激を受けた。

大高さんが推薦文を書いたのは、読本プロジェクトの縁もあろう。プロジェクトのころ、山本さんは重職についていたらしく、校務が多忙そうであったが、可能な限り参加されていた。ここにくるとホッとするみたいなことをおっしゃっていて、やはり研究が好きなんだろうなあ、と思ったものである。

そういうわけで、この本は私にとっても感慨深いものである。心から慶賀申し上げます。
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2010年11月05日

シンポジウム無事終了

ある論文が仕上がるまで謹慎していました。

10月30日(土)のシンポジウム+展示会は、おかげさまで無事終わりました。
我々がテーマとしている忍頂寺務さんのお孫さんにあたる方のご家族をはじめとして、その一統の方々がなんと8名もお見えになりました。仙台からおふたり、横浜から3名、豊中から3名です。

学術シンポジウムではまずありえない光景が、そこにはありました。
こんなにほのぼのとした空気につつまれるシンポジウムも珍しいでしょう。

もちろん質疑応答も活発で、忍頂寺さんのご発言もありました。
シンポジウムの内容は報告書に載せたいと思います。
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