2013年02月28日

忍頂寺共同研究が国文研のサイトで公開


国文学研究資料館ホームページ内「研究活動」に「活動・成果の紹介」というWEBページが新設され、私が研究代表者を務めました、忍頂寺務に関わる研究である「近世風俗文化学の形成」共同研究の成果公開がアップされました!
興味のある方は一度ご覧になってください。

「活動・成果の紹介へ 」 のリンクをクリックしていただくと、
『近世風俗文化学の形成 ―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺』のページに遷移します。

報告書を入手できなかった方も、こちらでご覧になれます。どうぞご利用ください。
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2013年02月26日

江戸時代の本の価格

鈴木俊幸氏が、またすごいことをやった。科学研究費補助金基盤研究(C)「日本近世を中心とする書籍類の流通と価格についての研究」(平成20〜24年度)の成果報告として配布されたCD『近世日本における書籍の価格』である。その中身は、近世初期の書籍目録のうち、価格の記載のある天和元年版『書籍目録大全』と元禄九年版『増益 書籍目録大全』における価格のデータ化。そして、鈴木さんが目にしたありとあらゆる史料の中から、書籍の価格についてのデータを採取したものである。その史料の数130ほどか。鈴木さんのお持ちのものもかなり多い。

 書籍目録のデータ数が18000ほど、その他のデータ数が、驚くべし、9000ほどである。授業でよく聞かれる「江戸時代の本の価格はどれくらいだったのでしょうか」。その答えはこのデータの中にある。いやこんなにデータがあったとは。加工や再配布も自由という太っ腹だが、まだまだ作成途中ということであるから、やはりここは、ありがたく利用させていただきつつ、区切りとして完成される日を待たせていただこう。

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2013年02月25日

源内の学の基盤

 福田安典『平賀源内の研究 大坂篇』(ぺりかん社、2013年1月)が刊行された。福田さんには、私が大坂に来てから、個人的に大変お世話になっている。雑誌の『上方文藝研究』、忍頂寺文庫の共同研究など、彼がいなければどうなっていただろう。阪大国文研究室のOBとしての存在感は凄いし、その後輩への愛情は本当によくここまでして下さると、頭が下がる。一見豪放だが、非常に繊細な気配りの人で、そこにこそ彼の本領が実はあると私は見ている。

 彼にはさまざまな逸話があるが、一言でいえば「現代の平賀源内」を目指している人である。それはまたかなり現実のものになっている。たとえば高校の時は、柔道のオリンピック強化選手だったと聞く。愛媛在住中にはオペラを作り、それが実際に上演された。子規を生んだ土地で県レベルの大会の俳句の選者もやった。短歌も作るし、篆刻もやるし、書いた論文は全ジャンルにまたがる。持ち駒の多さ、間口の広さである。

 源内を論じる彼の態度は、自身が源内に成りきっているという感がある。この本は大体読了したが、内容については理由があって、あえて詳述しない。源内自身のことよりも、源内の学の基盤になる文化圏というべきものを明らかにしようという志向が見てとれる。彼の学の基盤は上方にある。そのために、戸田旭山や都賀庭鐘に紙面を割き、医学・本草学などへの言及がある。つまり、源内の新しい照らし方をした本だということが言えるのだろう。
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2013年02月19日

ボストン美術館の絵本(ETV)

下記はロバート・キャンベルさんから教えていただきました。

昨秋ポストしたボストン美術館の絵本調査、その成果の一端として土曜日の午後に特番が放送されます。九州大学名誉教授・中野三敏先生らといっしょに絵本の扉を叩きます。よかったらご覧ください。
2月23日(土) 15:30-16:00
NHKEテレ
ボストン「江戸絵本」への旅
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2013年02月18日

人的交流研究会のお知らせ

書くべきことが6,7件たまっているのですが、とりあえずは宣伝をさせていただきます。

私が代表者をつとめています科研の共同研究「近世上方文壇における人的交流の研究」の研究会が今年度も開催されることになりました。今年は岩瀬文庫での調査も兼ねて、愛知県西尾市岩瀬文庫での開催となりました。以下の要領で開催いたします。研究会への参加はご自由。無料で事前連絡も必要ありません。奮ってご参加ください。

この科研では、とくに上田秋成・小沢蘆庵周辺の交友関係が一つの柱となっています。今回はそういう発表が多いですね。既に20名ほどの方から参加の御意向をうかがっています。

【第3回 人的交流研究会】
日時 平成25年3月2日(土) 13:30〜16:30
場所 西尾市岩瀬文庫地階研修ホール
〒445−0847西尾市亀沢町480
http://www.city.nishio.aichi.jp/nishio/kaforuda/40iwase
/iwasebunko/koutu.html

プログラム
13:30〜
講演会 「小沢蘆庵についての二題」
国文学研究資料館教授 鈴木 淳 氏

14:30〜
研究発表会
1)「城戸千楯(恵比須屋市右衛門)の交友と出版 」
明星大学准教授 青山 英正 氏

2)「出府と蟄居 ―非蔵人橋本経亮の誤算― 」
金沢大学准教授 一戸 渉 氏

3)「上田秋成と蘆庵社中 ―雅交を論じて『金砂』に及ぶ― 」
国文学研究資料館機関研究員 高松 亮太 氏

【主催】
科研基盤研究(B) 近世上方文壇における人的交流の研究
研究代表者 飯倉洋一(大阪大学大学院文学研究科)
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2013年02月11日

江戸遊女紀聞

江戸時代の遊女に関する本は、多数あるだろう。しかし、信頼のおける近世文学研究者の書いた本となると…、なかなかありません。文献学と実地調査に基づいた、きちんとした遊女研究書が廉価で出版された。ゆまに書房のゆまに学芸叢書の一冊、渡辺憲司氏著『江戸遊女紀聞―売女とは呼ばせない』(2013年1月)である。

仮名草子、大名文化圏、遊女の三つが渡辺氏の研究の柱であろうが、最近では、ベストセラーとなった『時に海を見よ』の校長式辞で有名になられた。

すごく昔の話だが、岩波の新古典大系の注釈のために採った膨大なカードを見せていただいたことがある。
そこに渡辺氏の学問の原点があるような気がする。

『色道大鏡』の注釈も『解釈と鑑賞』に連載中だったが、御存じの通り、雑誌休刊で中断してしまったのは残念であった。本書の副題も『色道大鏡』の作者の言葉に由来するということである。
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2013年02月10日

自己中男、大津順吉

いろいろ事情があって志賀直哉の『大津順吉』『和解』ほか数編を読んだ。いやー、久しぶりに私小説の世界に浸りましたわい。しっかし、まあ、よくこんな自己チュウの人物を書くよねえ。もう自分の欲望むきだしに女中に手を出して、相手の気持ちなどお構いなしに「結婚しよう」などと言い、反対する家族にはイライラして。読んでいて、なんじゃこの男は!と腹が立ってくる。そういう気持ちに読者をさせるって、なかなかの小説やないか!などど逆ギレならぬ、逆ボメしたくなるっすよ。

 こいつ、大津順吉が語り手だから、ますます腹が立つんだろうな。で、ふと思ったんですが、主人公が語り手である小説で、その主人公の名前がタイトルになっているっていうのは珍しいんじゃないかと思うのですが、他にそういう例がありましょうか?あったら教えてください。

 だって、タイトルも語り手がつけていると仮定すれば、これは変ですよね。タイトルを付けたのは語り手ではない、ってことになりますから。なかなか類例ないんじゃないかって思うのですが。もちろん思いつかない、または知らないだけかもしれないから、教えてもらって、「あー、そうか、それもあったよね」って言いたい!
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東洲(ジュウ)斎写楽

写楽はトウシュウサイではなくトウジュウサイであった。という説は既にあるらしいのだが、岩田秀行「「東洲斎」の読みについて」(『浮世絵芸術』165、2013年1月)は、多くの用例を集め、この説を補強するばかりか、江戸時代においては、人名の「洲」は「ジュウ」と濁って読むのが正しいということを主張する。

つまり、雨森芳洲はアメノモリホウジュウ、五井蘭洲はゴイランジュウ、細井平洲はホソイヘイジュウ、唐衣橘洲はカラゴロモキツジュウと読んでいたのだと。たしかに団十郎贔屓の烏亭焉馬が「談洲楼」と号したのは、「ダンジュウロウ」と濁らなければ洒落にならないから、云われてみれば、あ、そうか。目から鱗である。私など、これだけはなぜかダンジュウロウと疑いもせず読んでいたのだが、芳洲や蘭洲をジュウと読むことに思い至らなかった。岩田氏のあげる用例は多数に上り、これは認めざるをえないだろう。もちろん、清音で表記しているものもあるが、江戸時代は濁点符を打たないこともよくあるから、清音で読んでいた証拠はなかなかむずかしい。

それで思い出したのだが、黄表紙『御存商売物』で「小本」に「こぼん」と振り仮名が施してあったか、最初からひらがなだったかは忘れたが、とにかく今「こほん」と呼んでいるサイズの本のことを当時は「こぼん」と云うのかな、とそこで思ったことがあった。

さて、だからといって、いま慣用的に読んでいる「トウシュウサイ」を「トウジュウサイ」と読むべきだということになるかというと、それとこれとはちょっと別問題なのかもしれない。しかし、いつごろからこうなっているのか。中国語では洲はzhouと発音するのだから、また本はbenだから(手元の新字源を見たのですが)、江戸時代の漢字の発音は本来の中国語に近いのかもしれないな。でも、本屋は「ぼんや」って読んでいたのかなあ?国語学者に聞きたいところだ。
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近松浄瑠璃の史的研究

井上勝志さん『近松浄瑠璃の史的研究 作者近松の軌跡』(和泉書院、2013年1月)が刊行された。井上さんは40代半ばですが、近松研究所所長という重責を担われている方。満を持しての出版ということであろう。日本近世文学会賞受賞論文を含む14本の論文を元に、近松を文学史的に位置づけようとしたもの。私の全く疎い方面であるが、師匠である阪口弘之氏の研究を常に意識しつつ、浄瑠璃史への展望に裏付けられた論文集と見受けられる。安心して読める、考証・論証のゆるぎなさが、本論文集への信頼を保証するのではないかと。
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雨月物語に関する二つの講演録

研究室の近刊雑誌で『雨月物語』に関する二つの講演の活字化を見つけた。

ひとつは、『京都語文』19(2012年11月)に掲載される長島弘明氏「『雨月物語』の多義性について」である。仏教大学での講演のようである。取り上げるのは「浅茅が宿」。宮木の心情の多義性・二重性。「信頼と懐疑」を揺れ動く。それを二重性の表現で描く。この表現については高田先生の「幻語の構造―雨と月への私注」という名論文があるが、それを踏まえつつも、高田先生がストーリーの暗示的手法としたのに対し、むしろ宮木の心情の二重性に対応させているところが新しい。私に引きつければ、「菊花の約」もまた、登場人物尼子経久の、揺れ動く信頼と懐疑の物語である(拙著『上田秋成―絆としての文芸』)から、これは興味深かった。もうひとつは勝四郎が目を覚ます早朝の場面における風景の二重性。美しい叙景であるとともに無残な廃屋の描写でもあるという天才的な表現が解析される。

もうひとつは、山本秀樹氏「『雨月物語「菊花の約」解釈の諸問題」(『高知大国文』43、2012年)。80枚という力作で、従来の諸説をメッタ斬りしている。幸い私の論文は、書かれた時点で参照されなかったとみえて俎上には上らなかったが、付記に出てきてドキっとしたら、御自身の説に近いとあってフォローしてくださっていた。〈かくも実現困難な信義が実現された話〉として読むという結論のようで、確かに私と同じ読みである。緻密に展開される細かい読みについても、ほぼ同意するが、左門の行方については意見が違う。左門は帰郷してはいない。自刃したのである…と、いうのが私の説です。
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2013年02月06日

メモ

書きたいことがたまってきていますが、週末まで難しそうです。
メモだけ。

福田安典さんの論文集『平賀源内の研究 大坂篇』
井上勝志さんの論文集『近松浄瑠璃の史的研究』
『雨月物語』に関する二つの講演(長島弘明さん、山本秀樹さん)
三浦しをん『あやつられ文楽鑑賞』


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