2011年06月27日

秋の大会の参加登録

こちらをご覧いただいています日本近世文学会の皆様!

先にご案内いたしましたとおり、今秋の日本近世文学会(INソウル)の参加登録は、一応6月30日までとなっております。

今回は出欠を葉書でうかがうことはございませんし、参加費・懇親会費を振替用紙で振り込むこともございません。日本近世文学会のホームページからリンクされているWebサイトから、ご登録・ご入金をお願いいたします。学会員以外の方は登録できません(学会に参加されない方が学会員に同行するのは結構です。書く欄があります)。

ここに登録されずに、学会に参加されようとしますと、事務局・開催校が大変困ることになりますので、ご注意ください。

とりあえず入金はまだ結構ですが、登録につきましては、お急ぎください。

まだ、登録されていない方はお早目にお願いします。
WEBが苦手なかたは、FAX・郵送でお願いします(送付先は、春学会案内に同封の案内をご覧ください)
ツアーパックの申し込みについては8月18日を締め切りとしていますが、ツアー催行の決定は8月15日となりますので、こちらもお早目にお申し込みください。
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2011年06月26日

秋成忌・講演と琵琶演奏

(このエントリーは6月26日まで一番上に表示されます)
昨年、上田秋成没後200年行事の一環として墓所西福寺で秋成202回忌と「上田秋成を語る」のイベントが開催されましたが、今年その第二回が行われます。以下、その案内です。

第2回 上田秋成を語る

秋成203回忌法要 高木正隆住職
講演 高倉一紀 皇學館大學教授「秋成と宣長」
筑前琵琶演奏 片山旭星師 『雨月物語』『春雨物語』より
笛演奏 藤舎華生師

日時 2011年06月26日
   午後2時より(開場午後1時30分)
場所 源智山・西福寺 本堂
京都市左京区南禅寺草川町82−1
※京都市営地下鉄東西線「蹴上」駅下車
※京都市バス5番「南禅寺・永観堂」下車

参加費 一般:2000円(前売り)・2500円(当日)
    学生:1000円(前売り)・1500円(当日)

ご予約・お問い合わせ。
ヘイ・オン・ワイ
TEL.06-6358-7857
mail:info@g-how.net
http://g-how.net
主催者「秋成を語る」会  
協賛日本近世文学会
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2011年06月23日

プリンセス・トヨトミ

 大阪の方が、映画をあえて新宿で見たというレポートがあった(たしか言語学会に出席のついでだとか)が、ガラガラだったとか。まあ、大阪人じゃないとテンションあがらないだろうな。といって私は映画をまだ見ていない。面白いんですか?

 実は原作を、少し前にザザっと読了。小説の感想はあまりここでは書いたことがないんですが、どうも春のハイキングとオーバーラップしてしまいました。

 タイトルがいいやん。中身は、うーん、荒唐無稽というべきか奇想天外というべきか、どちらかというと前者でんな。でもやっぱり発想が面白いですね。辰野金吾あたりをキーワードにして。万城目さんを読むのははじめて。綾瀬さんの出てる奈良の話はテレビはみたことがあるのですが。しかし、大阪人にはこたえられない場所がたくさん出てくる。現代大阪小説ってことで。三都三部作のひとつらしいですね。
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2011年06月22日

秋成・履軒合賛鶉図の出現

読売新聞6月20日付け夕刊に、「このたび約80年ぶりに上田秋成と中井履軒の合賛した鶉図が見つかった」という記事が掲載された。ウェブでもこの記事が読める。文化面ではなく社会面である。この画が所有者の方から大阪大学内の懐徳堂記念会に寄贈されたということで、関係者の私が取材を受けることになった。記事になる前に一度チェックしたいから見せてくださいといったのだが、「報道の自由」を侵すとかで(なるほどなあ)それはできないそうなんですね。それで、すこし不正確・不適切な説明がなされているのはちと遺憾であった。私が話したという内容もちょっとニュアンスが違っている。まあ、仕方ないですね。いずれきちんとした報告はするつもりであるが。

 さてこの鶉図だが、鶉というのは住所不定を象徴する鳥で、秋成と履軒も引越魔なので、どちらもいわば鶉と縁があるのである。秋成などは鶉居という号を持っているくらいだ。しかし、この両者、秋成の随筆を読むと、怪異を信じるか否かで意見が対立しており、秋成は履軒の悪口をかなり書き散らしているだけに、この鶉図の存在は非常に興味深いものがある。昭和九年に出た『上方』の上田秋成特集号に森繁夫氏蔵として掲載されたが、それ以後、ぱたっとどこにあるかがわからなくなった。知る人は知っていたのだろうが。そういうわけでこの出現の意義は大変大きいと言わねばならないだろう。いずれ一般にも公開・報告をしたいと思っています。

この画賛なのだが、本紙と中回(ちゅうまわし)に跨ぐように文字が書かれているのが珍しい。履軒も秋成もそうしている。どういう意味があるのか、いろいろ考えさせられる。ちなみに2羽の鶉も、一方は履軒の詩を、一方は秋成の歌の方を向いているように見える。これまた、この画賛の成立事情と関わりそうな話しである。二人が同座したのかどうかもわからないが、可能性はある。また画の作者の落款はない。誰が描いたのか分からないのである。履軒が描いたという想像も全否定はできないのである。
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2011年06月20日

雅俗二元論への疑義

高山大毅「「人情」理解と「断章取義」―徂徠学の文芸論―」(「国語国文」2009年8月)を読む。かつて閑山子氏により「新しい風」と称された論文である。久々にスケールの大きい、しかし大雑把ではない、問題提起性の高い若手の論文に出会った。中野三敏先生が「近世に於ける李卓吾受容のあらまし」で、その冒頭に「江戸文化全体の特徴の一つを雅(伝統)・俗(新興)の二元論に求めることは、既に公論と談じてもよかろう」と述べられ、「そうそう、その通り」とうなずいていたところに、ガツンと、いやコツンくらいかもしれないが、一撃をくらったという感じである。

 漢詩文や和歌は「雅」、俳諧や戯作は「俗」という文芸領域との対応認識は、漢詩文や和歌研究が軽視されていた時代に、それらの重要性を強調するのには便利であったが、分析概念としての「雅俗」が史料用語としての「雅俗」と直接結びつけられやすく概念上の混乱を招いた代償が大きかったと指摘する。
 
 「人情」についてもそうで、分析上の概念と史料用語としての「人情」が混乱していると述べ、さらに、従来の論者の中には「詩は「人情」を述べたものである」という主張を「自己心情を吐露すべきものである」と区別していない者があることを指摘している。たとえば徂徠は、詩は古代の人の人情をよく表していると考えるが、個人の心情表現が重要だとは述べていないと注意を喚起する。つまり〈徂徠は「個性」を尊重し、自我を肯定した〉という理解に対して異を唱えているのである。さらに朱子の「勧善懲悪」説にも正しい理解を促す。さて、高山氏は徂徠の『論語徴』を読み込み、徂徠の文芸論を整理してゆく。徂徠の好む「断章取義」(古典・故事の引用と転用)に注目し、徂徠の解釈によれば『論語』(孔子)の言葉は「断章取義」に基づく「戯言」であるとし、戯言は聖人の高雅なふるまいであって、「雅」であるとする。 

 つまり、中野先生のいうような、「雅文芸」=品格、「俗文芸」=人情味と滑稽という図式に、徂徠学派の文芸はおさまらないのだとする(引用して明言)。雅俗論を定着させた中野先生の言説に異説を唱える勇気と戦略に私は敬意を表する。雅俗論に違和感を持つ人は少なくなかっただろうが、それを論文で明言することはまた大きな意味がある。「私もそう思っていた」と後出しでいうのは簡単だ。さすがに閑山子氏はこの論文の重要性を見抜いていたわけだが、遅ればせながら、私もこの論文は、今後言及されることが多くなると予測する。もっとも雅俗二元論を支持する立場からの反論ももちろん可能だろう。議論が起こることが期待される。

 すこし本論からそれるが、近世漢詩文というのはたしかに浪漫的に語られやすい。石川淳や中村眞一郎らの作家のみならず、野口武彦氏の祇園南海論から、日野龍夫氏の服部南郭論、揖斐高氏の江戸詩歌論など、いずれも近代文学っぽい香りがする。そしてそれらの人の書くのがまた面白いのだ。これらの諸先学は一様に南畝と蕪村を愛しておられる(中野先生は多分蕪村はそんなに好きではないように思う)。蕪村を射程にいれてしまうと、どうしても浪漫的にならざるを得ないのかな。南畝と蕪村はずいぶん感性が違うように思うのだが、両方が好きだというのには、どこか視点設定が必要なのではないか。

 話を戻す。あえて苦言を呈すれば、高山氏は雅俗論、人情論に異説を唱えたわけだが、それでどうなる?という見通しがわかりにくいということである。羊頭狗肉といえば失礼になるが、論の展開が、展開というよりも巻き納めになっているのではないか?この私の苦言はしかし、後からコツンとやられた者の負け惜しみに聞えないこともない。ふふふ。
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2011年06月18日

まとめていろいろ

書くべきことがたくさんある。しかしちょっと時間がないので、本来いくつかのエントリーで書くべきことを、まとめて書いてしまいます。乞御寛恕。

まず、『西鶴と浮世草子研究』第5号(2011年6月)が刊行された。原道生・河合眞澄・倉員正江の三氏編。見世物研究の川添裕氏を招いての座談会は、最新の研究を踏まえて浮世草子と芸能の関係を明らかにする。この雑誌は最終号であり、それを意識して研究誌研究メディアについてのエッセイ数編が載る。染谷智幸・倉員正江・篠原進の本誌編集側に、木越治・川平敏文と私。ちなみに私は「逆境こそチャンス」と題して書いた。文学研究の危機―なんとかしなければならないとみんなが思っているこの状況はチャンスとも捉えうると。楽観主義と笑わば笑えってとこである。

『上方文藝研究』第8号(2011年6月)。こちらは私どもが出している研究同人誌であるが、今号は100頁を越えて面目を保ったというところだろう。島津忠夫先生の「宗因と正方」冒頭に、尾崎千佳氏の「談林六世像賛」という新資料の紹介と考証、福田安典氏の忍頂寺務論、鷲原知良氏の忍頂寺聴松宛遠山雲如書簡の紹介考証、浅田徹氏の小澤蘆庵歌観に関わる資料紹介と考察、一戸渉氏の秋成新資料紹介考証、山崎淳氏の蓮体資料紹介考証…と、貴重な資料紹介が多いのが特徴。なお連載の「上方文藝研究の現在」は、最終回で上方文藝研究の会、すなわち本誌の母体である研究会を紹介した。こちらは本誌創刊の提案をした私が書いた。

同じ判型の徳田武氏率いる『江戸風雅』四号には、徳田氏の「血かたびら」の典拠論が載っていた。これとは別に木越治氏のブログによれば東京の秋成研究会の「血かたびら」の輪講では新見がいろいろと出たらしく、今後の論文化が楽しみである。

 そういえばこの研究会にも出席している井上泰至氏の活躍が相変わらずである。『秀吉の対外戦争―変容する語りとイメージ』(笠間書院、2011年6月)という、金時徳氏とのユニークな共著を出している。「前近代日朝の言説空間」の副題を持つ本書は、今秋の日本近世文学会韓国大会に向けてタイムリーである。お二人の対談もあり。ちょうどこの話題はシンポジウムで金時徳氏の師である崔官さんが報告することになっている。私も『絵本太閤記』という作品のことをちょっと朝幕関係と絡めて考えたことがあって、井上さんがそれを引いてくれていたのは恐縮至極。まだあるけど続きはまた。
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2011年06月15日

近世における陽明学

 中野三敏先生が和本リテラシーの回復を唱えるのは、活字になっていない書物群に日本の思想・文化をとらえる重要なものが見出せるという、博覧ならではの経験知によるところが大きい。

 近年、近世の思想の柱は朱子学ではなく陽明学だったのではないかという、挑発的な説を提出しているが、これも活字になっていない本から拾ってきた用例が少なくない。たしかに知識人というものは、新しい思想に敏感であること、いつの時代も同じであろう。「近世に於ける李卓吾受容のあらまし」(『国語と国文学』2011年6月号)は、陽明学左派と目される李卓吾の説が近世初期から受容されていたことを豊富な用例により明らかにする。

 先生は、この自説に対して日本思想史研究側が無反応なのにご不満を漏らされているが、活字以外のものをそんなに読まないと思われる日本思想史側は、反論しようにも土俵に上がれないというのが正直なところであろう。先生は秋成の思想も陽明学の流れで理解可能と随分前から主張されており、秋成研究側の(中野説に対する)反応は鈍いと、これにもご不満のご様子である。某学会の講演では、その場にいた秋成研究者(つまり散人)に対してかなり挑発的にそれを問いただしておられた。もちらん散人なりにお答えしておいたが、実際に先生の説を検証するには膨大な書物を和本リテラシーを駆使して読まねばならないので、結果的にコメントできないというのが正直なところなのである。

 今回の先生の御論は、近世においてどんな人が李卓吾を受容していたかが、具体的に記述されているのできわめて有用である。たしかに文学史と陽明学はかなり交叉しそうに思う。その観点からの文学史の記述がひとつ必要である。これはやはり先生にしかかけないのだから、「和本リテラシー」の入門書とともに、こちらも新書あたりでお願いしたい。読者は結構いると思うので。
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2011年06月13日

妙法院宮を談じて和本リテラシーに及ぶ

 11・12日は日本近世文学会が日本大学で開催された。散人は事務局を務めている関係で、全発表を聴かせていただいた。これはちょっとお、と思われる発表もあったが、全体としては内容のある研究発表会であった。特に質問者に、いい発言・指摘が目立っていたと思う。
 大会運営をスムースに進めることができたのは、ひとえに日本大学のスタッフの皆さんの御蔭であり、心より感謝申し上げます。

 また、学会は情報交換の場でもある。いろいろな方に、本や報告書や抜刷をいただいた。学科発表とともに、触れたいものがたくさんあるのだが、次のエントリー以降にさせていただきたい。これからしばらく続くかも。

 さて、今日は、立命館大学文学部と大阪大学21世紀懐徳堂がタイアップして企画した社会人向け講座の講師を務めた。場所は梅田の北側、地下鉄梅田駅下車3分、富国生命ビル5Fの立命館大学大阪校である。東京会場にもネット中継(?)されていて、質問も受けられる仕組みである。「妙法院宮文芸サロン―異色の親王とその周囲の人々」と題して真仁法親王とその周辺のことを話す。法親王が蘆庵の幽居をたずねるあたりは中野稽雪さんの『小沢蘆庵』。秋成が蟹の絵を賜って感激するくだりは『春雨梅花歌文巻』、そして宣長の古事記伝が天覧されるにいたるに果たした妙法院宮とその周辺の人々の働き。これは時間軸に沿って説明。

 アンケートによれば、楽しかったという意見もあって、予想以上に好反応であった。当初予定していたパワーポイントは使わずプリントだけ。手元に資料が残ることを好まれる方もいるので、結果はこれでよかったようである。映像は使わないかわりに、真仁法親王と秋成筆の短冊を持っていった。並べるとすぐにたくさんの人が集まった。ある方が「何と書いているんですが?」と質問する。おお、キタキタ。

 「これが読めれば楽しいと思いませんか? 小学生のころにくずし字が読めるように教育すれば、展覧会で字が読めたりして、大人になっても楽しいですよね」というと、皆さん深くうなずく。ミニ和本リテラシー講座。まあ、小さいことからコツコツとってわけで、やってるわけなんです。

*「調査の悦び」にコメントをくださった方。メールアドレスを書いておいてくだされば、個人的にご連絡します。公にお答えするのはいろいろと難しいご質問です。
  
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2011年06月05日

忍頂寺文庫目録・訂正

5月初旬にようやく関係者の方に発送された『忍頂寺文庫目録』。御蔭さまで好評である。
しかし、私の書いた「後記」に重要な誤りがあることがわかった。経緯を御存じの先生から御教示いただいた。

2行目の、「大阪大学附属図書館が購入」が間違いで、購入したのは、「文学部」である。ちなみにこれまでの忍頂寺文庫についてのどの解題も、「附属図書館が購入」とは書いておらず、「大阪大学が購入」と書いている。つまり、今回の記述は完全な飯倉のミスである。このことをご教示くださった先生によれば、小島吉雄先生がご尽力されたということ。この点も明記しておくべきであった。深くお詫びし、ご訂正申し上げる。

また8頁の「目録作成従事者」のお名前に間違いがあった。「小笹景子」と書いているのは、「小篠景子」さんである。誠に申し訳ございません。御本人には謝っている。私の教え子だが、このブログでも何度が登場されている方である。

目録の中身についても、いくつかご指摘を受けている。これはあらためてまたまとめてご報告したい。

さて、本目録はWEB公開しているが、WEBでは訂正を反映させることが出来る。内容についての訂正を整理次第、訂正を申し入れたい。



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2011年06月04日

日大で近世文学資料展

6月11日〜13日に、日本大学文理学部で日本近世文学会が行われる。その時期に合わせて、日本大学文理学部が「近世文学資料展」を開催してくださっている。日大はいい資料を沢山所蔵していることで知られている。個人的には『竹斎』や『南畝集』を見るのが楽しみである。以下の案内は日大文理学部資料館のサイトから。

会期:5月23日(月)〜6月24日(金)

【(展示期間:前期5/23(月)〜6/3(金)、後期6/7(火)〜6/24(金)】
※日本大学総合学術情報センター所蔵資料は、後期から展示致します。ご注意ください。

開館時間:10時〜17時

休館日:日曜・祝日、および6月4日(土)、6日(月)も展示替えのため休館。
     ただし、6月11日(土)と12日(日)は開館致します(開館10時〜17時)。

展示会概要:
 日本大学所蔵の貴重資料のうち、近世期に成立、刊行された古典籍を選び、展示紹介いたします。
 日本大学総合学術情報センター所蔵の貴重資料の中からは、喜多川歌麿の狂歌絵本雪月花三部作の『狂月坊』、『銀世界』、『普賢像』や、大田南畝の自筆本などを出陳、また、日本大学文理学部所蔵の古典籍の中からは、和歌・俳諧、仮名草子から草双紙まで、多様なジャンルの作品を選び、概観できるようにしました。近世期に多くの読者を獲得した『徒然草』の写本・版本、さらには絵本類など、その享受の様相の一端についても知ることができます。
 本展をとおして、それぞれに見どころのある近世文学資料の世界をお楽しみいただければ幸いです。

主な展示資料(*付は、総合学術情報センター所蔵。後期より展示。無印は、文理学部所蔵)

『竹斎』富山道冶著 江戸初期写 奈良絵本・仮名草子
『大石兵六夢物語』寛政6年(1794)5月写
『錦百人一首あつま織』勝川春章画 安永4年(1775)刊 鴈金屋清吉・鴈金屋義助版
『徒然草』西川祐信画 元文2年(1737)刊 菊屋喜兵衛版
『絵本双乃岡』西川祐信画 刊年不明 菊屋喜兵衛版
『女中風俗玉鏡』江嶋其磧著 西川祐信画 天明2年(1782)刊 菊屋喜兵衛版
『熊野の本地』江戸初期写 奈良絵本・御伽草子
『竹斎』富山道冶著 天和3年(1683)刊 鱗形屋版
『松楼私語』大田南畝自筆本 天明7年(1787)成稿 文化9年(1812)山東京伝識語
『歌曲時習考』浅野高造編 菊崎検校校訂 岡田玉山画 文政元年(1818)刊 檜皮屋友七他版
*『吉原傾城新美人合自筆鏡』北尾政演画 天明4年(1784)序刊 蔦屋重三郎版
*『銀世界』宿屋飯盛撰 喜多川歌麿画 寛政2年(1790)序刊 蔦屋重三郎版
*『普賢像』頭光撰 喜多川歌麿画 寛政2年(1790)序刊 蔦屋重三郎版
*『狂月坊』紀定丸撰 喜多川歌麿画 寛政元年(1789)刊 蔦屋重三郎版
*『浮世絵本 鶴の嘴』奥村政信画 山崎金兵衛版
*『絵本千代松』鈴木春信画 明和4年(1767)刊 山崎金兵衛版
*『彩画職人部類』橘岷江画 明和7年(1770)刊
*『絵本紅葉橋』金鶏撰 勝川春潮画 蔦屋重三郎版
*『南畝集』大田南畝自筆稿本
*『調布日記』大田南畝自筆本
*『江戸名所図会 校正刷本』斎藤月岑・長谷川雪旦自筆書き入れ
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