2011年07月31日

『野槌』の索引

 川平敏文・幸克也・河村真理子編『『野槌』人名・書名索引稿』(2011年7月)は、科研成果の一部だということだが、『野槌』を読む上で役に立つだろうことはもちろんだが、この索引を眺めているだけでも、いろいろなことがわかっておもしろい。その人名・書名がどの語の注に出てくるのかということを知ることができるように「被注語」の項目がある。
 書名は大部分が漢籍であるが、枕・源氏・万葉・和名などはよく出てくるし、伊勢・源平盛衰記・大鏡などもあり、河海抄・花鳥余情もよく使われている。注釈書が別の作品の注釈書を引用するというのは、院生発表会でも聞いた話だが、実際、これは我々でもよくやることである。
 しかし、注釈(抄物)の研究がかなり進んできているという印象だ。中世から近世前期に下ってきて、ひとつの世界をつくっている。「啓蒙の季節」とひとくちにいってすませる時代は終わった。注釈がどのような本や先行注釈書を用いているかが明らかになることで、学芸史・思想史・文化史が上滑りなものではなくなってくるだろう。
 
 昨日は読書会で『忠臣水滸伝』を読んだが、この作品も1年以上読んでいると、京伝が和刻本『忠義水滸伝』や『通俗忠義水滸伝』をただ典拠として使っているだけではなく、さまざまな方法意識をもって、時にはあえて典拠ずらしをしていることなどがわかってくる。それが一見白話がわかっていないと思われることがある。だが実は「京伝は白話が不得意だった」といってすむ問題ではなさそうなのである。もちろんそれがすぐに高い評価に結びつくわけではないが、寛政ごろの知識人の発想や知的好奇心の問題としてとらえると、さまざまなヒントを与えてくれるようなのである。
 
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2011年07月28日

上文合評会

いつかしら「かみぶん」と略称するようになった「上方文藝研究」。8号をこの6月に出すことができたことは既報した。その合評会が、24日(日)に大阪大学で開かれる。
島津忠夫先生をはじめ、執筆者7名全員と、会員13名の計20名が参加。昨年の18名を上回る空前の盛況である。東京から来た方4名、金沢、山口各1名。

当然議論も白熱したものとなった。本誌連載「上方文藝研究の現在」に私自身が「上方文藝研究の会」の合評会について書いているのだが、そこに書いた通りに皆熱心に読んできており、どの執筆者にも厳しい質問が寄せられ、激しい攻防が展開する。

院生もなんとか発言する機会を狙って質問するところを決めていたらしいが、先輩に用意した質問を先にされてしまって涙を飲んだという者もいた。

その攻防の中で、専門家ならではの貴重な知見がもたらされることもあって、実に有益。なかなかこのような合評会はないのではないか。

「上方文藝研究の現在」は今回で終了し、新企画が開始されるということも決まった。また来年にむけて研鑽である。

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2011年07月18日

付合と句意

『近世文芸研究と評論』80号には佐藤勝明・小林孔両氏による「『続猿蓑』「八九間」歌仙分析」が載る。佐藤さんの一連の付合読解方法論に基づくもので、今回は小林孔氏との共同作業である。付合の分析を@付句作者が前句に対してどのような発展的理解を示したか、Aそれをもとにいかなる場面・情景・人物像などを付けようと考えたか、Bそのことを句にするために題材や詞をどう選んだか、という3段階で考えるという方法である。

 実を言えば歌仙の注釈にはほとんど注意してこなかった。しかし、今年歌仙を演習で取り上げたことで、俄然その注釈・分析方法が気になる。たとえば「句意」という項目があるのだが、中嶋さんは、前句と合わせた意味を句意としているが、佐藤・小林稿では、当句のみで意味をとっている。これは西鶴と芭蕉の違いですか。たしかに独吟千句の場合、一句の意味はとりにくそうではあるが。いろいろ参考になる。新しい歌仙の注釈にはいったら佐藤方式を取り入れて見ようかとも思っているところです。
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2011年07月17日

『近世文芸研究と評論』80号

 早稲田大学の『近世文芸研究と評論』80号(2011年6月)が届く。いま気づいたが「文藝」ではなく「文芸」だったのですね。

このところ、ページ数が多いが、今回も二百頁を超えている。若手が積極的に書き、ジャンル的には俳諧・漢詩文が充実しているのが近年の傾向である。徳田武氏主宰の『江戸風雅』の執筆者との重なりも多い。といって内側だけでやっているのではなく、近世文学会賞や柿衞賞受賞者も輩出している。つまり全国学会でも活躍しているのである。

 池澤一郎氏の授業や研究会での研鑽が成果となっているのが誌面の活性化につながっている。こういう「流れが来ている」感じというのは、ハタからみてもわかる。『研究と評論』は、若手だけではなく、学会を牽引しているような方も力作を寄せる。早稲田のいいところは、いくつになってもいい意味で大人しくなく、やんちゃで、真摯なところである。やはり校風というやつだろう。

  中嶋隆さんの「西鶴『俳諧独吟一日千句』第二注解」」は連載の2回めであるが、初回稿についてよせられた深沢真二氏の私信を公開した上で、それへの反論を述べている。問題点は2つあって、第1は、式目作法の指摘がなされていないという深沢さんの指摘に対して、速吟を旨とする西鶴が「体用」などの式目をどれだけ意識していたのか、句去もどれだけ西鶴が意識していたのか疑問であるというのである。これは確かに中嶋さんの言われるように、西鶴俳諧を小説史の中に位置づけようとする中嶋さんと連歌俳諧史を追求する深沢さんとの問題意識の違いだろう。ただ深沢さんは西鶴が意識しているといっているわけではなく、意識していないことを式目離れを指摘することで明確にしてほしいと要望しているのではないだろうか。第二に「無心所着」といいながら句の意味を通そうとするのは矛盾ではないかということへの反論である。中嶋さんは西鶴はあくまで句の意味を通そうとしているという立場である。深沢さんもそれは多分同じであるが、「無心所着」の語を使うべきではないだろうと言っているのだと思う。

 ただこの議論では、はからずも小説研究者と俳諧研究者の問題意識の違いが浮き彫りになって、読者には大変勉強になる。今年はじめて歌仙を演習で読むことをしてみたのだが、俳諧注釈の方法とは、前提のたて方でずいぶんと変わってくるのだろう。ともあれ議論を公にした中嶋さんに感謝したい。

 田中善信氏もそうであるが、研究上、公の議論にする意味のあることは公に議論するというのが『研究と評論』の特徴のひとつで、これはまた『研究と評論』でなければ難しいことかもしれないが、いい伝統だと思う。広嶋進さんが谷脇先生に論争を挑んだのも記憶に新しい。「研究と評論」の「評論」の部分が生き続けているのである。
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2011年07月16日

春雨物語という思想

 もう4年も前のことになる。2007年3月、大阪大学で「秋成―テクストの生成と変容」というシンポジウムを開いた。広域文化表現論講座(今はない)という、プロジェクトを授業の一環として行え、予算の使い方も自由という、今考えると実にありがたい「一人講座」に所属していたときの企画である。その講座の特別研究会として行い、のちに報告書(『テクストの生成と変容』)と本(『秋成文学の生成』森話社)も講座費を利用して出した。
 さて、シンポにはパネリスト・コメンテーターとして、稲田篤信・木越治・山下久夫・長島弘明・風間誠史・近衛典子・井上泰至という秋成研究第一線の各氏を招いた。参加者は70名を越える盛況だった。この中で『春雨物語』変容論を論じた木越治さんの発表に、コメンテーターとして長島さんと風間さんをお願いしていたが、この二人の間で激論が交わされた。その熱さにフロアも圧倒された。同じくコメンテーターのはずの私も、あまりの激しさに、議論に加わることもせず司会に徹するふりをしていた。その熱いシンポの記憶を私によみがえらせてくれたのが、このたび上梓された風間さんの『春雨物語という思想』(森話社、2011年7月)である。
 「あとがき」でその時のシンポジウムに触れているが、長島さんとの議論は実は酒席で何度もやっていたので目あたらしくはなかったとバラしている。そういえば稲田さんがシンポのあと、「議論が熱い」と言っていた私に「日文協じゃ普通よ」と笑っていたのを思い出した。それはともかく、このシンポにむけて、風間さんは相当準備をされているように見えた。たぶんその通りだったと思うが、あとがきによれば卒論に春雨を取り上げて以来、いつかまとめようと思っていた自らの宿題に手をつけるきっかけをこのシンポは提供したようなのである。その後に論文集『秋成文学の生成』を企画したときに、仮に「『春雨物語』論のために」という題をお願いしたのだが、その題をそのまま受け止めてくださり、さらにその続編を次々に発表されていった。そして風間さんの師である高田衛氏の『春雨物語』論に続く、本格的春雨物語論がここに刊行されたというわけである。
 前著『近世和文の世界』は論文集の顔をしていたが、本書は違う。既発表の論文が礎になっているとはいえ、これは風間氏の文学論そのものである。序説・本説・余説という構成で、序説は書き下ろしである。もともと風間さんは、いかにも学術論文というスタイルの論文を(書けるけれども)書かない人である。またそういう書き方に対する批判を全くおそれない人である。今回の春雨論は、風間スタイルに貫かれた、実に読みやすい本である。
 書名のタイトルについては、春雨物語の背後に思想があるのではなく、また何らかの思想が春雨物語に反映しているのでもなく、『春雨物語』が思想なのだという考えに基づいている。これが風間さんの思想なのだが、実は私も賛成である。『春雨物語』論の最後にかかれているように、「物いひつづく」ること自体が『春雨物語』なのである、という見方は、私の「「長物がたり」の系譜」と共振するものだ。
 個々の読み方には、多く異論がある。また、春雨物語自体が思想なのだというのであれば、活字という加工されたテキストで読んでいいのかという根本的な疑問もある。むろん、我々にとっての春雨物語とは、昭和34年に刊行された日本古典文学大系の、富岡本・文化五年本の取り合わせ本であったことは確かであり、そこに大多数の現在の読者の春雨物語イメージがあるのだが、それでも「秋成」(これも実体ではなくて虚像なのかもしれないが)を捨象して論じているわけではないので。秋成展体験をした私にとって、どうも活字テキストで読むとというのは、レントゲン写真でその人物の心を論じているように思えるのである。(とはいえ、もちろん活字でとりあえずは読むのだから、私の読み方もいいかげんなものではある)。
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2011年07月11日

和本リテラシー in ソウル

高麗大学校の金時徳さんのブログから勝手にコピペします。
韓国の日本学が熱いですね。
日本近世文学会 in ソウルも熱くいきましょう。

和本リテラシー国際研究集会 in ソウル

九州大学韓国研究センター・国文学研究資料館・高麗大学日本研究センターの共同主催で、18日に「和本リテラシー国際集会INソウル」が高麗大学で開かれます。中野三敏先生の和本リテラシー関連のご講演をはじめ、ロバート・キャンベル先生のご発表、そして、私の発表などが予定されています。私の発表は、基本的には、笠間書院で出版された共著の第5章の通りです。但し、当時は充分検討できなかった朝鮮後期の学脈の説明や、先々週の井上泰至先生のご発見の予告などが追加されます。

日時:2011年7月18日(月) 午前9時〜午後6時
場所:高麗大学校日本研究センター 円形講義室
主催:高麗大学校日本研究センター・国文学研究資料館・九州大学韓国研究センター
後援:高麗大学校・韓国研究財団
全体テーマ:「ソウル発日本学」

開会式司会:松原孝俊(九州大学韓国研究センター センター長)
挨拶:今西祐一郎(国文学研究資料館 館長)

第一部 在外和書所在情報セミナー(司会:松原孝俊)
・遼寧省図書館所蔵旧日本語文献の源流、整理と利用:王筱雯(遼寧省図書館 館長)
・台湾大学図書館所蔵の日本古典籍について:洪淑芬(台湾大学図書館 特蔵組)
・韓国国立中央図書館所蔵の日本関係資料:安惠蓂(韓国国立中央図書館図書館研究所)
・京城帝大とソウル大の図書館:韓国の大学図書館の誕生:鄭駿永(翰林大学校日本学研究所専任研究員)
・『朝鮮半島・満洲日本語文献(1869-1945)目録集』(全13巻)、『朝鮮半島・満洲日本語文献(1869-1945)目次集』(全27巻):崔官(高麗大学校日本研究センター 所長)
・東アジア諸国・諸地域における国文学研究資料館の日本古典籍資料調査の概要:大高洋司(国文学研究資料館 教授)

第二部 和本リテラシーセミナー in Seoul(司会:海野圭介(国文学研究資料館 准教授))
・講演 和本の海へ:中野三敏(九州大学 名誉教授)
・パネルプレゼンテーション:ロバート・キャンベル(東京大学 教授)
・新古今和歌集の撰集資料-国文学研究資料館蔵定家筆断簡について-:寺島恒世(国文学研究資料館 教授)
・通信使の諜報活動から朝鮮に齎された『撃朝鮮論』:金時徳(高麗大学校日本研究センター HK研究教授)
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2011年07月07日

祭りの記録

京都三大祭りといえば、葵祭・祇園祭・時代祭。では三大奇祭とは?それは「やすらい祭」「牛祭」「鞍馬の火祭」であるそうな。知っている人は京都検定高得点の人でしょね。

 さて、昨年、京都国立博物館で開かれた上田秋成展では、「やすらい祭絵巻」(松村景文画)・「牛祭絵巻」(河村文鳳画)が初公開された。秋成がこれに歌謡や和歌を付しているので展示されたのだが、展覧会当時「個人蔵」であったものが、どうやら京博蔵に帰したようである。これらの絵巻について、秋成展で尽力していただいた京博の水谷亜希さんが京博の紀要に論文を発表された(『学叢』33号、2011年5月)。表題にも「京都国立博物館蔵」と注記されている。
 
 ちょっと驚いたのは、「三大奇祭」というのは1990年以前の文献に見出せないということで、案外最近考案されたキャッチコピーではないかという。絵についての考察はいろいろと勉強になったが、面白いのはこの絵巻を発注した古手屋の水口屋である。蕪村も画絹をそこであつらえていたという水口屋は、絵巻の作成にあたり、知人に依頼して書画を作らせた。その結果、絵巻は祭りの由来、歴史、参加者の高揚などを伝えるドキュメンタリー映像になったというのである。祭りを追体験できる作品―たしかにこれを見ると、うなずける指摘である。

 江戸時代に画文は一体のもの。近代の学問領域は、文学研究・美術研究と分断している。なかなかそれでは江戸時代の画文を解明できないと痛感する。相互交流が必要ですね。
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