2013年11月29日

関東俳壇史叢稿

 「近世文学の様式」という講義をやっている。変体仮名の読解や、和本の解体と再製本など、学生には、体で修得してもらうメニューを提供している(「こなさせている」という変な表現にご注意を受けましたので謹んで訂正)。

 江戸文学は俗文芸であっても、ある程度の教養が必要であり、そういう教養は、寺子屋などで学ぶ往来物と呼ばれる初級教科書で培われたという話をしたところ、受講生の多くは、楽しく勉強できるように工夫されているこれらの往来物に対して、興味を持ってくれたようである。いくばくかの往来物の現物を回覧したり、スライドで見せ、また寺子になったつもりで、消息の手本を臨模させたりしてみた。「和本リテラシー」の教科書に往来物はいいかもねー、などと思ったりする。ま、授業は四苦八苦で進めているところである。

 ついでに、江戸時代人が、教養としてマスターしただろう、謡曲『高砂』なんかも教えられたらいいのだが、こればっかりは、私の教養がなくて伝授ができないのは残念無念。

 さて往来物よりも、ちょっと格上の教訓書で、貝原益軒のいわゆる益軒十訓や西川如見の『町人嚢』に並んで常盤潭北の『民家分量記』という本がある。岩波思想大系『近世町人思想』にも収められている。潭北は享保ごろ活躍した烏山出身の俳諧師だが、俳諧師として関東一円を遊歴したときにに、教訓も説いていたようで、俳諧師としての行動範囲と、庶民教化者としての行動範囲が重なっている。20年ほど前に、この潭北の事跡を調べる時、馴れないことだが、江戸(地域としての)と関東の俳諧史を少しだけ勉強した。そして、そういう私にもっと勉強しろよ、とばかりに刊行されていたのが、『関東俳諧叢書』という、加藤定彦先生が、個人で出されていた資料叢書であった。結局、不勉強のままではあったが、潭北の研究を通じて、加藤先生にいろいろとご教示をいただき、ご所蔵の本をお借りすることもあった。

 潭北のことなど全くしらなかった昭和60年、私はQ大の助手をしていたが、ちょうどそのころ日本近世文学会がQ大で行われた。この学会ではいろいろ面白いことがあったのだが、それはさておき、委員会というのが研究発表会に先だって行われ、そこに加藤定彦先生が出席されていた。委員の中では飛びぬけて若く、まだ三十代であられたかと思うが、カミソリのような鋭さを持った方という印象を受け、それからしばらくはこわがっていたものである。だが、関東俳諧のことを勉強するとき、加藤先生に教えをうけないわけにはいかない。中野先生が「それは加藤君にきいたらいい」と、あっさりおっしゃるのだが、手紙を書いたりするときは緊張していた。

 と、大変長い前置きになってしまったが、加藤先生がこのたび、『関東俳壇史叢稿―庶民文芸のネットワーク』を上梓された(2013年11月、若草書房)。前述の関東俳諧叢書は32巻。気の遠くなるような、大変な業績であるが、そこから生まれた新しい俳諧史だと言えるだろう。最近、私は人と人との繋がりとしての文芸という視点で、江戸文芸をとらえ返したいという思いが強い(拙著『上田秋成―絆としての文芸』大阪大学出版会)。それは「ネットワーク」という言葉で表現される人間関係網とは違い、一対一の人間関係を想定したものである。とくに「挨拶の文芸」ともいわれる俳諧には、そういう要素があるような気がする。その一方で、雑俳と言われるような大衆化された俳諧の姿は、志を同じくする多数の人間の中の一人の文芸活動という視点からの解析を要することであろう。「ネットワーク」という言葉はちょっと微妙ではあるが、「人間関係からみる文芸」という立場には、そういうわけで強く惹かれるのである。序跋をふくめて俳書には、人々の日ごろの付き合いや、共同生活のありさまがよくうかがえると思う。資料に語らせるというスタイルの本書は、江戸の生活・文化を復元する力があるのだと思う。
 
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月26日

トロンコワの和本コレクション

11月23日、大手前大学で開催された日仏文化交流シンポジウムは、パリ国立高等美術学校(と大手前大学の交流協定記念として開催されたものである。そこの主要な主題のひとつが、同美術学校に所蔵される、トロンコワ・コレクションであった。トロンコワとは、フランスにおける日本美術史研究の黎明期に活躍、明治27年から43年にかけて日本に滞在し、多くの業績を残したが、一般にはほとんど知られていない(クリストフ・マルケ氏の論考があるのみ)。

 しかし、今回のマルケ氏の発表「E.トロンコワの和本コレクション―19世紀フランスにおける江戸出版文化史を構築する試み―」は、非常にエキサイティングなものだった。まず、トロンコワは通算13年間の日本滞在時に、3400冊の和本を収集した(現在4図書館に分藏)。そのコレクションは19世紀の仏人収集としては最大の和古書コレクションであるが、特筆すべきなのは、それが、学術的観点から為された集書だということである。絵画だけではなかったのである。

 トロンコワは変体仮名が読めた、とマルケ氏は言う。残された諸資料がそれを物語るのだそうだ。彼の集書は、江戸文学史、あるいは江戸時代の出版文化史の全貌を明らかにする試みであったというマルケ氏の仮説は、十分な説得力を持っている(絵入り本が中心で、和歌や漢詩はなさそうだが、それはつい二〇数年前の一般的な近世文学史の姿であって、非難するには及ばない)。集書はまんべんなく、なかには京伝の『近世奇跡考』の草稿本、北斎の『富獄百景』の試し刷りなども含まれ、プロの目による集書であることが伺える。しかも当時は江戸文学を学問的にやろうという者は日本にもほとんどいなかった。

 つまりこれはフランス人による集書として、というよりも、日本近世文学研究全体としても、先駆的な仕事だったといえるのではないか。日本で近世文学研究の草分けと称される水谷不倒より3歳年上で、ほぼ同世代。マルケ氏にきくと、二人の接触は確認できないそうだが、不倒の研究とトロンコワの研究は重なってみえる。トロンコワの仕事はもっと見直されていいようだ。というわけで、この話、非常に面白かった。その他の発表も興味深いものが多く、議論も活発で、いい研究集会だったと思う。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近世雅文壇の研究

 盛田帝子『近世雅文壇の研究―光格天皇と賀茂季鷹を中心に―』(汲古書院、2013年10月)は、はじめて本格的に光格天皇を中心とする近世後期の堂上歌壇研究に取り組み、従来まったく知られていなかった光格天皇歌壇を明らかにするとともに、富小路貞直・日野資矩など、地下(じげ)歌人と接触したために宮廷歌壇を追われた堂上歌人にも焦点を当てた。
その一方で堂上と接触しつつ、江戸の歌人とも交流をもち、独自の世界を開いて同時代に高く評価されながら、従来学問的な位置付けのなされていなかった上、賀茂神社神官の賀茂季鷹を、近世歌壇史に位置づけた。
 さらに、堂上から地下へと勢力が移る典型的事件を大愚歌合という堂上地下混交の歌合わせに参加した公家の処分という享和三年の事件に見て、歌壇史の大きな動きを切り取った点も特徴的である。

 そして、本書は、歴史研究者にも関心を持たれているようである。

 11月24日の毎日新聞の書評欄に本書は取り上げられた。一般むけの書評だが、やはり光格天皇がポイントのようだ。藤田覚氏が『幕末の天皇』以来、明らかにしてきた光格天皇の政治史的な重要性。そこに和歌が大きな意味を持っていたという事実が興味を抱かせるようである。天皇における和歌の政治的意味。博捜された資料でそれを雄弁に語らせる。

 ……と、大いにほめあげましたが、盛田は家人ですので、ちょっと褒めすぎとのお叱りも受けそうですな。すんまへん。いろいろとご教示をいただければと、本人に成り代わりましてお願い申し上げます。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

浄瑠璃学会があれば

能狂言・歌舞伎にあって、浄瑠璃にないもの。
学会。辞典。研究誌。
享受人口、研究人口が違うことは確かですが、浄瑠璃学会があれば、一般の方・海外の方も結構参加されるだろうから、ひとつの拠点になるかなと。
浄瑠璃辞典というものがあれば、浄瑠璃作品や浄瑠璃用語に簡単にアクセスできるかなと。企画はあるのでしょうかね。
「近松の会」とか、『近松語彙』(相当昔だが)とかはあるんですがねえ。
多分浄瑠璃学会があれば、研究誌も出来るし、辞典の編集もそこが中心になってやるということなのでしょうが。
posted by 忘却散人 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月11日

トロンコワ・コレクション

11月23日(土・祝)に、パリ国立高等美術学校・大手前大学提携記念日仏文化交流シンポジウム「日仏美術と文学の交流」(Les Echanges culturels entre le Japon et la France)が行われる。パリ国立高等美術学校は17世紀に設立された歴史ある美術学校である。このたび大手前大学と提携を結んだ記念として、同校所蔵のトロンコア・コレクションを話題の中心に大手前大学でシンポジウムが開かれる。トロンコワは日本美術の収集家で、そのコレクションの一部がボザールに所蔵されている。その目録を本シンポジウムのパネリスト柏木加代子先生が中心になって作成されたが、その中のいくつかの絵画作品(主として文字の書かれたもの)の解題のお手伝いをさせていただい縁があるので、ここでアナウンスさせていただこうと思う。

2012年1月に、私は講演や公務で渡仏する大手前大学学長の柏木隆雄先生と、科研の調査でニースやパリで仕事をする柏木加代子先生に同行(加代子先生の科研の連携研究者として)し、フランスの文学美術研究者を多く紹介されたが、今回のシンポジウムのパネリストのお一人であるルーブル美術館主任学芸員のマリ=カトリーヌ・サユットさんにはひとかたならぬお世話になった。また家人もトロンコワコレクションの一つの作品七夕花扇使者図をめぐって発表をする。

プログラムは以下の通りである。

日時 11月 23日(土・祝)10:00から17:30
場所 大手前大学 CELLカンファレンス・ルーム

1 欧米の美術館・博物館所蔵の京焼について―17世紀を中心に― 岡 佳子(大手前大学 教授)
2 ロカイユ様式と東洋─18、19世紀フランスの蒐集家たちに見る趣味のアヴァンチュール─ マリ=カトリーヌ・サユット(ルーブル美術館主任学芸員)
3 マラケ河岸の水中花 ─エコール・デ・ボザールと日本 エマニュエル・シュヴァルツ(パリ国立高等美術学校 主任学芸員)
4 フランスにおける日本学の草分けレオン・ド・ロニーについて─ロニーの日本文化紹介の活動をめぐって―クリス・ベルアド(岡山大学 講師)
5 フロベールとボザール教授ボナ 柏木 加代子(京都市立芸術大学名誉教授)
6「トロンコワ・コレクション」の花扇使者図について 盛田 帝子(大手前大学 准教授)
7 仏人トロンコワの和本コレクション ─江戸出版文化史を構築する試み─ クリストフ・マルケ(INALCO教授、日仏会館フランス事務所所長)
問い合わせはこちらまで。

個人的には、クリストフ・マルケ氏の発表が非常に楽しみである。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月04日

やそしま7号

 『やそしま』第7号が刊行された(2013年10月)。以前は、「上方文化芸能協会」が出していたが、今年から同協会は公益財団法人大阪21世紀協会の中に独立した部門として入ることになり、上方文化芸能運営委員会と名前を変えた。とはいえ運営は従来通りに行われている。
 さて、そういう雑誌だが、一般にはあまり目に触れないものだろう。市販もされていないし、図書館にもあまりおいてはない。しかし、上方文化に関して、これでしか絶対に読めない論文・エッセイ・座談会が載るからこたえられない。落語・文楽・狂言をはじめ斯界の第一人者の声を載せてきた。
 今回は、茂山千作を忍ぶ座談会に、千五郎・七五三・千三郎に大和屋女将の坂口純久さんが登場、さまざまな秘話を語り合う。また、大阪古地図をめぐって、肥田晧三先生・本渡章氏・柏木隆雄先生(司会)の鼎談。これがまた肥田・本渡の蘊蓄を司会の名手が上手に引き出し、堺筋、小林一三、四天王寺など、興味深い談義が交わされ、読む愉悦を味わう。さらに、近松研究所所長の井上勝志氏の寄稿「近松の売り出し」が実にエキサイティングである。文学史・演劇史というものを考え直す必要があるな、というほどのインパクトである。具体的に紹介したいところだが、長くなるので、これでお許しを!。(私の認識に誤解がありましたので、文章を改訂しました11月9日)
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月03日

日本文学研究の国際化

宮内庁書陵部が11月1日の古典の日に、所蔵資料のWEB公開をはじめたことが話題になっている。「あのおかたい書陵部が」という感想も聞こえてくるが、規模からいって、かなり前から準備していたに違いない。これは、「便利になった」と喜んでいいことだが、忘れてならないのは、WEBは世界に開かれているということである。宮内庁だけではなく、早稲田大学の古典籍総合データベースや演博のデータベース公開をはじめとして、画像データベースのWEB公開は加速しているが、これらがどれだけ外国の日本文学研究者に福音をもたらしただろうか。

外国の日本文学研究は近年どんどんレベルアップしている。日本で学んだ留学生が母国に帰ってきちんとした教育を行っているからであろう。唯一不利だったのが、文献や原典へのアクセス環境だった。しかし、それも「原本を見る」ということを除けば、あまり変わらなくなってくる。いや日本の多忙な教員や、お金のない院生がなかなか調査に出かけられない状況では、原本へのアクセスも日本と大差ないかもしれない。

このようになって、日本文学研究の国際化が進んでくると、国際学会やシンポジウムなどの機会も増えてくる。そうした時に、使用言語が日本語である現在の状況も変わってくる可能性がある。浮世絵などを研究する人は多分一定の英語力は必須になっているだろうが、日本文学でも同様のことが起こってくるのではないか。
一方で、日本と海外とでは、研究方法がかなり違う。理論を重視する海外の研究者たちが、容易に文献にアクセスできるようになった時、それは日本の研究者たちにとっては脅威である。柔道と同じようなことが起こるってわけだ。

だが、よく考えると、これによって日本文学が世界に広く知られるようになることは歓迎すべきことだ。たぶん20年後の日本文学研究の風景は、相当変わっているだろう。私はもうリタイアしてるだろうが、今の若い人たちはその辺のこと、意識しておいた方がいいと思う。
posted by 忘却散人 | Comment(4) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッシングリンク

 白石良夫さんの『古語と現代語のあいだ』(NHK出版、2013年6月)は、「ミッシングリンクを紐解く」の副題がついている。古語と現代語はほんとうはつながっているのに、それが忘れ去られている。その結果、作品解釈に大きな誤りを犯すことがある。
 本書は、白石さんの年来の自説をあらためて、ミッシングリンクの観点から説き直したものと言えるが、随所に白石節が炸裂している。
 とりわけ若山牧水の「白鳥は哀しからずや」の解をめぐる叙述は白眉といえる。「かなし」は限りない喜びの感情を表す語でもある。牧水の歌集「かなし」もその意味で解釈する歌が並んでおり、その中に位置する「白鳥は」の「哀し」もまた、そう解しなければならない。牧水の歌は牧水の伝記的事実と関わらせて解釈されすぎてきた。しかし『別離』は作品であり、事実の記録ではない。目から鱗の解釈が展開される。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする