2011年12月30日

新視点による西鶴への誘い

西鶴研究の活発さは、第一人者たちの意欲に支えられている。

 今回清文堂からでた、「西鶴を楽しむ」シリーズ別巻2『新視点による西鶴への誘い』(2011年8月)は、谷脇理史先生の、新たに発見されたご遺稿『西鶴 その生涯と文学』第1章(未完)を巻頭にすえ、染谷智幸・杉本好伸・広嶋進・中嶋隆・篠原進・井上和人の6人の西鶴研究のリーダーたちが、刺激的な論考という形で、西鶴研究に誘惑するという体の、かなりユニークな本である。

 たしかにそれぞれに西鶴を読み解くための新視点が提示されている。

 染谷氏の「五感の開放区としての遊廓」はタイトル自体が、その視点を示している。これは西鶴が遊廓を「五感の開放区」として捉え、それを描いたという視点から好色物を読んでみようという提案で、特に挿絵の考察から、遊廓における多様な芸能・芸道・調度を見ていく。按摩などに注目するのは面白い。「共通感覚論」を表に持ち出す必要はないかもしれないが、そこは染谷さんのスタイル。

 杉本氏の「西鶴〈武家〉批判の視座」は、近世文学に政治批判や社会批判を見る見方への疑問が研究者の平均的理解としてあるということへの西鶴研究側からのひとつの回答として読むことが出来る。西鶴研究が西鶴の政治批判・社会批判を作品に読みとる傾向が強いとして、私などは非公式の形ではあるが、何度か疑問を呈してきた。杉本氏と質疑応答をしたこともあったかもしれない。私も「平均的理解」者の一人ということになる。さて杉本氏は『好色盛衰記』に出てくる、儒者の息子が町人の大尽と対比で描かれている章を緻密に分析してそこに武士批判を読みとる。たしかに、儒者の息子は、あまり考えのない平面的な人物に描かれているといえるが、それが批判といわれると、ちょっとまだ落ち着かない。ただ武士が平面的に描かれていることが多いとすれば、別視点から西鶴の発想を考えることができるかもと、刺激を受けました。

 あと4つもコメントしたいところですが、息切れしましたので別の機会に。

 なおこの本の奥付(8月28日)は谷脇先生の命日。実際の刊行は遅れたらしい。
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2011年12月29日

上方歌舞伎と浮世絵

北川博子氏の『上方歌舞伎と浮世絵』(清文堂出版、2011年12月)が出版された。清文堂の三つ折り広告に浅野秀剛氏が推薦文を書かれており、本書の意義についてはそこに完璧に記されている。その推薦文の題に「上方絵と上方絵を使った歌舞伎研究の基本書」とあるのが本書の特徴を一言で言い得ている。

 本書の構成は、第一部「上方歌舞伎の諸相」と第二部「上方浮世絵の形成と展開」と二部に分かれる。

第一部は二章から成り、第一章は「歌舞伎資料の特性」と題され、絵入狂言本・台帳・歌舞伎双六・役者絵・貼込帖(許多脚色帖)・役者評判記を使って、それぞれの資料の信憑性や利用意義などを抑えながら、考察されている。欲を言えば、第二部のように、上方歌舞伎資料総説のような章を設けていただければ、素人には有り難かった。絵入根本のことなども出てくるが、歌舞伎資料というのは、どんなものがどれくらいあるのか、鳥瞰図が欲しいのである。もしかすると無茶な注文なのかもしれない。第二章は、上方歌舞伎の嵐吉三郎家、中村歌右衛門家を追跡する、「家の伝統と継承」で貴重な研究といえる。

 第二部は、現在、著者の独擅場の感のある上方浮世絵研究である。松平進氏の薫陶を受けて、その継承者たる自負もあり、体系的な叙述となっている。序章で「上方浮世絵研究の現在」、第一章で「上方浮世絵史」と総括的な二章を置く。これがあるので、第一部にもこんなのがほしいと思ったわけであるが。それにしても、この二章は、上方浮世絵研究をする際に必読となるのではないか。第二章では、「版元塩屋長兵衛の動向」と題して二編。第三章では、「大坂と京都の浮世絵」と題して二編。第四章は「描かれた大坂」と題して二編。
 
かく、著者のこれまでの仕事の精選集大成の趣きであるが、上方歌舞伎と自分の研究がこれまであまりリンクしていなかっただけに、初めて読むものが多い。だが集大成していただいた意義はかなり大きい。また、あたりまえのことながら、この分野は、外国の研究動向を把握していなければできない分野であることをまざまざと知らされた感がある。著者もそれゆえに外国へ学会参加や調査によく赴いていらっしゃるようだが、そこでむしろ「重箱の隅を楊枝でつつくような研究」が日本独自のものであることに意義を見出して、堂々と実証的研究書として打ち出されたところは天晴れである。
 
著者は夫君の山本卓氏ともども大阪を愛しぬいている(この文章はひょっとして二様にとれますが、どちらでとっても正解です)。清文堂出版から刊行されるのも、夫君の本と同様である。
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2011年12月25日

『江戸の文学史と思想史』続

『江戸の文学史と思想史』の話を続ける。

 池澤氏に続いて田中康二氏。「国学」と題するが、要は「宣長問題」である。宣長を対象とするだけに「架橋」で新味を出すのは難しい。最初の研究史は、宣長研究の拠点形成史というスタイルであるが、インパクトはいまいちか。本論では『玉鉾百首(解)』でもって、文学史と思想史をつなごうとするが、これも狙いが透けて見えて、論は予想通りの展開である。『玉鉾百首解』の諸本調査に基づく流布状況のところでは書誌学用語の使い方に疑問が残る。とはいえ、宣長の和歌でもって架橋しようという意図は十分に伝わる。
 続く「老荘」は川平敏文氏。研究史の整理は見事という他ない。本論では、近世前期の老荘を論じる際に、五山の学問が底流にあることを無視できないとし、小西甚一の説を援用しながら、元隣の『宝蔵』を定位する。この宝蔵、『当世下手談義』にも出てくるもので、寓言論の観点からも重要な作品。だが、老荘思想ではなく禅学との関係を重視すべきとの提言は新しい。この問題は近世における陽明学受容の問題とも繋がるだろうとの見通しは、スケールが大きい。
 つづく「史学・軍学」は、井上泰至氏。日本中の軍書を渉猟している井上氏ならではの視座を提供する。狭隘な私の関心からいえば、「軍書をめぐる寓言論から」が興味深い。軍書の寓言論は、まだチェックしていなかったが、読本との繋がりを考える際には重要な問題となるだろう。
 4人の30代の方のコラムもそれぞれ力作であるが、40代に比べると少し線が細いか。

 読み物として面白いのは、田中氏の「跋」である。田中氏が結構自分を出しているし、あえて挑発的な言い方をしている。たとえば「周囲を見渡してみると、文学にしか興味のない旧世代、逆に文学作品の中身にはほとんど興味を示さない書誌学者、データの検索と論文の量産に長けている博士世代があふれている」と。もちろんこのあと、「今挙げたのは学会の良質な上澄み」とフォローするのだが。野暮を承知でいえば、研究者は、それぞれのポリシーや美意識に基づいて論文を書いている。一見文学にしか興味がないように見えて実は書誌学にも長けた「文学」主義者や、文学の中身に触れなくても、それは書かないだけで、実は熱い文学魂をもつ書誌学者だったりする。また、自分たちを「旧世代」と思っている研究者はいないし、「博士世代」も「量産に長けている」のではなく量産を「強いられている」と呻くかもしれない。それを承知の挑発だとは分かっているが、ちょっとステロタイプな書き方ではないか。「あふれている」ってことはないだろう。…はい、揚げ足取りです。

 いろいろ言ったが、この試みは、我々に勇気を与えるものである。このような本が続々と出てくれば、この研究という世界もまんざら捨てたものではないということになる。企画執筆された四人の侍に感謝する。
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2011年12月24日

江戸の文学史と思想史

 井上泰至・田中康二編『江戸の文学史と思想史』(ぺりかん社、2011年12月)は、刺激的な本である。。池澤一郎・田中康二・川平敏文・井上泰至の60年代生まれ四人組による「挑戦状」(跋文)である。思想史研究に対する文学研究側からの挑戦状であるとともに、近世文学研究の現況に対する挑戦状でもある。かつて、40代(つまり60年代ということだ)に文学史を語らせるシンポジウムをやらせたら面白いのではないかというようなことを書いたが、それに近い試みが実現したことになる。

 儒学(池澤)・国学(田中)・老荘(川平)・史学・軍学(井上)の四つの章は、それぞれ「研究領域間の架橋へ向けて」で、文学研究と思想史研究の交差を研究史的に叙述し、その問題意識を「本論」で実践的に論文化し、「他分野との関連」において、他三分野との関連性について触れ、最後にそれぞれが指名した30代の研究者が「研究の新たな地平へ」と題するエッセイを執筆する。これが本書の構成である。

 池澤氏は、儒学・漢学研究における、漢詩文リテラシーの劣化を警告する。思想史研究側と文学研究側の例を挙げて、一刀両断に斬りまくる。近年の近世思想史研究は、多くの漢文資料を用いるようになり、それはいいのだが、漢詩文をもっと利用できるはずである。時に漢詩文を引用したものがあるが、誤りが多くて信用できないものがあると斬り、返す刀で、文学研究者側の論文での漢詩文引用についても、誤った訓読・典拠指摘・解釈が見られることを指摘する。そして南畝の和文紀行文を、漢詩文リテラシーを駆使して読み解いてみせる。池澤氏の文章には「国際化」の名のもとに日本文学研究の方法が安直な道を歩み、本来近世文学・思想研究に必須であるはずの漢詩文リテラシーの目を覆うばかりの低下を招いていることへの憤りが横溢している。(続く…予定)
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2011年12月23日

江戸古典学の論

『江戸古典学の論』(汲古書院、2011年12月)が刊行された。

「江戸古典学」の語は、鈴木健一さんの造語である。その定義は、「狭義には注釈などの古典学(もしくはそれについて研究すること)だが、広義には前代までの作品表現や美意識を基盤とする重層的な文学表現(もしくはそれについて研究すること)であり、本書では多く広義の意味でのそれがなされている」(序論)。鈴木さんの、これまでの多様な問題意識を、洗練させ、交差させ、螺旋状に高めたところに、今回の本がある。したがって、この論文集に含まれる論文はいずれも、これまでの鈴木さんの(多数の)著書と関わりがある。鈴木さんの序論を読めば、鈴木さんの構想は明らかになる。

 鈴木さんは、江戸古典学を推進することが、江戸文学の意義を解明することに繋がると考え、文学史を、俳諧や狂歌を含める詩歌全体から構想する。江戸文学研究といえば、いかなる作品を研究する際も、ふまえられた典拠・世界を押さえた上で、その作品の新しさを析出するという方法を誰もがとる。鈴木さんの方法もそれと変わらない。しかし、常になんのためにそうするかと問いながら、立論していく人は、そんなに多くはなかろう。鈴木さんは、そういう問題意識を常に持ち続けている研究者である。

 注釈における技術的な特質として、「全体への志向」(集成主義・用例主義・合理主義)、「大衆性(啓蒙性)」(図像性と口語性)を挙げる。また江戸時代の文学の基本的な精神を「二重写しにするまなざしの多彩さ」であるとし、その二重写しについて「雅俗」「和漢」「教訓と滑稽」があり、方法意識としては「虚実」が重要だと時、それらの対立項を総合的に統括するのが「見立て」であるという。このように整理されると、「なるほどなあ」とうなずかれるのだが、鈴木さんはこのような整理能力に長けた人である。

 さて、このように全体的な構想、鳥瞰図的展望については、これまでの御自身の論文集をふまえながらも、かなり明確化した感があるのだが、個別の論においてはどうなのだろうか。それを確認していく必要があると思っている次第である。

 それにしても『江戸古典学の論』のネーミングがいい。「ゴーッ、決まったあ!!」という感じである。
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2011年12月22日

充実の4日間

 延広真治先生の講義を今日も1コマだけ聞いたが、情報量がものすごくて、ためになって、面白い。隅田川の花火の話や、宝づくしの話。『大江戸神仙伝』賛もあった。15コマみっちりの講義、全部聴いた人の幸せはいかばかりであろう。

 それでも先生は、「学生さんや受講してくださった方が沢山教えて下さった。刺激を受けました。ありがとう」といつものように、おっしゃっていた。時に学生に気さくに語りかけながら講義する先生に、学生も心をわしづかみにされたようで。

 講義を終えて帰ろうとする先生をお見送りしようと、10名ほどの学生が文学部の玄関で別れを惜しんでいた。

 
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延広先生集中講義

月曜日から行われていて今日が最終日。
『奇妙図彙』を注釈を施しながら講じていくという、ユニークな講義である。
現物投影機を駆使する。
用意された膨大な資料を次々に見せながら、図像を徹底的に解析する。圧倒される。
現物投影機に白紙を置いて、そこに字をかくと、スクリーンに映し出されて板書がわりになる。
おお、すごいアイデア、誰が考えたのだろうとうかがってみたら、先生ご自身であった。
1コマだけ受講する時間があったが、至福の時だった。
語りが絶妙である。
遠方からわざわざモグリにきた大学院生(複数)、留学時期をわざわざ半月はやめてやってきたドイツの留学生、時間を作って受講する本学の教員某くうざん先生、宣伝もしていないのに、いろんな人が受講している。
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2011年12月13日

初めてです

初めてです。画賛について論文を書くのは…。

初めてです。共著で論文を書くのは…。(あ、目録だったら、先般奥付より半年以上遅れて刊行された、某機構某館の報告書に6人共著で書きましたし、翻刻だったら、やはり某報告書に学生と一緒にしたことがありやす)。

初めてです。口絵に関係写真をカラーで載せてもらえるのは…(あ、自分で作った科研報告書にはそれやったことがありやす)。

というわけで、初校が本日来ました。初校の段階でここに書くのも…、初めてなんです。
何についての論文かというと、何度もこのブログで触れている中井履軒・上田秋成合賛の鶉図についてです。出来たらまた報告しやす。共著のお相手の御専門は日本美術史なのです。私は賛について、お相手は鶉の画について書いた。

前半と後半を分けて書いているのだが、それでも整合性とか統一性とかあるので、いろいろ話し合った。で、いろいろ勉強させてもらった。共著というのは勉強になりやすね。
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2011年12月12日

林鮒主(ふなぬし)

 現在、「近世上方文壇における人的交流の研究」という科研テーマを数名で進めている。秋成や宣長、蘆庵などもこの交流圏の中で捉えようとするものである。また文芸を人的交流の面から見直そうとする狙いもある。

 近年、秋成研究も、作品論よりも人的交流の中で位置付けるものが多いようだ。秋成没後200年を記念する秋成展もその契機になっていると思う。秋成研究の次代を担ってほしい若手も例外ではない。一戸渉氏・高松亮太氏などは(多分)秋成研究を目指しているのだが、そのアプローチは注釈的・文壇史的である。これも時代でしょうね。

 高松氏の「林鮒主の和学活動と交流」(『国語国文』2011年11月)は、秋成の数少ない「門人」である鮒主の事跡を追う一連の研究のひとつで、鮒主と秋成の関係がかなり具体的に明らかになった。我々の科研のテーマにも関わってくる。

 ここで出てくる橋本経亮という人物は、昔からずっと気になっていた人物。梅宮神社の神官で非蔵人である。気になって梅宮神社まで行ったこともあるのだが、結局資料を中途半端に集めただけでまとめきれなかった。最近、一戸氏によってこの人物に光があたったかと思うと、高松氏の論にも取り上げられ、だいぶ名も知られてきたのではないだろうか。私としては、少し肩の荷が下りた思いである。
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2011年12月10日

和刻法帖

青裳堂書店の『日本書誌学大系』が100点目を刊行した。冊数としては『三村竹清集』など、枝番がたくさんつくから、150冊くらいになるか。

このシリーズは、古書店の青裳堂の御主人が、損得勘定抜きで出している書誌学関係の良書群である。近世文学研究者が絶対に必要とする工具書や名著がズラリと並ぶ。

『近世書林版元総覧』『大惣蔵書目録と研究』『浮世草子考証年表』『蔵書印提要』『黄表紙総覧』『日本近世小説と中国小説』『上方学藝史叢攷』『俳書の話』『吉原細見年表』『蔦重出版書目』『京坂文藝史料』…など、挙げていけばきりがない。

そして中野三敏先生の『和刻法帖』目録篇・図版篇が、100番目の出版になる。中野先生はこのシリーズに関わりが深く、近代蔵書印譜や活字版目録などを出している。今回は、和刻法帖の目録である。

かつて『文献探究』という雑誌に中野先生の蔵書目録をジャンル別に連載していた。法帖は、三回くらいに亘っての連載だった。法帖とは、書の手本を拓本にとったり印刷したりして、折帖に仕立てたものである。なぜ先生は法帖を収集したのか。連載の初めの「凡例」に「まさしく蒐集癖のしからしむるところ、玩物喪志の最たるものである。僅かに理由らしきを並べれば、一に木板本の美しさを最大限に示し得ていること、二に甚だしく廉価であったこと(これが最大の理由か。ともかく大半は三百円から五百円の間であった)、三に文人儒者の序跋類を多く備えること等々」と書かれている(『文献探究』第五号)。

伝記研究者としての先生としては、本当は三が最大の理由だったのだろう。当時『文献探究』は、手書き雑誌だった。先生からいただいた原稿を能筆でもない私(当時院生)が清書したのが、第7号だった(タイトルは辛島正雄さんの字のようだ。辛島さんはものすごく字の綺麗な人で、文献探究では大活躍された)。文字通り昔の雑誌は手造りだった。それはともかく、清書しながら思ったのは、本当に法帖には序跋が多い。序跋の方が本文より分量が多いという本はざらである。何人もの序跋が付いている。おお、こんな著名人の序跋がいくつも…などと、感心しながら清書したものだった。奥付をみると昭和55年。おお、もう30年以上前の話である。

それから当然蔵書は増えて、今回の目録では千点に及ばんとする。ひとつのジャンルを千点集めるというのは、これはまあ、大変な事である。まあ先生の蒐書は、千点近くあつめたジャンルが、いったいいくつあるのだろう…。

そんなこんなで、個人的にもとても感慨深い御本の出版である。『和本のすすめ』を書くには、これだけの蓄積が必要なんだなとあらためて思わせられる御本でもある。
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2011年12月05日

天皇の学問は漢学

江戸時代の天皇が第一に学ぶべきものは、何だったのか。

―それは和歌です。

そう答える人が多いのではないか?
松澤克行氏によれば、そうではなく、漢学なのだという。

政治的には無力な存在とするために、江戸幕府は天皇を文化的営為の中に閉じこめようとしたというイメージがあるが、実際は、天皇は政治的存在であることを認められ、立派な治者になるための教養が求められたのだという。つまり和歌ではなく漢学なのだ。禁中並に公家諸法度を素直に読めばそうなのだという。

松澤氏の論は、講談社が刊行する『天皇の歴史』10第四部「天皇の芸能」の最初に見られる。標題は、その最初の小見出しである。

ちなみに第1部は渡辺泰明「天皇と和歌」、第2部は阿部泰郎「芸能王の系譜」、第3部は鈴木健一「近世の天皇と和歌」である。

このシリーズはこれで完結。
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2011年12月04日

和歌革新と言葉の力(講演会)

ユディット・アロカイ教授は、ハイデルベルク大学日本学研究所所長で、現在大阪大学に招聘教授として滞在しておられます。先生の専門は、中世・近世歌論・歌学史、自伝文学、女流文学など。
11月に来阪され、1月下旬ごろまでいらっしゃる予定。大阪大学文学研究科は、先生の講演会を開催いたしますが、そのアナウンスです。

○日時 2011年12月8日(木) 14時40分〜16時10分
○場所 待兼山会館2階会議室
○発表言語 日本語
予約不要・入場無料

○講演題目
和歌革新と言葉の力―香川景樹を中心に

○概要
18世紀と19世紀前半の歌論書・歌学書の中には、中古から伝わってきた和歌特有の言葉への信頼が失われ、和歌表現を根元から考え直す重要な見解がさまざまな形で記されている。真実の心情をどう表現すべきかという点で、種々の意見が出されていたが、二つの大きな傾向としては、古からの歌表現(万葉集、古今集、新古今集)に心を寄せる方に対して、現在一般的に使われている俗語(「ただのことば」)の力を強調する歌人が現れた。両方とも詞の神秘的な力を生かそうと試みていたが、特に後者の言説は和歌革新論争に大きな刺激を与えて、明治時代の近代詩歌論の先駆にもなった。歌詞のこの大きな流れは日本独特のパターンではなく、日本の和歌革新論争で現れる心情・誠・真実・共感・歌の音響や調べの問題はほかの国(フランスやドイツ)における詩歌論争にも共通点を見出せることを指摘したい。

この講演の担当は私なので、お問い合わせは、こちらのコメント欄へどうぞ。

ちょうど、大学院の演習で、近世後期の歌学論争である『筆のさが』論争を読んでいるところで、アロカイ先生には、早速ご出席いただき、貴重なアドバイスをしていただいている。非常に鋭利な問題意識をお持ちであり、視野も広い方である。

 講演には、私自身とても期待している。開かれているので、是非ご聴講にきていただきたい。なお待兼山会館はちょっとわかりにくいところにあるので、初めての方は、守衛さんか、文学部の受付あたりで聞かれるとよろしいでしょう。
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2011年12月03日

宣長の源氏学

 杉田昌彦さんが、『宣長の源氏学』(新典社、2011年11月)という本を出した。

 この本のタイトルを見て、すぐに連想したのは、小林秀雄が『本居宣長』の冒頭で、折口信夫と会い、別れ際に「本居さんはね、やはり源氏ですよ」と言われたというエピソードだった。杉田さんは、もしかすると、『本居宣長』を読んで、宣長の源氏学を志したのではないか。ちらとそういう考えが過ぎった。

 すると、案の定、「はじめに」でこれが引用されている。高校生の時だったという。はやいですねえ。宣長の源氏物語研究だけで一冊の本になったものは、これまでに多分ないだろう。つまり折口信夫の言を、真摯に受け止め、はじめて一冊の研究書にまとめたのがこの本である。20年がかりの格闘の跡でもある。
 
 内容はきわめて重厚である。ご本人も言っているように、文献学的研究と文学論的研究の両面から宣長の源氏学に迫っており、研究として重みがある。宣長がその両面を持っているように、杉田さんの論もその両面を持っているのである。

正直言って、これまでの宣長学は、どちらかに傾きすぎているものが多かった。杉田さんは、情熱的な人だがバランス感覚に優れているのだ。杉田さんと親しい人は、「おまえが何を知っている?」と言うかもしれない。実はかなり知っているのですよ。

 さて、私はやはり前半第一部の「評論的源氏研究とその周辺」にワクワクする。「物のあはれ」説を、さまざまな観点から検討する。そして田中道雄先生の「思いやる心」研究とリンクする(『蕉風復興運動と蕪村』)。これが私にはかなり嬉しかった。それと「女童心」の説と秋成の「めめし」論とは繋がりますねえ。秋成は宣長に相当期待していたし、かなり影響も受けただけに、(秋成からみれば)その変節に愕然とし、あれだけ攻撃的になったのだと、私は思っている。だが、その文学観の根幹部分においては非常に近い。そのことをこの本は私に再び認識させてくれそうである。まだきちんとは読んでいないので、コメントはあまりできないが、とにかくすばらしい本だと思いますね。

  それにしても、杉田さんとよく会っていたころ、『本居宣長』の話はしなかったなあ。杉田さんには、「秋成の源氏学」をどう思うか聞いてみたい。秋成は『手枕』も読んでいるし、『源氏物語』観でも近い。『ぬば玉の巻』の源氏論なんてどうですか?
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2011年12月02日

丸谷才一と中野三敏

「恩師を持ちあげた記事が多いが、それはそれでいい」とは、某先生の拙ブログ評ですが、また恩師のことです。

 岩波の『図書』の最新号。丸谷才一が、その連載エッセイで、全面的に中野三敏先生の文章について触れている。前半は、褒めまくるが、後半、森銑三の艶本観に理解を示した文章について、疑義を表明している。丸谷らしい批評である(詳しくは読んでみて下さい)。

 これはこれで、私でも反論できると思うけれど、まあ、それはそれとして、あの『文章読本』(評価は分かれるでしょうか、出版当時「ちょっと気取って書け」というコピーが流行りましたね)の著者の、文章絶賛というのは、やはり教え子としては嬉しいものなのである。

 中野先生の文章は、一種の「癖」があって、そこをどう感じるかは人によって違うかもしれない。しかし、「癖」がある割に読みやすいことは確かである。やはり文章家だなあと、私などはつくづく思うことである。そして「ちょっと気取って」書いた文章であることは、確かよな。
 
 半生の自叙伝である『本道楽』にも書いておられるが、元々作家を志していた先生は、文章への思いが強い。研究者に対しても、文章が書けるということを、評価のポイントとして重視されるのである。 
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2011年12月01日

祇園南海とその時代

標記は和歌山市立博物館での展示。私は見たかったが果たせなかった。残念ながら、すでに終了している。見に行った学生から、図録を買ってきて貰った。大変立派な図録だが、破格の値段であるそうな。

祇園南海の新しい資料なども収められていて、極めて充実している。南海に興味のある人は必読必見である。
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