2014年03月29日

兼好伝の転覆

小川剛生さんの論文「卜部兼好伝批判―「兼好法師」から吉田兼好へ―」(『国語国文学研究』49、2014年3月)は、兼好が「卜部氏」であり、「六位蔵人」であり、「左兵衛佐」であったという定説を根柢から批判し、覆した画期的な論考である。すでに閑山子さんのブログでその要点がまとめられている
 『尊卑分脈』の記事が信用できないという事例として記憶されなければならない。平安時代から中世にかけての貴族社会を舞台とする歴史物語の人物を調べるときに、『公卿補任』『尊卑分脈』を用いるのは、これらの作品を注釈する初歩的なスキルである。学生レベルであれば、国史大系所収本を使うのだが、それがどれだけ信頼のおけるものかなど、余り考えたことはなかった。『尊卑分脈』の注記により、「六位蔵人」「左兵衛佐」であったということが推定されてきたのだが、実は『尊卑分脈』の刊本以前の写本には、兼好自体が記載されていないというのである。吉田家の手になる卜部系の家系図によって補入されたらしいのであるが、この系図の兼好とその血縁関係の者の記述が捏造されたものらしいのである。
 風巻景次郎のような権威ある学者によって定まった説は疑うことなく継承され、ますますかためられていくが、これを根本から疑い、覆したインパクトはまことに大きい。60年ぶりに定説が覆した本論文の出現は「事件」と呼んでも大げさではない。本論ではだれがこの捏造をしたかについても説得力をもって述べられている。
 小川さんが、この論文を、森正人氏の退職記念号に寄稿されたというところに、まことに感銘を受ける。小川さんが確か20代なかばで初めて就職した職場の、上司にあたる先生が森氏である。森氏もさぞ感激したであろう。
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西鶴研究会に参加して

 一昨日、青山学院大学で行われた西鶴研究会に初参加。初参加者は挨拶をさせられるのだが、「忘却さんがはじめてとは」という声が聞こえた。いつも外野からヤジを飛ばしているからだろう。メニューは2本立てで、広嶋進さんがまず、『西鶴置土産』が、「西鶴が晩年に到達した枯淡な心境を示す傑作」という「神話」が、どのように形成されてきたかを解説してくれた。まずこの「神話」がごく最近まで、事典や概説に記されていることが紹介され、その淵源は片岡良一の『井原西鶴』(大正15年)であり、彼の言説がその後反復されたことが示された。さらに片岡の言説の背後に、「本格小説・心境小説」論争など、文壇で「心境」という用語が一種のトレンドになっていたことを明らかにした。広嶋さんの調査は「心境」という語の文芸用語としての起源探索に及ぶが、戦後の置土産論の主調は、では「心境」一色で来ていたのか?という点が省略されていたように思う。その点が知りたかった点だ。
 それにしても、虚構の文芸作品に、西鶴の心境が反映しているという作品解説がいまだに通用しているというのは驚きである。これなど、まさしく西鶴作品の近代主義的理解の典型であろう。こういう考え方に基づく読みが無意識に行われていたとすれば、それはやはり問題である。

 そこから、西鶴の現実批判・政治批判・権力批判という読みは、たとえば「リアリズム」などという、西鶴作品の特徴としてよくあげられる近代主義的(といっていいと思うが)な見方が基底になっているのではないかという疑いが私に生じた。リポジトリで南陽子さんも指摘していたが、『武家義理物語』「死なば諸共の波枕とや」において、バカ若殿の「村丸を西鶴が批判している」というのはあまりにも素朴な批評である。これは『置土産』は西鶴の心境を示したものというのと同じレベルの読みである。そういう読みをしたいのであれば、「村丸」にも(それだけではなくこの作品の主要登場人物にも)モデルがいることを示さねばならないが、それはいまのところ決定的には示されていない。(簡単にはわからないようにカムフラージュしているというのか?)。むしろ荒木家という設定をもって、義理の物語にふさわしい、アホ殿キャラクターとして、この物語の中に設定されたとする南さんの説が今のところ説得力がある。
 リアリズムという批評は、キャラクター以外の状況設定には当てはまるだろう。また、キャラクターを実在モデルから創造することはもちろんありうる。しかし、実在人物の批判を目的に西鶴がこれらの慰み草を怒涛の勢いで次々に書いたというのは、それこそ現実離れした考えだと私は思う。

 ちょっと脱線したが、今回の目玉である中野三敏先生の「西鶴戯作者説再考」は、私などは、何度もうかがっていて、質問することは全くなかったのだが、初めて聞いた人の中には、論文で帆むのとは違った印象を与えたようである。そのような感想しを述べた方がいた。
「戯作」というタームの範囲を江戸の俗文芸(散文)全般に及ぼしてはどうかというのが中野先生の提案だが、それは中野先生の、江戸文化観、江戸時代観から来ているということ、たとえばそれが、「江戸モデル封建制」「近世的自我」という考え方と連動しているということが、先生の語りによって少しは伝わったのかと思った。そうであれば、この研究会での講演は無駄ではない。というか、ポイントはそこにある。

 リポジトリの篠原さん、木越治さん、染谷さんの中野批判は、中野論が、日本近世文学会の内向けの議論に終始していて、一般の読者向けでもなく、国際的でもない、つまり「開かれていない」という批判であったと一応まとめることができるだろう。私は発言を求め、そういっている方々こそが「西鶴研究を開かれれたものにすべきだ」ということを内向けにしか発信していない、中野先生の方がよっぽど開かれていると(あえて)批判した。この場を借りて補えば、批判している方々がどれだけ開かれた議論を中野先生以上にしているのか、私には大いに疑問である。少なくとも中野先生は、西鶴戯作者説を何度も発信し、今回は一般読者が多数いる「文学」に投稿された。その反応が目立ったところにないからといって、一般読者が全く関心を持たなかったという証拠はない。まずは、「文学」に投稿されたということ自体をなぜ評価しないのか。また中野先生は和本リテラシーについての講演をイギリスや韓国でもされている。そういうことをご存じであろうか?かつて文系基礎学の充実について嘆かれていたことについては、岩波ブックレットに書かれた。あの時中野先生は、このことを理解してもらうには、理科系の影響力のある人物と話して理解してもらわねばならない、と岩波ブックレットをそういう方々に読んでいただき、さらに伝手をたよって可能な限り理系の方との対談をされる努力をされたときく。たまたまそのころ私の勤務していた大学の学長は広中平佑先生であったが、私は中野先生のご依頼で、広中先生にブックレットを読んでいたいたうえで、先生と30分ほど話し、その上で広中中野対談を実現にこぎつけた。広中先生も誠実に対応してくださり、この時の対談は、夕食をともにしながら2時間以上にわたった(ついでにいえば広中先生が接待をされた)。本当に一流の科学者は、文系の基礎的な研究について理解があるなとその時感じたものである。
またまた脱線した。さて、私は、「戯作」というのは江戸文芸の最重要な概念である雅俗観と密接な関係があり、そういう意味で「戯作」の範囲を広げることは江戸文芸理解にとって意義があると述べ。一方で「戯作」とかわかりにくいことばを言わずに国際的にも通用する「小説」にした方がいいという染谷さんの意見に対し、江戸文芸の特異さ、ユニークさを示すには、「ゲサク」を、「ハイク」や「カブキ」のような世界に通じる国際語に育てる方が、よほど開かれた議論だということを(あえて挑発的に)述べた(実際の発言ではもうちょっとたどたどしい言い方だったかもしれない。また誤解されないようにいえば、私は染谷さんの立場はよく理解しているつもりだし、染谷さんの東アジアの中に西鶴を置いて研究するという方法論を高く評価し、尊敬しているものである)。これに対して、中嶋隆さんから、タームとしての「戯作」が後期に限定されていることは、長い近世文学研究の歴史の必然がある。仮名草子や浮世草子にしてもそうである。しかし、西鶴を戯作者とするには、そういうこれまでの研究史に対してあまりに無謀で、手続きをふんでいないという内容の批判がなされ、井上泰至さんからは、「ハイク」という言葉が国際化するためには、連俳としての要素を捨てて、ある程度翻訳したものでなければならなかった点に注意しなければならないというご意見があった。
私はこういう議論こそが、実りのある前向きな議論だと思う。誰もが中野先生が江戸文芸に最も通じている一人であることを認めているはずである。中野先生のいう「近代主義」は50年前のものだとか、今はだれも近代主義的な読みはしていない、というような私に言わせれば「揚げ足取り」のようなことを言って何になるのだろうか? そういうことが中野説の要諦なのではない。まずは碩学のいうことの真意に耳を傾けようと、謙虚になるべきではないか。
 
 私自身、決して無批判に中野先生の説に盲従すべきなどとは思っていない。しかし、本当に中野先生の真意を理解しているのだろうかと常に自身に問い直すような謙虚さはやはり必要ではないだろうか。今回研究会で講演された中野先生の質疑応答の時の時のご発言は、相手を重んじ、自らの非は非として認める、おどろくほど謙虚なものであった。私はそこに改めて胸を打たれ、師の度量の大きさに感銘を受けたことを告白する。
 
 なお、リポジトリの南陽子さんのご意見について、会場ではあまり反応がなかったが、私は、作品中の登場人物をキャラクター設定の立場から論じたこの論が、これまでの論の中で最も説得力あるものだと感じている。
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2014年03月28日

奥付と刊行発送のズレ

某研究誌が到着。奥付は2013年12月。約3か月のタイムラグがある。
公務の間に時間を作り出し、研究誌を運営していくのは、まことに大変である。私自身も経験しているからよくわかる。公的な紀要でも、奥付と刊行発送の3か月程度のズレはよくある(さすがに学会誌ではそういうことはないけれど)。
 しかし、このズレは、特に近年、若手にとっては重要かつ深刻な問題となりうる。
 この最近到着した研究誌は、冒頭に俳諧に関係した若手の論文を載せる。この2013年奥付雑誌掲載のこの論文は、本来、2013年に出た論文を候補とする、若手を奨励するある賞(私はその賞の審査に関わっている)の対象になりえたのである。もし、この雑誌が、せめて2月中にとどいていたら、追加エントリーができたであろう。
 こういう事例は、他にもあるらしく、このように奥付と発送がズレる雑誌は、若手からは敬遠されるという。賞のことだけではなく、公募でも、すでに書いているのに、投稿中とせざるをえないケースがある。
 では賞選考の方で、このような事情を鑑みて、2014年対象の来年の賞候補にエントリーさせられるかというと、もちろんできるはずがない。その前例を認めてしまうと、収拾がつかない。やはり雑誌刊行の側に、可能な限り、奥付日と実際の刊行発送を近づけていただかねばならないのである。
 研究同人誌の運営は本当に大変であるが、ここのところは死守しなければならないのである。
 
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2014年03月26日

明日の西鶴研究会、楽しみです

このブログで何度も触れてきた、「西鶴をどうよむか」の論争。明日は、いよいよ西鶴研究会で中野先生が西鶴戯作者説について講演される。その前哨戦として笠間書院の西鶴リポジトリでも、多くの意見が掲載されている。明日の質疑では、これからの西鶴研究をになうべき、40代以下のみなさんのご意見をうかがいたい。リポジトリに投稿されたのは、ベテランの方ばかりであるから。
私は西鶴研究会に出席したことがなく、今回も出席はむずかしかったが、科研報告書が予定より早く完成したこともあり、なんとか明日は日帰りでなら動けそうである。実際の研究会では若い方も結構意見を述べるとうかがったことがあるので、それを聴いてみたいのと、実は、もう1本の広嶋さんの発表にも興味があるのだ。広嶋さんとは、真山青果がらみで最近一緒に仕事をしているので。
一応、西鶴研究会の事務局からの案内の主な点を挙げておくので、興味のある方はどうぞ。
日時    三月二十七日(木) 午後二時より六時
場所    青山学院大学 総合研究ビル10階会議室
内容    研究発表、講演、並びに質疑応答、討議
発表題目
◆『西鶴置土産』神話の形成――無視された青果戯曲――
神奈川大学 広嶋 進
◆[講演]西鶴戯作者説再考
九州大学名誉教授   中野三敏

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2014年03月25日

科研報告書完成

2010年度から4年間にわたり行ってきた科研の共同研究「近世上方文壇における人的交流の研究」であるが、このほど報告書が完成した。

内容は、
1 新日吉神宮所蔵『六帖詠藻』の翻刻(稿)。49冊、1583丁にわたる小沢蘆庵の歌集である。上方文壇の人的交流の情報が豊富で、学界ではその存在はよく知られていたが、翻刻がこれまでなかった。加藤弓枝さんの労作からなる人名一覧を付しているが、CD版では、検索も可能である。

2 近世上方文壇人的交流年表(稿)。蘆庵周辺が中心であるが、近世後期の上方の人的交流に関わる事項を、主な研究書から摘記した年表である。エクセルデータになっている。項目数は約3300である。

1、2を合わせてCDに焼き、250枚作成した。
また、1のみの冊子版(CD付)を、関係者のみに配布ということでごく少部数作った。

冊子版については、残部も少ないので、希望者に配布というわけには残念ながらまいりません。
CD版は、学会や研究会など、機会を見て配布したいと思っていますが、はやく確実に確保したいとおっしゃる方は、ご一報いただいたうえで、ご面倒ながら、CD1枚(プラケース入り)送付分の切手(すみません、消費税の関係でいくらになるかちょっと私の方で計算できませんが)を貼った返信用封筒を下記あてお送りいただければ、折り返し送付いたします。送付は4月以降になる可能性が高いので、4月以降の料金でお願いします。

560-8532 豊中市待兼山町1-5 大阪大学文学研究科 飯倉洋一宛



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2014年03月18日

懐徳忌で妖怪の話?

 頼春水の『在津紀事』は、春水の大坂在住時代の文人との交遊を漢文で描いたもので、大学院生のころ演習で読んだ。その中で混沌詩社の社中の話がよく出てくるが、小山伯鳳はその一人である。竹取物語の注釈を遺したことで知られるが、25歳の若さで夭折した。
 伯鳳には、並はずれた怪異趣味があって、「妖怪生」とあだ名された。これは懐徳堂の学主である中井竹山やその弟履軒の「無鬼」主義とは反対の立場である。
 混沌詩社に由来する研究グループ混沌会の出す雑誌『混沌』の最新号(37号)に、新稲法子さんが「蘇った現代風の白鳳さん」という文章を発表された。この小山家に嫁がれた小山良さんが書いた〈現代風の白鳳(伯鳳のこと)さんを蘇らせた小説〉『薬種商可秀園記』(昨年5月に芸艸堂から発売)の紹介をしておられる。なかなか興味深い本だと思って検索したが、amazon等では購入できないようである…。
 さて、この小山伯鳳について、帝塚山学院大学の福島理子さんが、4月12日(土)の懐徳忌の際にお話をしてくださる。無鬼論の立場に立つ中井兄弟を顕彰する懐徳忌で妖怪生の話をするとは、竹山先生・履軒先生も「なんやてー」と言いつつ、懐かしがるに違いなかろう。

そういうわけでここでご案内

第31回 懐徳忌
日時 4月12日(土) 11:00〜12:30
場所 誓願寺(大坂市中央区上本町) (最寄り駅は地下鉄谷町九丁目)
墓前祭・法要・講話

講話 「妖怪生」小山伯鳳のこと
   福島理子氏(帝塚山学院大学リべラルアーツ学部准教授)

参加は無料である。ご興味のある方はどうぞ。
誓願寺には西鶴の墓もあります。
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2014年03月16日

近松研究所25周年

 畏れ多くも近松研究所の評議員を仰せつかって、もう数年になる。演劇以外の研究者が必要ということで頼まれ、「とても私などが」と、2回ほど固辞していたが、3回目には、根負けしてしまったという次第。夭折した私の後輩時松孝文君が勤務していたところというご縁もある。おかげで、大変勉強させていただいている。年2回内山美樹子先生にお会いできて、時に的確かつ辛辣な文楽論を聞くことができるのは本当に望外の幸せである。また紀要に書かせていただいたこともあった。おかげで秋成と浄瑠璃を関係付けた拙論を発表できた。
 ただ、会議に出ていて思うのは、せっかく素晴らしい活動をしているのに、なかなか研究所の行事などが周知されていないということである。HPへのアクセス数や展示見学者数のデータなどを見ても、もう少し伸びてもいいのにと思う。
 広報にお役に立てば幸いということで、ここで、近松研究所創立25周年行事についてご案内する。
  以下は転載である。笠間書院のサイトでも紹介されている。

  近松研究所は、平成元年(1989年)、園田学園女子大学に設立されました。一谷定之S前理事長の地元貢献に対する強い思いを背景に、尼崎ゆかりの劇作家近松門左衛門の研究に特化した研究センターとして立ち上げられました。
  国内唯一であるユニークな研究所も25年という節目の年を迎えました。
これまでの研究所の歩みを講演と展示でたどります。


<講演会>
近松、尼崎、そして近松研究所
講師 武井協三氏(国文学研究資料館名誉教授・近松研究所顧問)
日時 2014年4月26日(土) 午後2時〜
場所 園田学園女子大学AVホール(3号館2階)


<展示>
近松研究所特別文庫展
特別文庫(角田文庫・吉永文庫・塚原文庫)を中心に、近松研究所蔵の資料を展示します。
時間 講演会終了後、御覧いただきます。
場所 園田学園女子大学近松研究所

入場料は無料、予約・申し込みは不要です。
当日、直接お運びください。
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2014年03月15日

西鶴論争が盛り上がってきているのかな?

 笠間書院の西鶴リポジトリが、活発化している。3月27日の西鶴研究会における中野三敏先生の発表を前に、「文学」に発表された中野先生の「西鶴戯作者説再考」への感想・批判が次々にアップされているのだ。
口火を切ったのは篠原進氏で、司会の立場からの有働裕氏のコメントをはさみ、木越治氏、堀切実氏、中嶋隆氏らが意見を述べている。
 今までほとんど反応のなかった西鶴戯作者説に対して、今回はネット上にこういう場が設けられたことも幸いしているとはいえ、多数の方の反応があるのは、中野先生が「戯作」の本質を3つの箇条書きに整理して示したということが大きいのではないか。@思想的には現実の全肯定を核とする。Aその文章はパロディを主とした弄文性、即ち表現第一主義。B内容的には教訓と滑稽を第一義とする。この3つである。
 これは近世文学研究において支配的であった中村幸彦先生の「戯作」の定義とは、違うのである。それが従来十分理解されてこなかった。中野先生の「戯作」の定義が中村先生とは違うということについては、私も以前「国文学」の学界時評や、木越治氏との対談(『秋成文学の生成』)で申し上げてきた。しかし、やはり、ご本人が、箇条書きにして明記したということが、非常にわかりやすく伝わったといえる。
 これに対してそれぞれの方が、それぞれの立場で中野説を批判しているが、これまで批判が全然ないことを嘆き憤っていた中野先生としては、このこと自体は非常にうれしく思われていることだと思う。
 中野先生の説が、一般的な読者や海外の人に対して開かれていないとか、中野先生のいう「近代主義的な読み」というのは、現在ではもうほぼ存在しないのではないかとか、中野先生の示した戯作の定義は文学史の可能性を狭めるとか、いろいろ出ていて、これに答えていくのもなかなか大変だと思われる。
 しかしながら、木越さんも触れていたが、たとえば『武家義理物語』「死ば同じ波枕とや」の読み方においては、政治批判・権力批判を読むのか、そうでないのか、について非常にはっきりと立場が分かれているようである。というより、観念的な議論に傾きがちな中で、本話に触れる人が結構多いのは、議論を組み立てていくときに示唆的であるように思う。
 面白いのは、本話の読みの場合、どちらの立場の人も、対立する読みを、幼稚な読みとして斬って捨てる風な言い方をしているということだ。論争というのは、論理だけの戦いではないから、それはそれでいいのだが、きちんとした理由もいわずに、「それはありえない」とばかりに断定的にいうのは論争を貧しくする。
 また別の問題として、ここに参戦しているのが、60代を超える方ばかりだということは、どういうことか。参戦している方は、ここ20年から25年ほど、第一線で発言してきた人たちだと思う。50代は、私をはじめとして、どちらかといえばコーディネートの側(論争の盛り上げ役)に回っており、40代、30代は、火付け役の木越俊介氏を除いては、論争に割ってこない。西鶴研究は若い方が育っているとはいえ、まだまだ60代以上が中心で動いているということなのだろうか。世代交代がうまくいっていないのか?それが杞憂であることを証明するような研究会であってほしいものである(と隠居親父風に言うのは本意ではないのだが)。
 なお、私も篠原さんから名前を挙げていただいていることもあり、参戦の義務があることは承知している。しかし、個々の議論の揚げ足とり的なことになりかねないし、新しい見解を打ち出すこともできないので、今回はもうすこし、皆さんの意見を見守りたいと思っている。ご勘弁を。
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2014年03月14日

「圏外の源氏物語論」というフォルダから誕生した源氏物語論

荒木浩さんの本『かくして源氏物語が誕生する』(笠間書院)が、いよいよ刊行された。実はこの本、どこにもその書名の由来が書いていない(ようだ)。あとがきによれば、「圏外の源氏物語論」というフォルダの中で本書の構想はあたためられていったのだという。
 『かくして源氏物語が誕生する』。誕生とは、中世になって源氏を研究的に読むことが行われるようになることを指しているようである。「はじめに」の「源氏物語論へのいざない」を読めばわかる。「はじめに」では、荒木さんの『源氏物語』論の立場が書かれているが、その最も要諦と思われる部分が、表紙カバーと帯文に引用されている。笠間らしい本の作り方であるが、単行本でここまでやる(表紙カバーに長文を引用)のは珍しい。「かくして『源氏物語』が誕生する」は、その文章から切り取られた一文だ。とはいえ、本書は『源氏物語』成立論ではない。
 さて、源氏物語においてはじめて、読者は「作者の意図」なるものを問うことをはじめた。つまりは源氏物語において〈作者〉は誕生した。それはつまり作者の意図を読む〈読者〉の誕生でもある。そして源氏物語は流動し続ける。その現場に荒木さんは立ち会う。「具体的には、寓意や准拠といった観点を軸に、史書、説話。漢詩文、仏典など、様々な外部テクストを本文と対比して、作品世界に分け入ろうとする」。
 源氏物語に外部テキストを対置させて読み直す手法は、今回きわめて優秀な源氏物語の卒業論文で読ませてもらったばかりである。うまくやれば非常に説得力のある源氏論ができることを知った。テキスト内部だけでよむ、いわゆるテクスト論とは正反対のやり方であるが、単なる典拠論ではもちろんない。荒木さんの源氏論は外部から読む源氏論としてはおそらく白眉といってよいものだ。
 今回、単行本にあたってかなりの加筆訂正がなされているという。私は本論文集の中の何本かを初出で読み、本ブログで取り上げたこともある。中世文学研究者であることの強みを生かし、いわば源氏物語を中世文学の作品にしてしまったといったら語弊があるが、荒木さんの論じる源氏物語は、まさしく文学史の中の源氏物語である。源氏物語だけを読んでいる源氏研究者がいたとしたら、衝撃を受けるか、意味がわからないかのどちらかだろう。もしかすると、外国に何度も行かれている経験がおのづからこの筆法を生んだのかもしれない。底知れない筆力である。
 論文には、ずば抜けてすぐれた論文と、すぐれた論文と、凡庸(以下)の論文の3種類がある、と私は勝手に分類している。ずば抜けてすぐれた論文を集成したこの本が、ずばぬけて面白い本であることは、疑いようがない。

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2014年03月13日

鳳岡林先生全集

徳田武先生によって、『鳳岡林先生全集』(内閣文庫蔵)の影印が、勉誠出版から刊行された(2013年12月)。科研の研究成果出版助成図書である。本体価格84,000円。4分冊。
日本漢詩文研究にとっても、近世思想史にとっても、非常に喜ばしい、画期的といってよい出版であろう。
本全集の巻120に収められる「朝散大夫内史鳳岡先生年譜」を徳田先生が訳解し、以て伝記や業績の紹介に代えたものが、本書末尾の「解題」に当たる。
元禄の儒学を考えるとき、仁斎に注目がいきがちであるが、綱吉に抜擢され、講じていた鳳岡は、きちんと押さえられなければならない儒者であろう。その儒者の文業の集成の影印刊行。まさしく鳳岡研究の基礎的文献の誕生である。
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2014年03月12日

タイの大学との研究交流

チュラーロンコーン大学との日本文学国際研究交流集会
2014年3月28日(金)午後1時より、大阪大学会館アセンブリー・ホールにおいて、第5回研究集会を開催します。私は別の会議のため、聴けないのですが。こちら
今年で5回目の開催です。定着してきた感じです。

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2014年03月08日

愛と日本語の惑乱

 同僚の金水敏さんが、解説を書いておられる、清水義範『愛と日本語の惑乱』(講談社文庫)を読んだ。東京出張中の電車移動の間に。まさに言葉そのものをテーマにした小説で、主人公はコピーライターで、女優と同棲生活をしているが、それが破綻していくという恋愛小説の側面もある。この小説の面白さについては、金水解説が尽くしているので、私は自分勝手な感想を書き付けておこう。

 主な舞台のひとつが、NHKいや小説の中ではSHKの放送用語委員会で、この会議の場面が実に興味深く面白い。金水さんの解説によれば、清水氏自身がこの委員を務めていたらしく、そのためか、その議論が実にリアルである。中でも私が面白かったのは、中国の人名・地名を放送でどう読むかの議論である。実際の放送でもそうであるが、韓国の人名・地名は、たとえば金大中を「キムデジュン」と発音する。以前は「キンダイチュウ」と発音していた。しかし中国の場合は、「毛沢東」を「モウタクトウ」と発音する。「マオツォートン」とは言わない。なぜなのか?私自身もちょっと疑問に思ったことがある(上海や北京は例外的であるらしい)。この小説の中で、主人公は、中国の地名・人名も、中国語に近い読み方にすべきではないかという意見を述べる。だが、同席した有識者たちから、猛烈な反撃を受けてしまう。日本における中国文化の受容が、漢語で行われ、それがしみついているという事実。「李白」や「杜甫」や「楊貴妃」や「劉備」を中国式発音で読んだら、どうなるか。SHKがそういう読み方をしたら、大変な混乱が起きると。なるほどねと、思う。実際、我々も、韓国の留学生の名前は韓国式で、中国の留学生は漢音で読んでいるではないか(そうでない人もいるかもしれませんが)。

 また、駄洒落が口から次々と出てきてしまう人物が登場する。江戸戯作っぽいキャラクターだが、私の身近にもこういう方はいて、すごい言語感覚だなあーといつも感心するのだが、「フェルスター症候群」という、立派な症名がついているという話が織り込まれている。ほほー、そうなのか。

 というような言葉をめぐるさまざまな話題が次々に出てくるのだが、ストーリーとしては、恋愛小説の枠組みを持っているのである。もちろんそこにも言葉が絡んでくる。たとえば「関係ない」という言葉。よく口にする言葉であるが、男女の間で発せられるときに、微妙な機能をする言葉であることが描かれる。まさに身につまされる。

 言葉そのものをテーマにするというのは江戸の戯作によく見られるもの。しかし井上ひさしと違って清水氏に江戸文学耽溺の匂いはあまり感じられない。非常に知的に洗練されたバランスのいい言語感覚を感じる。そして笑えるような笑えないような、奇妙な味の小説に仕上がっている。

 
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