2012年02月28日

秋成と好古

一戸渉『上田秋成の時代 上方和学研究』(ぺりかん社、2012年1月)は、一戸さんの博士論文を基にしてなっている。後語にしめされているように、私は学外審査委員として、2回にわたる審査に参加した。総研大は博士論文審査が厳密で、予備審査と本審査(公開)があり、その両方に呼ばれる。だからこの本は既読であった。

しかし、博士論文の「上方和学研究」が副題となり、「上田秋成の時代」が書名となった。それだとちょっと物足りないかなと思ったが、中身を見て納得。第二部第四章の「秋成と好古」が新たに付加されたことによって、書名にふさわしいものになりえている。

ここでは、そのあらたに書き下ろされた章について述べる。

まず、新たな発見として、東丸神社所蔵の宣長『真暦考』の天明四年秋成写本がある。これはきわめて重要な発見である。秋成がこのころ宣長の著書を結構読んでいたことはわかっているが、実際の筆写本の出現ははじめて。このころの秋成筆跡をうかがうのにも好資料。しかもこの写本の書入れなどを検討すると、宣長批判の言はみられないという。この時点ではまだ敵対意識は芽生えていないのである。

また同年成立の秋成『漢委奴国王金印考』が、全面的に宣長の『馭戎慨言』に依拠していたことを明らかにしている。

次に注目すべきなのが、秋成の「文献的ニヒリズム」の成立についての考証である。「文献的ニヒリズム」とは、日野龍夫先生の用語で、一戸さんの整理によれば「古文献改変説」「古文献焼亡説」の二要素から成る。焼亡説の方が、秋成自身の罹災と天明の大火(秋成はこれに遭遇している)の影響だろうというのは、誰でも考え付く話だが、一戸さんはその言説を丁寧に時系列にそって分析し、まず天明大火影響説を固めたうえで、焼亡説が初発においては古今集仮名序、ひいては貫之に関わるものとして主張されていたという事実に注目する。なるほど、それはそうかもしれない。しかし、もう一歩突っ込まないと、その意味が明確にはならないと思う。一戸さん自身も「ある程度連動していたごとくである」と慎重だが、あえて「だから何?」と突っ込んでおきたい。

 さて、秋成の好古は、時代の潮流と関わりがある。私自身も天明大火・内裏再建と復古ブームのかかわりについては、「本居宣長と妙法院宮」などで見通しだけ述べているところであるが、一戸さんの論は、精度が相当高い。そして藤貞幹と橋本経亮との交渉に触れて、具体的なイメージとして描くのに一定成功している。

 圧巻なのは、秋成の茶書『清風瑣言』の大和法隆寺蔵風爐の図と、『法隆寺宝物図』の同絵が同一であることを示して、『清風瑣言』の茶器図は、『法隆寺宝物図』の画者田中訥言が書いたのではないかと推定しているところである。一戸さん自身が好古の文人となったかと思わせる。

 というわけで、なかなか中身の濃い論文となっている。ただどこか既視感のある文体だなあと思ったのだが、これは鈴木淳さんですね。考えてみれば先生なのだから当然だが、『江戸和学論考』の一編を読んでいるみたいなのだ。ともあれ、本格的な論著の生まれたことを喜びたいと思う。
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2012年02月27日

小説家神髄

『ロバート キャンベルの小説家神髄』(NHK出版、2012年2月)が刊行された。道尾秀介・江國香織・朝吹真理子・和田竜・朝井リョウ・桐野夏生という6人の現代作家との対談を収めたもの。

私はキャンベルさんが江戸文学研究者としても図抜けた知識の持ち主の一人であることを知っているが、現代文学もこれだけ読んでいるとは。え、あの忙しい中で? 対談のためににわかに読んだのではなく、よく読んでいる作家と対談したくて対談しているということが、これを読むとわかる。それほど自然に読んでいる。対談の中に出てくる作品への言及もまた守備範囲の広さを示す。

対談では、その作家がなぜ作品を書くのかという核心のところを上手に、自然に引き出している。会話がいつもちゃんと絡むのはキャンベルさんのレセプターの広さを物語っている。

谷崎がよく出てくる印象だ。『鍵』を読んだ時の衝撃は今でも忘れないが、キャンベルさんも『鍵』が好きだったんだなあ。

(で、この記事がfacebookにリンクできるかどうか実験します)
でも、そろそろキャンベルさんの本職の論文集も読みたいですから、是非一書に編んでほしい。そう願っています。
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2012年02月25日

近世日本と倭館・朝鮮ワークショップ

非常に興味深いワークショップが開催される。

言語学・文学・歴史学・思想史学、そして日本・朝鮮・中国をフィールドとする専門家たちが、近世日本と倭館・朝鮮をめぐって、研究の現状を報告し議論するという、スリリングな催しである。以下、世話人の合山さんからデータを提供してもらったので掲載する。

ワークショップ 近世日本と倭館・朝鮮‐研究の現在と展望‐
日時:2012年3月2日(金) 午後2時30分〜午後6時
会場:大阪大学豊中キャンパス 
   大学教育実践センター(1階)・開放型セミナー室

第1部 釜山踏査・セミナー報告
釜山現地踏査報告−倭館の道をたどる− 小野潤子(大阪大学大学院生修士課程共生文明論)
釜山大学校との共同セミナー「同/異としての草梁倭館」についての報告 康盛國(大阪大学大学院生博士後期課程日本文学)

第2部 朝鮮史研究・日朝交流史研究の現在
日本思想史研究と〈朝鮮儒学〉 高山大毅(日本学術振興会特別研究員)
朝鮮通信使研究の新分野 横山恭子(慶應義塾大学文学部古文書室)
近世日本文学研究における日朝文化交流への眼差し 合山林太郎(大阪大学大学院文学研究科講師)
近代移行期の朝鮮外交をどう見るか?−倭館廃止後の対日外交から考える− 酒井裕美(大阪大学世界言語研究センター講師)
対馬宗家文庫のハングル書簡について 岸田文隆(大阪大学大学院言語文化研究科教授)

第3部 総合討論
コメンテーター 浅見洋二(大阪大学大学院文学研究科教授)
総合司会 岸田文隆 合山林太郎

倭館(ここでは、17〜19世紀に、釜山地域に設けられた日本人居留施設及び区域を指す)と対馬との結びつきを中心に、近世日本と朝鮮との関係について、政治(外交)、言語、思想、文学など、様々な方面から議論します。参加は自由です。多くの方の来場をお待ちしております。
・ 本年1月に釜山大学校と行った草梁倭館跡などの踏査やワークショップの内容および成果について紹介します(第1部)。
・ 17〜19世紀における日本と朝鮮との交流について、歴史、文学、言語、思想などの領域においてどのように考えられているか、最新の研究動向などをも踏まえつつ、報告します(第2部)。

主催: 2011年度大阪大学大学院文学研究科共同研究「朝鮮漢文学と中近世の日本」研究グループ
連絡先: 合山林太郎研究室(:06-6850-5680 e-mail:goyamaアットマークlet.osaka-u.ac.jp)

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2012年02月24日

爆問学問に中野先生登場

爆問学問に登場した中野三敏先生。太田が突っ込む場面もあまりなく、マイペースに和本講義を展開されていました。とはいえ、和本リテラシー普及に話をもっていこうとしたところ、「先生が全部活字にすればいいですね」と外されていました。あそこはやられたって感じですね。

番組内で紹介されていた本は、解体新書や吉原細見はともかく、それ以外のものは、江戸文学研究者でもほとんど知らないものばかりではなかったでしょうか。

その中で、役者の女房の評判記というのが出ていましたが、実はあれは、わが大阪大学の忍頂寺文庫所蔵の『女意亭有噺(めいちょうばなし)』です。テロップでちょっと出ていましたね。写本で、極めて珍しい評判記です。

この本については、国文研の武井協三先生が、ご研究をなさっておられますが、年度末に刊行予定の、『近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺―』(国文研公募研究プロジェクト報告書、666頁)に、この本のことを武井先生が書いてくださっています。

ということで、報告書に興味を持たれた方はご一報を(結局宣伝じゃん)。

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2012年02月23日

ひとこひの物語

演劇倶楽部『座』が、第28回公演(詠み芝居)として、「雨月物語―青頭巾、蛇性の婬―を上演いたします。

3月28日(水)から31日(土)
場所は新宿御苑前駅より徒歩3分の、シアターサンモール

原文ママ演劇化というのがウリのようです。
キャッチコピーは、

雨月はひとこひの物語だった

詳しくは下記サイトへ

http://za01.com/performance/kouenn/2012_ugetu.html
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2012年02月20日

コンパクト版蔦屋重三郎

やっぱりfacebookってよく(やり方が)わからないな…。

それはさておき、今日は、自分の(原稿の)いい加減さを、徹底的に指摘されて、ありがたかったです。自分がいい加減なことは知っていましたが、原稿までいい加減だったとは!…いや、本当はそれも知っていました。今度から、もうちょっとちゃんとします。

平凡社ライブラリーに鈴木俊幸さんの『蔦屋重三郎』が入りましたね。
元は、若草書房の近世文学研究叢書ですよ。

若草書房って、一般の人は知らないでしょう。結構大きな本屋でも、この叢書はほとんどみかけないし、ダイレクトメールも来ないし、学会会場にも出店しない。すくなくとも近世には。

でも、この本屋の出す研究書は、あまり外れがない。だから、いい本屋なのである。
とはいえ、この近世文学研究叢書から文庫本(よりは大きいが新書より小さい)が誕生するとは!
多分、はじめてでしょう?ありますか?

もちろん、鈴木さんが平凡社からよく本を出しているということはあるにしろ、それを差し引いても快挙でしょう。

でも文庫本になったのをみると、そんなに違和感ないんですね。蔦重というのが最近はメジャーになってきつつあるからかもしれない。というより鈴木さんがメジャーになってきたのかな。ともあれ、若い研究者にとっては朗報でしょう。1500円で買えるんだから。



かっこ
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2012年02月17日

和本リテラシー、バラエティ番組に

NHKの「爆問学問」に、中野三敏先生が登場。

2月23日。FILE175:「大江戸ブックレビュー!」。

かみ合わないんじゃないのかなあ、と心配しつつ。注目!

2月23日(木)午後10:55〜放送予定!
2月28日(火)午前1:30〜<総合>再放送予定です。

これはくうざん先生からの情報なり。
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facebook

facebookって何?
いやあ、よく知りません。
ただ、今日、教室の慰労会があって、話題に出ていたわけです。そう石橋博士やくうざん先生。
「それでは、私も帰ったら登録します」
って登録したら、友達候補がずらずらと出てくる。
それで、チェックを入れていったら、早速、「●●さんが、友達になってくれるそうです」という意味のメールがたて続けにきて、なかには、「あなたのウォールに投稿されました」というものまである。ん?ウォールって何?
実はなんにもわかっていないんで、反応の仕方もわからないっす。ちょっとまっててね。
それでも、いいね!
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2012年02月12日

「神医と秋成」展 その3

3月3日から伊丹市の柿衞文庫で開催される「神医と秋成」展の図録作成が急ピッチで進んでいる。この図録だが、これまでの柿衞文庫の図録とはかなり違うデザインになりそうである。
賛否両論ありましょうが、ともかくも意欲は買ってください。

当初図録はリーフレットっぽいものと諦めていたが、柿衞がなかなかがんばってくれたようで、京博の図録を大幅に上回る50頁・フルカラー図録となる。

展示は、谷川家所蔵の秋成関係資料がメインだが、俳諧関係も結構展示される。それらを含め、出品すべてが図録に載るので、未公開資料がきわめて多く、秋成に興味ある人は入手必須である。そして今回の展示品については、今後同様の展示が行われることはきわめて難しい。

特別出展されるいくつかのモノも、おおっというのがありますが、これも所蔵者のご厚意により、図録に載ります。
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2012年02月10日

貧者の教訓 富者の知恵

 中嶋隆『西鶴に学ぶ貧者の教訓・富者の知恵』(創元社、2012年2月)が刊行された。一般向けの柔らかい語り口の本で、とても読みやすい。『西鶴と元禄メディア』の新装版が出たばかりの著者が、たてつづけにまた出した。

 主として『日本永代蔵』『世間胸算用』などの、貧富に関係のある話をピックアップして、そこから教訓を導き出す。その教訓は現代に通じるものばかりである。中嶋さんの読み方も現代的なたとえ話が多い。ご自身の見聞なども織り交ぜている。

 お金をテーブルの隅に置いていて、注文が来たらその分をお金を店員が引き去るという飲み屋のシステムを紹介していた(201頁)。十三(じゅうそう)の店というのは多分富五郎だろう。ただテーブルの隅ではなくアルミトレイだと思うが。大阪の人以外をそこに連れて行くと、大抵このシステムに受ける。

 第五章では鋭い読みを見せる。説明は省略するが、なるほどと思った。乳母として奉公することになって夫と離れることになった妻が、出発の時に近所の人になにやらささやく。そこを見逃さないで、その意味を解く。それが夫婦の危機を救う。『五人女』八百屋お七でも、お七の母が吉三郎に囁くシーンがあって、それが深い意味があるんだ(お七は死んでないと教えたんだ)という塩村耕さんの説があったが、それをなぜか思い出しましたな。

 ところで、『永代蔵』を扱って一般向けに本を書く場合、どうしても一両がいまのいくらかということを提示せざるをえない。中嶋さんは1両を9万円と換算している。かつて紹介したが、磯田道史は『武家の家計簿』で一両=30万円(時代は違うが)。随分違う。磯田氏の本を読んだ時は、なるほどなあと思ったが、どうしても一両30万で計算すると、納得いかない例が出てくる。私は10万〜12万くらいと感じている。根拠なし。
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2012年02月07日

異形の秋成

京博の展示に関わって以来、秋成の「本来の」姿を再現することに力を注いできた。「歌人としての秋成」「文人と雅交する秋成」…。近代以降、鮮明となった怪異作家・幻想作家というイメージを、一度白紙に返して、近世という時代に即して秋成を考えるという目論見からである。

しかし、このたび出た高田衛先生の「異形の秋成」(『文学』2012年1・2月)は、全く違う発想で書かれている。いかがわしい秋成の出生伝説、とくに生田伝八郎・小堀政報実父説のふたつについて、なぜそういう異形の秋成が語られたのかということへの、文化史家・あるいは批評家としての解釈である。

実に面白い。とりわけ頼春水の書きとめた秋成伝聞き書きの背後に、廃嫡とした長男山陽への思いが去来していたなど、これは卓抜した研究者の想像力の産物である。注釈力・解釈力に加えてゆく想像力。これを自制することが研究を研究たらしめる。しかし、この想像力が研究を開く。この想像力を駆使して、文章が書ける研究者を私は畏敬せずにはいられない。なぜなら卓越した注釈力・解釈力のともなわないない想像力は誰も信用しないからである。

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2012年02月06日

板木と和本に関する研究会

立命館大学アートリサーチセンターで行われた、板木をめぐる研究集会。2日目(5日)に参加。

中野三敏先生の「和本リテラシー」の講演。御趣旨は何度もうかがっているが、明治33年に、ひらがなが一音一字に統一されたことから、和本リテラシーの衰退がはじまったという話は初耳だった。

中野先生と並ぶ和本啓蒙者の橋口侯之介氏のお話も初めてうかがった。

アートリサーチセンターの版木研究者の金子さんの話もマニアックで面白く、高木元・鈴木俊幸・廣瀬千紗子各氏の発表も、和本の面白さを存分に伝える発表。

そして最後の赤間亮氏の立命館大学アートリサーチセンターの取り組みに関する発表には、驚いた。ここまで、「公開の思想」で考え抜かれたシステムが稼働しているとは…。すごいと思いまいた。

和本リテラシーの普及は楽観的にはなれない。しかし、アートリサーチセンターの取り組みについては、もっと発信していただきたいと思った次第。あまり知られていないと思うから。

それにしても、久しぶりに会った人が多かった。ブログコメント欄で知っている方とも初めて対面。

奈良大学の板木研究、きちんと受け継いでいけるようにと、願っている。
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