2013年12月31日

よいお年を

2010年から11年にかけての年末年始は、『忍頂寺文庫目録』の最終チェックで明け暮れましたが、この年末年始は、それ以来の「チェック正月」になります。今度は翻字の。予想以上に難航しています。自身が招いたことゆえ、仕方がないです。頑張ります。
ブログで書きたいと思っているいくつかの本や論文については、来年に書かせていただこうと思います。
新年のご挨拶は喪中ゆえ、控えさせていただきますが、皆様、よいお年をお迎えください。
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2013年12月26日

『語文』100輯

大阪大学国語国文学会が刊行する学会誌『語文』の100/101合併号が刊行された。12本の論文と、『語文』をめぐる卒業生・修了生からいただいたエッセー7編、著書紹介12本が掲載されている。
年2回の刊行だから100号到達には半世紀を要する。私が関わったのは70号台からだと思うが、それからでも、20回以上刊行されているわけである。教員が必ず書き、院生の中でも掲載に値する論文が載る雑誌なので、ほぼ全国学会レベルの内容だろうと思う。私も3本書いたが、いずれもかなり力を入れて書いたつもりである。
今回近世関係では、島津忠夫先生の「西山宗因と伊勢松坂」、仲沙織氏の「執心への対処をめぐる物語―『新可笑記』巻四の一「船路の難義」考―」が載る。いま西鶴研究ではホットな西鶴『新可笑記』論をさらに熱くするかどうか、である。著者紹介の中では私の著書・共編著を取り上げていただいているが、私も旧勤務先のよしみで『山口大学所蔵和漢古典籍分類目録』について書いた。
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2013年12月17日

悠木まどかは神かもしれない

竹内雄紀『悠木まどかは神かもしれない』(新潮文庫、2013年12月)が売れているかどうかがちょっと気になる。この小説はラノベという範疇にはいるのかどうかは知らないが、新潮文庫の中では異色で、作者は、新潮文庫編集部では小説の持ち込みは受け付けないという内規を破って、本作を持ちこみ、文庫オリジナルで新人デビューとなった。あちらこちらに、チラホラ書評も出ている。アマゾンでは賛否両論が激しいようだ(ただし低評価のものには読んでいないレビューもあり)。
 私がこの小説を読んだ経緯は、ちょっと事情があるのだがそれは省略。あっと言う間に読める本である。ちなみに帯には真鍋かをりが推薦の言葉「これを読んでまどかちゃんに恋しない男子は、どうかしている!」と。解説は角田光代と、かなり力入れている感じ。

 どんな話かというと、進学塾に通う小学校5年生3人組と、彼らがいつも通っているマッテルバーガーの中年店長が、同じ進学塾のアイドル的存在悠木まどかをめぐる謎を解こうとする他愛のないミステリ風味の、ノスタルジックで、オヤジギャグ満載で、あんまり子供たちが自分に似ているので、自分がはずかしくなってしまう、危険な小説である。

 悠木まどかは、かなり大人で、マセていて、三人組(百円チーズバーガーをいつもたべるので百円チーズバーガーズと称する)を翻弄するが、それによって三人組はさらにのぼせる。彼らのイタイ会話も、中年店長のハイテンションも、ちょっと冷めて読むと、「俺、何読んでるんだろ」ってなるのだが、しかし、4分の1読んでしまうと、あとぐぐぐぐっと引っ張られて、自分もチーズバーガーズになっちまってたりする。つうか小説ってそう読んだら楽しいよね!

 で、いろいろ読み方、楽しみ方あると思いますが、実はね、この小説は、あとから「くる」のである。私の場合はそうだった。読んで数日後くらいに。どう「くる」かというと、つまり、子供のころをだんだん思い出してしまう。たとえば「尾行」。これは子供のころ意味もなくよくやっていた。なんでもないことを「事件」に見立てるんですね。それから主人公は、ヒロインの吸ったストローを大事にティッシュかなんかに包んで保管するので、ちょっとキモいのですが、大体男子というのは、そういうストーカー的なところがあるものである。野口五郎の私鉄沿線じゃないけどさ。そういう読んでいて恥ずかしくなるような話がたくさん。これが甘酸っぱいわけだが…。

 大人が子供時代を振り返って半自伝的に書かれた小説はあるが、これはどうも結構な大人が、現在を舞台に子供たちの世界を描いているので、ちょっと不思議な感じである。思い出話じゃなく未来志向だ。角田光代さんじゃないが「この子たち、どうなるのかな」って先のことを考えてしまったたりして。読者として今の子供をターゲットにしているわけでもなさそうだが、子供たちがもし読んだら、どう読むのかが気になる。中年「男子」向けが本質かもしれないが、どれだけ今の子供たちが共感を覚えるかですよね。
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2013年12月16日

奥の細道のテクストクリティーク

おとといは討ち入りの日。高橋圭一さんのご教示によれば、講談師はこの日蕎麦を食すそうであるが、京都近世小説研究会も、蕎麦屋の河道屋養老で研究会と忘年会を行った。河道屋は恒例、そして、ここ3年は井口洋先生の『奥の細道』本文論が定番となっている(来年は違うとかうかがったが)。他用と重なっていたため一昨年・昨年は聞き逃したが、今年は拝聴することができた。

タイトルは「芦角一声、あつめて早し―奥の細道のテクストクリティーク」である。奥の細道の不審本文を従来の諸説を細かく検討の上、あるべき(井口先生によれば芭蕉が書いたはずの)本文に正してゆくというのが、一連の本文論の方法である。

今回ご提案の校訂本文も、非常にすっきりしていて、なるほど本来の奥の細道の本文とはかくあるべきか、と聞いていて感心していたのだが、これが芭蕉自筆本云々の議論とリンクすると話はややこしくなる。

まず、井口先生の示された本文はあくまで井口先生によって想定された、あるべき本文であって、現実には存在しない本文である。したがって芭蕉がかいたものであるかどうかの判定は、「芭蕉がおかしな語彙を使わない、下手な文章は書かない」という前提に立つ必要がある。字の問題ではなく、文章の問題であるということなのであり、これは森銑三の「好色一代男のみが西鶴の書いた文章である」という時の論理と同じだと思う。
しかし、当然ながら、「理想的な本文=芭蕉作成本文」としていいのかという疑問が生じる。芭蕉自筆かとされた中尾本は、井口先生によれば、本来あるべき本文とくらべると拙劣であるがゆえに芭蕉自筆ではない、というわけである。

 もし、井口先生が、芭蕉自筆の議論と関わりなく、奥の細道のあるべき本文として、井口洋校訂本『奥の細道』を提示されるのであれば、私としては納得するし、そういう仕事は、江戸文学研究では異例であるが、「有り」ではないか。「『奥の細道』を世界に開き、後世に伝えるには、わかりやすく論理的な文章にすべきである」ということが議論されてもいいと思うからだ。そういう議論の提案として井口先生の校訂本文案が提示されるのであれば、私は非常に意義深いことであるのではないかと思う。今回井口先生が「校訂私案」ではなく「テクストクリティーク」という言葉を使われたのはそういう意味があったのではないかと、私は密かに思っているのだが(そのわりには、あからさまに質問してしまいましたが…)。
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2013年12月14日

『廓の与右衛門』が文庫化

中嶋隆さんの、小学館文庫小説賞受賞作『廓の与右衛門控え帳』が、ついに文庫になった。京都島原を舞台にした小説は希少ということ。そこは浮世草子・メディア・春本研究で先頭を切って走る中嶋さんならではの独擅場ってわけだ。それにしても、帯はこうである。

「豊な学識に裏打ちされ抑制された文章が醸し出すエロティシズムとサスペンス」。そう大字のところは、帯でも大字(帯ではもっとすんごいでっかい字)なのである。私からみれば、え、抑制?っていいたくなるような、勇気のある描写ですよ。才能がない人は絶対真似しない方がいいと思う。それにしても、研究で第一線を走りながら、小説が文庫化されるなんて…(あ、浅野三平先生の愛犬の話も文庫になってたけれど、これは完全な虚構の時代小説だから)。いや、改めて感服いたしました!

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肥田晧三先生に水木十五堂賞

水木要太郎(号十五堂)といえば、大和の生き字引であり、奇行の歴史学者であり、有数の史料コレクターであり、大和ではよく知られた粋人であり、筆まめ、保存癖が尋常ではなく、300冊におよぶ有名な「水木の大福帳」には、その交友関係、フィールドノートなど貴重な情報が満載である。その一端は、1998年、国立歴史民俗博物館で行われた企画展示「収集家100年の軌跡―水木コレクションのすべて」の図録で伺うことができる。なぜ、いまさら水木十五堂のことを書くかといえば、このたび大和郡山市が第2回水木十五堂賞に、肥田晧三先生を選んだというお知らせが届いたからなのである。この賞は、「水木十五堂の功績にちなみ、歴史、伝統文化、自然など様々な分野において、幅広い資料の蒐集(しゅうしゅう)、あるいは博物学研究などを行うとともに、現代の『語り部』あるいは『生き字引』にふさわしい博識をもって社会の発展に貢献した人物を表彰する」ものであり、第1回受賞者は荒俣宏氏である。

第2回は「なにわの生き字引」である肥田晧三先生が選ばれた。本ブログでも、何回かご登場いただいているが、私どもとしては、なんといっても「忍頂寺文庫の研究」に多大なご協力をいただき、そのご講演を『上方文藝研究』にご寄稿いただいたご縁があり、嬉しいことこの上ない。水木十五堂と同様、肥田先生も粋人学者である。いつも着物で、洋服は持っていないということである。近世文学隅から隅までお詳しいが、とくに大坂の文化・文芸・芸能についての総合的な学識は、やはり先生の右に出る方はいないのではないか。生き字引と呼ぶにふさわしい方である。先に「やそしま」7号の座談会を紹介したが、『日本伝統音楽研究』第10号(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター、2013年6月)でも、後藤静夫氏との対談「肥田晧三先生に聞く―島之内界隈、思い出すこと―」で、その生き字引ぶりを遺憾なく発揮しておられる。「生き字引」を選ぶというのであれば、肥田先生ほど相応しい方はいないのである。さて、水木十五堂賞の受賞を記念して行われる先生の講演会は、平成26年2月9日(日)13時30分〜 (13時00分開場)、やまと郡山城ホール 小ホールで行われる。詳しくは、こちらまで。 
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2013年12月05日

西鶴読解の壁

『リポート笠間』55号には、私も「西鶴読解の壁」なる小文(ちょっと長くなってしまったが)を書いている。ここ一年の西鶴読解をめぐる議論を、私見を交えつつまとめてみたものだ。とくに9月のワークショップの報告が中心。なお注は編集部が付けたものである。他の方はどうもご自身でつけられているようであるが…。それから小見出しも編集部の方で付けてくれた。

 ついつい篠原進さんに言及することが多くなってしまった。このところの議論は、篠原さんの西鶴読解の姿勢、方法をめぐる議論でもあるから、どうしてもそうなってしまいます。

 この議論、口火を切ったのは木越俊介さんだった。今号の水谷隆之さんの学界時評にも言及される。西鶴にとりくむ若い研究者が、これからどのように関わってくるかがこれからは注目されるだろう。というのも、篠原さんの挑発も、〈若い人たちの最近の研究は典拠の指摘が中心でそれで終わっている〉ことへの不満に発していると思われるからである。若手がそれにどうこたえるか、であろう。

 今月は東京で俳文学会東京例会と西鶴研究会、浮世草子研究会のコラボで、西鶴と俳諧をめぐるシンポジウムがおこなわれるという(12月21日)。その日私は東京にいるが、別の研究会に出席で、残念である。 
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2013年12月04日

浸透する教養

鈴木健一編『浸透する教養―江戸の出版文化という回路』(勉誠出版、2013年11月)。
 「浸透する教養」という江戸文化のとらえ方は、鈴木さんが『江戸古典学の論』で既に提出していたものである。私の中で定着していなかったのは、レセプターがなかったからだろう。しかし、今はよくわかるし、定着するだろう。なぜなら、往来物・節用集・重宝記・経典余師などの、入門本便利本から得た知識が、江戸時代の人たちが江戸文芸(主として俗文芸)を鑑賞する力を醸成していたという前提で、現在ひとつの講義を進めつつあるからだ。
 江戸時代における「教養」とは何か。鈴木さんの定義では「和歌・漢詩文を中心として、歴史・思想・宗教・科学といった諸分野にまたがる基礎的知識」であり、三つの特質を持つ。1共同性を獲得できる。2思想性 3実用性。そして、教養が江戸出版文化を回路として浸透していく際に「図像化」「リスト化」「解説」という三つのあり方をとる。その三つのあり方ごとに章立てして20人ほどの方が、テーマごとに論文を分担執筆したのが本書である。
 分担執筆とはいえ、それぞれは入門的概説をふくみつつ、論文仕立てとなっていて、論文集でもある。しかしながら、共著者が、編者の意図をよく理解し、この手の論集としてはバラバラ感がない。おそらく編者が課題をそれぞれの著者に指定したのだろう。
 私がとくに勉強になったのは、宮本圭造氏の謡講釈についての解説、吉丸雄哉氏の啓蒙的医学書についての解説、鈴木俊幸氏の「年代記」にまつわる考察、西田正宏氏の有賀長伯歌学書の位置づけである。これらをはじめとして、ひとつひとつの論文にコメントしたくなるほど、各論がよく出来ている。これは江戸文学研究についての教養書でもある。
 
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2013年12月02日

お詫び

『リポート笠間』55所載の児玉竜一氏「歌舞伎の研究をめぐる壁」。(私は本号に執筆しているため、一般の方より少し早く送っていただいた)
近世文学研究者が、演劇学・芸能史を軽視(無視)していることを指弾する。その中で、名前を挙げてはいないが、拙ブログ(2008年12月1日付)へのご批判がある。

 歌舞伎学会の紀要「歌舞伎研究と批評」をブログでご紹介下さるのに、わざわざ「あまり読んでいなかった雑誌」という冠詞がついていたりして、もちろん書き手にそんなおつもりはなかろうが、その無意識こそがおそろしい。書いた方は忘れても、書かれた方は死んでも忘れないものだ。

 「その無意識」とは、歌舞伎を軽視しているということ、そして「歌舞伎研究と批評」の編集・執筆・出版に関わる方々を傷つけたということであろう。

本来近世文学研究者たるもの、歌舞伎に無関心であることはありえないのに、歌舞伎学会の紀要すら「あまり読んでいなかった」などと公言するのは、書き手が歌舞伎を低く見ていることの現れであるというご指摘。「歌舞伎研究と批評」に関わっておられる方が、私の発言に怒り、悲しみ、恨みを覚えるだろうことは、少し考えれば想像できるはずだったのに、まさに無意識に取り返しのつかないことを書いてしまったことを、深くお詫び申しあげます。またご指摘深謝申し上げます。

 私としては、該誌の重要性に鑑みて定期購読していたにも関わらず、自らの怠慢のため「あまり読んでいなかった」ことを自省するつもりの言だった。そういう怠慢な私でさえも、今回の特集には引きつけられたという趣旨だった。決して「歌舞伎研究と批評」の内容がつまらないから読んでいなかったという意味ではなかった。つまり「そんなつもりはなかった」。しかし、それこそが「無意識」のおそろしさであることご指摘の通りである。つまり、歌舞伎や浄瑠璃についてもっと知らねばならないと思いつつ、それを平気で怠っていたわけであるから。

 物を書くことは、常に人を傷つける危険を伴う。自らの無知・無能・無礼を晒す危険も、である。書くことだけではなく、しゃべることでもそうである。今回のことに限らず、私は拙ブログにおいて、あるいは講義において、幾度となく、人を傷つけ、不快感を与えて、無知無能をさらしてきているだろう。ご指摘があればそのことがわかるが、「無意識」に傷つけていること、気づかずに無知をさらしたことは、きっと数限りないだろう。そして、ご指摘を受けて、十分それを意識したつもりであっても、今後やはり同じことを繰り返すかもしれない。
 責任の取り方には悩むが、ブログをやめることは、指摘して下さった方に対して失礼を重ねることになると思う。今回のご指摘、拳拳服膺して、今後も続けさせていただくことをお許し願いたい。

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