2012年05月31日

おいしいお茶のいれかた

 このごろは、めったにテレビをみないのだが、たまたまNHKの朝の情報番組を見てたら、おいしいお茶のいれ方というのをやっていた。元航空会社の乗務員の方で、この方法を編み出したら乗客からおかわりが続出したというのである。その方法とは、茶葉を入れたらまず、水(もちろんこれは水道水ではなく、ミネラルウォーター)を少し入れて、しばらくおいておく。それからおもむろにお湯を注ぐというものである。あまりにも簡単。試してみると想像以上に美味いのに驚く。なるほど、湯をすこしさまして入れるという方法が普通だが、水を最初にいれる方が効果絶大。お茶の甘み成分がひきだされるわけである。熱さもちょうどよくなるし!
 研究室ではティーバッグのお茶をいれるが、同様の方法で入れてみると、おお、うまい。高級なお茶を飲んでいるみたい!えーっと、前のエントリーとは、お茶つながりです。
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2012年05月29日

柿衞賞受賞記念講演会

今度は「俳諧」つながりで。いつまで連句的にやれるかな。

柿衞文庫のHPから転載します。当日は、学会のとある委員会がありまして失礼いたします。牧さん、おめでとうございます。
柿衞賞の記念講演は、審査員を代表して1名の方が「前座」講演をします。今年は深沢了子さんです。

柿衞文庫は40歳未満の新進俳文学研究者に贈る「柿衞賞」の第21回受賞者に鶴見大専任講師の牧藍子(あいこ)氏(東京都在住)を選びました。

牧さんは「元禄俳諧における付合(つけあい)の性格〜当流俳諧師松春(しょうしゅん)を例として」と題する受賞論文で元禄時代に京都俳壇で活躍した松春を中心に、元禄俳風を具体的に論じています。元禄俳風の解明を一歩進めた、柿衞賞にふさわしい論文と判断されました。表彰式ならびに記念講演会を柿衞忌に開催します。若手研究者によるフレッシュなお話しをぜひお楽しみください。

日時   平成24年6月3日(日)午後1時30分〜3時

場所   柿衞文庫講座室

聴講料  無料

式次第

黙祷−柿衞翁をしのぶ

柿衞賞の発表ならびに表彰式

記念講演 「談林俳諧の方法」

選考委員 聖心女子大学准教授 深沢了子先生

「元禄俳諧の性格ー連句を中心にー」
受賞者  鶴見大学専任講師 牧藍子氏

※また、当日午前10時から山中宗鹿社中による呈茶も行います。(無料)

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2012年05月28日

類船集から古典語彙の本義を読む

河村瑛子氏「「ものいふ」の本義のついて―資料としての古俳諧」(『国語と国文学』(2012年6月号)。

『類船集』は付合語辞典として重宝されているわけだが、その連想語群を分析して、当時のことばの語義や世界観をあぶりだそうという発想は、なかなか斬新である。といっても師匠の塩村耕さんが、「はしる」とその付合語から、「人間以外のものが思いがけず自走的な動きを示すこと」という本義を導いた、その方法から示唆されていることではあったようだが。

では「ものいふ」とは何か?「人間以外のものが、相手からの問いかけによらず、一方的に言葉を発する行為をいい、その言葉によって人や状況を変化させ得るというニユアンスを含む」。

連想語群の注釈的な分析を通してこの結論は説得力をもつ。

ただ、「物いへば唇さむし」なんてのは、別の用法ということだが、これもその路線でいけないのかなあ。
一応、前のエントリーと、連想的につながっているんですよね。「東海近世文学会」で発表されたものらしいので。
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2012年05月20日

こちらも豪華3本立

東海近世文学会のブログが開設されています。

5月研究会は「豪華3本立」のようです。(昨日の京都近世小説研究会の豪華3本立は期待にたがわぬ充実ぶりでした。参加者は通常回での新記録28名。そのうち馬琴研究者、東京から駆けつけた人もふくめ、10名ほど)

ちなみにブログの担当は、加藤弓枝さん。

最近、好著『細川幽斎』(笠間書院)を上梓されました。笠間の歌人シリーズの1冊。加藤さんの専門は小沢蘆庵ですが、このシリーズでは、あえて専門ではない人を指名することがあるようです。自分の専門のことを書くと、どうしても「守り」に入ってしまいますが、専門外になると「攻め」の姿勢で書けるということがありますが、加藤さん、いい意味で、伸び伸びと書いていますね。
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2012年05月18日

チュラーロンコーン大学との国際研究交流集会

大阪大学文学研究科は、タイのチュラーロンコーン大学との国際研究交流集会を開催している。今回は3回目である。担当は合山林太郎氏。若い学生中心の研究集会である。以下ご案内する。

第3回 大阪大学・チュラーロンコーン大学日本文学国際研究交流集会−知がむすぶ絆−
日時:2012年6月2日(土)午後2時〜6時
会場:大阪大学豊中キャンパス 全学教育総合棟T(1階)・開放型セミナー室

詳細はこちらをご覧下さい。

なお、合わせて、以下のワークショップを開催します。

ワークショップ 異言語環境において日本近代小説を読む−太宰治『黄金風景』を例に−
日時:2012年6月2日(土) 午前11時〜午後1時
会場:大阪大学豊中キャンパス 全学教育総合棟T(1階)・開放型セミナー室

日本文学研究室では、今年、留学生が集まり、皆で議論しあいながら、太宰治『黄金風景』を、自身の言語へ翻訳するという試みを行いました。中国語、英語、韓国語、ヒンディー語、ロシア語、タイ語、ウルドゥー語など、様々な言語を操ることのできる学生が、現在の私たちの研究室には在籍しています。
 翻訳において感じた問題点は、それぞれの言語によって異なるものでした。このワークショップでは、各言語での作業過程について担当者が報告し、「日本の文学作品は世界の人々にどう読まれるのか」というテーマについて議論してゆきます。

詳細はこちらをご覧下さい。
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2012年05月13日

説話集の構想と意匠

 私のこの偏奇なブログは、いわゆる書評ブログではない。公平とか目配りということとは無縁であり、私自身のわがままできまぐれな選択と、その時の気分で、本や論文の感想を記している。だから、時々「取り上げてくださってありがとうございます」とお礼を言われると、大変恐縮してしまう。ある選択基準があって、選んでいるのではない。その本や著者への自分の関わりや、テーマについての自分自身の思いつきをだらだら書くのは、これが書評ではないからである。

 さて、今日は、荒木浩著『説話集の構想と意匠 今昔物語集の成立と前後』(勉誠出版、2012年4月)をめぐって、次第不同に(?)語りたい。

 私は前任校の演習の授業で、『宇治拾遺物語』を2,3年取り上げていたことがあった。私の所属していた教養部が解体、人文学部に分属することになったが、人文学部にはすでに近世文学専門の先生がおられたので、近世以外の授業をする必要があったという事情による。しかし、私にとっては、専門分野の学生を相手に演習を行うのは初めてでもあり、教養部時代のゼミ(こちらはこちらでとてもよかったのだが)とは違った意味で、非常に楽しかった。のちに西鶴の説話集を読むときにもなにかヒントになっているかもしれない。

 そこで私の出会った論文に、荒木浩さんの「次第不同の物語」や「異国へ渡る人々」などがあった。独自の発想とアプローチの仕方に感心したわけだが、数年後、研究室もお隣の、同僚になった。同僚になる前は、「中世説話研究者」という認識だったのだが、中世とか説話とか、日本文学とかを超えた、とんでもない知的巨人であることがだんだんわかってくる。研究のことだけではなく、いつもバランスのいい感覚で、発言され、私たちの研究室に大きな存在感を占めていた。そのご転出で、わが教室は喪失感を味わったものだ。しかし、新天地でのご活躍をうかがうにつけ、それを遠くから祝福したい気持ちをずっと持ち続けている。

 だいぶ前から、論文集の構想があることはうかがっていたが、ついに出たなと思った。この本文だけでも700頁を超える大著は、しかし荒木さんの研究の集大成ではない。まだまだ一部にすぎない。それでも、切り口のユニークさ、エキサイティングな論の展開、緻密で周到な用例探索、広がる問題の大きさ、そして何より面白さ、どれをとっても一流である。とても全部をすぐ読めるものではないが、半分くらいは初出を読ませていただいているし、今回の本で、かなりの書き直しがあるようだが、すでに2本は拝読。そのように引き込む力があるのだ。

 勉誠出版であれば、それなりに「意匠」を凝らした装丁もあり得たはずなのに、あえて紺色クロスカバー、箱入りの、典型的な学術出版の形にしていることには、荒木さんの美意識を感じる。あとがきにも書かれているように、メイキングについて言及することにも禁欲的であるが、論文の取捨選択、配列、書き換え、造本について、さまざまな思い入れがあるはずだ。

 冒頭論文「〈今は昔〉の文学史―起源と再生―」は、〈今は昔〉で書き始められる物語の語りについて、『竹取物語』がこれを使用するが、『源氏物語』の出現によって衰退、しかし説話物語集の起語として復活するという流れを前提に、スリリングに論じていく。とはいえ、荒木さんの論文は、簡単な要約を許さない。大きな構想世界を持つゆえに、それへの展望と、単純な図式的理解を拒否する留保と、膨大な先行文献への目配りが、さまざまに交差するのである。、荒木さん自身があとがきでいうように、この知的営みに本当についていける読者が多くはないことは事実だろう。しかし、優れた学問的達成とはそういうものである。この本がすごいということは、まず誰もがわかるわけで。

 そういう荒木さんには、さらに、夢の問題や、源氏物語論、徒然草・方丈記など、一書をなすべきテーマがさまざまにある。これらをまた世に問いつつ、一般読者向けにも、ぜひ本を書いていただきたいと切に希望する。
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2012年05月09日

ふらんすの北斎漫画

 この1月に縁あって、ニースのシェレ美術館所蔵の『北斎漫画』15編15冊の調査のお手伝いをした。その調査報告が柏木加代子・飯倉洋一「ニース・シェレ美術館所蔵『北斎漫画』についての調査報告」(「京都市立芸術大学美術学部、2012年3月)としてまとめられた。
 
 三編に「北遊斎」なるものの書き入れがあり、「すわ!自筆書き入れ?」とニースの関係者から、調査鑑定を依頼された柏木加代子先生が、研究プロジェクトの連携研究者(調査要員)として私に声をかけてくださったのが、ことのはじまりだった。
 
 残念ながら、自筆書き入れ本ではなかったものの、伝来系統、旧所蔵者など興味深い事実が明らかになってきた。なかでも、注目すべきは15編(北斎死後に出版されたもの)で、これは表紙を欠くが、こよりで仮綴じされており、扉の表題の部分が、本来「北斎漫画十五編」とあるはずのところ、まったく彫られておらず木目が見える。どうも見本刷のようである(収集者もそれを認識している)が、他に伝本はあるのだろうか?見本刷であれば、そんなに部数はないはずで、稀覯本だと思われる。永田生慈氏の北斎漫画についての書誌的な論考をみたが、見本刷の話は出てこない。しかし絵本研究に疎いので見落としているかもしれない。

 その他の編も、取り合わせ本とはいえ、目利きの収集家が集めたのではないかと思われる。12編は色刷ではなく、初刷かと思われる墨刷。だが何分北斎漫画の伝本調査など、とても無理なので、広くご教示を乞いたいところである。
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2012年05月05日

「海賊」と「漁父辞」

「海賊」の典拠を新たに指摘。村谷佳奈「「海賊」の典拠と主題―「漁父辞」と『土佐日記』―」『金沢国語国文』37号。この人、学部生だって。えーっ。演習の成果ですか?それにしてもすごいな。これまでまったく指摘のない典拠、それもかなり重要な典拠、そして有名すぎる典拠を指摘。しかも、そのヒントというか、ほとんど答が、冊子本本文に示されていたとは。先生はあの、一戸渉氏。うーん、とにかく、すごいわ。

 追記1。出所が諸儒箋解本『古文真宝』「漁父辞」とその注であるということ。秋成の晩年の和文は『古文真宝』所収の漢文を和文化したり、それを踏まえたものが少なくない(『藤簍冊子』『文反古』)ので、そのあたりも補強材料になるだろう。

 追記2.典拠の意味を過大視して、典拠の隠蔽といったり、典拠を読みかえといったりするのは、いかがでしょうね。論文にするには、そういう方向で書かざるを得ないとは思いますが。

 いずれにせよ、学部生の論文としてはレベルすごく高いです。脱帽でございます。
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2012年05月04日

京都近世、豪華3本立

京都近世小説研究会5月例会はかなり豪華版。

◆日時:5月19日(土)午後3時より

◆場所:同志社女子大学今出川校地 ジェームス館2階 201号室
参照(http://www.dwc.doshisha.ac.jp/access/imadegawa/campusmap.html)
◆発表:
神谷勝広氏「〔資料紹介〕馬琴の自作批評ー石水博物館蔵『著作堂旧作略自評摘要』ー」
廣瀬千紗子氏「菊花の約・浅茅が宿・青頭巾―「待つ」と「約束」をめぐって」
ローレンス・マルソー氏「鳥山石燕の「和漢」ー『画図・百鬼夜行』シリーズを中心にー」

4月例会でちょこっとうかがった神谷さんの資料紹介は、馬琴研究者に衝撃を与えること間違いなし。とんでもないものが出てきた。吃驚。廣瀬さんの雨月論は酒席で時々聴いたことがあるが、発表されるのは初めて。かつて私は廣瀬さんの「蜘蛛の糸」論に衝撃を受けたことがあるが、未発表の「すごい読み」をたくさん持っている人だ。どんどん公開してほしい。帰国前に発表されるマルソーさんは現在京都近世の常連だが、コメントを聴いていると日本の研究者かと思うほど細かいことをゆるがせにしない。
この豪華3本立。講演会なみのラインナップ。
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2012年05月03日

剪燈新話

日本文学協会近世部会の出す『近世部会誌』第6号(2012年3月)。
編集後記によれば「その入手方法は謎に包まれている」。
ありがたいことに今号もまた入手できました。どうもありがとうございます。
さて、今号は20頁。7本。基本的にここには研究余滴的な文章を書くようですが、なかなか看過できない佳品があるので要注意。
執筆者は近藤瑞木・水原信子・木越秀子・紅林健志・木越治・風間誠史・閻小妹だが、7名中、か行が5人もいますね。どうでもいいことですが。
 ところで驚いたのは、このうち木越秀子さんと閻小妹さんのお二人が拙論を引いてくださっていること。どうも古傷をつつかれているような気分。利用はしてくださっているが、批判(ともとれる指摘)もチクチク。とくに閻さんの「再論『剪燈新話』の対偶構成」は、私の談義本・初期読本の方法として挙げた、寓言の怪異作品への応用(「怪異と寓言」、『西鶴と浮世草子の研究』2、2007で5つほどあげました)が、すでに『剪燈新話』にあるから、それとの関係を考えねばならないと、注で指摘されている。
 おっしゃる通りで、中国文言小説・白話小説から学んだ部分を明らかにしていく必要がありますね。その上で奇談の方法として考えればよいかと思います。拙論を使っていただいたこととともにご教示どうもありがとうございます。
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