2012年07月30日

橋下VS文楽問題

前のエントリーの続編。コメント欄にたくさんご意見をいただいたので、改めて。
私は橋下市長を擁護しているのではないし、支持もしていません。念のため。

橋下市長が文楽問題を政治の材料にしている。つまり文楽側を守旧派に見立てて自らを改革派に見せていることはコメント欄の神津さんの指摘の通りだと思う。それは彼の政治スタイルである。それに乗って、「文楽がわからないくせに」とか、「文化のことが何もわからないくせに」というのは、彼の注文にはまることでもあろう。教育問題をはじめとして、すべての問題提起を過激にやるのは、彼の政治スタイルだったわけで、それは政治論の話になる。まして橋下氏の人格とか、品位とか、政治家としての道義などをここで議論するつもりはない。

ただ、橋下氏の戦略は、素人の立場からの疑問を素朴に出していくこと。ここが普通の政治家と違うところ。普通の政治家なら、文化人・教養人のふりをしたがるところ、彼はそれをせずに、むしろ文楽無知を武器にして、意見を出している。実は市民の、国民の大多数は、文楽を知らない。つまり、市民目線・国民目線ということになる。「わからないくせに」という批判は、市民・国民批判ということになり、やはり、彼の術中にはまることになる。

 たとえば「顔出し」の問題。彼の疑問を幼稚だと一蹴するのはたやすい。しかし、人形劇の根幹に関わる問題だろう。これは、教養人・文化人なら恥ずかしくてできない質問だ。しかし同じ質問を、文楽のビデオを見た学生からも受けた。人形の動きに集中できないような気がするという感想とともに。人形劇が、技芸員の芸を見せるアートになっているということなのだが、これも原点に戻ればどういうことになるのだろう。

 橋下氏を批判する人たちは新聞記事を読んで批判しているケースが多いが、ことこういう問題について新聞記事を元に批判するのはどうかと思う。まして、橋下氏自身がツイッターで自分の意見を発信しているのだから、それを引いて議論すべきだろう。たとえば曽根崎心中について、彼はこう言っている。

「台本が古いとは言ってません。もともと近松のオリジナル自体が古いものなんだから。どうせやるなら、昭和30年に書かれたものではなくて、近松オリジナルの本物でやった方が良いのでは?と言ったんです。オリジナルが途中、長くて面白みに欠ける部分があるから昭和30年にアレンジされた。」

「そもそも今の曽根崎心中の脚本は、公演用にアレンジされたもの。そうであれば、脚本は現代風にアレンジしても問題ないでしょ。古典を守るというなら、近松オリジナル脚本を守れば良い。脚本がそもそも昭和30年にアレンジされたものなら、さらなるアレンジをすればいい。」

 このあたりは偽曽根崎心中を排せという専門家の神津さんの立場と重なるところ「も」あります。他にも沢山発言しています。橋下氏は、文楽の面白さが理解できないから潰せといっているわけではないでしょう。また自分の好みに変えろと言っているわけでもない。政治家としてそういうことは絶対に言わないはずです。橋下批判の中には幼稚な論理のすりかえが多いです。

 私が言いたいのは、この橋下氏の文楽発言は、かえって文楽の良さをアピールしたり、問題点をあぶり出すチャンスだということだけですよ。技芸員は一生懸命やっていますでしょ。運営面でも、ここ10年の動きを見ても、字幕を導入したり、上演時間を短くしたりと、観客側にたった努力工夫をしていることは確か。しかし、興業会社ががやっているわけではないから、どうしても運営側が無形文化遺産というところに胡坐をかいてしまうのではないかと私も疑っています。たとえば、観客にアンケートとかしてませんよね。観客の傾向分析なんかもしていないのではないかと疑われます。文楽協会には大企業から理事などが出ていると思いますが、みんな文化人だから、橋下氏ほどの幼稚なしかしある意味根源的な問題提起は恥ずかしくてできないでしょう。まあ「あり方を考える委員会」くらいは作ってもいいんじゃないですか。見たことない人、1,2回しか見たことない人も入れて。

あと、技芸員との公開対談ですが、公開でやる意義があるようにするには、まず技芸員が実演解説をすることだと思う。公開の条件にすべきでしょう。文楽協会の役員が出て行って議論しても負けるだけ。

 橋下氏は反文楽主義者ではない。伝統の良さと政治的な意味での価値を彼に説得できれば、いくらでも文楽擁護派になるのでは?もちろんあくまで「政治家」としてですが。
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2012年07月27日

文楽はチャンスかもしれない。

ちょっと前に「逆境こそチャンス」という文章を書いたが、今の文楽がそれである。
 このところ、日本で最も注目されている政治家(大阪市長)が、文楽の補助金を減額すると言い、実際に文楽を見に行って、「二度と行かない」とか「演出やプロデュースがだめだ」とか批判している。これに対して、文楽擁護派は、「橋下は教養がない。文化を軽視している」と、上から目線で一蹴するという趣だ(やや図式的に表現しています)。
 しかし、二度と行かないと言った人がもう一度行ったり、技芸員との公開対談を求めていたり、「僕は素朴な感想を出し続ける。それが文楽玄人から見て、頓珍漢であろうとも。文楽は大衆芸能なんだ」(橋下氏ツイッター)と言ったりしているのは、文楽潰しをやろうとしているわけではなく、市長なりに、やり方は過激ではあるが、問題提起をし、今後も、し続けるというわけで、つまりは関わろうとしているのだ。
 また、文楽を現状のまま維持していくというのが正しいのであれば、それを説得力あるように展開する論理が必要である。ただ、「教養がない」とか「伝統が大事」だというだけでは論理的ではない。たしかに文楽は国際的にも認められた伝統芸能である。しかし、未来を考えた時に、国家や自治体が補助を出し続けて守るべき骨董的な芸術であることが正しいのか。さまざまな観点からの議論をこれまでやってきたのだろうか。
 橋下氏が曽根崎心中の「演出が古い」というのも、江戸時代だからではなく、昭和30年代の脚本が古いといっているので、そのあたり決して無知ではないのである。それなりに勉強していると思う。じっさい歌舞伎や落語に比べて、文楽では、新しい試みが少ない。守りに入っていることは確かなのだ。江戸時代の浄瑠璃全盛時代には、新しい趣向を次々に出していったのではなかったか?
 文楽側から、きわめて説得力のある興業改革案を出せば、そしてそれが市のイメージアップにつながるようなことであれば、豹変を恥じない市長の積極的な支持を得られる可能性もあるのだ。文楽のビデオを見せると、学生たちは一様に驚き、そしてこういうのだ。「どうしたら本物の文楽を見られますか?」と。こちらから探しに行かないとわからないようでは親しめる芸能とはいえない。映画やスポーツのように、「今日の文楽」といって新聞に毎日出ているようなものでないと。
 一番危険なのは、市長を無理解の権化と決めつけて、この一見逆境に見えるチャンスの芽をつぶしてしまうことなのでないだろうか。私は、オセロゲームのようなことがありうると思っている。まあ、私も文楽玄人ではないので、頓珍漢なことを言っているのかもしれないが。
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2012年07月17日

江戸文化再考

中野三敏先生の新著である。笠間書院刊行。装丁は和本を模していて、表紙カバーは布目模様の和綴じっぽく、本体は卍繋ぎ模様。誠心堂書店が協力となっている。国文学研究資料館で行われた、5連続講演を本にしたもの。聴きにいけなかったものとしては、ありがたい出版である。まったくいつもの調子でのご講演で、読んでいてもその場にいるような感じ。学生時代から、まさに耳にタコができるくらいに何度も何度も拝聴している説が展開されているのだが、その説も少しずつ進化している。そのひとつが「江戸モデル封建制」論で、江戸時代の武士道を論じたあたりである。「近世的自我」論における、江戸儒学の中心は陽明学という説も、このごろさらに先鋭化している。思想史の方から全く反応がないらしいが、思想史の人は活字になった文献しか読まない(?)ので、先生の説の根拠になっている諸文献の追試ができないのかもしれない。「しかし、君らも全く何も言わないじゃないか」と、時々しかられるのだが、これは、賛成の論を書こうにも力不足でして。でも当たっているような気はする。近世前期ではK君あたりがたぶんこれからいろいろおっしゃるのでは、と。
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2012年07月16日

真の文化施設

真の文化施設とは何か。
我々は過去の人々の残した知恵と思想の恩恵を受けて今生きている。
それを、忘れることなく感謝し、未来に生かすこと、そのための場を提供するのが真の文化施設ではないだろうか。
大垣市に出来た奇跡的な記念館。
その開館記念の展示に尽力された塩村耕氏が次のような文章(PDF)を寄稿されている。
非常に感銘を受けたので、ご本人のご承諾を得て、ここに紹介します。
和本リテラシーの問題とも大いに関わる。
大垣市文化財協会会報2012年07月03日11時10分49秒.pdf
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