2012年04月23日

現代の連歌

杭全神社編『平野法楽連歌 過去から未来へ』(和泉書院、2011年4月)が刊行された。
1993年に同体裁の『平野法楽連歌 過去と現在』が刊行されている。
昭和56年に復活した杭全神社の連歌は現在も続いている。
大阪大学文学部の土橋文庫は、平野の連歌資料が多くあり、今回の本にも竹島一希さんが翻刻紹介してくださっている。
それにしても現代の連歌というのは実際にどういう句が読まれるのだろうか、その疑問は本書後半の現代の平野法楽連歌記録を見れば明らかである。そして、これを担ってきた方々による座談会が面白い。連歌の上手とは、自分が輝く句を作る人ではなく、前句を輝かせる人だとか、連歌は最終的には奉納というところに行くとか、付けるときは含蓄のある話が次々に出てくるのである。そして、きちんとこれまでの営みを検証し、自己批判もしているのに感心する。
この本を読むと、お、連歌っていいな、やってみたいなと思わせる。連句をやる前にやっぱ連歌だな、などと思ってしまうのである。
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2012年04月21日

三弥井の春雨物語

 三弥井書店の古典文庫シリーズ近世編の一冊として『春雨物語』が刊行された。2012年4月。井上泰至・一戸渉・三浦一朗・山本綏子による本文校訂、注、そして読みの手引きを備える。文化五年本で全編に注釈がつくのは、はじめての事。これまでは富岡本と文化五年本の取り合わせ本だった。
 またこれだけ詳細な読みの手引きのついた注釈書はこれまでにないので、『春雨物語』を少し丁寧に読んでみようと思う読者には、好適の本である。最新の研究も踏まえており、講読のテキストにもふさわしい。「海賊」(一戸渉担当)などは重要な新見が盛り込まれていますねえ。
 ただ各編の注・読みの手引きに、精粗差がなきにしもあらず。これは分担執筆の宿命ですね。
 とまれ、さきの角川文庫に続き、『春雨物語』が読みやすい形で提供されたことは慶賀慶賀。
 さっき拝受したばかりなので、とりあえずのご紹介です。
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2012年04月16日

和漢朗詠集の版本

 たくさんあるんだろうなあ、とかねてより思っていたが、調べたことはない。
 でも、それを調べるには、まず明星大学人文学部日本文化学科を訪ねるといいかもしれない。
 6月に日本近世文学会が開かれる明星大学の人文学部スタッフが、このたび『明星大学人文学部日本文化学科所蔵 古典籍目録』(2012年3月)を刊行した。「一般書」「近世木活」「和漢朗詠集」の三部に分かれている。
「一般書」の部にも、人情本や孝行物など「ちょっと集めているな」というジャンルがみられるが、近世木活の19点、和漢朗詠集の版本105点は、コレクションといえるもの。とくに朗詠集は圧巻である。青裳堂から一括購入したということ。
 1点1点、図版と書誌・解説つき。近世学会で配られるそうであるから、「学会参加すべし」ですね。
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2012年04月13日

「わかった」ことをことばで伝える

研究室の新2年生を歓迎する宴で、芥川を研究している比較文学の先生が挨拶に立ち、「僕は羅生門を誰よりもわかっている」と言われた。もちろん自らの研究の方法を語るという流れがあっての開口である。先生は、芥川作品を何度も筆記される。羅生門もそうである。そして、考え抜いた結果、「わかった」らしいのだ。しかし、こう私が書くと、浅薄に聞こえかねない。つまり「わかった」ことを人に伝えるのは至難なのである。私なりに『春雨物語』の序が「わかった」と思える時点があった。しかし、それをうまく書けたかといえば、「?}だ。だから「よくわかりました」と、言ってくださった方がいたときには嬉しかったものである。すくなくともこの人には通じたんだと。

 昨日の教員の新歓で、件の先生に質問をぶつけた。「「わかった」ことを、言葉でつたえることができますか?」。そもそもわかるって何か。以前、書いたことがあるが男女が「わかりあう」のは、結局は触れ合うことによってしかありえないとすれば、それは言葉を超えている。我々が人の書いたものを「わかる」というのは、結局は共感のようなもので、それを言葉に還元すると、なにか違ってくるのではないか。先生は、「羅生門」は可能であるという。しかし、「心」は難しかった。といい、「心」論執筆体験を話された。貴重な話を聞くことができた。
 
 それでも、我々は人とつながろうとするときに、どうしても言葉に頼る。本当は、目をはじめとして、自分の五感をフル稼働してそれをやらなければならないのであるが、言葉もまた、五感に連なるものでなくてはならない。
 
 そのような言葉こそが、「文明」の鍵である。ところが、文明が進化したはずのいまほど、言葉が通じない時代はないのではないか。そこで「ことばの力」を見つめなおそうというプロジェクトが、京大人文研の「文明と言語」だった。その共同研究報告書が横山俊夫編『ことばの力 あらたな文明を求めて』(2012年3月、京都大学学術出版会)である。ことばにこだわる京大の伝統を感じるとともに、私の現在の問題意識に共振するので嬉しい、私にとってはタイムリーな本である。参加しているのは人文系の研究者だけではない、自然学、歴史人類学、分子生物学、霊長類学と、超域である。これから読むのが楽しみである。近世文学からは廣瀬千紗子さんが参加。上記の視点から、くるわのことばについて論じる。遊里のことばの研究は、風俗的研究か国語学的研究にどうしても偏るが、人と人とをつなぐツールとして見ていくと、新たな相貌が立ち上がるのではないかと、期待が膨らむ。こちらはまた別の機会に。
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2012年04月06日

いつまでたっても

昨日帰宅すると、A山学院大学日本文学会の「会報」が送られてきていた。集中講義に行ったからかな?ずいぶん丁寧なことだな、と思ってめくっていくと、集中講義の紹介文を学生さん(学部2年生)が書いてくれているのである。「なるほどそれで。あー、そういえば、何か書かなければならないので、と言ってたなあ」、と最後に質問に来てくれた女子学生さんのことを思い出した。驚いたのは、最初に「マクラ」のつもりた話した、村上春樹が秋成をどう読んだかという私見に、かなりの紙幅を費やしておられたことである。実は、そういう話をしたことをすっかり忘れていたので、我ながら「へーっ」と思った。

 秋成が描く現実の中での人との「かかわり」の不可能性に春樹が共鳴したというようなことを話していたらしい。たしかにいま講義メモを読み返すとそんなことも書いているのだが、さらに、第三者が現れることで不可能になる二者間のかかわりの困難さという問いの解決を、異界にいる人とのコミュニケーションに求める、というように秋成の作品を解説していたようなのである。これはメモにもないから、多分そのときに、話しながら思いついたのに相違ない。

 やはり夏に斉藤希史さんが集中講義に来ていて、斎藤さんの講義内容も私のやつの隣に紹介されているのだが、そこで斎藤さんが、「作家は考えながら、作品をかいていく。先にモチーフがあるのではなく書いていくうちに、作家自身がモチーフを発見する場合もある」ということを仰ったらしいのだが、まさに「作家」を教員に、「作品」を授業に置き換えればその通りである。シラバス通りにやる授業なんて、文学研究では…、おっと筆がすべった。ちなみにこの斎藤さんの考えは本当に重要で、作家が最初に主題を決めて、計算通りに書き終えたというようなことは実際はほとんどないんだろうと思う。我々は作品論を書くときに、えてして、作者が計算通り、予定通りに書き上げたという前提で論じるものなのだが。だがその作家の執筆のメカニズムについての研究はあまりない。語り論というのは、テクスト論的ではなく、むしろ生成論的にやるべきなのだ。かつて秋成の「長物がたり」をそのつもりで論じたことがあるが、その時はまだ中途半端だった。

 ところで、私の集中講義の紹介をしてくれたKさんは、私へのインタビューを最後に採録している。「先生にとって秋成とはどういう存在ですか?」と問われて、おや、何と答えたのかな?(これも忘れている!)と我ながら期待して読んでみると、「実に抽象的な質問ですね(笑)。いつまでたってもわからない存在です。わからないからこそいつまでも付き合えると思うんです」などと答えている。えらそーだが、集中講義でずっとしゃべりつづけて、「あー、こんなことわかったようにしゃべっているけど、本当はわかってないんだよなあ」と自己嫌悪に陥っていたから、こんな言葉が出てきたんだろうか。今となってはよくわからない。

 ともあれ、Kさん、ありがとうございました。考えてみると、自分の講義にこんな長い感想を書いてもらったのは、はじめでだったので(多分もうないかもしれない)、大変うれしく、また自分でも発見がありました。彼女は最後にこのブログのことも言ってくれているのだが、これ、読んでいらっしゃるかな?
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2012年04月05日

「近世風俗文化学の形成」の報告書完成

国文学研究資料館公募共同研究『近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺』(同プロジェクト編、国文学研究資料館発行、2012年3月)が遂に刊行の運びとなりました。

 2008年度にはじまったこのプロジェクト、大阪大学と国文学研究資料館の研究連携事業である「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」(2005年度スタート)と密接な関係を持ちながら、調査・研究会・シンポジウムを重ね、昨年は『忍頂寺文庫目録』の完成にも寄与したが、ようやく報告書をまとめることができた。A4判総ページ数666頁。収まりきれない情報はCDROMにおさめた。

 5部構成となっており、第1部が「忍頂寺務 その人と著述」。福田安典さんの評伝、福田さん・青田寿美さん・尾崎千佳さんによる年譜データベース、肥田晧三先生の「忍頂寺務の著作を集める」(講演記録)、そして肥田先生・近衞典子さんによる著述目録である。
 第2部は、2010年秋に行われたシンポジウムの記録。武井協三先生の基調講演に、内田さん、福田さんの報告、そして質疑応答を収める。
 第3部は、論文・報告編で、鷲原知良・飯倉洋一・高橋則子・川端咲子・山本和明・近衞典子各氏の執筆。そして務の実孫であられれる忍頂寺晃嗣さんへのインタビュー聞書。
 第4部が圧巻で、忍頂寺務宛書簡目録と解題220頁。内田宗一さん渾身の研究成果である。次の蔵書印一覧も、旧蔵書悉皆調査に基づく青田寿美さん執念の報告。
 第5部は、研究者垂涎の務自筆稿本『近代歌謡考説』と『訪書雑録』を初公開。

 これまで、共同研究員は、忍頂寺文庫研究の成果をいろんなところで発表してきたが、それらの再録は、肥田先生のご講演を除いてひとつもない。すべて報告書オリジナルである。
 このプロジェクトを牽引してこられた福田さん、膨大な事務手続き、編集作業に従事してくださった青田さん、献身的な書簡調査を数年にわたってつづけてこられた内田さんには、特に篤くお礼申し上げたい。
 666頁という分量があまりに多く、一時は出版できない状況にも追い込まれたが、青田さんの不屈の編集魂と、国文研のご理解で、なんとか出版にこぎつけたのは本当に感慨深い。印刷の質がちょっとと思われるむきもあろうが、これはひとえに予算内に収めるための措置である。お許しいただきたい。本研究にご協力をたまわったすべての方に御礼申し上げます。

 ちなみに私の報告「『近代歌謡考説』とその周辺」は、『近代歌謡考説』の出版(これは頓挫しましたが)に、中村幸彦先生がご尽力されていたことを、務宛書簡数通を使って考証した部分が中心。
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2012年04月02日

中国笑話と日本文学

島田大助さんが研究代表者をつとめる科研基盤研究(C)「中国笑話集と日本文学・日本語との関連に関する研究」(2012年3月)の報告書がすごい。

中国笑話集『解顔新話』の国字解の注釈なのだが、原文の漢文に施された注が半端ではないのである。典拠を示し、その漢文にまた注をつけている。典拠のみならず類話もしめし、その原文もあげている。さらにその上、訳までつけてくれているのだが、とてもこなれていて読みやすい。
そして、その話を採用した日本出版の漢文笑話集・噺本なども紹介する。

参考文献をみると笑話集の研究は中国でも日本でも蓄積がかなりあるようで、これらの先行研究の成果を十分に取り入れているのであろう。

川上陽介さんが中国笑話集の注釈を担当されているようだが、その知見と博捜はさすがである。

ただこの報告書、字間をもうすこし詰めて、行間をもう少しとっていただけたら、読みやすくなるのではと思いました。それと、最初すこし注釈の仕方に戸惑うので、注釈要領を凡例のところに書いておいていただくとありがたかったかもしれない。

それにしても、報告書としては、実に中身の詰まったものである。ありがたや。
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