2011年03月29日

忍頂寺文庫・小野文庫の研究5

このたびの大震災は、想像を絶するものでした。あの方丈記の記述を思い出さずにはいられません。
被災されたみなさま、今も苦しい中で暮らしておられるみなさまに心よりお見舞いを申し上げます。

長いことブログを更新しておりませんでした。紹介すべき本など少なからずございますが、徐々に触れていければと思います。

『忍頂寺文庫・小野文庫の研究5』(2011年3月)が刊行されました。阪大と国文研の連携研究の最終年度報告書です。今回は、

○忍頂寺文庫蔵淡路・神戸関係日本漢詩文集資料解題 合山林太郎・鷲原知良
○西鶴輪講における忍頂寺務 浜田泰彦
○忍頂寺文庫蔵『開帳おどけ 仮手本忠臣蔵』本文と注釈(二) 川端咲子・正木ゆみ

の3本です。このプロジェクトの真の目的は、忍頂寺文庫の目録を作成することでしたが、そちらも刊行されます。それはまた報告いたします。
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2011年03月07日

秋成研究会HP発足

上智大学の木越治さんのサイト秋成研究会のHPが出来ました。

研究会の告知の他、これまでの配布プリントのPDFファイルや、研究会での意見などの公開もあります。研究会に行けない人も、これを見ればかなり様子がわかります。

木越さんのサイトには、他に上田秋成研究文献目録(平成11年まで)や、上田秋成の作品のテキストファイルが公開されており、秋成を研究する人は必見です。
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左手で携帯を

よく打てるなあ、と感心していたのだが、ふと気付くと、私も左手で携帯を扱っていた。今まで自覚がなかったが、もともと左ききなので、自然とそうなっていたようなのである。
右手で、何か書きながら、左手(指)でメールを打つことは、私でも出来そうである。その人も左ききだったのだろうか。それとも訓練したのだろうか。ちょっと知りたいところである。
【追記】ある調査によれば、左手で打つ人の方が多いくらいだそうな。なんだ、そうなのか。たしかに、固定電話の受話器は左で取るようになっていますね。右手は普通、メモを取るのに開けておくわけですね。
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2011年03月05日

快著『大阪城の男たち』

高橋圭一さんの『大阪城の男たち―近世実録が描く英雄像』(岩波書店、2011年2月)が刊行されている。

近世実録とは、「ごく限られた情報―確かなものかどうかは、保証できない。真偽未詳の噂の類でも構わない―を核にして想像を膨らませて筋を新たに拵えた、虚構の読み物である」(21頁)。「実録」なのに虚構?

江戸時代、世の中を騒がせた様々な事件、敵討ちや諸藩のお家騒動、盗みや殺しの犯罪とその裁きなどなど、これらの事を書いて出版することは禁止されていた。だから、それらを書いた本は写本で流通する。実録も写本である。多くの人はそこに事実が書いていると思って読んでいた。鷗外『雁』のお玉の父親もそうであった(6頁)。しかし、実は事「実」の記「録」ではない。いかにも事実のように書いている、高橋さん流に言わせると「筋が通る」ように書いていて、その実嘘だらけなのが実録なのである。

水戸黄門が世直しのために日本全国を漫遊したということを本当だと思っている人、あるいはある事件をモデルにしたドラマを見て「そういうことだったのか」と感心している人は、今の時代にも必ずいるに違いない。だからこそ、「このドラマはフィクションです」という注記が必要なのである。

この、虚だらけで筋の通る実録の世界を紹介する一般書は今までなかった。高橋さんをはじめ、菊池庸介さん、山本卓さんの専門書は最近次々に出たが、一般書が初めて登場というわけである。この本には虚は書いていないが、実録・講談に親しい高橋さんならではの巧妙な語り口で、読者を引き込む。一般書だということの配慮がすみずみまで行き渡っている。各章のつかみも、よく練られている。衒学的ではなく、無駄がなく、実録の特徴や面白さを、広い学識に支えられて、きちんと近世文学の一ジャンルとして説いているところは、並の著作ではない。

 豊臣方と徳川方の戦いを描いた難波戦記物は高橋さんの得意の持ちネタである。真田幸村や後藤基次などの豊臣方の武将の「文学的」列伝、つまりは史実にどれだけ虚が付け加わっているかを紹介したものだが、実録が乗り移ったような筆致である。実は高橋さんの研究発表を2回ほど聞いたことがあるが、まるで講談を聞いているように引きこまれる。本書にも登場する旭堂南海師(講談師)と親交がある高橋さんの話術には、磨きがかかってきているが、今回は、その語り口を文体に反映させることに成功したということができるだろう。

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