2011年05月31日

武家の荘厳

「武家の荘厳」シリーズで、近世図像学の新境地を開いている学兄入口敦志が、『文学・語学』199号(2011年3月)に「飾りとしての文学―肖像画における文学の可視化」を発表している。

 タイトルだけでは何のことだかよくわからないが、輪王寺所蔵の徳川家光肖像画についての論である。宮殿に座った姿で描かれ、宮殿の長押の部分に扁額が描きこまれている。中央には鷹、左右には四枚の歌仙絵である。

 このうち鷹は武家を象徴する荘厳だということはなるほどとすぐうなずける。では歌仙絵はどうだろう。武家による歌仙画扁額奉納の記録を追うと、ほとんどが武家である。彼らは自分で和歌を書くことをしない。入口仮説では、歌仙絵奉納は和歌を詠まぬ、詠めぬ人の、和歌奉納の代償行為であり、揮ごうを公家に頼むのも文字書かぬ、書けぬ人のやはり代償行為なのだという。

 さらにそこから話は和歌の政治的利用に及ぶ。スケールは大きいがこのあたりは、さらに仮説の領域である。しかし、仮説であっても看過できないのは、これまで入口氏が重ねてきた武家の荘厳シリーズの面白さや説得力の流れにあるからだろう。

 だとすれば、やはりここは早く一書にまとめていただきたいものである。今回の論文についてはタイトルにやや不満を残します。






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2011年05月29日

荷田春満

あんた、本当に温帯低気圧?
って言いたい、この風雨の強さ。

 それはともかく、鈴木淳さん繋がりで次の話題は、『国学院雑誌』2011年1月号の座談会、「荷田春満と近世の学芸」である。長島弘明・鈴木淳・根岸茂夫・松本久史の4氏。新編荷田春満全集の完結記念座談会。

 国文研基幹研究「近世の蔵書形成と文芸享受」の蘆庵文庫チームの発表とも深く関わる、非蔵人ネットワークの問題、妙法院宮グループの問題が取り上げられているので、注目した。非蔵人ネットワークを考える時は、近年加藤弓枝氏によって研究がすすめられている書籍講が重要だということを研究会で痛感した次第。長島氏の「非蔵人論が立論できるはず」という問題提起に既に答を示唆しているといっていい具体的なトピックである。身分と学問との関わりを、書籍講の記録から読み解くことが可能だという話。鈴屋学会報25(2008)、金城日本語日本文学85(2009)、『蘆庵文庫目録と資料』所収の加藤論を参照あれ。

 春満の位置というのは、国学史ではあいまいだったが、この全集でこれからいろいろな事が明らかになることが期待されている。この座談会を読んでも、まだあいまいな部分が鮮明になったとはいえないようで、「これから」って感じだ。春満研究がんばれ。

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2011年05月28日

千蔭の展示

昭和女子大で加藤千蔭の展示が行われている。和歌、法帖、画賛など見応えのあるものが多い。特に法帖が数多く展示されていて、書家千蔭が長く尊仰の対象であったことがわかる。鈴木淳さんのプロデュースによるもののようで、配慮のゆきとどいた展示の仕方だった。図録もあり。500円。
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2011年05月25日

秋成源氏短冊貼交屏風

阪急東宝グループ創業者の小林一三。映画・演劇・野球など文化・スポーツへの貢献度も計り知れないものがある。美術品等のコレクションと公開もそのひとつ。

交友のあった与謝野晶子は、一三に見せてもらった秋成筆「源氏物語短冊貼交屏風」に感動して、自ら同じように源氏五十四帖の歌を作った。

現在逸翁美術館(池田市。2009年新装オープン)で開催されている「与謝野晶子と小林一三」展では、そのきっかけになった秋成の短冊貼交屏風を見ることができる。

10年前に一度みた記憶があるのだが、記憶の中のものと違うので驚いた。記憶というのはあてにならないものだ。金屏風だったのですねえ。それに五十四帖全てが貼られているわけではないというのも、今回認識。例の朱引の好み短冊でもなかった。また巻順に貼られているわけでもないのである。別途巻名歌の短冊も何枚か展示されていた。6月12日(日)まで。

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2011年05月24日

タイの大学との研究交流

私が東京出張している時だが、大阪大では、次の催しが行われる。

阪大と、タイの名門大学チュラーロンコーン大の日本文学研究者が集まり、大学院生を中心に研究交流を持とうというもの。参加自由。

第2回 大阪大学・チュラーロンコーン大学日本文学国際研究交流集会
―共有する眼差し―

日時:2011年5月27日(金)午後1時00分より
会場:待兼山会館2F会議室(大阪大学豊中キャンパス)

開会の辞 加藤洋介(大阪大学大学院教授)

〈第1ブロック〉
アリナテン(Alina Ten) 「『後撰集』における七夕歌」(大阪大学大学院生)
ウィナイ・ジャーモンスリヤー(WinaiJamornsuriya)「世阿弥作における「待つ女」」(チュラーロンコーン大学大学院生)
ディスカッサント カナパット・ルーンピロム(大阪大学大学院生)

〈第2ブロック〉
ノッパクン・シーラーチャー(NopphakunSriracha)「謡曲「敦盛」の作品研究」(チュラ−ロンコーン大学大学院生)
ワナッサナン・スークトン(WanatsananSookthon)「入水した女性のシテをもつ謡曲における作成手法」(チュラーロンコーン大学大学院生)
ディスカッサント
勢田道生(大阪大学大学院助教)

〈第3ブロック〉
康盛国(Kang Sung Kook)「雨森芳洲「少年行」と李白の詩」(大阪大学大学院生)
張麗静(Zhang LiJing)「谷崎潤一郎『少将滋幹の母』における北の方の「不義」―前半の語りを中心に― 」(大阪大学大学院生)
ディスカッサント
合山林太郎(大阪大学大学院講師)

〈第4ブロック〉
田泉(Tian Quan)「大江健三郎『死者の奢り』論―「僕」の孤独をめぐって― 」(大阪大学大学院生)
アチャラー・ヘムワランクーン(AtcharaHemwarangkoon)「吉本ばななの作品における死と生命力」(チュラーロンコーン大学大学院生)
ディスカッサント
莊千慧(ChuangChien-Hui)(大阪大学大学院生)

講評
アッタヤ・スワンラダー(AttayaSuwanrada)(チュラーロンコーン大学助教授)
岩井茂樹(チュラーロンコーン大学講師)
橋本順光(大阪大学大学院准教授)
平松秀樹(大阪大学非常勤講師・招聘研究員)
閉会の辞 アッタヤ・スワンラダー(チュラーロンコーン大学助教授)

総合司会
西尾元伸(大阪大学大学院生)、丹下暖子(大阪大学大学院生)

アシスタント・コーディネーター
木下美佳(大阪大学特任研究員)、荘千慧(大阪大学大学院生)、宮川真弥(大阪大学大学院生)、藤崎裕子(大阪大学大学院生)

3月に行われる予定だったか大震災で延期されていたもので、その時と若干メンバーが替わったところがあります。

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布施明

女性の歌をカバーする男性ボーカルとして徳永英明が脚光を浴びている。たしかに聴いて見るととてもよいですね。男でも癒される感じだ。今の時代にあっているのでしょうね。

女性の歌を、いろんな男性ボーカルがカバーしている企画ものがあり、そこで、徳永や平井堅や中西圭三なんかが歌っているのだが、その中に情感たっぷりに、ある曲を歌う布施明があった。

布施明といえば、「愛の園」とか「霧の摩周湖」、また小椋佳の「シクラメンのかほり」で有名なことは言うまでもないが、今聴くと、なにか浮いている感じである。布施明だけが浮いている。時代にマッチしていない歌い方なのである。今流にいえば「濃すぎる」のかもしれないが、平井堅なんかも「濃い」といわれ、また情感をこめて歌う方なのだろうけど、時代には合っている感じだ。

このあたり、微妙というか、主観的というか、よくわかりませんが、どうしてなのだろう。まあ、布施明、そこがいいのだというご意見もあるかと思うが。
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2011年05月23日

妙法院宮

「近世における蔵書形成と文芸享受」という国文研の基幹研究プロジェクトの平成23年度第1回共同研究会で、「妙法院宮グループと蘆庵文庫」という題目で報告をすることになっている(5月27日 於国文研)。

新日吉神宮所蔵蘆庵文庫の蔵書形成の前提のような話だが、蔵書形成というところまではもっていけそうにない。我々蘆庵文庫チーム(『蘆庵文庫目録と資料』を刊行した蘆庵文庫研究会と同メンバー)からは、私と加藤弓枝氏が報告するのであるが、加藤氏の報告は、まさしく蔵書形成に関わる、「書籍講」の話である。

 ともかく17年ぶりに妙法院宮真仁法親王とその周辺について調べ直している。とてもきちんとしたものはできないが、その勉強は面白い。この17年の間に、研究史の上では大きな出来事があった。一つは『妙法院日次記』が、寛政四年あたりまで刊行されたことである。妙法院宮を知る根本資料だけに、今後は外せないものである。もうひとつは、京都国立博物館で「妙法院」をテーマにした展示が行われことである。これはもちろん見に行ったが、呉春描いた真仁法親王の肖像を見ることが出来、感銘を受けた。憂いを湛え、どこか危険な香りのする親王像で、一度見たら忘れられない。これでイメージが鮮明になった。

 秋成も妙法院宮とは関係がある。とにかく積極的に地下と交わった変わった親王である。

 私自身の研究はこの間進んでいるとは言えないが、『江戸文学』に『絵本太閤記』のことを書き、浜田啓介氏によって指摘されている、序文を妙法院関係者が書いていることの意味を少し考えてみた。今回の発表ではこのことは扱わないが、豊臣との結びつきが強いことは政治的な意味でもちょっと面白いと思っている。
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2011年05月22日

調査の悦び

某家で、所蔵資料リストを作成するお手伝いをしている。
全ての資料が、これまで見たことのない、しかも興味津々の内容である。
リスト作成を急ぐので、ゆっくり立ち止まっていられないのが残念。
面白いモノが出てくるのも当然の由来をもつ資料なのだが、何度も「おおっ」「ええっ」と声を挙げるのも、また愉悦のひとときである。
いろんな経緯があって、調査させていただくことに感謝しながら、10メートルもあろうかという巻紙を開いてゆき、その最後の奥書に、また「おおおおおっ」と声をあげるのでありました。
ちょっともったいぶって書いておりますが、そのうちまたご報告できるでしょう!
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2011年05月19日

近世京都学会設立

近世京都学会が設立されるという。

広く近世京都を学際的に研究する組織ということで、小川後楽、ロバート・キャンベル、斎藤希史、辻本雅史、廣瀬千紗子、松田清、横田冬彦、冷泉為人など錚々たる人々20数名が発起人に名を連ねている。

具体的にどのような活動をするのか、たとえば雑誌を出すのかとか、会員は会費をどれだけ払うのかなどの情報はつかんでいないのだが、このような会はありそうでなかった。

その設立総会が6月26日(日)、京都大学時計台記念館国際交流ホールTで開かれる模様。記念講演会が14時10分からで、浜田秀氏(天理大学教授)の「皆川淇園における言語と身体」、冷泉為人氏(冷泉家当主)の「安永天明期の京都画壇―伝統と革新―」の2つの講演が行われるようである。

ちなみに当日は、昨年に続いて西福寺で秋成忌も行われるのだが、こちらの情報も入り次第ご報告したい。
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2011年05月18日

阪大生・手塚治虫

手塚治虫は1945年、大阪大学の医学専門部に入学。
入学翌年の1946年にデビューし、学生とマンガ家の二足のわらじを履いた。
在学中の1950年、「ジャングル大帝」連載開始。1952年には、「鉄腕アトム」の連載を開始している。一方で、同年7月に医師国家資格を取得しているのである。
大阪大学創立80周年記念展として、「阪大生・手塚治虫―医師か?マンガ家?」が、大阪大学総合学術博物館で開催中である。阪大に来る御用のある方は、石橋方面阪大坂の入口左手の建物に寄ってみてはいかがでしょうか。なかなか面白い展示です。

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2011年05月17日

淡路浄瑠璃資料

財団法人淡路人形協会が、『淡路人形浄瑠璃元祖上村源之丞座座本 引田家資料』(2011年3月)という立派な本を出した。文化庁の支援事業である。

淡路人形浄瑠璃の元祖、上村源之丞座の座本である引田家の文書は、徳島空襲で全焼したと思われていたが、長崎に移った引田家に保存されていた。平成19年にそれが淡路で展示公開され、その後、淡路人形浄瑠璃資料館へ寄託された。

今回その資料が、研究者らによって分類整理され目録・図録・翻刻解題とともに公刊されたのである。浄瑠璃研究者必見のものと思われる。淡路は浄瑠璃史的にみて「「京・江戸とならぶ受容経由拠点」(阪口弘之氏)で、非常に重要であるらしい。
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2011年05月16日

上方舞 山村流

大阪歴史博物館特集展示室で、上方舞山村流の展示が行われている。山村流の代名詞ともいえる地唄「雪」の作者流石庵羽積の没後200年記念として開催されている(5月23日まで)。肥田先生のお力添えがあったとうかがっている。
 
なかなか、面白い展示である。ちなみに私が行った日には私の他に3名の方が観覧されていたが、そのうち1名が、近世文学会の会員。あとでやってきていた方も近世文学会の会員。つまり、半分以上が近世文学会の会員でした。

羽積が近世の上方歌470曲余りを集大成した『歌系図』(天明二年刊)も展示されているが、これは忍頂寺文庫蔵。さすが忍頂寺務というべきだろう。
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2011年05月12日

図書館史勉強会

図書館史勉強会(関西文脈の会?)
というのがあるらしい。ブログによると、
関西圏の図書館関係者(館種問わず)を中心にした、図書館史の勉強会(読書会)で、2010年3月発足したらしい。
その第8回勉強会は6月12日(日)14:00からキャンパスプラザ京都2F和室で行われる。
(残念ながら日本近世文学会とバッティングしている)
発表者は小篠景子氏、タイトルは「貸本屋の変遷(仮)」。

この小篠さん、このブログに登場するのは3回めだろうか。現在K図書館K館勤務だが、私の教え子である(修士卒)。このように勉強を続けてくれているのは本当に嬉しいこってす。この発表も近世文学の勉強が多分役立ってくれることだろう。

この情報を教えてくれたのはGさんだが、奥様がK図書館K館勤務なのである。
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2011年05月09日

忍頂寺文庫目録WEB公開

『忍頂寺文庫目録』につきまして、送付が遅れておりますが、大阪大学図書館から各方面にお送りする予定です。ご希望の方はご遠慮なく、当方までお申し付けください。

 さて、図書館では、一足先にWEB公開しているようです。下記でPDFが見られます。
http://ir.library.osaka-u.ac.jp/metadb/up/LIBBOOK01/OULninjoji.pdf
洒落本のテキストデータベース画像データベースも公開していますので、こちらもよろしくお願いします。
 
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2011年05月07日

江戸落語

 延広真治先生の『江戸落語―誕生と発展』(講談社学術文庫、2011年4月)は、『落語はいかにして形成されたか』(平凡社)の全面改稿版である。ひもとけば博引旁証とはこのことかと思い知らされる。

 落語史というのは、なかなか文献で構築しにくいと思われるのだが、古今東西の文献を駆使し、わかるところとわからないところをきっちり区別し、調査の手をぬかず、しかも面白く叙述していくのには、感嘆せざるをえない。今回、改めて通読すると、以前読んだ時には全く気付かなかった重要な指摘や示唆に何度もドキリとさせられた。談義本への目配りも丁寧である。
 
 たとえば「朗誦用の台本である『太平楽巻物』を考察するために」、朗誦朗読に関する諸書の記述を挙げるのだが、これが半端ではない。山田孝雄『古事記序文講義』、今井源衛『王朝文学の研究』からはじまり、これでもかこれでもかの諸書の羅列。
 
 やはり焉馬論は圧巻で、徹底的に文献実証的でありながら、焉馬が生き生きと動いている。江戸落語の芸統が焉馬に発するということが、説得力を以て逼ってくる。時々巧みに挟まれる比喩が実に効果的である。名著に数えるべき一冊であろう。
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2011年05月03日

黒川文庫目録

実践女子大学図書館所蔵『黒川文庫目録』【新版】が刊行された(2011年3月)。黒川春村・真頼・真道の蔵書で、実践女子大学が所蔵している分の目録。

329点に詳細な書誌と図版を付けた懇切な目録である。物語を中心とするコレクションは宝の山と言ってよいものである。カラーの蔵書印集成と、かつて紀要にのった永田清一氏の「黒川文庫」という論文を再掲。
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2011年05月01日

ひとつはじめたら、ひとつやめよう。

さて、仕事(ここでいう仕事とは、いわゆる管理運営に関わる事務的なものをいう。研究・教育がらみのことは好きでやっているので「仕事」という感覚はあまりない)がいったんオーバーフローになると、処理速度や能率が極端に落ちる。パソコンのメモリだってそうですよね。慢性的にその状態が続いているので、とにかく減らしたいと思っているこのごろ、ある会議で次のようなやりとりがあった。

A「では、これは、新たにやる方向でよろしいですか」
B「そうですね、やる必要ありますからね」
C「仕方ないでしょう…」
私「(…ええー、やるのお?)」
A[では…」
D「ちょっと待って下さい。仕事を増やす時は、別の仕事を何か減らすことを原則にしましょうよ」

あー、なるほど。
とにかく、大学(に限らないでしょうけど)は、何か新しいことをやらないと、食べていけないことは確かなのですが、いったんはじめたことはなかなかやめにくい。でも、そうっとやめていかないと、実はかえっていい仕事ができない。

Dさんの発言は重要ですね。メールを10件保存するときは10件は削除。書類が1綴たまったら1綴は処分。

なにかの仕事を頼まれたら、別の仕事からフェイドアウト。でないと、オーバーワークで体壊したら元も子もないもんね。この原則、肝に銘じておきましょう。

あ、ちなみに私なんかは管理運営関係の仕事少ない方(できないので回ってこない?)です。
研究や教育絡み(原稿とか講義とか)のことは、苦手でなければ、大体喜んで受けておりますので。
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