2012年09月17日

ドイツではどういう日本文学研究が行われているのか

特別セミナーのお知らせです。
ユーディット・アロカイ先生に、ドイツにおける日本文学研究の現状について、お話していただきます。
30〜40分お話いただいたあと、質疑応答の予定です。
ご関心のある方は、お気軽にご参加ください。参加自由(無料)です。
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ドイツにおける日本文学研究の現状
講師 JUDIT AROKAY教授  
(ハイデルベルク大学日本研究所所長)
日時 10月10日(水) 10:30〜12:00
場所 大阪大学豊中キャンパス 教育研究棟U 2階 213演習室 (定員16名)
主催 大阪大学大学院文学研究科国際連携室
   大阪大学大学院文学研究科日本文学・国語学研究室
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お問い合わせ 忘却散人(わたし)
小さな演習室で、授業の一部としてもやるので、アットホームな感じになると思います。
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2012年09月15日

読書の技法

自己啓発モノ(勉強法・整理法・健康法など)が実は好きで、買いはしなくても、立ち読みする。立ち読みで読了してしまうことも。『本は1分で読める』(不正確です…)みたいな速読法の本は、その技法を使ってたしかに1分で読めたりする。こういう本はあまり売れそうにないですね。
それで、最近本屋に行くたびに気になっていたのが、佐藤優の『読書の技法』。この人、立花隆の後を継ぐような位置にいる人じゃなかろうか。体格も似ている(?)。
たしかに技法に徹した読書指南であるが、根っこには教養主義がある。教養がなければ国際的なビジネスマンとして信用されないといい、読書有用論を説く。
ビジネスマンに、基礎的な勉強法として、教科書や受験参考書を勧める。出口汪の現代文や青木裕司の世界史が出てくる。青木は大学時代の友人だからこれは嬉しい。
二度寝はしない。一流の知識人はそうなんだろうな。あの二度寝の至福を捨てるんだから。このごろ思う。なにかの快楽を捨てないと、仕事はできないよって。二度寝の至福を捨てて、朝の時間を作れるわけ。
手書き派ノート術や読書空間確保術も。満員電車の中で迷惑をかけるようながっついた読書をしてはいけないというところなんかも、うなずける読書倫理。また自分流を押し付けない。それぞれ人にはやり方があるという。いろいろと有用。共感。読書法の本としては私の中では上位に来る本である。
佐藤優は文芸書もよく読む。村上春樹を高く評価している。1Q84はパラレルワールドを描いたのではない、と。おお、そうなのか?村上春樹は国際的ビジネスマンには必読書という。これはそうだろなと思う。留学生にきいてもよく読んでいるし、初対面のフランス人の方と食事していてなんとなく話題に困った時、1Q84でガゼン盛りあがったこともある。
では読書術として普遍的かと言われれば、それはどうかな。向き不向きがありそうだ。睡眠時間3時間、月に300〜500冊読み、1000枚書くなど、マネできるわけのない生活をやっている人だから、まあ、読み物としてとりあえず読んで、盗めるところは盗めばいいか。
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2012年09月04日

神戸女子大学古典芸能研究センター

『神戸女子大学古典芸能研究センター紀要』第6号(2012年7月)が到着。同センター開設10周年記念号。ロバート・キャンベルさんの記念講演録「これからの日本古典芸能研究に期待されるもの」が掲載される。それによるとキャンベルさんは、日本以外の全世界向けに日本のコンテンツを放送するNHK国際放送局の事業のひとつとして"Booked for Japan"という番組があるが、その制作に関わっているらしい。ゲストに呼んだ野村万作・吉田都の両人から聞いた話が、不思議に共通しているとして、その共通した点を日本の古典芸能の特質と関わらせて論じている。バレエの吉田都には、バレエでありながら万作と同じく日本古典芸能的なところがあるのだという。どこまでやっても、何年やっても自分の芸に満足できない、完成形のないその求道性、それを求めて悩み続ける現役である一方で、後進に伝えていくという継承のシステム。欧米の芸能にも造詣の深いキャンベルさんの分析は面白い。
 さて同センターには次々と素晴らしい文庫が寄贈されているが、伊藤正義先生の蔵書に引き続いて、信多純一先生の志水文庫も一括寄贈された。そのお披露目が11月19日から同センターで行われる。詳細はこちらをご覧いただきたい。記念講演会は11月23日(金・祝)で、阪口弘之・中野三敏・鳥越文蔵各先生の豪華三本立。予定された3時間ではちょっと収まりそうもない。
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2012年09月03日

足利義満

 小川剛生『足利義満』(中公新書、2012年8月)が刊行された。300頁弱のボリュームである。歴史と文学を自在に往還することのできる小川さんの著書は、ケレン味はないが、史料をきちんと読解した叙述の信頼感は抜群だ。それにしても、国文学者が中公新書で義満を書くというのは、やはりすごい。歴史学者であれば、なかなか書けないだろうと思われるのが第四章の「室町将軍の学識」である。とりわけ和漢聨句についての解説は新書レベルとは思えない大きな問題提起ではないのか。和漢聨句の異常な流行の背景を探り、和漢聨句の「漢」は、すでに和の中にある漢であると喝破する。まあ、このあたりよく知らないのだけど、迫力のある記述だ。
 それにしても、小川さんは書名を『』で括っていない。小川さんにとって書名は人名と同じように、『』でくくるほどのものではないのか?たしかに括らなくても、いや括らない方が読みやすい気がするのは不思議だ。これは小川さんの文章だからなのか?
 貧しい感想を述べたが、快著。「はしがき」に本書の遅延について書かれてあり、小川さんでもそうなのかあと一瞬安心しかけたが、ちょっとまて、その「遅延」の間に小川さんがどれだけ仕事をしているか考えろよ!という内なる声。あ、そうか、危うく勘違いするところだった。反省。
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2012年09月02日

京都タクシー奇談

京都調査2日目。一行で、わりと新しい古本屋に向かう。東山七条でタクシーを拾った。そのタクシーの運転手、元大手百貨店に勤めていたらしく、なかなかの情報通である。蕎麦屋の話になり、古本屋の近辺の蕎麦屋で、O屋を教えてくれた。

さてそのタクシーに同乗していたK氏、3日後、ふたたび京都にあらわれ京都駅でタクシーを拾ったら、なんと同じ運転手のタクシーだったという。運転手は「いい古本が買えたか?」「O屋に行ったか?」などと訊いてきたという。K氏いわく「スゴイ確率、スゴイ記憶力」。こんなこともあるんですね。京都にはいったい何台タクシーが走っているのだろうか!
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2012年09月01日

近世観相学

神代より伝へきたれるみやしろのたふとき道のふみを見るかな

8月末は京都のR文庫で3日連続の調査。2日目、夕食に大阪S大社を訪書されたA氏が合流。K大調査組も加わって賑やかな会になった。
A氏によると、S大社に行くと、「閲覧の前に貴殿の歌を一首奉納されたし」と言われたとのことで、そこですかさず詠んだのが冒頭の和歌である。
A氏は、それをその場で披講、やんやの喝采を浴びた。それにしてもS大社、昨年まではそういうことはなかったはずだが…。腹案を用意しておかねばなりませぬ。

さて、話は変わるが(本当は繋がっています)、勉誠出版のアジア遊学シリーズで、前田雅之編『もうひとつの古典知』という本が出ている。興味深いラインナップの中で、とりわけ異彩を放つのが青山英正さんの「古典知としての近世観相学」である。近世における観相学とそれに関する出版を概観し、文学作品や心学が観相学を摂取していた有様を具体的に述べ、その背景に道教的知のあることを論じている。明治以降には西洋の人相学が入ってくるが、近世観相学が一掃されたわけではなく、並立的に生き残ったという。そのひとつのあらわれとして、逍遥の『当世書生気質』の第一回の主人公の姿が、近世観相学に基づくと思われることを挙げている。非常に面白い発想で、人相学以外にも、これらの現在からみれば「怪しげ」「胡散臭い」知を、古典知として再評価する研究があっていいと感じた。S大社にも、観相学の本、あったんですかねえ。
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