2014年06月20日

日本語の歴史的典籍に関する大型プロジェクト

国文学研究資料館が、タイトルのプロジェクトにつきまして、共同研究の公募をしています。
http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/
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2014年06月17日

パリに眠る読本たち

『読本研究新集』第六号が刊行された。第3次『読本研究』というべきもの。40代〜50代の中堅が編集委員と事務局を担い、順調に世代継承が進んでいる印象である。読本研究の分野は、若くて優秀な方も多くいて、今後とも期待がもてる。今号は、馬琴特集の観がある。藤沢毅氏の「馬琴研究の現在」も労作である。

 私には、高木元氏のパリ・ギメ東洋美術館所蔵の読本挿絵集についての報告(「江戸読本の往方―巴里に眠る読本たち―」)が興味深かった。江戸文芸研究がグローバル化に対応するには、読本をはじめとする江戸文芸が、海外の人たちにどのようにアピール可能かを模索する必要がある(もちろん現代日本の人たちにもだが…)。

 それには、西欧におけるジャポニズムという歴史的視点と、アニメ人気などのクールジャパンと繋がる現代的視点との複眼的アプローチが求められる。それを考える材料のひとつが、こうした在外文献にあることは疑いない。それらがどのような様態で伝播し、保存されているのかに着目した今回の高木論は、江戸文芸研究の今後を見据えたものと言える。

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2014年06月16日

高橋昌彦著『廣瀬淡窓』

 大分県先哲叢書の1冊。2014年5月、大分県教育委員会。

 豊後日田の咸宜園は、廣瀬淡窓が創設した私塾。日田という、西国九州の中央にあるような地でありながら、その卓越した教育システムが全国に轟き、淡窓一代で3000人の入門者を数えたという。
教育者廣瀬淡窓はまた、その漢詩でも知られる。本書によれば1万首は作ったという。
 本書は、その教育システムについて丁寧に叙し、漢詩について詳細にその背景を含めて解説し、また淡窓の多くの著書について解題を付す。また『遠思楼詩抄』の出版について具にそのあとを辿る。かなりの時間をかけて作られた本、文字通りの労作である。淡窓についての研究書は多数あるが、この最新の、一般向けに書かれた本は入門書として最適であるだけでなく、研究書としても新見を多く含む良書であろう。

 高橋氏との付き合いは長い。私が山口、彼が下関に住んでいた時などは、福岡の研究会の帰りに泊めてもらったことも少なくない。福岡のお宅にも何度か泊めてもらった(というか、独身時代というのは、ほとんどだれかの家に泊めてもらっていた…)。いろいろと教えてもらったことは数限りない(私は優秀な後輩に恵まれていて、高橋氏はじめK保田K一氏、M崎S多氏、R・C氏というようなちょっと年下の方々から、研究会や雑談の場でどれだけ知識を得たかわからない。これだけの人たちが院生や研究生として同時期にいたというのが今から考えるとすごい。近世だけではなく、ほぼ同世代のほかの分野の方も、K部N子氏、K島M雄氏が一つ上、T山M明氏、S田Y氏、K生M子氏、M下H文氏が同期か同い年、N野H樹氏、M本T彦氏、N原豊氏、O島A浩氏、G藤Y文氏、F田M憲氏らがちょっと下である。こういう人たちとかなり濃い付き合いをしていた。I口氏はかなり年下になる)。

 おっとかなり脱線した。高橋氏があとがきで寒うい、寒うい、日田での調査の思い出を書いているが、私も何度か調査に同行した記憶があり、そのくだりを読んで、その寒さが蘇ってきた。調査は大体井○敏○先生が隊長で、どの調査も1回や2回では終わらない。5年、10年と長きにわたり、それでしかも目録ができない時もある。ただ、我々はこの調査で、本の調べ方を学んだことは否定できない。まして、この日田調査を端緒として、高橋氏の本が20年の歳月を経て上梓されたことは、またよろこばしからずや。
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2014年06月06日

日中韓の武将伝

 勉誠出版の「アジア遊学」シリーズの1冊として刊行されたもの。日中韓の、文学・思想研究者が、武将をテーマにそれぞれの問題意識から論じた論文集。

 編者の一人井上泰至さんが「江戸時代の武将伝の問題系」という論文で、『雨月物語』「菊花の約」を、軍書『陰徳太平記』の異伝・外伝として読む読み方を提起している。ありがたいことに私の「菊花の約」論を踏まえてくださった上での立論。このように拙論を活かしてくださったのは井上さんが初めて。私は尼子経久の本編での存在意義を、従来謎とされていた挿絵の意味と絡めて論じたが、井上さんの論は、そこからさらに展開したものである。尼子が唯一信頼していた山中党の存在に注目した。私はそこまでは考えていなかったが、「なるほど」である。全面的賛成というわけではないが、基本的な読み方は同じだと思う。
 
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2014年06月04日

学会記(上智大学大会)

 おそくなったが土日の日本近世文学会のメモ。
 学会前々日は国文学研究資料館で調査員会議に参加。共同研究「蔵書形成と文芸享受」の成果発表シンポジウム。大庭氏の発表した鍋島藩と関わりのある儒者河口静斎の知られざる著述に、木門の人々の情報がたくさん載っているという有り難い情報を得た。この場で、アナウンスをさせていただき、わが科研チームの成果報告書CDを40枚ほど置いたが、見事にさばけました。
 学会前日は主に自分の仕事をしたが、神田の蕎麦屋「まつや」で腹ごしらえをし、それから天理ギャラリーの「漢籍と日本人」の展示を覗いて、感銘を受けた。日本人が漢籍を尊重し、刻苦勉励してそれを学ぶことで人格を形成してきた、その長い長い歴史を感じることの出来るたぐいまれな展示であろう。
 5月31日の学会初日。研究発表が4本。矢野公和氏の『雨月物語』論は、ご論の前提になっている「菊花の約」の解釈が受け入れられるものではなかった。トリの田中善信氏の論は、最近氏の『芭蕉』(中公新書)を読んだばかりであったので、興味深く拝聴した。病雁の句といとどの句は、全く目指すところの違う句であって、芭蕉はどちらを選ぶかを迷って去来らに託したというご説明であった。ご本では、「軽み」をめざす芭蕉の気持ちは定まっていて、それは「いとど」の方であったが、芭蕉は門人たちを試した可能性があると書かれていたが。佐藤勝明氏の質問は鋭かったと思う。さて、この日、また科研報告書CDのアナウンスをさせていただいたところ、休憩時間の15分間に60人が殺到、翌日午前中には用意した100枚が全て捌けていた。
 日本近世文学会賞は、山本嘉孝さんと勢田道生さん。山本さんは同じ科研の調査チームの仲間だし、勢田さんとは10年以上阪大でおつきあいした仲。まことにめでたい。懇親会の2次会では、お二人を囲んでのお祝いを十二、三名でやることができた。勢田さんはもともと中世文学の研究者だから、大学院は荒木浩先生が指導されたのである。私は赴任した年の学部演習で2年生の勢田君が受講していたのがおつきあいのはじまりであった。
 6月1日、2日目。午前はパネル・ディスカッション2本。前半は川平敏文さんのコーディネートで「翻刻の未来」。藤沢毅さんと鈴木健一さんがパネリスト。どちらも有意義なお話。大正生まれの島津先生のコメントが実に明晰明快で、面白かった。角川書店で新国歌大観を作った時に、「一般向け」に濁点を付すことになった。それを島津先生がやることになったが、何を基準にするのか迷われたが、結局謡の清濁に従ったという興味深い話。後半は、近世文学研究がいかに社会貢献をするかをテーマとするもので非常に今日的な問題。コーディネーターは小林ふみ子さん。パネリストは着物で登壇の福田安典さんと、石上阿希さん。福田さんは愛媛で人気の書家の日記を読むという、和本リテラシー絡みの社会貢献についての実践報告。石上さんは、大英博物館での春画展に関わった経験に基づくお話。またビデオ参加のラウラ・モレッティケンブリッジ大学教授は、アニメなどのクールジャパンへの関心を日本文化への関心に発展させ、江戸に遡って興味を持たせるという授業実践の話をして興味を引いた。
 長島弘明さんから、日本の研究書をもっと翻訳する必要があり、それを国家的プロジェクトとしてやる構想があることの紹介があった。パネルディスカッションは、国際連携・社会連携を模索する広報企画委員会(私も委員のひとり)の仕事とも深く関わるもので、いろいろと勉強になることが多かった。
 午後からは一般の方にも公開の「江戸文学まつり」。まずは近世文学会きっての有名人であるキャンベルさんのご講演。直前に御尊父の逝去の報で急遽NYに戻り、ご葬儀を終えて、講演当日の未明に帰ってきたばかりのキャンベルさんだったが、気丈に講演をこなされた。美人図に付された、あるいは美人図があることを想定して書かれた詩や文についてのお話であった。一般の方にもわかりやすい、ユーモアを交えた面白い講演である。本当に上手い。
 そのあとは、神田陽子氏の『雨月物語』「吉備津の釜」の講談と、隅田川馬石さんの真景累ガ淵の一節の怪談噺。どちらも力が入って聴きごたえがあった。素晴らしい。
 今回は近世文学会の歴史にも特筆すべき一般公開が実現した。いつもいつも一般公開というわけにもいかないだろうが、学会そのものの一般公開というのもアリしれない。少なくとも質疑応答など、わかりやすくなるのではないかと思われる。いろいろと問題はあろうが、検討してはどうかと思う。まあ場所が確保できないと無理だが。
 いずれにせよ、事務局・開催校を兼務した上智大学の木越治さんをはじめとするスタッフ、学生さん、OBのみなさん、ありがとうございます。
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