2012年11月16日

鹿田松雲堂 五代のあゆみ

四元弥寿著、柏木隆雄・山本和明・山本はるみ・四元大計視・飯倉洋一編『なにわ古書肆鹿田松雲堂 五代のあゆみ』(和泉書院、2012年11月)がいよいよ刊行される(編者は実際の本では五十音順に並んでいるが、なんとなく申しわけない)。

 鹿田松雲堂は、江戸時代から続く、関西を代表する古書肆であった。沖森書店も中尾松泉堂もここから出ている(その概説については、故中尾堅一郎氏の「大阪古典書肆。鹿田松雲堂」『文学』1981年12月号を参照されたい)。四元弥寿さんは鹿田松雲堂四代静七の娘である。平成22年逝去。弥寿さんは、鹿田代々の事跡を調べて、後世に伝えようとした。その文章(「五代のあゆみ」)が、弥寿さんの娘さんである山本はるみさんによってパソコンに入力され、弥寿さん五十日祭を期して冊子として配られた。それを元に関係資料などを併せて出版されたのが今回の本である。

 きっかけは、山本はるみさんの大学(大阪大学文学部)の同期生である柏木隆雄先生が、この冊子を読まれたことからはじまった。日頃何かと気にかけてくださる先生は、飯倉も興味をもつかもしれないと、はるみさんから私宛てに送るように手配してくださった。山本はるみさんの弟さんである四元大計視さんの御宅に、現在も大切に鹿田松雲堂の資料が残されているということから、その資料の目録を作るお手伝いを同僚の合山林太郎さんや学生たちとさせていただくことになった。柏木先生も指揮をとってくださったが、その調査の過程で、「五代のあゆみ」を基本に、松雲堂の歴史を立体的に再現するために、いろいろな資料を付して本として出版すれば、学術的にも大いに意義があるだろうということになり、様々なアイデアを出しては修正し、和泉書院の上方文庫の一冊として出していただくことになった。この間に、近代の出版に高い見識を持っておられる畏友山本和明氏を巻き込んで、結局、柏木先生と山本和明氏、そして山本はるみさんの熱意で、今回の本が成った。編者として私の名前は載っているが、若干の資料の選択と、たった一つの資料の翻刻そして年表作成をしたくらいであるので恐縮至極。合山さんや、山本さんをひきいれたことは、まあ私の手柄だが(笑)。

 序にあたる文章である肥田晧三先生(今回、様々なご教示をいただいた)の「鹿田松雲堂と私」を冒頭に戴き、本の出来た経緯を柏木先生が書かれたあと、メインの弥寿さんの「五代のあゆみ」が来る。編者らが事実との照合などをし、柏木先生が中心となって文章を整えた。全体を年表としてまとめてもみた。山本和明さん、山本はるみさんの、「ダブル山本」が大活躍したのが資料編である。三代目の日記などは研究者垂涎の資料ではないか?多くの資料・写真が割愛された。関係者からのご親切なお申し出もあったのだが、限られた紙幅の中で、涙を呑んで収載しなかったものもある。しかし、本書を契機に、さらに資料が精査され、松雲堂の文化史的役割が明らかになっていくことだろう。多くの方のご協力で、本書は成った。すべての方に謝意を表したい。そして出版を引き受けてくださった和泉書院にも心より御礼申し上げます。
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2012年11月12日

こんな本が欲しい!

講義後のリアクションペーパーで、日本文学専修以外の学生から、「僕らのような専門外の者が読むのに適当な、一般向けの近世文学の概説書ってありますか?」ときかれたのだが、これが案外にないんですよね。大学の講義の教材ではなく、近世文学研究事典でもなく、『近世文学への招待』とか『近世文学のすすめ』とか、『近世文学入門』とかいうような、新書や選書サイズの本。できれば一般にも名前が知られていて、実力がある方の、ひとりでの書き下ろしが望ましいですね。中野三敏先生とか、ロバート・キャンベルさんとか。リンボウさんや野口武彦先生でもOKですが。そんな本が、毎年1冊ぐらい出ているというような状況が望ましいですね。値段は1500円以下で(笑)
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2012年11月09日

林羅山評伝

ミネルヴァ書房の日本評伝選シリーズの1冊として鈴木健一さんの『林羅山』(2012年11月)が刊行された。羅山といえば、徳川時代の思想基盤を作った儒学者というイメージだが、権力の中枢にいた人間ということもあって、思想家としての評価は芳しくはない。しかし、近世文学に与えた影響は甚大であること、本著の中でも縷々説明されるとおり。『雨月物語』だって羅山著書との関わりが指摘されている。
 
 今回の鈴木さんの本は、羅山に暖かい眼差しを注ぎつつ叙述されている。向学心と名誉欲のバランスのとれた好ましい人物として描いている。『江戸の蕎麦』で、鈴木さんの文章が、一般向けのわかりやすさ、よみやすさという点で、非常に優れていることを実感したが、今回の羅山評伝も、非常に配慮のある落ち着いた文章となっている。落ち着いているということが重要で、安心して読み進めるのだ。この文体に到達するのは、案外にむずかしいのではないかと思う。朱子学の概説とか、その当時の仏教の学問的位置など、評伝を理解するのに必要な知識も、要領よく解説しつつ、である。講義をきいているような感じだ。

 その落ち着きがどこからきているのかといえば、先行研究への目配りと、それへのリスペクトにあるような気がする。今回、鈴木さんは新しい羅山像を提出しようとしているのだが、だからといって先行研究を仮想敵として論難するような筆法をとらない。

 さて、伝記という読み物は、描かれている人物への興味をかき立てられることはもちろんだが、その筆者の、伝記の対象である人物への思いを読むという楽しみもある。今回の鈴木さんの羅山評伝も、羅山のバランスのとれた総合知や、世界の体系的理解への志を読んでいこうとするところに、鈴木さんの学問観の一端を感じる。評伝には、書く人の人柄が思いのほか出るものなのである。
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2012年11月06日

ハンサムな女傑

2013年のNHK大河ドラマの主役は、新島八重ということだが、この人、もちろん同志社創設者新島襄の妻である。会津藩の砲術師範・山本家に生まれ、戊辰戦争では鉄砲を手に官軍相手に奮戦したという女丈夫。会津藩降伏の日には、

 明日の夜は何国の誰かながむらんなれし御城に残す月かげ

という和歌を詠んだという。こんな女傑が準宣教師の新島襄と出会い、クリスチャンとなるのだから人生は分からない。その伝記はあまり知られていないが、このたび同志社同窓会が、『新島八重 ハンサムな女傑の生涯』(淡交社、2012年10月)という本を出した。豊富な写真図版とともに、夫との生活、会津時代、教育者としての側面、看護活動、茶人としての事績など、さまざまな顔を紹介してくれている。とくに茶人としての活動はほとんど知られないが、茶の湯といえば同志社女子大の廣瀬千紗子さん。様々な資料を調べ上げてその事績を明らかにしている。

 ハンサムというのは夫の襄が妻をたたえた形容。アメリカで世話になったハーディ夫人宛の手紙で、「彼女は美人ではないけれど、行いが美しい」と書いた。つまりは八重の人柄を言ったことばである。
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2012年11月05日

荷田春満展示図録の素晴らしさ

國学院大学創立130周年記念展示の図録である『国学の始祖 荷田春満』(国学院大学、2012年10月)を拝読。

同大学120周年記念事業である『新編荷田春満全集』全12巻(2003〜2010)編集に携わった国学院を中心とするプロジェクトチームの研究成果の総決算といえる展示とその解説図録。そもそも12巻の全集をわずか7年で出したというのは、この業界では壮挙というべきであろう。京都伏見の東丸神社所蔵の東羽倉文書調査によって、多くの春満自筆稿本をはじめとする新出資料が出現、これを取り込んだことで国学史研究に画期的な位置を占めることになった。

この図録の素晴らしいところは、そのような新しい春満研究の地平を実にわかりやすく構成していることである。実をいうと展示そのものは見ていない。東丸神社のものが多数出品されているだけに、滅多にないチャンス。お近くの方で興味のある方は必見だろう。春満最古の歌会資料『念三記』、春満自筆の『万葉代匠記』写本、稲荷社が作成した宗門人別帳、春満訓点書き入れ本の『古事記』、現存する唯一の日記『宝永四年日次記』、門人で幕府御用の下田師古の春満宛書簡、またその逆に師古に宛てた書簡、偽書の鑑定をした『和書真偽考』…、挙げればきりがない重要資料が満載だ。

現在、近世上方文壇における人的交流の研究というプロジェクトを進めているが、京都における荷田学の役割というのは、従来の国学研究では欠けている視点である。だが、この図録に載っている稲荷社御殿預の荷田信郷(秋成とも交友ある人物)宛真淵書簡には、加藤宇万伎とともに『万葉考』1,2、別記の彫板を京都の本屋出雲寺和泉掾に催促してほしいという依頼をしている。秋成はのちに春満の家集『春葉集』に関わる。実は京都文壇における荷田学の意味は、これから一層明らかにすべきテーマなのだ。鈴木淳さんや、一戸渉さんによって、その扉は開かれている。

それにしても、読み物としても面白い図録でした。感謝感謝!
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2012年11月01日

篠原進氏のスピード反論

篠原進氏が「日本文学」10月号の木越俊介氏「西鶴に束になってかかるには」に反論した、笠間書院のブログへの寄稿「発熱する胡桃」が話題になっているようだ。ネット時代にふさわしい異例のスピード反論。
私もこの文章を興味深く拝読した。反論のスピードにも驚いたが、非常に説得力ある展開となっていることにさすが!と思った次第。とはいえ、文章中の

「政治的な文脈」に限ってバイアスのかかるふしぎな傾向が近世文学者の一部に見受けられるのはなぜだろうか。

の「近世文学者の一部」をはっきり書かれていないものの、その一人として私が想定されているような気がしたので、ちょっと感想を述べておきたい。
この件に関しては、仮名草子における政治批判があるのだから、西鶴に政治批判が皆無だとするのは確かにおかしいとする閑山子の御意見もある。政治批判を述べた仮名草子作者と西鶴の置かれた立場の違いがあるかと思うが、それはしばらくおいて、「ふしぎな傾向」といわれる点についてのべよう。

 第一に、「政治的な文脈」に限ってバイアスがかかるふしぎな傾向の発生の理由。「ぬけ」に限らず、近年の西鶴作品の「読み」が「政治的な文脈」で分析されることが多いという「ふしぎな傾向」があるという印象が私などにはあり、それへの素直な違和感から来ているのであって、みなさんの方が先でしょうと申し上げておきたい。
 第二に、「政治的な文脈」で読むべきではないと一面的に言っているのではない。そういう文脈で読み解くべきものももちろんあろう。ただし、それを西鶴が真面目に主題化して書いたといわれると違和感があると申し上げたいのである。西鶴の執筆意図がとてもまじめであるように、近年の論文では読めてしまうのだ。そういうおつもりではないのかもしれないが。

 それと「近世的な読み」の限界について。これについても、2つ。
第一に、限界があるのは当然である。限界がないと思っている人はノー天気です。だからといって、「近世的な読み」への接近をあきらめてはならない、つまりどうせ近世人にはなれないんだ開き直ってはならないわけで、それが研究者としての良心のようなものだろう。篠原さんの文章で「近世人を気取って」というような表現が出てきたが、気取っているわけではないと思う。もちろんその人の自由な読みを披露するのはそれとは別の次元で自由だ。
第二に、「近世的な読み」は決して一元的ではないということについては、賛成で、そのことについて私は「「菊花の約」の読解―「近世的読み」の試み―」(だったかな、阪大の広域文化論の成果報告書)という論文で主張している。近世人だからと言って、みんなが同じ読み方をするはずはない。この点については、しかしあまり共通理解になっているとはいえないだろう。今後もっと考えたいなと思っている。
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