2014年08月16日

怪談の倫理

 木越治氏「怪談の倫理―鏡像としての『伽婢子』・『雨月物語』―」(『文学』2014年7・8月号)を読む。

 『伽婢子』の「怪談」は、咎のない者に対する「救済」として機能しているが、『雨月物語』はどの篇を読んでも「怪談」は不安定なものとして現前する。それが『雨月物語』の近代性ともかかわると。

 木越氏は、『伽婢子』においては「怪談」が倫理と一体になっている、したがって説話的にはきわめて安定している、という言い方で説明している。『雨月物語』はそうでないから不安定であると。その倫理性がなくなっていく過程が、「怪談」の文学としての近代化である、とまとめてしまうのはやや乱暴かもしれないが、たぶん、そういうことであろう。

 「怪談」が倫理と一体化しているかどうかは、その作品が書かれた時代の精神を反映しているというので、「鏡像としての」となるのであろう。しかし『雨月物語』の不安定さが、その時代の怪談の論理(ろんり)を反映しているかといわれれば、どうなのだろう。

 『伽婢子』と『雨月物語』の比較論としてなら木越氏の切り口は非常によくわかるのであるが、それを、文学史の線路に載せようとすると、やはりその線路は、「近代」という到着駅をめざすものになってしまう。そこに違和感を感じる。

 ただ、木越氏の今回の論は、そうでありながらも、「近代」がよりレベルが高い文学性を有するという見方からは脱却しているように思う。
 
 
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2014年08月15日

柿衞文庫開館30周年記念展示 芭蕉

伊丹市の柿衞文庫が開館30周年を記念して、「芭蕉」展を開く。
今回は、資料の価値から言うと、スゴイ展示になりそうである。
なにせ、この30年に新たに発見されたり、再発見された作品が展示の中心となり、その数は50点にのぼるという。それに加えて定番の芭蕉資料30点を公開する。担当の学芸員は私の教え子なのだが、あまり大きなことを言わない彼女が、「今度の芭蕉展はスゴイことになりました…」と言ってくるくらいである。入れ替え数もかなりあるようだから、近くの人は2回行った方がよい。10月に関西学院大学で行われる俳文学会も、プログラムの一部に同文庫の見学を入れている。日本近世文学会も後援をする。
日程は、2014年9月13日(土)〜11月3日(月)。前期は10月5日まで。休館は原則月曜日。月曜が休日の時は開館で翌日休館。
開館時間は、10時から18時まで。(入館は17:30まで)
お問い合わせは柿衛文庫へ。072-782-0244
HPは、http://www.kakimori.jp/

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2014年08月14日

江戸幕府と儒学者

 揖斐高氏の新著。中公新書。6月刊。紹介が遅くなりました。

 林羅山・鷲峰・鳳岡という、林家三代の人間ドラマを、幕府との関係を軸に描いたもの。新書という一般向けのスタイルで書かれているものの、内容は研究の最前線である。揖斐氏の長年の林家研究を基に、幕府との間で揺れ動く三代それぞれの心情を推し量りながら、御用学者という林家代々のイメージを覆して、人間味に満ちた人物伝としている。
 おそらくこういった切り口の林家論はこれまでなかったであろうから、本書の価値はそれだけでも高い。そして、これは賛否両論あるのではないかと思われるが、たとえば羅山の行為選択を「目的合理的行為」(マックス・ウェーバー)と見たり、鳳岡を「憂鬱」のキーワードで論じたりするのが、モダンである。つまり、近代人っぽいイメージで林家の人々を描いて見せたとも読めるのであるが、これは私の僻見かもしれない。「林家三代」という大河ドラマが作れるかもしれないと。

 私がこの本で流石だなあと思ったのは、55頁以降で、朱子学の思想を概述してみせたところである。これは、揖斐氏が朱子学を完全に咀嚼し、自分の言葉で語っているからではないかと思う。同じことは117頁以降の儒学の歴史思想を略説した部分にも言える。本筋から離れた部分だが、こういうところに、著者の力量を見ることができるのではないかと思う。
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2014年08月13日

仮名読物

 前のエントリーで報告した合評会の席上、近世文学研究の「用語」の国際化、あるいは国際的発信のことが話題になった。その際、私自身は「仮名読物」という名称を使っているということを申し上げた。たとえば科研で「「奇談」書を手がかりとする近世中期上方仮名読物史の構築」という課題名の報告書を出したこともある。「仮名読物」は、これまで「近世小説」の名称でくくられていた、仮名草子・浮世草子・談義本・読本などを全部含むのはもちろん、教訓書や心学書や仮名法語、紀行文・評判記にいたるまでありとあらゆる漢字かな交りの読物を包摂するものと考えている(片仮名漢字交じりは、漢文意識に近いので、漢文と仮名読物の境界に位置するかと思う)。「仮名読物」は中野先生のいう「戯作」よりも範囲は広い(誤解を招くといけないので言っておくが、「戯作」は「戯作」で国際的発信をすべき用語であると思っている。その範囲をどこまで広げるかは議論のあるところであるが)。
 「仮名読物」という領域を考え出したのは、「奇談」書のことを調べている最中である。「文学」という概念でこれまで弾き飛ばされてきた読物がここには沢山ある。水谷不倒の『選択古書解題』に収められたものと多く重なってくるが。「奇談」に限らず、「文学性」の薄いこういう読物を「文学史」に位置付けるには、新しい概念が必要だと思ったのである。もちろん認知されればそれでいいので、この用語を普及させようなどという野心はない。浅学菲才を顧みないとはいえ、それほど厚顔無恥でもない。ただ、ちょっと問題提起ができればとおもっているだけのことである。「奇談」についても同様だったか、これは私の思った以上の反応があったので、それなりによかったと思っている。
 そういうわけで、私が「仮名読物」という語を使うときは、ちょっと意識的に使っているということでございます。
 
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2014年08月04日

合評会

『上方文藝研究』第11号合評会。合評会前に改めて各論文を読み、いろいろ認識を新たにした。

 濱田啓介先生の西鶴研究展望である「外濠を埋めてかかれ」の「西鶴は課して解く人」に改めて感銘する。「それは当たり前のこと」という人もいたが、西鶴にこそ最もこの言葉が当てはまるという意味でやはり噛みしめるべき言葉だと思う。福田安典さんの『好色一代男』「おもくさ」考については議論百出。注釈の方法とは?、論文のあるべき書き方とは?を考えさせられた。山田昇平さんの『以敬斎聞書』における四仮名についての論考、丁度浅田徹さんが来ていたので議論がよく絡んだ。浅田さん紹介の釈澄月書簡(なんと現代語訳付)は、近世中期における地下の歌道家化(この場合は有賀家)の問題を考える絶好の資料。加藤弓枝さん紹介の『宗匠家談話』は、蘆庵や秋成の知られざる一面をあぶり出し、澄月の歌論も知られる好資料。有澤知世さんの富川吟雪の『垣根草』利用を明らかにした論については、上方読本から草双紙への影響関係をどう文学史的に解くかについて議論となり、新稲法子さんの長岡京市正木家文書の詩稿についての紹介は、明治漢詩壇の一隅を照らす貴重な報告だが、合山さんの質疑に絡んで、明治期の漢詩史を、日清戦争や短歌革新運動との関係で考えていく視点も紹介され、島津先生の「和歌は今でも続いている。短歌は一派生形態」という和歌史観を引き出すなど、議論が面白かった。最後比較的時間を余して浜田泰彦氏の西鶴研究近況レポートの合評となったので、「文学」と「文芸」の用語問題、西鶴戯作者説の問題、研究の国際化への対応の問題など、大きな問題に展開して、議論が白熱したという感じである。

 合評会は本当に勉強になる。ブログのようなほぼ一方通行での言説では気づかない、自分の考え方の欠陥を知ったり、別の立場の意見を知ったりすることができる。また合評会は、個人の書いた論文を、同人みんなでさらに展開してゆくものであるとともに、その議論から触発されて、自らが今考えていることに大きなヒントをもらう場でもある。本誌の合評会は、大正生まれとはとても思えない鋭い切れ味の発言をされる島津先生や、遠いにも関わらず必ず参加してくださる福田安典さんが議論をリードし、それにこたえて中堅・若手が日頃の論文からはうかがえない文学研究観を披瀝するというのが、最近のパターンである。面白からずや。
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2014年08月02日

益軒と柳枝軒

京都大学で、益軒と柳枝軒をめぐる興味深い展示・講演・シンポがあります。
展示については下記参照。
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/modules/special/content0043.html

・講演会
日時:2014年8月9日(土)13時30分〜15時(13時開場)
場所:京都大学附属図書館3階 ライブラリーホール
定員:100名(先着順)
内容:横田冬彦(京都大学文学研究科教授)「益軒と柳枝軒−もう一つの書物文化の誕生」
   横山俊夫(京都大学名誉教授・滋賀大学理事)「この展覧会の見どころ」
特別ゲスト:小川三郎(平成柳枝軒)

・ミニ報告会(こちらは非公開だそうですが、研究者はOK)
タイトル:貝原益軒・柳枝軒・近世日本出版文化
時間:2014年8月10日10時〜16時
場所:京都大学総合博物館本館3階講演室
報告者:辻本雅史:「大学新疏」と益軒本
    鍛治宏介:水戸藩と柳枝軒
    鈴木俊幸:江戸の柳枝軒―書籍流通史論の観点から―
スケジュール:
午前10時〜 趣旨説明
      辻本報告
      鍛治報告
      昼休憩
午後1時〜 鈴木報告
2時頃から3時半まで 座談会。
遅くとも4時には終了。

ということです。報告者ご本人からの情報ですが、報告題は別情報も。
辻本雅史「益軒の思想がもたらした出版の形」
鍛治宏介「水戸藩にとっての出版活動」
鈴木俊幸「江戸の柳枝軒」
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