2010年12月31日

大晦日

 田渕句美子さんの『新古今集―後鳥羽院と定家の時代』(角川選書、2010年12月)は、日本文学史上、稀有な才能が続出した時代を活写して実に面白く読んでいる。この本の中に、良経という歌人が出てくる。後鳥羽院や定家と並ぶ異才の歌人であろうが、もちろん私などは歌を読んでただただ感心しているばかりである。

 良経といえば、連想するのは、この歌人を研究していた歌人の安藤美保である。歌人としても研究者としても嘱望されながら24歳で夭折、歌集『水の粒子』(ながらみ書房刊、1994年刊)を残した。もちろん私は面識もなにもないが、好ましい国文科の学生のイメージを呼び起こしてくれる歌を残してくれていることもあって、心に残る歌人のひとりである(武藤康史氏に彼女に関する文章がある)。研究室の風景を詠んだ一首あげてみよう。

 大系全集全書集成それぞれを愛犬のごとかかえてきたる

 国文の学生ならば、「ああ!」と思うだろう。

 おりしも卒論・修論の追い込みの季節である。今日も、学生3人から卒論・修論にかかわるメールが何通か来た。すべての卒論・修論あるいは、なにかの論文を書いている若い方に、安藤美保のこの歌を贈って今年の締めくくりといたします。

 緻密に緻密かさねて論はつくられぬ崩されたくなく眼をつむりおり

皆様、よいお年を。来年もまたよろしく。
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2010年12月27日

懐徳堂記念会百年誌

懐徳堂記念会のことには、このブログでも時々言及している。私も微力ではあるが運営委員の仕事を8年くらいほどやっている。今年記念会は100周年を迎えた。今年ほど忙しい年はなかった。

11月27日(土)には、それを記念するシンポジウム・レセプションがが行われた。シンポジウムには500人もの来聴があり、関係者一同ほっとしたところである。この模様は1月にNHK教育テレビで放映されるそうだ。

このシンポジウムとともに100周年事業の柱の一つであったのが『懐徳堂記念会百年誌 1910〜2010』である。2010年11月、懐徳堂記念会刊行。A5判並製188頁、カラー口絵11頁、写真多数。

懐徳堂記念会は、江戸時代の懐徳堂の理念を継承し、企業は文化人の尽力で明治43年に発足、市民のための学びの場として重建懐徳堂が建てられ、大阪市民の文科大学としての役割を果たしていた。戦争で建物は焼けたが、その蔵書が戦後大阪大学文学部に移され、支援する企業のご協力の下、記念会は大阪大学に事務局を置き、古典講座をはじめとする諸事業を運営している。

この記念会の100年の歩みを、前身の懐徳堂から振り返り(第1部)、かつ現在の事業を見つめ直し(第2部)、そしてこれからの100年を展望する(第3部)というのが、この冊子の目指した所である。

 編集委員は飯塚一幸さんと湯浅邦弘さんと私であり、飯塚さんには懐徳堂および記念会の歴史と年表を主として執筆していただき、湯浅さんには、史跡マップ、メディアに紹介された懐徳堂、資料展、アーカイブ講座等等重要項目をお願いし、また全般にわたってご教示ご指導いただいた。私が執筆したのは、懐徳堂記念会のここ10年の活動についてである。資料と格闘してゴールデンウィークを過ごした日々が懐かしい…。
 
 目玉は第3部の懐徳堂のこれからを考える諸氏のご寄稿と座談会である。後者は、柏木隆雄放送大学大坂学習センター所長の司会で、ロバート・キャンベルさん、作家の築山桂さん、パナソニックの社会文化グループマネージャーでジャズピアニストでもある小川理子さん、読売新聞の待田晋哉さんという異色の組み合わせで、座談内容も大変面白い。この人選だけは、私の手柄だと自賛しているのである…(まあちょっと文学系の色が強かったかもしれません。私に編集を任せたからですよ。ほほほ)。
 
市販はされず、関係者に配布されるだけのものだが、国会図書館や、大阪府立図書館、大阪市立図書館、豊中市立図書館などでは閲覧可能であるはずなので、興味のある方は御覧あれ。もちろん阪大図書館でも、記念会事務局でもOKである。
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2010年12月26日

持ちより

 10人ほどがあつまり、自分の持っている典籍や書画を持ちよって感想を言い合う会が、某氏の呼びかけで某所で行われた。というとなにやらスゴイ集まりみたいだが、メンバーの半分は学生さんたちで、収書家といえるような人は、一人くらい?という気楽な会である。
 
 こういう会に参加するのは初めてだったが、普段なかなか見られないものを見ることができ、それについて所蔵者から蘊蓄がきける。持ち込まれたものも、掛軸、巻き物、一枚もの、短冊、木活、朝鮮本、板本と多彩で、ジャンルも多様だったので、勉強になった。

 非常に稀少で、また見栄えのするものもあり、眼福を得たことであった。こういう会があると、普段まったく整理していない乏しい蔵書を見直したり、人の本の集め方を知る事が出来るだけではなく、本にまつわるエピソードを聴くことも出来て、まことに有益であり愉悦のひとときとなった。
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2010年12月25日

私的「秋成展総括」論文?

拙稿「交誼と報謝―秋成晩年の歌文」掲載の『語文』95輯(2010年12月、大阪大学国語国文学会)が刊行されました。

今年を振り返ると、私の中での10大イベントの1位はやはり京都国立博物館の上田秋成展ですね。5年がかりでの準備と開催にいたるまでの紆余曲折を思いますと、感慨無きにしも非ず。そこでふと秋成展を自分なりに総括する論文を書いて見ようかと…。たまたま今年から始まった科研が、「近世上方文壇における人的交流」をテーマとしているので、ちょうどよろしいな、ということで、京都新聞で書かせていただいた内容を、すこし突っ込んで書いたという形です。ただ、締め切りが過ぎてから書き始めるという情けない状態、実質ン日くらいで書いたので、文体がかなり軽くなってしまいました。

 秋成晩年の歌文の多くは、交誼と報謝のためにあったというのが出発点であり結論です。これは秋成展のコンセプトと完全に一致するもの。秋成展終了後であるから、これはもう常識?かもしれません。それはそれでいいのです。秋成展総括という意味もあり、京博で展示した香具波志神社および谷川家所蔵のものを柱に書きました。谷川家所蔵のものは図版も掲げて、紹介のように見えるかもしれませんが、私としては「神(医)への報謝」という意識で、秋成が谷川家に贈呈したものだというところを強調しています。いろいろと力不足を感じる拙論ではありますが、これを書いて秋成展を終えたという感じを持てる、ということは否定できないのであります。
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2010年12月24日

鈴木俊幸さんの新著

しばらく前、東京サントリー美術館で行われた蔦屋重三郎展には、絵草紙屋を復元したコーナーがあったが、蔦屋といえば鈴木俊幸さんである。当然、この展覧会に深く関わっていたはずであるが、その鈴木さん、このたび『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』(平凡社選書 2010年12月)という本を出された。『江戸の読書熱』が記憶に新しいが、このたびの本も鈴木さんの書籍文化史研究の蓄積が遺憾なく活かされた楽しい本である。

書物と草紙の違いを、永遠の真理が書かれたものと、今を刹那的に映し出したものと説明するのもなるほどと頷かせる。草紙は江戸時代を代表する文化であり、草紙屋は江戸時代を象徴する装置であるという。

 第1章では、画証資料を多数用いて絵草子屋の風景を活写する。第2章から第4章が圧巻で、第2章は江戸の、第3章は地方(信濃と横浜)の、第4章は上方の絵草紙屋を具体的に紹介する。長年の鈴木氏の調査に基づくもので、とくに第3章と第4章は従来あまり触れられることが少なかった地域のものである。絵草紙屋といえば江戸というイメージがあるので。第5章は、子供と絵草紙屋を「教育」という観点から論じ、楽しさと学びが相反しない絵草紙の豊かな世界を教えてくれる。第6章は近代に入って消える絵草子屋を追懐する。

 なんだか全部読んだみたいな書き方だが、ちゃんと読むのはこれからである。鈴木さんの書籍流通・享受研究の凄さは、とにかく集めまくり、調べまくるというエネルギーであり、それをさらっとオシャレに論文化してしまうセンスの良さである。これはまあ絶対に真似できないんで、「リスペクト」しております。それに鈴木さんは実は同い年なので、研究スタイルは違うのだが、なにか通じるものがあるような気がする。2年ほど前、懐徳堂の春秋講座にお呼びして黄表紙のことを講演していただいた折、梅田で痛飲したことがあったが、その時出た話から、御所蔵の写本を1冊お貸しいただくことになった。それを借りっぱなしにしている。まあ、返すのはいつでもいいと言われているのであるが。私にとっては非常にありがたい本で、2年以内にある場所で披露して恩返しするつもりなのである。そのときまでこのブログが続いていたら紹介できるでしょう…。
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2010年12月22日

神保五彌先生

『近世文芸研究と評論』79号は、神保五彌先生追悼特集である。ご友人や、同窓同学の方、教え子の方のそれぞれの追悼文に、そうか、そうだったのかと呟きながら読み耽ってしまう。そして、私と年齢の近いある方の文章には、胸を締め付けられた。

 私自身は、先生とはほとんど接点がない。Q大で学会を開催した昭和60年当時、早稲田大学が事務局だったという関係でそれこそ事務的なことで一言二言会話を交わしたのと、30そこそこのころ、国文研で調べ物をした時に、「君が(早稲田大の図書館に閲覧申請して)見たいといってる本、許可出しといたから」と声をかけられたこと(先生は秋成全集のお仕事で来られていた)、それから学会での中野先生の好色一代男戯作説のご発表の時、Sさんと私が司会をしていたのだが、その時に手を挙げられて批判的なご意見を述べられたこと、それくらいしか接点がない(まあ3番目は接点といえるかどうか)。もちろん、学生が人情本を卒論で扱った時に、先生のご著書で、人情本の学問的なアプローチを勉強させていただいているなど、多大なご学恩を受けていることはいうまでもない。

 お酒のエピソードも多い。しかし、今の私の立場で、身の引き締まる思いがするのは、先生が、日本近世文学会の事務局として、並々ならぬご尽力をされたということである。それはいろいろな方が書かれているが、まだ持ち回り制ではなく、事務局の体制もいろんな意味で旧式で合理的でなく、常に気遣いをしなければならなかった時代。「こうした神保先生の、長年にわたるさまざまな御苦心があってこそ初めて今日の日本近世文学会があるのだということ」(原道生先生)を、私もかみしめなければならない。
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2010年12月20日

断簡零墨の中の秋成

長島弘明「講演 断簡零墨の中の秋成―『鶉居帖』について―」(『ビブリア』134号、2010年10月)。ビブリアは天理図書館の出している学術誌。

東京の天理図書館主催の秋成展の際、天理ギャラリーで行われた講演の活字化。この講演には残念ながら行けなかったので、大変ありがたい。

『鶉居帖』は、『春雨物語』の天理巻子本、天理冊子本と同じく、羽倉信美(秋成の晩年に秋成の最も身近にいたひとり)の次男が入った松室家から天理図書館に寄せられた秋成の断簡類で、これを当時の司書であった中村幸彦先生が現在の形(100枚余を収めた4帖)に整理したものである。断簡零墨とはいえ「文字通りの玉屑」(長島氏)である。

たしかに、おおっという記事に出会うことがあって、すばらしい。天理ギャラリーで実物が展示していた(天理図書館では展示せず*追記参照)が、ゆっくりと一日時間をかけて原本を拝読したいものである。古今伝授について「偽言」と言い放っているのが印象に残る。

少し遅くなりましたが、秋成研究にとって重要なので記しておきます。

*追記 これは私の勘違いで、天理図書館でも展示されていたこと、コメント欄の大西さんのおっしゃる通りです。お詫びして訂正いたします。
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2010年12月17日

古筆切研究って

すごい。こわい。
座談会に出ている人たちは、学生のころに、古筆切に出会っているのですね。
『リポート笠間』51号。
佐々木孝浩さんの発言
ある古美術商さんで「これから切るんで一枚どうか」なんて言われたときに腰が抜けそうになりましたけど
久保木秀夫さんは推理小説がお好きだったようで。なるほど、納得。
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研究者は

研究のことを語っている時が、一番カッコいい。
昨日は勤務先の忘年会でした。
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2010年12月14日

くずし字で百人一首 和本リテラシー復活

この記事は、12月14日までトップ記事になります。
くずし字.jpg


中野三敏先生は、ここ数年「和本リテラシーの復権」を唱えている。

「和本リテラシー」とは、変体仮名(くずし字)を読む力のことである。

 かつての知識人は、江戸時代の和本を、原本でそのまま読むことができた。せいぜい数十年前までの話である。それが現在では、日本史、日本文学、国語学、日本美術史、日本思想史の中で、前近代(江戸時代以前)の文献を研究上読む必要のある研究者(大学院生)くらいしか読めなくなってきている。その数は数千人程度ではないか。
それでいいのか、それは文化的に非常に危機的なことではないのかと師は憂慮している。

 なぜなら、前近代の文献で、現在活字で読めるものは、1万タイトルほど。実際に現在残っている和本は推定100万タイトルあるだろうから、その割合は100分の1程度にすぎない。これはあくまで和本の話であって、文書のはなしではない。文書の数を数えたら、それはもう天文学的な数字になるにちがいない。
 
しかし、知識人を含めて、大抵の人は、江戸時代以前のテキストは活字で読めると思いこんでいる。しかし実はそれはまちがいで、活字になっているものは1%なのだ。それだけを読んで日本の思想や文化を論じているのである。

 しかし、のこりの99%のテキストは、活字がないという理由だけで、読まれなくてもいいのだろうか。もちろんそんなことはないはずである。そこにとてつもなく面白い物語や、驚くべき思想や、時代の謎を解く文章が眠っているにちがいないのである。現に中野先生はそういうテキストの中から、白眉の文章をたくさん発掘した。そういうテキストを読む。新刊を本屋で手に取るように、それらを古本屋や古書市で手にとって立ち読みし、面白かったら買って読む(実は書名を知られていないような本は、意外なほど安い)。そういうことをあたり前のようにできるのが知識人ではないのだろうか。

 そういうことを師は考え、知識人に「和本リテラシーをもう一度」と呼びかけ続けているのである。

 しかし、「くずし字を読むって大変なのでは?」と思っている人がいるかもしれない。全くそういうことはないのである。たぶん1日2時間で1週間もあれば、ひらがなは大体読めるようになる。ひらがなが読めれば、漢字は大体元の形を残しているから、そんなに苦労はしない。文脈を推定して読んでもかまわないのだ。事実、中学生に教えても、すらすら読めるようになったという報告もあるのだ。それはそうだろう。学生に教えてもまず誰でも読めるようになる。留学生であろうと読める。

 でも学校で教えてもらうわけにもいかない、どうしたらいいのだろうと思っている人がいるかもしれない。

 今回刊行された中野三敏編『古文書入門 くずし字で百人一首を楽しむ』(角川学芸出版、2010年11月、2100円)を買えばいいのです。右頁に江戸時代の板本(出版された本)の百人一首のくずし字と絵、左には、その活字と現代語訳、そして注がのっている。右頁だけを見て読んでみる。大抵の歌はきいたことのある歌だから、見当がつく。読めないところは推定で読んでみる。そして左頁で答え合わせ。それを一首ずつ繰り返していくうちに、不思議や、くずし字が大体読めるようになっているのである。時々巻末の、五十音順のくずし字一覧で確認すれば、その字がどういう漢字(字母)を崩したものかも分かってくる。

 こういう本は、一般向けには、あまりない。とくに百人一首のようなポピュラーなものを使ったものは全くなかったのである。もしこの本が一定の支持を得たら、中級、上級と続刊されるという。そうなることを願うものである。

 中野先生がなぜこのような主張をされるに至ったのかは、岩波書店のPR誌『図書』11月号「和本教室」最終回に載っている。本屋でタダでもらえる冊子である。是非ご参照いただきたい。
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2010年12月13日

『混沌』34号

 混沌会が出している『混沌』34号(2010年12月が送られてきた。私も講読をはじめて20年以上になる。混沌会は水田紀久先生を中心に集う、漢詩文関係の文献を読む読書会である。近世中期の大坂の詩社がその名の由来であること、いうまでもない。私自身は入会していないのだが、末尾の例会記事を毎号拝読し、一ファンとして研究会の動向に注目している。

 ながいこと、参加メンバーが少ない時期があったが、このところ俄然入会者が増えているようで、若い漢詩文研究者のG氏、F氏や、T美術館の学芸員の方2名も入会しているようだ。どうりでG氏の研究室にT美術館のチラシが貼ってあったのかと納得でございます。

 『江戸風雅』刊行にあらわれているように、漢詩文研究はここへきてまた盛んになってきている。検索環境も飛躍的に向上した。そういう中で関西の老舗の雑誌が元気なのは喜ばしいことである。

 共同研究のお仲間である鷲原知良さんが忍頂寺務所蔵の漢詩文のことを書いている。このごろ、こうやって研究誌で忍頂寺務の名前をちらほら見るようになった。嬉しや。

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2010年12月10日

研究教育フォーラム

昨日、本務校で「研究教育フォーラム」が行われた。
毎年この時期に行われるもので、文学研究科の2名の教員がそれぞれ約1時間の研究報告をする。さまざまな専門の先生方、そして名誉教授の先生方にもきいていただけるので、学会などと違って、新鮮な質疑応答があり、また発表する方も、聴く方も勉強になる。

私も毎年、この催しを楽しみにしているものだが、今年はなんと私にお鉢が回ってきた。
せっかくなので、タイトルだけでも大風呂敷に「偽りと倫理」として発表をした。
貴重なご質問をいただいて感謝している。

そのあと、「名誉教授を囲む会」があるのも恒例で、発表者だから当然出席したが、いろんな先生から感想やご意見をいただきありがたかった。なかでも名誉教授のA先生からは発表の根幹に関わる資料の読みについて、ご教示を賜った。これは全く私が気付いていなかったもので、まことにありがたかった。この部分、かなり考え直さねばならないだろう。

「研究教育フォーラム」はその前身にあたる研究会から数えると41回目だということだが、この催しは、ずっと続いてほしい。まあ、私は退任までもう発表しなくてすむのだが。
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2010年12月09日

同期

Q大の高山倫明さんは、大学院の同期である。現在、集中講義に来ていただいている。

このときの同期は5人だった。今井源衛先生が、君たちが研究を仕事に選ぶのであれば、いまここにいる仲間が生涯の友人になる人であるという意味のことを言われたのが印象に残っている。

修士に入った年の6月に大学の学会があり、高山さんも私も発表したが、高山さんの発表は後に歴史的論文となる日本書記音仮名声調についての発表で、当然ながら、すばらしかった。まあ、こちらは近世文学専攻だったので、「すごいなあ」とただ感心していればよかったのだが。

 その後、高山さんがただものではないことがだんだんわかってきた。彼の下宿に行くと、論文などの整理が半端ではない。論文のコピーひとつひとつに、厚紙で背表紙を付してきちんと論文名を書き、それを空いたブックケースに入れて並べているとか、指導教員の論文のコピーを文庫本に仕立てるとか…。美しいのである。ちょっと真似したこともあったが、もちろん長続きはしなかった。

 しかし、高山さんの下宿というのは、全く広くはなかったが、なぜかよくたまり場になっていた。やはり居こごちがよかったからだろうし、「陣太鼓」の近くだったからだろう。30年前ほどもの話である。


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2010年12月04日

濱田啓介先生の新著

『近世文学・伝達と様式に関する私見』(京都大学学術出版会、2010年12月)が刊行された。

著者の濱田啓介先生は今年満80歳になられる。
しかし、人はそのお姿を見て、70歳くらいの方と思うだろう。
さらに、人は、その歩く速度を見て、60歳、いや50代ではないかと疑うだろう。
そして、人は、その最新の論文を読んで、最高に油の乗り切った年齢の方だと、確信するだろう。
だが、人は、そのお仕事の全貌を知って、何十年研究をつづけたらこれだけの内容の論文をこれだけたくさん書けるのかと驚嘆するだろう(この2冊で濱田先生の業績は尽くされていないこと、言うまでもない)。

前著『近世小説・営為と様式に関する私見』(京都大学学術出版会、1993年。角川源義賞受賞)から、17年。本書もまた、角川賞クラスの賞を受賞するに値する、前著に勝るとも劣らない内容の濃さである。前著が「近世小説」に限定されていたのに対し、本書は、古浄瑠璃、和歌をはじめとして全ジャンルに対象を及ぼす。

そして「様式」から徹底的に考察しているところが、前著に引き続いての特徴である。

徹底的な定量分析の姿勢は、若い頃から現在に至るまで全く変わらない。これには本当に頭を垂れるしかない。1979年初出の「板行の仮名字体―その収斂的傾向について」、2005年初出の「ある詞章論―古浄瑠璃慣用表現に関して」、2009年初出の「文体論試論」などに就かれればすぐにわかる。そして驚くだろう。
なかなかこれまで簡単には読めなかった論文も収めれ、学会のためには実に喜ばしいことである。1本1本の論文が熟読に値し、驚嘆に値する。

前著もそうであったが、求めやすい価格設定は大変ありがたい。
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2010年12月02日

西鶴と浮世草子研究4

『西鶴と浮世草子研究』第4号(笠間書院、2010年11月)が刊行されている。

今回の特集は「性愛」で、座談会は、「東アジアの遊女・遊廓から西鶴の性愛を考え直す」というテーマで、中国文学の大木康・韓国古典文学の鄭炳説に、田中優子・諏訪春雄・そして染谷智幸(司会)というメンバーで、それぞれが個別報告して議論するという形式で進めている。染谷さんの捌き方が際立っている。彼でなければ、日本・中国・朝鮮そしてベトナムに及ぶこのスケールの座談をまとめられないのではないか。

 中国と韓国の個別の報告が非常に勉強になり、ありがたい。反面、日本の遊女・遊廓、とりわけ吉原の捉え方については、なるほどと唸るような指摘はなく、従来の吉原のイメージ(たとえば広末保の悪所論のような)を前提に議論が進んでいる印象である。吉原の中では外の身分秩序が無意味であるとか、反権力的な意味があるとかいうのは、どういう根拠があるのか、そのあたりの検証を抜きで、話を先に進めてもねと、思うのだが。面白いことを言いあうのもいいけれど、最新の吉原研究の状況をやはり聴きたい。

 しかし、東アジアという視点で遊女・遊廓を捉える意義はとても大きく、この手の座談会は今後もっともっとなされていいと思う。

 他にも力作論文、恒例の文献解題や目録など編集に関わった方のご苦労が偲ばれる。あと1号で完結ということだが、有終の美を飾っていただきたいものである。
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