2012年01月31日

岩佐又兵衛風絵巻群と古浄瑠璃

1月が終わった。

 まもなく、卒論・修論の口頭試問が始まるが、主査・副査、無関係含めて24本、一応目を通した。今年の特徴は、名作・大物に挑戦したものが多いこと、そして力作長編が多いこと。特に卒論にその傾向がみられる。いっときは、こんな作品知らないなあ、というような現代文学作品もあったが、今年はまったくそのようなものはない。古くは落窪・源氏から、新しくは三島・安部あたりで、ほかにも漱石・藤村・芥川・堀辰雄と、古典的ライインナップ。読むほうはなかなか楽しい。それが終わると博士論文の審査が待っている。こちらは、これからである。

 さて本題。深谷大氏の『岩佐又兵衛風絵巻群と古浄瑠璃』(ぺりかん社、2011年12月)が刊行されているが、これも博士論文が元になっているようである。

 といっても、私に論じる資格などないのだが、草創期浄瑠璃研究として、大きな成果だと思われる。カラー口絵が8頁もある。表紙も絵巻を用いて、なかなか絢爛である。

 文学と美術がクロスオーバーした研究である。そして諸本・本文をきちんと押さえるという
態度が全編に貫かれている。第2部第1章の『浄瑠璃物語』、とくにMOA美術館所蔵の『上瑠璃』についての書誌研究が圧巻である。まだ読んでないのですが、めくっただけでも圧巻なのだ。
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2012年01月30日

蒿蹊、達意の歌

本日、某辞典の15項目ほどを書き上げて送る。催促が来て、1月中にはなんとか、と言っていたもの。それであらためて思ったのだが、伴蒿蹊という人は、和文の名手と謳われるが、和歌も平安四天王の一人だけあって上手い。しかし蒿蹊の和歌そのものの研究は現状では全くといっていいほどない(もっとも近世全体を通してそうだともいえるが)

それは多分、蒿蹊の歌がわかりやすいために、研究する気にならないからだろうと、ふと思った。文章もそうだが、和歌も達意なのだ。

もっとも達意だからといって、技術がないとは思わない。ここまで達意に作れるのは、相当のテクニックだと思う。蘆庵のただこと歌とも違う、自然な感じである。妙法院宮に寵愛されたのもまた宜なるかな。もちろん文章も達意。もっともっと評価されていいですよね。

(ここから、わかる人は数名?)
つうことで157番を手に入れた○○○ ○○○さん、今度見せてね。
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2012年01月29日

シンサイバシ

 もう、なんといっていいかわからないけれど、プリティで、遊びの精神に満ちた、素敵な季刊誌である。

「新菜箸本撰」。料理雑誌ではない。「心斎橋」研究の本なのである。計画倒れにおわった「心斎橋研究」の同人が、発行人に名を連ねている。第9号が、2011年12月に刊行。「心斎橋」あれやこれや号である。この雑誌の面白さは、とにかく百聞は一見に如かずである。見ればわかる。ほんとに凝ってます。タイトルからしてそうですけど。ただ、どこにいったら見れるのかなあ。一応定価は300円。私が最初に見たのは、芦屋の美術館の受付で売っていたのを見た。そして嬉しくなって買った。あと確実なのは心斎橋の中尾書店でしょうね。

 毎号読んでいるわけではなく、今回はたまたま、いただいたのであるが、中身はもう最高である。肥田晧三先生の「心斎橋の北と南―古本屋の巻」。先生と思い出とともに、戦前の心斎橋の古本屋のことを。先生にしか書けない文章だ。そして、同人(中心人物)の橋爪節也さんの、「平成十七年秋、同人誌計画倒れとなる」という、堂々9頁のトッテオキ秘話である。南木芳太郎氏が私財を投じた『上方』をリスペクトする同人五人が、一人数十万円の持ち出しを覚悟して、『心斎橋研究』という雑誌を出そうとした。かなり具体的に構想が進んでいたようである。

 同人誌創刊の話になると、他人事ではない。もちろん、志の低い吾人はン十万円の持ち出しとなるとビビってしまうので、他人ごとではないというのは僭越至極であるが、とにかくこの手の話、大好き。それが、結局この「新菜箸本撰」となるわけであるが、この雑誌もまたすごいのである。

 実は、1、2年前にちょっと原稿のお誘いを受けたことがあったのだが、締切が特にないことをいいことに、グズグズしているうちに、書きそびれてしまったのである。だが、これだけ心斎橋を愛している人々の中に私が入るのは、やっぱり場違いだったって、今やっとわかる鈍感さ。ま、あれでヨカッタんだよと言い聞かせておりまする。

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2012年01月28日

板木展と板木・和本をめぐる研究集会

 立命館大学アートリサーチセンターの催しは、なかなか情報が入らなくて、よく逃してしまう。今回も危うく逃すところだったけれど、幸い、金曜日、東京から来阪されたSさんから、情報をキャッチしました。
 まず、展示。「現代に伝わる板木」展
 以前に行われた板木展は見逃したので、今度はなんとか、と思います。
期間は、2012年1月23日(月)〜2月10日(金)
※土・日・祝日は休館、ただし2月4日(土)、5日(日)は開室予定ということ。

そして、関連行事として、
「板本・板木をめぐる研究集会」というのがある。これは豪華メンバーを集めている。
場所は、アート・リサーチセンター 多目的ルームで申込不要・参加費無料ということ。

プログラム
2月4日(土)
「板木は語る、板木を語る」
14:00〜14:05 開会挨拶 赤間亮(本拠点リーダー)
14:05〜15:20 「板木は語る―その行方―」
講師:永井一彰氏(奈良大学文学部教授)
15:20〜15:30 休憩
15:30〜17:30 「板木を語る―板木にまつわる記憶―」
講師:西村七兵衛氏(株式会社法蔵館)
講師:山城屋佐兵衛氏(藤井文政堂)

2月5日(日)
「和本エンタテインメント ―和本の魅力を再検討する―」
10:00 司会 赤間 亮
10:05〜11:00 (講演)
「和本リテラシー」
中野三敏
11:10〜12:00 (講演)
「板木から見る和本研究の重要性」
橋口侯之介
12:00〜12:30 「板木を意識して板本を観る―付・板木デジタルアーカイブの紹介」
金子貴昭
12:30〜13:30 昼食
13:30〜14:10 ギャラリートーク
14:20〜14:50 [パネル]
「絵入本の魅力−板本の特性−」
高木元
14:50〜15:20 [パネル]
「井上治兵衛の仕事」
鈴木俊幸
15:30〜16:00 [パネル]
「版本の題名・巻数と名数」
広瀬千紗子
16:00〜16:30 [パネル]
「和本デジタルアーカイブと国際和本リテラシー」
赤間 亮
16:40〜17:30 ディスカッション
17:40 (終了予定)

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2012年01月27日

「神医と秋成」展 その2

柿衞文庫のサイトに、「神医と秋成」展の案内が出ていますので、貼り付けておきます。

「神医と秋成ー谷川家資料にみる」 3月3日(土)〜3月25日(日)

両眼を失明した上田秋成の眼を治療し、晩年の創作活動を可能にした「神医」谷川三兄弟。眼の治療費に代わるものとして秋成が贈呈した歌文が、現在も谷川家に多数伝存しています。谷川家のご協力により、秋成が心を込めて贈った作品の数々をご紹介します。

 代表作『雨月物語』をはじめとする小説のほか、和歌、和文、俳諧、国学、随筆、煎茶など多彩な分野において才能を発揮した上田秋成(1734〜1809)。秋成は五十七歳で左眼を、六十五歳の時に右眼を失明します。物書きを生業とする者にとって、両眼の光を失うということは、まさに作家としての命を絶たれることに等しかったに違いありません。その左眼を治療し、晩年の創作を可能にしたのが、播磨の眼科医、谷川良順(りょうじゅん)、良益(りょうえき)、良正(りょうしょう)の三兄弟でした。秋成が三兄弟のことを「神医(しんい)」と呼んだ、その言葉には秋成の並々ならぬ感謝と敬意が示されています。そうした思いを込めて、秋成が谷川家に贈った品々が現在も、谷川家に残されています。秋成の資料がこうした形でまとまって伝わっていることは他に例がありません。今回の展覧会では、谷川家のご協力により、これらの貴重な資料をご紹介します。

 またあわせて、秋成の文学活動の出発点となった俳諧作品を、柿衞文庫所蔵の資料を中心にご紹介し、秋成の創作活動の原点を探ります。

 青年時代から晩年に至るまで、衰えることを知らなかった秋成の創作活動が生み出した作品の数々からかいま見える、自在な秋成の姿をぜひお楽しみください。
会期

平成24年3月3日(土)〜3月25日(日)
月曜休館
開 館 時 間  午前10時〜午後6時(ただし入館は5時30分まで)

主な出品作品

・秋成筆春雨梅花歌文巻(谷川家蔵)
・秋成筆谷川良順・良益・良照あて書簡(谷川家蔵)
・谷川家系図(谷川家蔵)
・秋成筆「春の雲」句一行物(柿衞文庫蔵)
・秋成編『むかし口』・秋成著『也哉鈔』(東京大学総合図書館蔵)
・秋成が和歌を書いて谷川家に贈った小忌衣(おみごろも)(谷川家蔵)
・谷川眼科診療記(谷川家蔵)  
                     など約70点

入館料

一般500(400)円
大高生250(200)円
中小生100(80)円

※()内は20名以上の団体割引料金
記念講演会

「神医への報謝ー谷川家蔵秋成遺墨の世界ー」

大阪大学教授 飯倉洋一氏
3月4日(日) 午後1時30分〜3時

聴講は無料です。
事前に柿衞文庫にお申込ください(電話可)


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2012年01月26日

羽倉の風が吹いていた

 国学史上の重要人物荷田春満は、近年新編全集が完結し、再評価の機運が高まっているようであるが、その後の荷田学は、ほとんど取り上げられない。宣長視点の田中国学史でも春満は取り上げられているが、そこまで。もちろんそれでいいのだが、春滿の養子の在満、その子の御風(のりかぜ)、蒼生子(たみこ)らの学問もまた江戸の地では受け入れられていた。蒼生子はそれを「羽倉風」と呼んだ。春満にはじまる歌学の総称を「羽倉風」と呼んで、その実際を明らかにしてくれたのが、一戸渉「羽倉風のゆくえ」(『朱』55号、2011年12月)だ。「羽倉風」という言葉を拾って、タームにしようというのはなかなかセンスがいいのではないか。
この『朱』という雑誌は、伏見稲荷大社が出しているが、なかなかいい論文がよく載っているので、見逃せない雑誌だ(といいつつ、いつも見逃している)。
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2012年01月25日

国学者田中康二

近世文学者の研究者の中には、非常な筆力でもって、何冊も本を書ける人が何人かおられるが、中堅では田中康二さんもその一人に数えられる。

田中さんの新著『国学史再考―のぞきからくり本居宣長』(新典社選書47、2012年1月)は、田中さん独自の視点による国学三百年史である。

独自の視点とは、第1に、本居宣長を視座とした国学史ということ。国学史の頂点にこの人物がいることは誰しも認めるところだが、宣長が享受した国学、宣長を継承した国学、宣長学の展開という風に国学史を構想するのは、新しい。

第2に、2001年、つまりは現代にいたるまで国学が続いているという認識で書かれているということ。

 田中さんによれば、国学には2面があって、それは歌学と古道学、つまりは文学研究と思想研究である。それが一体化したのが国学であるが、現在はそれが二分化し、平行線をたどっている。『江戸の文学史と思想史』でも唱えられた両者の融合を実践する試みを田中さんは続けているが、今回の本は、その立場が十分に発揮された本である。ということは、つまり田中さんは、21世紀の国学者を自ら任じているということになるだろう。

 15章構成だが、それぞれ国学史上の重要なトピックが挿絵とともに紹介される。これまでの田中さんの積み重ねてきた研究がバックグラウンドにあるので、余裕を感じさせる、わかりやすい文章である。 
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2012年01月24日

調べられていません

ここ数年のことだと思うが、演習などで、学生に、
「ここのところは、調べましたか」ときくと、
「調べられていません」と答えられる。
最近は、ほとんどの学生がこの言い方になってきたので、慣れてきたが、最初は違和感があった。
これは、調べたいけれど、状況が許さなくて、調べることが現在できていませんという意味なのか。どうも実際はそうではなく、「調べていません」の婉曲?な言い方のようなのである。
 どうも、この言い方があまり好きではないのだが、皆様いかがでしょう。

 会社なんかでもこういう言い方があるのだろうか。
 「君、この件だけど、調査してくれたかね」
 「すみません、まだ、調べられていません」てな調子で?
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2012年01月23日

「神医と秋成」展 その1

3月3日(土)から、伊丹市の柿衞文庫で「神医と秋成」展が開催されます。

失明した秋成の眼を治療した眼科医のもとに、秋成から謝礼として多くの作品が贈られました。2010年の京都国立博物館でその一部が公開されました。今回の展示は、その大部分を展示するもので、初公開作品を多数含みます。200年もの間、ご子孫によって守り続けられた、貴重な秋成遺墨の数々、そして柿衞ならではの俳諧関係資料、その上、特別ゲスト出品が、いくつかありまして、こちらも京都国立博物館で展示されなかった、初公開のものを含め、ナカナカのものが出ます。

この展示には私がかなり関わっていますので、このブログで随時紹介してゆきます。リンクも張りました(今は芭蕉の展示ですが、こちらもよろしく)。
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2012年01月22日

京都で北斎展

京都文化博物館では、2月1日から、ホノルル美術館所蔵北斎展が開催される。
会期は2012年2月1日(水)から3月25日(日)までで、前期が2月26日(日)まで、後期が2月28日(火)から。月曜日休館。前期・後期で作品は全て入れ替わるということである。京都に行くついでがあったら寄ることにしよう。
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2012年01月21日

書物・出版と社会変容

時間があれば、のぞいてみたいと思っていたのですが。
書物研が大阪で行われるようです。

「書物・出版と社会変容」研究会
日時: 2012年1月28日(土)13時〜
報告
鍛治宏介氏(京都大学):「近江八景詩歌の伝播と受容」
松本望氏(関西大学大学院博士課程):「大坂代官竹垣直道の読書」
山中浩之氏(大阪府立大学名誉教授):「幕末期一地方商人の書物と書画をめぐる交流 ―泉南湊浦里井浮丘を中心に―」
会場:PLP会館http://plp-kaikan.net/
(大阪府大阪市北区天神橋3丁目9−27 06-6351-5860)

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2012年01月20日

忍頂寺務共同研究が集大成へ

 国文学研究資料館の公募研究「近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺」(研究代表者・飯倉)の報告書作成が最終段階に入っている。国文研のAさんの献身的な編集作業の賜物で、いい報告書になりそうだ。このプロジェクトは私が研究代表者だが、メンバーの熱意がすごくで、私はもう見ているだけという感じ。

 未刊に終わった忍頂寺務の著書2冊の翻刻や、1000通を超す忍頂寺務宛書簡の紹介(これが錚々たるメンバー)、務の評伝、詳細な年譜、肥田晧三先生の講演に、プロジェクト総決算のシンポジウム記録などが満載である。

 A4で680頁にCD付という大部のものになる予定。ご関心のある向きはあらかじめご一報を。
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2012年01月19日

混沌会

混沌会は最近、新しい会員が増えてちょっと活発になってきたようだ。『混沌』35号(2011年12月)のラインナップをみると、7本の長短の論考が掲載される。水田先生健在、中尾和昇氏が中村幸彦旧蔵の『万葉集歌貝合せ』を考察、阪大留学生の康盛国氏が雨森芳洲詩集の諸本調査報告と、バラエティに富む。その中で福島理子氏の論考は、朝鮮の朱子学者が伊藤仁斎を評したことについて述べたもので、先の日本近世文学会ソウル大会のシンポジウムで唱えられた高橋博巳氏の東アジア文芸共和国の構想とも関わる。ともあれ混沌が元気なのは結構なことである。
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2012年01月18日

教訓和讃から新体詩へ

いろんなことでお尻に火がついてきた。こういう時に限って面白い論文に目が行ってしまう。これからしばらく、文章短くなると思います。

青山英正氏の「近世韻文としての新体詩―『新体詩抄』と『新体詩歌』をめぐって―(「日本文学」2011年10月号)は、新体詩の形式・内容を、近世の教訓和讃や詠史歌の系譜に位置づける瞠目の論考。新体詩は長歌との関係ばかりではないということを見事に実証しているといえよう。目配りが効いていて説得力がある。青山氏の思想史へのまなざしがこの論文の奥行きをもたらした。
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2012年01月17日

大著・西鶴と仮名草子

富士昭雄氏の『西鶴と仮名草子』(笠間書院)が刊行された。32編の論考が1本にまとめられる。文字通りの大著である。1931年生まれの富士氏は斯界の巨人の一人であるが、論文集としてまとめられたものがないため、初出の雑誌で探すことが多かった。そうやって探してコピーした論文がこの本に納められた全論文の半分くらいにはなるのではないか。最近では「『宿直草』『御伽物語』の諸本」などを拝読した。

名古屋大学出身のS氏によると、集中講義で西鶴を講じた際には、数行しか進まず、逆に感銘を受けたという。学会では、きちんと下調べをされた上で質問に立たれるようで、厳しい質問になるときもある。かつて関西の大学の大会だったと思うが、中嶋隆さんのテクスト論風の発表に対して、意見を述べられ、中嶋さんも負けじと反論された(たぶん中嶋さん30代なかばのころか?)のが記憶にのこっている。

現在も、学会にいつも出席され(ソウルにも、来ていただいた。履歴によるとソウル生まれでいらっしゃる)、若手を指導していただけるのはありがたいことである。あとがきは非常に淡々としたものであるが、むしろ年輪を感じさせる。出版を慫慂されたという佐伯さんにも感謝したい。後進にとってありがたい刊行である。
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2012年01月16日

中村綾さん

中村綾さんの『日本近世白話小説受容の研究』(汲古書院、2011年12月)が刊行された。

文字通り日本近世における白話小説の受容の様相を、依拠本文レベルの精緻さで実証的に考察した論文を集めている。日本近世文学、とりわけ読本や通俗物、訓訳本などの知識はもとより、中国の版本の知識や、白話の知識が必要とされる研究であり、なかなか常人のなすところではない。

中村さんは、少女時代中国で暮したこともあり、また中国留学のご経験もあり、ご本人の熱意と努力もあって、中国語がかなりできる。良き師にも恵まれて、テーマのはっきりした研究課題を着実にこなされて、ひとつの本にまとめられたのは慶賀すべきことである。あまりにも真摯すぎて、文章がちょっとかたいのは、致し方ないところだろう。ともあれ、たとえば水滸伝の受容を研究する際に、本文レベルで考えようとするならば、この本は必読となる。

 中村さんは現在愛知県に勤務されているが、だいぶ前から、私たちとともに大阪大学の読本の研究会でともに学んでいる仲間で、つきあいは長い。現在私たちの研究会では京伝の『忠臣水滸伝』を読んでいるが、京伝の白話使用や、水滸伝の受容のことなど、中村さんの独擅場という場面が往々にしてあり、大変助かっている。中村さんのように、中国語ができる人は、今後学術国際交流の点でも、大いに活躍が期待できると思う。さらなる研鑽に期待したいところである。
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2012年01月15日

擬古主義の流行

宮崎修多「江戸中期における擬古主義の流行に関する臆見」(『一八世紀日本の文化状況と国際環境』所収、2011年8月)は、意欲的に擬古主義の流行の所以を探る論考。少し前の論考であるが、このたび拝読。
 
 聖人に近づくために、それと同時代の言語を習得し、古人に同化するために擬古するというのが、擬古主義の一般的なイメージ。そうではなく、古語を自在に使いこなし、自分を表現するために擬古する。服部南郭にそれが見られるという。一方、梁田蛻厳は詩では擬古を貫き、俳諧などの他ジャンルで俗表現を楽しんだ。それは南畝と同じだという。しかしどちらにも、洒落風俳諧の比喩表現が絡む。南郭は詩の擬古的表現のヒントをそこに得たのではないかといい、蛻厳は俳諧に身をひたして雅の作詩とのバランスをとった。

 なかなか大胆な見取り図だが、これは詩論や俳論から文学史を構築するすオーソドックスな方法に対して、作者の表現意識によりそって、文学現象を解析しようとする新しい方法の提示でもあるのだ。これは作者の復権という文学研究の近年の流れに掉さすものかもしれない。

 私もこれに共感するところ大である。自分にはなかなかできないことではあるが。
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滞仏印象記

 フランスに5泊7日の旅。帰国後もう数日たったのだが、余韻は残る。ある田舎町の美術館に奇跡的に所蔵される、ある有名な日本の本が、きわめて稀有な書誌的特徴を持っていることがわかった。また、パリでは日本文学・日本文化研究者と様々な情報交換ができた。そのことについては、この場には記さないが、私にとって学術的に意義深い海外出張だった。
 
 それにしても、フランス。いま国債格付けが落ちて、その威信が揺らいでいるけれども、その文化力は揺るぎがない。圧倒された。なにせ、町が、歴史と芸術そのものである。ヨーロッパ全体に言えることかもしれないが、中世の街を歩いているみたいだ。どんな小さなカフェも、自然におしゃれだし、人々のファッションもあたりまえにセンスがいい。そして、同行のフランス文学研究者の先生方のおかげで、普通ではありえないことを、いろいろと体験することができた。それもここに記したいところだが、……具体的に書くのはやめておこう。

 やや抽象的に書けば、有名美術館の舞台裏、そしてフランスの知識人の生活・交際に触れることができた。これが一番うれしかった。
 また、パリでは地下鉄が発展しているものの、乗るときも降りるときも自分でドアを開けなければならないし、ほとんどが階段だ。このことの象徴的なように自立していないとなかなか生きては行けない。縦列駐車にも驚いた。どういう技術で駐車しているのか、前後ともに20センチくらいの間隔で止めている。バンパーに当たるくらいはOKなのだろう。

 世界的に有名な美術館は、百室以上の(1室の大きさも並ではない)展示場があるが、世界の名画がガラスケースにはいっているわけでもなく、監視員はどこにいるのというくらいに目立たず、撮影もフラッシュをたかなければ自由だ。「これらの作品はフランスの財産ではなく世界の財産だから」と主任学芸員の方にうかがった。

 歴史と芸術とが、特別のことではなく、生活の中に普通にある(そのように私は感じたのだが)ことに驚いた。セーヌ川沿いに並ぶ古本屋、地下鉄の車両からホームに突き出されるスリ(?)の美少女、どんよりとした曇り空に似合う歴史的建築物群、電車の中から外を見ていると建物と建物の間に突如現れるエッフェル塔。パリ初体験で、いくつかの場面が鮮烈に残った。
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2012年01月02日

フランス表象文化史

『フランス表象文化史』(大阪大学出版会、2010年9月)。フランス文学研究者の和田章男さんが2010年9月に大阪大学出版会の一般啓蒙書シリーズ、阪大リーブル(選書)の1冊として書き下ろしたもの。文学・美術・建築などのフランスの表象文化について、とくにモニュメントを中心に、歴史的な流れに沿って概説したものである。

 私にとっては、まことにありがたいフランス文化入門書である。いまごろこれを取り上げるのはなぜかというと、実はこの本、ぼちぼちと断続的に読み進めていたのだが、元旦に読了したのである。2012年最初の読了書だ。とても手際よくまとめられている。とくに、美術・建築だけではなく文学も批評を含めて表象文化史に違和感なく取り入れているところが見事である。

 ちなみに和田さんは、プルーストの草稿の生成研究の第一人者で、かつて私が主宰していた「テクストの生成と変容」というプロジェクトにも積極的に参加していただいた恩人の一人である。

 実は、2日後にフランスに渡り、ほんの数日ではあるが「表象文化」を見てくることになっている。あまりにも己がフランスのことに無知なのがこわい。フランス語? ノン。もちろんできません。同行する先生方に依存します。
 
在仏の日本関係の資料を見ることが私にとっては主目的なのだが、それを収めている諸施設は、フランスの表象文化そのものだし、もちろんそれだけでなく、フランスの生んだ偉大な「表象文化」も時間の許す限りは見たいと思っている。和田さんによれば、フランスの美のモニュメントは必ず歴史へのまなざしを持つという。とても楽しみである。それを見るための格好の案内書となってくれるに違いないのが本書なのである。もちろん携行いたしまする。
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2012年01月01日

書籍文化史13

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

毎年恒例のお年玉になっている『書籍文化史』13(2012年1月)。
鈴木俊幸さんがみずからの科研でずっと出し続けている異色の雑誌である。

年々分厚くなっていくように思うが、最近はとりわけ、古活字探偵さんの古活字版悉皆調査目録稿の連載がかなりの紙幅を占めているようだ。

次号で科研がいったん終わるらしい。そのあとのことはわからないと編集後記に書かれているが、そう書きながら、また続くというのがこれまでだった。科研次第というスリリングな綱渡りで、たったひとりで運営しているのがすごい。ただ、ご本人は飄々と淡々とやっておられるようで、そこがまたいいんだろう。

 内容についてコメントの準備なくてすみなせんが、ともあれお年玉ありがとうと言っておきましょう。
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