2011年10月29日

天理図書館近世文人自筆資料展

 天理図書館で開館81周年記念展「近世の文人たち―自筆資料にみるその人となり―」が開催中である。(11月6日まで)

 昨日、論文ゼミの時間を利用して7名の学生とともに見学。大西さんが挨拶に来られ恐縮。50名の文人の自筆資料を一堂に展示する壮観なもので、見応え十分である。

 はじめて見るものが多かったが、感銘を受けたものすくなからず。大平の恩頼図、真淵の『万葉考』、貞幹の『古瓦譜』は見とれます。学生も自分の研究している人物の自筆を見ることが出来た人が何人かいて、よかったようだ。

 蕃山・白石・ソライ・仁斎・山陽・松陰・契沖・宣長・篤胤・季吟・西鶴・芭蕉・近松・蕪
村・秋成・南畝・馬琴・景樹・連月尼・策伝・江漢・定信…、と有名人を並べて見ても、この展示の凄さがわかる。

 「人となり」に重点を置いて、キャプションは人物の説明が中心である。もう少し資料についても説明があればもっとよかったのではないだろうか。参考資料として出されている肖像についても、書名が示されていなかったのもあったのは残念である。

 しかし、それを差し引いて余りある満足度。これはいかないと損です。
posted by 忘却散人 | Comment(3) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

対話形式の注釈

勝四郎:ノリコとシンジがユニットだよ。
宮木:えーっ、酒井法子と原田真二?!
勝:古いなあ。深沢夫妻のことだよ。
宮:あーっ、なるほど。了子さんと真二さんね。あなた夫婦だからユニットあたりまえでしょ。
勝:でも、俺たちはそうじゃなかったな。ってその話じゃないよ。そうじゃなくて、「近世文学研究」第3号(2011年10月)に、宗因独吟「つぶりをも」百韻注釈を、対話形式でやっているって話。
宮:知っているわよ。「世の中に」に次ぐ第2弾ね。
勝:あの二人だから、中身はすごく充実しているし、勉強になるね。
宮:でも対話形式ってところが面白い趣向ね。
勝:そこだよ。むかし木越治さんが「対話形式による文化五年本春雨物語論の試み」だったっけな、そういう論文を対話式で書いていたし、新聞での五人女の連載もりえとひかるという女子大生を登場させてやってたし、西田耕三さんが、対話形式による書評というのをやっていたが、いずれも一人二役。でもこれは、正真正銘二人の対話形式。しかも夫婦だよ。
宮:拾い読みしたけど、面白いわね。夫婦ならではの会話というか、ちょっと脱線するじゃない。
勝:どちらかというとノリコさんの方が、面白いことをよくいうよね。
宮:私とちがって、ユーモアがあるわね。
勝:こういう注釈なら、すらすら読めるなあ。
宮:って、読んだの?
勝:いや、まだ。少しだけ。葛のうら葉のかえる秋にはきっと読むよ。
宮:もう秋なんだってば。
posted by 忘却散人 | Comment(1) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

学会シンポジウムの記事

日本近世文学会秋季大会、初日のシンポジウムの模様をレポートした拙文が産経新聞大阪本社版に載りました。といっても私はまだこの目で見ていないのですが、10月20日の夕刊です。それがWEBにも載っています。

ここで写真が「筆者撮影」となっています。実はこの写真の中には私自身が写っているのです!
実は私が提供したことは確かなのですが、学生に頼んで撮影してもらったものです。

ゲラでは「筆者提供」だったのですがねえ。ま、いいか。ちゃんと説明してなかったから私の責任。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

卒修中間発表会

3日間、午前午後を通して行われる卒論・修論の中間発表会の真っ最中です。
比較文学と一緒にやるのですが、なかなか勉強になります。
発表の時はそうでもないのに、質問の時はやたらに冴えている人もいたりして。
まあ発表もさることながら、質疑応答や先生方のコメントに学ぶところが大きいのである。
このコメントに特徴というか、くせのようなものがあっておもしろい。私は物まねがすきなので、これを秘かに観察する楽しみがあるのである。ここでは明らかにしないが。
今年は学部生が多数参加、それも2年生がたくさん来ていて、大変結構であります。

posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

やそしま

 ひとつアナウンス。日本近世文学会ソウル大会のレポート。シンポジウムを中心にS新聞大阪本社版夕刊に木曜日掲載の予定です。

 さて、上方文化芸能協会が『やそしま』という雑誌を年1回刊行しています。この雑誌は、大学図書館にはほとんど入っていなく、公共図書館にもなかなかないようで。大阪市立図書館には揃っているようですが。
 
 上方芸能に関する貴重な聞き書き的座談会が毎回掲載され、また芸能研究者にとっては見逃せない論考も載ることがあります。その第5号がこのたび刊行されました。

 冒頭の対談は、柏木隆雄先生の司会で、お馴染み藤山直美と大和屋女将阪口純久さんの対談『藤山寛美を想う』。もうひとつは、末次攝子さんの司会で、三林京子・桐竹勘十郎の芸道についての姉弟対談。それに加えて、浜田泰彦君による大坂の有力書肆鹿田松雲堂初代の俄の資料紹介、橋爪節也さんによる大阪の女性画家島成園についての力作論文が載ります。これ上方芸能に興味のある方には垂涎のラインナップですね。一種の会誌ですので、なかなか一般の方・研究者の方の目に入らないと思いますので、ちょっとご紹介いたしました。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月16日

細川家の至宝を見て研究会へ

京都国立博物館で開催中「細川家の至宝」。研究会の前に見に行った。人もそんなに多くはなく、見やすかった。
書画あり、史料あり、仏像あり、能面あり、茶器あり、鎧あり、刀あり…、で、東京・京都・九州の国立三館の学芸員が総力を挙げて解説を書いているようである。
見応えも十分。
個人的には、まず幽斎。幽斎像と、古今伝授関係資料。幽斎自筆古今和歌集などに見惚れた。三斎関係で茶器。利休尻ふくらの周りをぐるぐる回る。能面も素晴らしい。
図録の序文は護熙氏。
ちなみに研究会では、秋成の世間狙の序文についての発表があり、質疑応答をふくめ大いに勉強になった。次回は私に回ってくるらしい。小説研究会なれど、小説でないネタで行くことにする。


posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月14日

言語資源論の立場

『訓点語と訓点資料』第127輯(2011年9月)は、築島裕博士追悼号である。金水敏さんの「言語資源論から平安時代語を捉える―平安時代「言文一途」論再考―」を読む。最近の『文学』の座談会でも、言語資源論の座談会を仕切っていらっしゃったが、それを思い出しながら読んだ。

平安時代の文で主に使われていたのは、漢文・変体漢文であろ、平仮名文は書記言語のごく一部(私的・趣味的)の領域を占めるにすぎない。しかるに、これが平安時代を代表する文体と考えられている。これを金水さんは批判する。

十数年前であろうか、平安時代和文の研究をされている国語学のある先生に、「平安時代の和文語は当時の言語生活を反映してるんですか(してないでしょう?)」と尋ねたことがあるが、「平安時代は「言文一致」だと私は思っています」と言われて、ホントかなあ?と疑問を持った。今回の金水論文を読んでかなりスッキリした。言われている言文一致で想定されているのは、限定的な言と文なのであり、明治以後の言文一致とはかなり異なるのである。
 ではなぜそういう言説がこれまで支配的だったのか。金水さんは、

「それは言うまでもなく、今日の国語学・国語史が近代の言文一致運動を経てのちの学問であり、国語史とは標準語(共通語)の歴史を後付け、その正当性を根拠づけることを目的とするからであろう。つまり、古代の原初状態としての言文一致が一旦崩壊し、やがて再び理想状態としての言文一致が復活するというストーリーが分かりやすく、好まれたのではないか」

という。研究においては、このように、ストーリーが研究方向を定めるということが起こる。言語研究はある部分政治的であるから、余程気を付けなければならないですね。文学史でもそうでして、だんだんと近代小説的になっていくという前提で文学史が書かれる。これも一種のストーリであるよな。

posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

文学なんて要らない!?

『中央公論』11月号が「文学なんて要らない!?」を特集している。 内田樹・河野多恵子らにならんで、中野三敏先生の「 古典が大事だと言うのなら、「和本リテラシー」の回復を」と、ロバート・キャンベルさんの「サンフランシスコ湾の上にも『枕草子』の月は浮かぶ」が載る。近世文学会から二人というのはなかなかすごい。キャンベルさんの被災地での読書会の話には胸を打たれる。中野先生の和本リテラシー論、日経新聞での反響以来、いろいろと反応があったようだが、ついに論壇進出。中野先生は、『文藝春秋』11月号の巻頭コラム欄にも同趣旨のことを書かれている。先生の主張のひとつに和本リテラシー(くずし字解読能力を中心とする古文献読解能力)を初等教育に導入してはどうかというのがある。それに対して、本離れ、古典離れが急速に進んでいる中、まず国語力・古文読解力の回復が急務という反論がある。しかし、国語教育に多様なメニューを用意し、国語や古典へのさまざまな通路を作っておくという意味で、古典を漫画で教えるようなコースがあったり、くずし字を遊び感覚で教えるコースがあったり、というのは悪くないと個人的には思っている。そういう意味では「和本リテラシーの回復」というよりも、「和本リテラシーの可能性」を訴えていくというスタンスも考えられるのではないか。この言い方が近代的だと先生からお叱りを受けるかもしれないが。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

ゲスナー賞

雄松堂書店が書誌学の父コンラート・ゲスナーに因んで創設した「ゲスナー賞」。「目録・索引部門」と「本の本」部門があり、近世文学研究者では、過去に中野三敏先生の『本道楽』、鈴木俊幸氏の『近世書籍研究文献目録』が受賞している。

第6回ゲスナー賞を、なんと、わが『蘆庵文庫 目録と資料』(青裳堂書店)が受賞した。パチパチパチ。「目録・索引部門」の銀賞である。授賞式は10月28日(金)に明治大学で行われる。

版元によると、まだ少し残部があるようでございます。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

画期的な寓言論研究

工藤重矩先生の「源氏物語享受史における寓言論の意義」(『源氏物語の展望 第10輯』(三弥井書店、2011年9月)を読む。この6月にこの論文についてお話する機会があり、刊行を楽しみにしていたのだが、期待通りの面白さ。これは寓言論研究史上画期的な論文だと思う。

 寓言論は近世文学研究においては重要だが、「寓言」を遡って『河海抄』の言説にいたり、それ以後で流れをみてきたといえる。しかし工藤先生の論は、河海抄以前の源氏注釈から辿り、「託事」「よせごと」「よそへごと」という物語に対する考え方が、儒学者の源氏注釈の中で荘子の「寓言」と重ねられたとし、『河海抄』にいたってはじめて「寓言」の語が准拠論(物語は何らかの事実に本づくという考え方)と結び付けられることを鮮やかに描き出す。中世源氏学(儒者の学)において源氏が存立する根拠は、それが史書であるということであり、それを証するために寓言論が利用されたというわけである。

 もっとも、荘子の寓言は、実は荘子の「実意」が示されているかもしれないが、「事実」が書かれているわけではないから、そこにすり替えがあるのだが、中世の注釈者たちは、源氏に春秋の筆法が取り入れられているとして、源氏を強引に歴史書扱いすると。なるほど。

 そして准拠の思想が消える近世以後においては、「寓言」は准拠説と切り離されていくとする。つまり虚構論の色彩が濃くなっていくわけである。近世文学研究者が全く気付いていない寓言論の流れがここに示されているではないか。

 やや言葉足らずのまとめで、わかりにくいと思うが、自分のメモとして記しておく次第。興味のある方は是非ご一読をお勧めする。とにかく、明快でわかりやすいのが工藤先生の論文の特徴だが、この論文も例に漏れない。久しぶりに論文を読んで高揚した。
posted by 忘却散人 | Comment(2) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月05日

学会参加者数

開催校からの連絡によれば、日本からの参加者は130名ちょっと、高麗大関係者で50名ほど、当日参加が40名強という状況だったらしい。つまり約220名ということになる。これは予想をはるかに上回る参加者数である。

発表資料集は250部作成して、あまったのがわずか20部だったらしい。増刷していただいたうえで、学会ではこのうち30部を買い取り、春の大会で頒布する予定である。

海外開催の難しさは、出欠用の往復葉書が使えないこと、郵便での振り込み用紙が使えないこと、発表資料を送付するのがかなり大変なこと、海外未経験者などのためにツアーを設定しなければならないこと、しかし人数が揃わなければツアーが成立しないこと、台風や交通トラブルなどの突発時に対応するのが難しいことなどであり、これは、今回いつもとシステムを変えねばならなかった。WEBでの参加登録など大丈夫かなと思った。準備の段階で、あまりの難題続出に弱気になったこともあった。参加登録の出足も悪かった。学会関係で関係者とやりとりしたメールは2000通をこえた。

またシンポジウムを夕方から始めなければならないこと、発表希望者が予想を上回り、会場を2会場にしなければならないことなど、類例のない運営をしなければならなかった。しかし、高麗大学校の優秀なスタッフの献身的な努力で乗り切ることができた。

学会海外開催の経験から学んだことはあまりにも大きい。今回のように、献身的な協力者が何人も登場するというようなことは奇跡に近いかもしれない。あの人がいなかったら、という人がたくさんいるんです。その人たちにもう一度、言わせてください。ありがとう。カムサハムニダ。
posted by 忘却散人 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

ソウルの青い空(学会日記)

*写真2点アップしました*

雨で寒い日が続くという天気予報はいい意味で外れてくれた。
連日の晴天、そしてさわやかな風に恵まれたソウルであった。
ここには私的なメモを記しておきたい。公的な立場でのリポートはまた別の場を与えられているので、そちらをご参照いただくことにしよう。

日本から120名を超える学会員が、日本海を渡って韓国ソウル市の高麗大学校へ。3日間、特段のトラブルもハプニングもなく、順調に予定が進行した。おそらくは参加者のすべての人が、「来てよかった」と思われたのではないだろうか。それくらい完璧な開催校の運営、おもてなし、そしてシンポジウム・研究発表の充実ぶりだった。

30日。私は学会ツアーパックを利用して関西空港から出発。同行は24名。皆がまとまって陣取り修学旅行のよう。考えて見れば学会でこんな光景は初めてである。「まだシンポジウムまでには時間があるからね」と、機内でビールを飲む人も(私もその一人だったが)。前事務局代表のY先生などは2缶飲んでいました。

金浦空港に到着後、バスに乗車。カーテンなど内部が紫色の仕様で度肝を抜かれる。カラオケバスみたい。今回はバス内で両替。40分ほどで今回のツアーでの宿泊先であるホリデイイン城北に到着。名古屋からのツアーも先着していた。

九州組を待っての出発予定だったが、時間が余るので開催校に電話して先に出発することに。(実は九州組は案外早く着いたようで)。すぐ近くにスーバーがあったのだが、店頭に、日本の白菜の4倍くらいの大きさのが、2つで300ウォン(25円)くらいで売っていたのに仰天する。と、こんなに詳しくかいていたらキリがないので以下早足。

予定より30分はやく到着したにも関わらず、受付準備は整っていた。実行委員長の崔官さんにコーヒーのもてなしを受ける。シンポまで充分時間があるので、国宝を含むすばらしい展示がなされている高麗大学博物館の常設展示を見学。

午後4時30分、シンポジウム開始。
DSC02447.JPG
パネリスト4名(日韓各2名)の先生方は、発表時間15分という無茶な注文にも拘わらず、実に周到に準備され、「日本近世文学と朝鮮」というテーマをあぶり出す刺激的な発表をしてくださった。休憩なしで、コメンテーターの3名の先生方との質疑応答、議論がなされた。司会の染谷智幸さんの捌きがすばらしく、時間はさほどオーバーせず、中身の濃い、そしてこれからの課題をたくさんいただいたシンポになった。(シンポについては、別の場で私も書かせていただくし、次号『近世文芸』にその総括・傍聴記が掲載される予定である)。

さて、その日配られたのは、学会史上初となる冊子体の資料集の他に、美しい小物入れ、記念ボールペン、そしてエコバック。さらに大きなお菓子の詰め合わせケース(実はもらいそこねたので、翌日おねだりしてもらった…)。まるで結婚式の引き出物のようである。名札も、首からかけるタイプで、学会オリジナル仕様。

歓迎会場の「母心」へ向かう。徒歩10分程度だが、迷ってはいけないということで、随所に、高麗大学の学生スタッフが立っている。私は崔官さんと歩きながら会場に向かったが、その一人一人に崔官さんは、明るく声をかけるのである。学生も明るく答える。この細やかな配慮に感銘を受けた。
 
スタッフを入れれば130人くらいいたのではないだろうか。着席でゆっくりと食事ができる。ここも会場校のご配慮で、会費は格安の3000円である。浅野三平先生が乾杯の音頭を「コンペ!」と韓国語でご発声。韓国の家庭料理ということであるが、美味しかった。ちなみに浅野先生のスーツは37年前にソウルで仕立てられたものだということ。

帰りもバスで送っていただき、初日は暮れる。ところが、ここで携帯の充電器を忘れたことが判明。事務局としてピンチだったが、これも助けてくれる方がいた。ありがたや!ありがたや!。

翌日(1日)はいよいよ研究発表会。今回は17名が1日で発表ということで、午前中会場を2会場に分けた。私は第1会場の担当。教え子の留学生が第2会場のトップバッターだったので、声だけ掛けにいったが、かなり緊張していた。すぐに第1会場に戻る。朝早い開始時間だったが、どちらもそこそこ人が入っている。午前中はそれぞれ5本の研究発表。若い方、そして留学生が中心であるが、いつもと同じように真摯で、手を抜かない質疑応答が行われた。

すこし時間がおしたので、昼休みが短くなった。委員会会場まで10分ほどかかる。いつもは1時間30分ほどかける委員会も30〜40分で終わらねば。それに、とてもおいしそうなお弁当が準備されているのに、司会で食べる暇がなかったら…。とそちらの方が心配?!。今回は、このお弁当も会場校のもてなしにより無料である。いいのだろうか!。

昼休みも終わって戻ったのは2,3分前。ここで会場校の崔官さんがあいさつ。第1会場の方に統合して、午後の部が開始される。質疑応答はどうしても、予定時間をオーバーするので、司会者に厳しく言い渡す。あんまりきびしすぎて、発表者も司会者もそれをきちんと守ってくださるあまり、第1パートでは貯金ができたくらいだ。しかし第2パートではそれも使い果たし、はや16時30分。ここで、またまた開催校のおもてなし。開始が遅い懇親会なので、おなかが空くだろうということで、全員にお餅(セット!)とお茶の振る舞い。あー、休憩時間をもっととりたいのですが、そこは鬼の事務局、最後まで予定通り進行。

閉会式では、今回のおもてなしに感謝の気持ちをこめて、学会から記念品(古活字版光悦本「むめかえ」)を贈呈。活字は朝鮮からもたらされた技術。これを日本の流麗な仮名に用いたということで、日朝文化交渉史を具現化したモノでもある。

 さて懇親会場はホリデイイン城北の地下で行われた。学会員、スタッフ他150人くらいいたのではないか。まるでそこは大きな結婚式場であった。会に先立ち、「韓国伝統芸術の夕べ」という催しが開かれた。どれも素晴らしかったが、とりえあけ重要無形文化財であるチョジュソン(漢陽大学国学科教授)さんのパンソリには感動した。韓国通の染谷さんをして「これほどのものは聞いたことがない」といわしめるくらいのすばらしい唄声である。浄瑠璃の大夫との比較をしたくなるのもむべなるかな。だが、パンソリは本来10数時間かけて長い物語をひとりで歌いあげるものらしい。これは信じがたい。とにかくこれを聴けただけでも、ここに来たかいがあったというものではないか。

 今回ご尽力をいただいた、国際交流基金ソウル日本文化センターの本田修さんが来賓挨拶をされた。シンポジウムもきいてくださったということだったが、シェイクスピアの学会が世界のどこで行われてもおかしくないように、日本古典文学の学会が世界のどこで行われてもおかしくない時代の端緒となれば、という意味のことを仰ってくださり、感銘を受ける。この懇親会の参加費は5000円だったのだが、この伝統芸能の素晴らしさ、そして料理とお酒の充実度を考えると、破格以外の何物でもない。22時くらいに宴が終わる。
 
 翌2日は、文化実地踏査。古宮めぐり。昌徳宮で記念撮影。
DSC02471.JPG
お昼は「土俗村」という有名な店で参鶏湯。美味でした。景福宮では崔官さんが、ここにくればほっとするという場所で、気持のいい空気を吸った。さらに徳寿宮へ行き、ツアー終了。しばし休んで、ティップリ(打ち上げ)。ここは我々が開催校側に感謝する会という位置づけだが、もちろん右も左もわからないから、開催校がセッティングしてくれた。ここは参加者50名弱。浅野三平先生がまたまた「コンベ!」。焼き肉。とてもおいしかった。高麗大のスタッフの紹介、この学会を5年前からたくらんでいたという長島弘明さんのあいさつなどがあった。うろうろしていると佐藤悟さんに呼び止められ、「いいくらさん、あそこに高麗大のスタッフが5人いらっしゃるから、あいさつに行ってらっしゃい」とご教示をうけ、早速ビールをつぎにいく。きけば、本当に様々なご苦労があったようで。崔官さんは、この大会は、終わってよかったですませてはいけない。この後、どうしていくかが大切なこととおっしゃった。いろんな人ともそのことを共通認識としてもつことを確認。若い人も、受け止めてくれているようである。このあと、さらに2次会に突入。私の隣にいた、今回の学会裏方で献身的な尽力をしていただいた金津日出美さんがスパークしていた。いやはや完全解放気分でちょっと飲みすぎてしまった。崔官さんと抱擁し、再会を約し別れる。どうしても韓国に来ると熱くなってしまいます。

 最終日、仁寺洞の古書店めぐりを計画していたが、休日で店が開いていないだろうという情報を受け、これをとりやめ、急遽国立中央博物館の展示を見に行くことにする。たまたま朝鮮王朝の肖像画の秘密という特別展示をやっていて、これが素晴らしかった。朝鮮における家、礼などの意識の強さを思い知らされる。それから、ロッテホテルでお待ちいただいていた大谷俊太さんの知り合いで漢陽大学の李康民先生に、美味しい麺の店に連れて行ってもらい、水肉とうどんを御馳走になる。李先生も、最初ソウルで日本近世文学会が行われるときいて、そんなことができるのかと疑っていたそうである。李先生には、人文研究に対する政府の支援のことなどいろいろな情報をいただいた。なんとホテルにまで送っていただき、お別れする。最後は関空組10名。無事帰還いたしました。

 以上、駆け足レポートだが、この大会のシンポジウムでコメンテーターをされた加藤敦子さんのブログに、写真入りで詳細なレポートがあります。

 最後になりましたが、このたび開催校として素晴らしい学会運営をしてくださった、崔官先生、金津先生、高永爛先生、金時徳先生をはじめとする高麗大スタッフの先生方、院生・学生のみなさん、シンポジウムのコーディネーターをお引き受けくださった染谷さん、ツアー立案・現地視察など実行委員として献身的に尽くしてくださった森田雅也さんと関学の学生さんたち、パネリスト・コメンテーター・発表者・司会者のみなさん、窮地を救ってくださった山本和明さん、神谷勝広さん、事務局の田中康二さん、合山林太郎さん、この大会のそもそもの仕掛け人であった長島弘明さん、JTBの方、現地スタッフの方、そして日本からソウルに来て下さった学会員の方、来れなかったけれども応援してくださった学会員の方、どうもありがとうございました!!
posted by 忘却散人 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする