2013年04月26日

浄瑠璃と謡文化

本ブログ1月23日のエントリーで、『ひらかな盛衰記』を学部演習で読むことを書いた。連休明けから学生の発表がいよいよはじまる。さて、その際に、『ひらかな』の映像が入手困難、どなたか教えて下さいとSOSを出したところ、親切なことに、田草川みずきさんが、『ひらかな』のいろいろな映像をDVD3枚に収めて送ってきてくださったのである!これには感激した。この映像は、田草川さんの恩師であられる内山美樹子先生をはじめ、諸先生、諸先輩のお力添えで収集されていたものだとのことで、まったくもって恐縮の至りであり、この場を借りて関係の皆さまに御礼申し上げる。

 さて、その映像、とくにお勧めだった「山川静夫の華麗なる招待席」の「松右衛門内から逆櫓の段」(昭和52年2月NHK)。これは竹本津大夫&野澤勝太郎である。この津大夫の語りがすごくよくて、学生もかなり熱心に見ていた模様。

 ところで、あまりのご親切に、お礼のしようもわからず、取り急ぎ、近著2冊をお送りしたところ、田草川さんから、丁寧な御感想とともに、そのまたお礼にと、『浄瑠璃と謡文化―宇治加賀掾から近松・義太夫へ』(早稲田大学出版部、2012年)が送られてきたのには恐縮した(謡曲と加賀掾というと、阪大OBの川端咲子さんの研究を思い浮かべるが、川端さんの論文も引用されていた)。

 ところで、浄瑠璃を授業でやるということで、節章について、俄か勉強した結果、これまで頭ではわかっていた、「節章がわからなければ浄瑠璃は読めない」ということが、やっと実感できた。(誤解されてはこまるが、これは浄瑠璃が読めるようになったという意味ではない。節章が理解できたという意味でもない)そういう時に、この本の第三章は、そのものずばり、節章を正面から論じていたので、感慨ひとしお(あくまで無理解のままだが)であった。
 第2章は、浄瑠璃の謡曲摂取について論じられている。

 明るくてさわやかな装丁で、定価も3800+税と非常に求めやすいです。
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日本語は面白いって、ホントっすか?

『図書』(岩波PR誌)2013年5月号巻頭に、金水敏さんと清水義範氏の対談「日本語はこんなに面白い」が掲載されている。ご本人からいただきました。岩波の新シリーズ「そうだったんだ!日本語」の情宣対談だが、なかなか面白い話が満載である。たとえばキムタク語の「ホントっすか」の分析。この分析によれば、この語はキムタク以外には使えないってことになるけど、ホントっすか?

あと「上から目線」「タメ口」という語の微妙な人間関係意識。そうそう、その辺り、なっかなか面白い。だって僕ってそういう言葉に敏感じゃないですか。

「お名前さまをいただいてよろしいでしょうか」。これは知らなかったな。日本人のスピーチ下手。あー、耳が痛いっす。
 最後のあたり、重要な提案が出てくる。「誰に何を何のために伝えなくてはいけないかが、文章と結びつかない。そこは国語教育に大きく欠けているところですね」

 一番、気に入った金水さんのことばを最後に。

「江戸時代以前の教育では、教科書は往来物、つまり手紙だった。要は目的があって伝える相手がいて、その人に伝わるように手紙が書けるということが、大人の最大の条件。近代の国語教育は、そこの部分が抜けてしまった」

 これは、江戸文学研究にも大きな示唆をもたらす発言。文学作品だって本来は、誰か(特定の)人のために書かれたものがほとんどなんだ、っていう授業を今やっているもんで、つい共感してしまいました。
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2013年04月13日

澁谷近世19

国学院大学近世文学会会報の『澁谷近世』19号(2013年3月)は戯作特集。一瞬学芸大の『叢』か、と思ったら、「そう」じゃなかった。黄表紙の翻刻・解題などあるが、巻頭は棚橋正博氏の「『金々先生栄花夢』を読む」と題する、うがち読み。さすがである。やはり「しぶいや」と、下手な地口。
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2013年04月12日

完本上田秋成年譜考説

ついに刊行された。高田衛先生の『上田秋成年譜考説』が、「完本」として復刊された(ぺりかん社、2013年4月)。上田秋成を少しでも専門的に調べようとした人(たとえばそれが卒論や、演習などでも)は、誰しもこの本を参照したはずである。そして、それが単なる年譜ではなく、実に見事に、上田秋成という存在を描き、それを現代に蘇らせるという稀有な仕事であることを了解するはずである。年譜としても、現在に至るまで第一の基本資料としての位置を譲っていないが、その真骨頂は考説の部分にある。ここに我々後学は、インパクトを受けた。高田衛にしか描けない秋成がいた。それがどれだけ、我々に影響を与えただろうか。そして、我々の目標になっただろうか。高田先生の描いた秋成とは違う秋成像が描けるのか。そこに秋成研究のモチベーションがあったのである。

その影響力からいっても、本書は秋成研究のみならず、日本文学研究の金字塔と言って過言ではない。解説の長島弘明さんの文章も、御自身の研究が高田先生の研究にいかに影響を受けたかを率直に吐露したものだと言えよう。現時点で、高田先生の年譜を超える年譜を書ける人の最右翼にいる、最適任の解説者である。

我々が院生のころから、古書価格は十万円近くした。私は恩師にお借りして、恩師の書き入れのあるコピーを長く使わせていただいた。簡易製本のため、バラバラになりかけたのを自分で製本しなおしたりして、使い続けた。ここにようやく定本が出る。それは私にとって嬉しいことだが、しかし今後の日本文学研究にとっても、非常にありがたいことだ。是非、若い人に読んでもらいたい。あえて、発表時のままのスタイルで刊行されるのは、本書が研究書であるとともに、誤解を恐れずにいえば高田衛という人の文学作品でもあるからだ。データ完備時代とは違う時代の年譜作成とはなにか?松崎先生の語彙カードにも感じた「志」を本書でも感じることができる。
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近世部会誌

日本文学協会近世部会の出す『近世部会誌』。なかなか入手がむずかしいらしいのだが、ご親切な方がいて、7号(2013年3月)もまた落掌。短文ながら新資料の紹介や典拠の指摘などもあって貴重である。かつての理論的な文章は、近年は若干少なくなった印象。部会では、八犬伝を読んでいるらしい。月1回で、岩波文庫本半分進むらしいが、どういう風に担当者は報告をするんでしょうか?そういう輪読会をやったことがないので、想像がつかない…。
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2013年04月09日

書かねば

今年になって刊行された、神作研一さんの『近世和歌史の研究』、西田耕三先生の『怪異の入口』の2冊について書きたい、書かねばと思っていますが、いまだ果たせず。篠原進さんの『新可笑記』論(「青山語文」)についても書きたい、書かねば…。という気持ちだけをとりあえず書いておきます。
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2013年04月06日

『吾輩は猫である』縫田針作の手紙の材源

『待兼山論叢』46号(文学篇)で、合山林太郎さんが、漱石の創作方法の一端を明らかにして見せた。『猫』第九回に出てくる縫田針作の書簡(書籍購入の依頼状)が、実際に発信された小出新次郎という人の依頼状をほぼ丸取りしたものだという。合山さんはこの書簡を、古書即売会の一枚摺りや広告の山の中から掘り出したという。なかなかエキサイティングな話だ。
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2013年04月05日

近世語彙カードデータベース

国文学研究資料館が、故松崎仁先生の「近世語彙カードデータベース」を公開。これはすごすぎる。研究者目線の語彙カードデータベースであり、辞書では得られない、松崎先生の所見なども。これが公の知の財産となったことはすばらしい。また、擬似カードボックスDBである九大システムを採用したのもよい。これは電子データではなく、画像データであることに大きな意味がある。
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2013年04月04日

後藤昭雄先生をおくりたてまつることば

『成城國文学論集』35(2013年3月)。標題は巻頭宮崎修多氏の狂文風の擬古文。面白い。こちらも、「むかへたてまつることば」をのべたいのですが。単身生活を卒業されて奈良にお帰りとうかがう。
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