2014年12月31日

よいお年を

2014年も残りわずかです。
今年も、読んでいただきありがとうございました。
来年も、よろしくお願いいたします。
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2014年12月22日

首相答弁用語「丁寧に説明」

ある方が、「国会会議録検索システム」を用いて調査をしてみると、衝撃の事実が明らかになった。
1940年(第1回は昭和22年(1947)第1回特別国会)代からから10年区切りで、内閣総理大臣が「丁寧に説明」という表現を使った回数を調べてみると・・・。
1940年代 0回
1950年代 1回
1960年代 0回
1970年代 0回
1980年代 0回
1990年代 2回
2000年代 18回
2010年代 63回
ことに、安倍晋三氏が内閣総理大臣に就任した2012年12月第182回特別国会から2014年9月〜11月の第187回臨時国会までだけで、
    36回
「丁寧に説明」を使っているという結果が出ました。

もちろん母数の問題もあるが、近年急速にこの言葉が増えたのは明らかである。
この「丁寧に説明」の言葉が出てくる質疑応答の内容と、その後の政府の対応を調査すれば、まちがいなく、このことばの真意がわかるだろう。
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2014年12月18日

国際コラボ雑誌『日本研究論集』が10号到達

 大阪大学文学研究科の日本文学国語学研究室と、タイのチュラーロンコーン大学の文学部日本語講座は、毎年国際交流研究集会を開催している。大阪大学にチュラ大からかなりの人数が来ていただいている。
 これが数えてもう5回。その研究集会での発表を中心とする論考(日本語)を載せるのが、『日本研究論集』である。大阪大学の発表者が論文を掲載するのは偶数号である。5年で10号に到達した。国際コラボ雑誌。印刷はタイで行っている。旅費をふくめチュラ大にはかなりご負担いただいている。
 この国際交流研究集会は、発足の時には、現日文研の荒木浩さんがお世話をされており、現在は合山林太郎さんが運営を仕切っている。どうも他の仕事とバッティングすることが多く、2回ほどしか参加できていないが、近世の学生も、毎年のように発表させていただいている。
 謡曲の中の中世武士層、中でも兄弟関係をめぐる表象について考察した、チュラ大の修士課程の学生の論文は、視覚的に登場人物をマンガで描くという、論文には珍しい(というか、日本だったら、これはちょっとっていわれそう)図解をふんだんにとりいれたものであったが、「いいんじゃない」と思ってしまった。
 本号には、仲沙織さんの「狐の「芸つくし」考―西鶴『懐硯』巻二の五をめぐって」が掲載される。『大倭二十四孝』の「二の宮花満」の影響を指摘するとともに、その違いを考察し、人知の及ばない「怪異」として描かれていた狐の変化を、世俗に親しい「芸」として描いた西鶴の工夫が卑俗な滑稽をもたらしたと結論づけている。
 おなじく本号に掲載される合山さんの「斎藤拙堂『海外異伝』における山田長政の形象」は日タイ文化交流史研究の一環である。

 最後になったが、この報告書は、タイ国トヨタ自動車株式会社の出版援助によるものである。これはなかなか素晴らしいことではないだろうか。
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2014年12月17日

『本朝二十不孝』の冒頭話

 佛教大学の国語国文学会が出している『京都語文』、11月末に出ているのがはやくもネットにアップされているのを笠間書院さんのツイッターで知って見てみると、浜田泰彦氏の『本朝二十不孝』巻一の一論があったので、早速読んだ。
 この話は、遊蕩にふける息子が、親が死んだら二倍にして返すという「死一倍」という借金をし、親父を毒殺しようとするが、思わず毒見をして自ら毒を飲みこんでしまって死んでしまうという話である。
 内心では親の毒殺を狙っているのに、いろいろ勘違いもあって外見には孝行な所業に見えているところのズレが可笑しいという読みを示している。そこから、いろいろ展開できる論点があるようにも思うが、今回はここまでの読みを示しただけなのだろう。論は妥当なもので、わかりやすくシンプルである。
 この論文は授業で学生が示した読みにヒントを得たということだが、実は私の授業でもこの話を扱い、学生に発表させたところ、同様の読みを示していた。普通に読めば、そうよめるということかな。
 私もこの話を講義で扱ったことがあるが『二十四孝』という典拠との関係、あるいは「死一倍」というシステムを孕む社会への批評意識をみる論が多かったという印象である。もちろん、それらは本話を読み解く際には必要な議論である。それらの先行研究をふまえての、こういう素朴な読みは、これまで論文化されなかったと見えるが、一度はこういう読みが示されなければならなかったということだろう。
 そういえば、笠間書院のリポジトリ方で篠原進さんの西鶴論がまた出ると聞いたのだが、まだなのかしら?
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2014年12月16日

『適塾』

 緒方洪庵と適塾関係者の業績を顕彰する「適塾記念会」という会がある。会長は大阪大学の総長である。私も一応会員である。これまで一度も紹介したことがなかったかと思うが、適塾記念会は、『適塾』という年1回の雑誌を出している。非売品である。その47号が手元に届いた。昨年行われた「緒方洪庵・適塾と近世大坂の学知」という特別展示の報告や、洪庵忌・適塾講座・適塾記念講演会・適塾記念会の報告や講演録のほか、書評や資料紹介などを載せていて充実している。同会幹事の合山林太郎さんは、「適塾をめぐる詩と書」を連載しており、今回が4回目。今回は長与専斎を取り上げる。すこし艶っぽいところもある?詩の紹介。
 この雑誌は、非売品。会員になれば配布される。問い合わせは大阪大学適塾記念センター適塾記念会事務局である。060-6850-5016。普通会員は年間1口2000円。適塾の参観、特別展示の参観などがナンカイでもみられるというような特典もある。
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『雨月物語』「青頭巾」の読み

 先週の土曜日は、H大学勉強会で『雨月物語』「青頭巾」を読む。

「青頭巾」とは、快庵禅師が、愛する稚児を失った悲しみのあまり人食鬼となった僧を済度する話であるが、その済度の方法は、「江月照松風吹 永夜清宵何所為」という証道歌(曹洞宗開祖慧能の門弟玄覚の作)の二句を授け、その意を求めよと命じるというもの。僧はその句を唱え続け「影のやうなる人」となっている。禅師が禅杖を以て一喝すると、僧は「忽ち氷の朝日にあふがごとくきえうせて」しまうのである。

 この場面の解釈を中心として、ハイレベルな議論が戦わされてきた。その議論の中でも、日本古典文学大系などの注釈以来、この二句を「自然は何のためにあるのか(何のためでもない)」と解釈してきたのを、江戸時代のこの句の注釈などから「おまえは何をするのだ」と解釈すべきだとする大谷雅夫氏の説がある。あまりに衝撃的だったため、かつてこれを「国文学」の学界時評で大きく取り上げたことがある。
 大谷論文によれば、大正から昭和初期の、いまではほとんど顧みられていない注釈書では、まさに大谷説のような注がつけられているという。そもそも『証道歌』の注釈において「自然は何のためにあるのか」という解釈が行われていて、雨月研究者もそれに従ったために、ある時からこの解釈が固定的になったようだ。注釈というのは一端固定するとなかなか疑われないものである。とりわけ、中村幸彦先生のような大家の注であればなおさらのことである。

 その注釈の通りに解釈するとすれば、鬼僧は、朝日とともに消えることによって、その問いに答えたことになりそうである。稚児への執着が、二句への執着に変わっただけだという説もあるなかで、大谷説の読解は、それこそ氷が朝日を受けて消えるようにクリアーである。大徳快庵の高僧説話であったり、曹洞宗が真言宗にとってかわった寺院中興譚であったりした場合に、この済度のあり方は、とてもしっくりくる。

 しかし、「食人鬼の僧が「直くたくましき性」の人であるから、教化が可能である」と快庵がいうこととの関わりはどうなのか?仏教説話の枠組みの中で、この国学的認識ともいえる部分は、浮いているのか。ちゃんと回収されるのか?

 謎は尽きない。「菊花の約」の末尾の語り手の言や、「浅茅の宿」の勝四郎の歌など、『雨月物語』には、なにか、物語を枠をずらしてしまうような言述があり、それを読み解く楽しさがある。その場合、大谷さんのとった正統な注釈的方法が、たいていの場合、従来の読みを覆す武器となるのである。

 そういう、ズレや、わざと書いていないとしか思われないような空白(西鶴研究では「ぬけ」といったりする)のあるテキストには、読み巧者が集まって、レベルの高い作品研究史を作っていくのである。西鶴・秋成には、それがある。しかし、そのズレを正したり、空白を埋めることが読みなのではない。それは注釈である。読みはそこからはじまる。
 
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2014年12月15日

絵入本ワークショップZ

おなじみ絵入本ワークショップが、国文学研究資料館の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」公募型共同研究に採用されたということで、早速ワークショップが同志社大学で開かれるということである。急遽開かれることになった割には豪華メンバーである。
(あー、折角関西でやるのに、私はこの両日、別のお仕事が午前午後ともにあって行けません!残念)
一応、プログラムの案内がきたので貼り付けておく。

「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」公募型共同研究
絵入本ワークショップZプログラム
主催 絵入本学会
共催 国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター・同志社大学・実践女子大学文芸資料研究所 
日時 2014年12月20日(土)・21日(日)
会場 同志社大学(今出川校地)良心館 3階303教室
http://www.doshisha.ac.jp/information/campus/imadegawa/imadegawa.html#campusmap
当日問合せ先山田和人(文学部研究室075-251-3371)
参加費 1,000円(資料代) 当日徴収
問合せ先 絵入本学会事務局 実践女子大学文芸資料研究所
     sato-satoru@jissen.ac.jp

12月20日(土)午後
開場 13時30分
開会の辞 服部仁 同朋大学 絵入本学会会長

14時00分
歌舞伎,天下祭,吉原俄の共通点と男芸者の役割
日比谷孟俊 慶應義塾大学

山東京伝の合巻における挿絵とその表象―『磯馴松金糸腰蓑』を例として―
 山名順子 川村学園女子大学
〈休憩〉15時20分〜15時30分
15時30分
応挙写生帖の意味
    村上敬 関西大学(院)

錦絵の〈填詞〉をめぐって
木元 千葉大学

懇親会 17時00分〜
会場 UENOYAMA 京都市上京区 烏丸通一条上る観三橘町584 電話075-451-2201
会費 5,000円(12月17日までにメールでお申し込みください。kyamada@mail.doshisha.ac.jp)

12月21日(日)午前
開場 9時30分
10時00分
「お竹大日」もの草双紙をめぐって―『於竹大日忠孝鏡』を中心に―
神林尚子 東京大学(院)
流光斎画役者絵本「画本行潦」の意義
北川博子 あべのハルカス美術館
〈休憩〉11時20分〜11時30分
11時30分
鳥山石燕画作『画図・百鬼夜行』シリーズの挿絵と詞書きの考察
    ローレンス・マルソー オークランド大学
北斎『諸職絵本 葛飾新鄙形』フランス国立図書館蔵本の仏訳と復刻出版
クリストフ・マルケ フランス国立東洋言語文化大学、日仏会館

〈昼休み〉12時50分〜14時00分

12月21日(日)午後
14時00分
初期浮世絵の画題―「薄雪」「定家」を中心に―
浅野秀剛 大和文華館

享保期江戸歌舞伎せりふ正本考―物売りのせりふをめぐって―
廣瀬千紗子 同志社女子大学
〈休憩〉15時20分〜15時30分
15時30分〜17時00分
基調報告:近世挿絵史の構築をめぐる諸問題
    佐藤悟 実践女子大学

自由討論
  総合司会 マティ・フォラー ライデン民族学博物館
       山田和人 同志社大学

閉会の辞 山本和明 国文学研究資料館

以上である。
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2014年12月09日

梨木神社の能舞台で講談を楽しむ会

私も会員である京都近世小説研究会は、年末特別企画として、一般参加OKの講談の会を開く。
赤穂浪士討ち入りの日、忠臣蔵にちなむ講談を楽しみませんか?会費は1000円、学生は500円とお得である。実施要領は下記の通りで、事前申し込み不要。直接来ていただければ結構。

  日時  12月14日(日) 15:30〜17:15
  場所  梨木神社 能舞台(京都市上京区寺町通広小路上ル)
  会費  1,000円(学生500円。当日受付でお渡しください)

プログラム
  15:30〜 受付・参拝・上田秋成歌碑見学など        
  16:00〜 講談のご案内(大阪大谷大学 高橋圭一氏)
       講談「神崎与五郎の東下り」   旭堂南海師
  17:15 終了予定

旭堂南海師は大阪大学文学部のご出身。国文学を学ばれた方である。

ちなみにこの日は14:00から南海師と親しい高橋圭一さんの「かくして『軍師真田幸村』が誕生する」の研究発表があるが、これは研究会メンバー限定。ちなみにこの発表タイトルは、荒木浩さんの著書『かくして『源氏物語』が誕生する』(笠間書院)のもじりに違いない。お二人は京大の同期で仲もいい。ちなみに大谷節子さんも同期。

去年もこの研究会は12月14日に開かれたが、その際に、浜田啓介先生が、「来年もこの日にやりましょう」とおっしゃったことから、どうせやるなら忠臣蔵にちなんで講談をということになったようだ。
年末の楽しみのひとつ!
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2014年12月07日

大垣で「上田秋成と芭蕉」の講演

本日、行ってまいりました。車窓からみる米原あたりの景色はすっかり雪化粧。
大垣はそれほど雪は降らないらしく、今日はまずまずの良い天気でした。
大垣は言わずと知れた「奥の細道むすびの地」。その名の通りの、立派な記念館で「おおがき芭蕉大学」の連続講演の第3回担当者として、「上田秋成と芭蕉」についてお話しました。記念館のスタッフの方には大変お世話になりました。ありがとうございます。

芭蕉顕彰の地で、芭蕉の悪口を言ってた人のことを話すというのも、ちょっと気が引けますが、他に材料のない私には仕方のないことです。
しかしおよそ70名の聴講の皆様、静かに、時には私のジョークに反応してくださいながら、最後まで熱心にきいてくださいました。どうもありがとうございました。

 さて、私の配布資料には角川の俳文学大辞典の「上田秋成」の項を引用しました。中村幸彦先生のご執筆。そこで驚いたのは、たしかに俳文学の辞典とはいえ、『雨月物語』に一切触れていないことです。「国学者。俳諧師」とあって、「読本作家」とか「歌人」とかはなし。これは見識だと思います。その話をひとくさり。『雨月物語』のことを書いてくれても、いいじゃないのー。ダメよ、ダメダメ。これは少しうけました。
 それにしても、もしかして辞典自体の方針なのかなと、帰宅後「涼袋」を確認したら、『西山物語』『本朝水滸伝』に触れていました。やはりこれは中村先生のポリシーです。

 学芸員のOさんに教えてもらったことですが、大垣の街を散策すると、きれいなトイレが設置されていますが、そこには「トイレにふさわしい」芭蕉の句が選句され、男女4つずつあるトイレすべてに違う句が掲げられているとか。近年芭蕉の本を次々に出されている記念館の顧問格、Sさんの選句らしい。大垣では来年度、俳文学会が開催されるとか。ぜひ、散歩の途中で寄って確かめてみてください。
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2014年12月06日

秋成 小説史の研究

高田衛先生の『秋成 小説史の研究』(ぺりかん社、2014年11月)が刊行された。
近年、秋成研究史上、不朽の業績である『上田秋成研究序説』『上田秋成年譜考説』が「定本」と銘打って復刊されたのは記憶に新しい。長い間古書店で高価な値のついていた両書が、求めやすい価格で入手できるようになったことは、秋成研究にとっての慶事だった。

その一方で、高田先生は『春雨物語論』(岩波書店)を上梓される。これも春雨物語研究史上逸することのできない研究書となった。しかし秋成について書いた論文は他にもまだまだあった。それをおまとめにならないのかと気になってはいた。

今回、ついにその本が出た。意味深なタイトルである。秋成を論じてなぜ「小説史の研究」なのか?

私はかつて『日本文学』に『春雨物語論』の書評を書かせていただいた(2010年7月号)。あとにも先にもこれが書評させていただく高田先生の唯一の本だろうと思っていた。しかし、どうやら、もう一度チャンスを与えていただいたようだ。本当にありがたいことである。それならば、なぜ「小説史の研究」なのかを考えてみたい。

 全十章、その最初の章と最後の章はいずれも「見えない世界」をキーワードとする。そのことと、タイトルの意味は多分関係があるのではないか、そういう見通しからはじめたい。その時に、本の内容については書くことにする。カバーは「蛇性の婬」の挿絵。ただし白黒反転。いろいろと考えるヒントがある。
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2014年12月03日

大垣で「秋成と芭蕉」について話します

12月7日(日)14時から、大垣の「奥の細道むすびの地記念館」で、「上田秋成と芭蕉」の演題で講演します。「おおがき芭蕉大学」という連続講演の3回目です。他の講師の方は、俳諧あるいは芭蕉の専門家の方ばかりで、非常に恐縮しております。

2013年の春、科研研究会を岩瀬文庫で開催した翌日、大垣の市立図書館と、奥の細道むすびの地記念館を訪れたのでした。ここで学芸員の方と知り合い、「またそのうちに」と言っていたのですが、意外に早く再訪の日が来ました。「ご講演をお願いしたいのですが。なんでも結構ですから」という内容のメールに、「なんでもいいなら」と気軽に引き受けてしまったが、よくよく調べてみると、過去の講演は、やっぱり芭蕉とか奥の細道がらみの講演ばかりである。あー、どうしましょう。まあ、ここは秋成と芭蕉でいくしかないなあと、題目をお伝えしてからもう1年近くたつだろうか?

ようやく最近になって、資料を作り始めたが、やはりいつもと勝手がちがう。それに秋成はよく知られた芭蕉嫌い。芭蕉ファンが多いと予想される大垣の人たちはどう思うだろうか・・・・、といろいろ心配になってきたが、まあ、こちらはこれしか話せないわけなのだから、仕方ない。さきほど資料を添付ファイルで送付したところ。さてどういうことになるやら。えー、たぶん受講申し込みは、締め切っていると思いますが。
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2014年12月01日

秋里籬島と近世中後期の上方出版界

藤川玲満氏の『秋里籬島と近世中後期の上方出版界』(勉誠出版、2014年11月)が出版された。
離島の著作にお世話になったことのない、近世文学研究者はいないだろう。
すなわち『都名所図会』『摂津名所図会』をはじめとする大部多数の『名所図会』を書いたのが籬島である。
今回の藤川さんの本で特筆すべきなのは、従来伝記的事実があまりわかっていなかった離島の家系、宗旨などを知ることのできる重要資料『秋里家譜』が紹介されたことであろう。私も研究会でこれに関する藤川さんの発表を聴き、現物も拝見したが、「家譜」とありながら和文であり、和歌や発句を載せている点、不思議な資料だと思い、かつ籬島自筆であるのかどうか、そのあたりが問題だろうと思っていた。今回あらためて解説をよむと、その蓋然性はかなり高いようだ。ここから様々な新事実が明らかになった。
また、籬島の俳諧活動を丹念に調査し、まとめてくれたのも、『名所図会』の性格を考える際に有益だろうと思う。名所図会に関わった書肆についての研究も貴重である。
個人的な関心でいえば、籬島は内裏再建に関与したらしいが、そこで公家との交渉はなかったのか。名所図会に公家や官人が和文の序を寄せているが、どういう関係なのか。そのあたりもぜひ今後明らかにしていただきいと思う。なお、本書に当方の科研報告書『近世上方文壇における人的交流の研究』のうち「近世上方文壇人的交流年表」のデータがわずかでもお役にたったようで(忝いことに引用していただいている)、使っていただきありがとうございます。自分の関心に偏った感想でした。
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