2015年01月30日

春水人情本の研究

先日の高麗大訪問研究は、非常に意義深いもので、参加した人はそれぞれ手応えを感じたと思う。
高麗大から来られた先生のお一人である崔泰和さんは、長島弘明さんのもとで博士論文を書かれたが、最近、その博士論文を基にした論文集を上梓された。
若草書房の『近世文学研究叢書』シリーズの20冊目で、タイトルにもあげたが、『春水人情本の研究―同時代性を中心に―』(2014年10月)というもの。若草書房という出版社は、あまり広告をうたないし、HPもたしかないし、学会で店も出さないし、ダイレクトメールもあまりこないし・・・、で、どういう本が出ているのかなかなか情報がつかめないのであるが、このシリーズはほぼ外れがないので、そのうち口コミでひろがりなんとなく知っているという本が多い。いただく場合もある。この本も、今回の訪問研究に際して、崔さんから頂戴したものである。ありがとうございます。このシリーズの本として他の本と比べても遜色のない立派な論文集だと思う。
内容は、そこにあらわれた同時代の表象について考察するものが中心で、注釈力がなければなかなか書けないものである。作品にあらわれる広告・商品などの検討は、「メディアとしての人情本」の問題である。近世後期戯作研究のひとつの方向性を示す論文集であろう。
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妖怪生小山伯鳳

懐徳堂記念会が刊行している会誌『懐徳』83号(2015年1月)が刊行された。
その中で、近世文学に関わるのは、福島理子さんの「「妖怪生」小山伯鳳のこと」。懐徳忌の時にお話されたことを活字化したものである。怪異書を耽読していた伯鳳。詩人としての非凡さと、妖怪本への偏愛を、泊鳳周辺の詩人の詩から描き出し、その怪異観を無鬼論との対比でうかがい、伯鳳作の幻の「十精変美人」詩を探る。
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2015年01月28日

授業版「西鶴をどう読むか」

 「西鶴をどう読むか」というのは、2年ほど前に、京都で行ったワークショップのテーマだが、同じタイトルを授業(日本文学講義)に掲げて、この半期やってみた。本日で終了。受講者は20数名で、文学部以外の学生もいるし、文学部の中でも日本文学専修以外の学生が多くいる。学生の発表を中心に回す半ば演習的な授業なので、受講者は少なかったし、最初の説明で受講をやめた学生も少なくなかった。
 西鶴テキストの比較的有名な話を、いくつかリストアップし、簡単な概略を示して、どの話を取り上げたいかを学生に順位をつけて複数話選んでもらう。第一希望を優先して調整し、グループ分けを行う。グループで議論し、まとめてもらって、発表をする。全部で20数名だからグループといっても各2〜3名である。
 あらかじめ、参考になる論文も、PDFでダウンロードできるようにしておく。
 担当でない者は、テキストにあらかじめ目を通し、「質問したいこと」を決めておく。そして授業中に思いついた質問も書き付ける。この2つの質問をもって、議論に参加する。議論のあと、5点満点で採点もする。
 日本文学専修以外の人たちは、それぞれ自分の専門の関心からの切り口を見せたりして、日本文学演習とはちがった趣である。議論は毎回かなり活発だったが、質問者が偏る傾向というのはあった。
 大体、学生は、教員の言うことではなく、他の受講生の考えを知りたがっている。これはどんな授業においてもそうで、講読みたいなことをやって、教員が一生懸命準備をして話をするよりも、学生の関心をひきつけるには、受講者の意見をたくさん引き出した方がいい。しかし、それが「いい授業」かどうかは別である。
 まあ、概して教員というのはしゃべりたがりなので、それをいかにセーブするかは教員側の重要な課題であろう。自分が満足しているだけ、ということがないとは限らない。一方たとえ盛り上がっていたとしても明らかにポイントを外した議論というのをどう扱うかも難しい。 
 結局、こういう形式の授業がどうなのかというのは、簡単には判断がつかない。ただもう少し展開して、全体をひとつのプロジェクトのようにして、ある設定された目標を目指す形にするというのも一つの方法なのかもしれない。
 この授業を通じて認識したことは、西鶴はやはり面白いということだった。どういう角度から論じても、それなりに面白く読める。そして議論をすればするほど、複雑で巧妙に本文を仕掛けているように読める。
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2015年01月20日

高麗大の訪問研究

高麗大学校の日本文学関係の院生と教員が、大阪大学を訪問し、ちょっとした研究会を開催する。高麗大学側から2名、大阪大学から2名。合わせて4名。中古から近代まで。

高麗大学校訪問研究ワークショップ

日時 1月27日(火) 14:00〜16:40
場所 大阪大学文学研究科 大会議室 

1 森由依子 大阪大学(院) M2
『枕草子』章段区分の再考 ー近世・近代の注釈書を端緒としてー

2 朴祉R(パク ジヒョン) 高麗大学校(院) M2
『今とりかへばや』 ― 女君の自己認識

3 有澤知世 大阪大学(院) D1
京伝合巻の戦略―石燕妖怪画本の利用を中心に―

4 金智慧(キム ジヘ) 高麗大学校(院) M1
1880年代の演劇改良に関してー帳簿の存廃をめぐった論争を中心にー


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2015年01月17日

月岡雪鼎とその一門

タイトルは、大阪歴史博物館で、2月16日まで開催中の展示である。常設展の一角の「特集展示」コーナーで。入場は600円。展示されているのは月岡雪鼎(丹下)とその門下の肉筆絵が中心である。

肉筆浮世絵は、注文して制作するもので、六曲の屏風に描かれた唐子遊図屏風などは、どんな人がこれを注文したのだろうと、想像力を刺激される。版本ではよくお目にかかる丹下だが、肉筆絵はなかなか見る機会がないので貴重。祐信の影響をうけつつも独自の画風を展開したという説明であった・

天王寺での月1回の勉強会のあと、谷町線で歴史博物館に移動。近い。偶然にもギャラリートークの時間が迫っている。こりゃ幸いと喜んでいたところ、私を呼びかける人が・・・。

水田紀久先生だった。相変わらずお元気そうであった。今年で89歳におなりのはずだが、歩き方も、話し方も実にしっかりされておりました。先生から、ギャラリートークの学芸員岩佐さんも紹介していただくことになるとは、ラッキー、ラッキー。

印象に残ったのは門人の蔀関月の商山四晧図。中井履軒と福原五岳の賛があるもの。これは浮世絵というよりも、水墨画であったが、蔀関月と懐徳堂というのは、なるほど面白いテーマである。さがしてみると、『フィロカリア』という大阪大学の芸術学・芸術史講座が出している雑誌に論文があった。後日見ることにする。
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2015年01月13日

国際シンポジウム「歴史的典籍画像の30万点Web公開と国際共同研究」

〈日本研究の新地平〉「歴史的典籍画像の30万点Web公開と国際共同研究」という国際シンポジウムを開催いたします。

 国文学研究資料館では、『国書総目録』に掲載される約50万点の典籍のうち30万点の画像を公開するという、壮大なプロジェクトが始まっています。このプロジェクトは人文社会科学分野として初めての大規模学術フロンティア事業として位置づけられています。現在、国会図書館や早稲田大学を初めとして、古典籍の画像のWEB公開が進みつつありますが、国文研の計画はその総量が飛び抜けて多く、かつ現在WEB公開されている「古典籍総合目録」(国書総目録のWEB版と考えてよい)とのリンクも計画され、またタグ付けによって、たとえば「光源氏」などで画像検索を可能にするなどのことも検討されているようです。平成26年度から10年計画で出発しています。
 このプロジェクトは、本画像データベースを使った国際共同研究もセットになっています(ただし、その予算は、画像データベースがまだ公開されていないということを主たる理由に現時点では下りていません。今後どうなるか)。画像データの収集公開と、国際共同研究を進める拠点として、20の大学が選ばれていますが、私の勤務する大阪大学もそのひとつです。
 共同研究事業を主にになう文学研究科は、これに連携する形で、五件ほどあるクラスターという共同研究事業のうちのひとつを、「
日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築」とし、何人かの教員がこれに属して共同研究ネットワークの構築をめざしています。その一環として、このたび、大阪大学文学研究科と国文学研究資料館古典籍共同事業センターの共同主催で、下記の内容のシンポジウムが行われることになりました。
 副センター長の山本和明氏が基調講演をし、国文研副館長の谷川恵一氏もいらっしゃいます。
 大阪大学の源流とされている懐徳堂と適塾に関する古典籍を、大阪大学では優先的に公開する予定で、準備を進めているところですが、今回のシンポジウムでは、適塾や懐徳堂の原典資料を用いた研究をされている、海外の研究者お二方をお招きし講演をお願いいたしました。共同討議では画像データベースが国際共同研究にどのように活かされるかを議論していきたいと考えています。
 入場無料ですので、この際、この大型プロジェクトの内容について知りたいという方や、画像データベースの公開やシステムなどについて要望のある方など、興味のある方は是非、ご参加ください。

日時 2015年2月18日(水) 13:30〜17:50
会場 大阪大学文学研究科本館2F 大会議室

プログラム
■開会の挨拶 三谷研爾(大阪大学文学研究科副研究科長) 13:30〜13:35
■基調講演 13:35〜14:30
日本語の歴史的典籍画像データベース構築計画について
発表 山本和明(国文学研究資料館 古典籍共同研究事業センター 副センター長)
                      司会 合山林太郎(大阪大学)
■招待講演  14:40〜16:40
1 世界の果てまで広がる日本の歴史的典籍と近世医学史研究
 発表 エレン・ナカムラ(オークランド大学文学部・文化語学言語学学科准教授)
                      司会 廣川和花(大阪大学)

2 懐徳堂文庫所蔵典籍の画像データベース化と懐徳堂研究 
発表 田世民(淡江大学日本語文学系助理教授)
                      司会 湯浅邦弘(大阪大学)

■共同討議  16:50〜17:50
画像データベースと国際共同研究の未来
山本和明、エレン・ナカムラ、田世民、飯倉洋一(司会)

■閉会の挨拶 谷川惠一(国文学研究資料館 副館長)

総合司会 飯倉洋一(大阪大学)

主催 大阪大学文学研究科 日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター
   国文学研究資料館 古典籍共同研究事業センター

入場無料・申込不要・使用言語は日本語。
お問い合わせは、飯倉までメールで。iikura(アットマーク)let.osaka-u.ac.jp
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2015年01月11日

世界の読者に伝えるということ

河野至恩氏の『世界の読者に伝えるということ』(講談社現代新書、2014年3月)を、研究会の隣席にいた、若い友人に勧められたので、早速購入して読んだ。
作者は、あの「高校生クイズ選手権」で優勝、アメリカのボードウィン大学で物理学・宗教学を学びつつ、人文学にも関心をもち、大学院は、プリンストン大学で比較文学を学んだ。そこで日本文学を学び、現在は上智大学准教授として、英語で日本文学を教えているという方である。
この本で、教えられたのは、現在世界で日本文学がどのように研究されているかということ、その状況を踏まえた時に、今後、我々はどのように日本文学研究を展開すべきかということ、である。もちろん、後者は簡単に答えの出る問題ではないものの、前者については、日本文学研究に携わる全ての研究者が、意識しておかなければならないことであろう。
我々が漠然と認識していることを、明快に整理してくれており、非常に有益であった。
海外の日本文学研究は、いま比較文学のレンズを通して学ばれるか、日本(地域)研究というレンズで学ばれるかのいずれかであるという。そうした場合、我々がよく学生などに言う「原本で読まなければ古典研究はできない」というような主張はあまり意味をなさない。

たとえば村上春樹のテキストは、英訳されたものから、各国訳がまたなされるという形で世界に広がっているが、比較文学の研究として対象となるのは、むしろ英訳テキストである。これは源氏物語や平家物語にも言えることになる。もちろん、この研究方法から(あるいは翻訳から)失われるもの(たとえば「原典のよさ」)は大きい。変体仮名読解能力や、文献学的な本文研究から生まれる、本文解釈の劇的な転回などは望むべくもない。
しかし、近年たとえば、江戸文学における源氏物語の影響を研究する際には、江戸時代によくよまれたテキストで読まなければならないというのは常識で、本文的価値は低くても、流通面で無視できないという点においては、村上春樹の英訳テキストもまったく同じ事情なのだ。すくなくとも、村上春樹のテキストが、文学や思想に与えた影響を世界的レベルで考えるには(というか、もはやそれを日本国内だけで考えるのはナンセンスだろう)、英文テキストの方が重視されてしかるべきである。

だからといって、これまでの日本文学研究方法が、今後廃れていくということではないし、そうなるべきでもない。ダブルスタンダードの意識が必要なのであるが、少なくとも、日本文学研究の成果は、世界にむけて伝えていくべきであるということについては誰も否定しないだろう。そのために何を知るべきか、何をするべきか、本書はほかにも多くのことを教えてくれるだろう。

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織田作之助の新聞小説

昨日(1月10日)、大阪大学国語国文学会が開催された。3本の研究発表と講演。
講演は、昨年4月、文学研究科に着任された斎藤理生さんである。
学生から、その「語りがすごい」と評される斎藤さんの、その「すごい語り」を堪能した。
前任校では、複数回、ベストティーチャー賞を受賞されたというのも頷ける。「斎藤信者」がこれは出てくるな、と思わせる「カリスマ的な語り」である。ある先生は、「マシンガントーク」とこれを評した。たしかにものすごい早口なのだが、混乱させることはないし、わかりにくいこともない。
手元にはハンドアウトを置いているだけのようで、引用を読み上げある時以外は、ずっと聴衆の方に視線をやり、時々左右に位置を変える。(これはロバート・キャンベルさんも同じだ)。適当なところできっちり笑いもとるし。本当に感心した。まあ、見習いたくても無理なので羨ましがるだけにしておこう。
もちろん、語りがすごいだけでなく、内容もとびきり面白い。戦時下から終戦直後において、新聞小説はどういう意味をもったかというところから説き起こし、『十五夜物語』の新聞小説の常識をやぶる「風刺的」で「荒唐無稽」な挑戦と、『夜光虫』の作者を前景化するメタフィクション的方法などを解説、もっともエキサイティングだったのは、新聞小説と新聞記事との連動の問題である。紙面にあふれる当時の世相が、小説にリアリティを与えたり、小説の中の言葉を新聞記事が使うとか、小説の新聞化、新聞の小説化という現象を指摘する。
私はお話をうかがって江戸戯作との共通点をいろいろと感じた。織田が江戸戯作を読んでいたかどうかはわからないし、直接の関係は多分ないのだろうが、江戸戯作の精神がこの時代までちゃんと生きているなと感じたのである。作家が作品中に出てきていろいろ語る趣向、マジメなものを茶化す精神。江戸戯作の精神と変わりない。だが、それを戦争批判とか権力批判に簡単に結び付けない方が多分いいのだろうなとも思った。斎藤さんもそこは強調していない。懇親会でもお話をうかがって、斎藤さんのバランス感覚はかなり信頼がおけるなと思った。
近代文学における「笑い」の研究はそんなに多くはないだろうし、太宰治の笑いに注目した斎藤さんの着眼点には大きな可能性を感じる。
もちろん、江戸戯作とは一線を画するところもあるだろう。今後の斎藤さんの研究に注目したい。
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2015年01月02日

リンボウ先生と古文真宝

あけましておめでとうございます。

年末、近所の書店で、林望『増補書藪巡歴』(ちくま文庫、2014年12月)を発見しました。
即買。同書と『書誌学の回廊』の抄出を合わせたもの。
リンボウ先生のエッセイ中でも「別格」(紀田順一郎解説)なのが、書誌学に関するエッセイ。単行本でよんでいたとはいえ、それが文庫化された(追記参照)のはめでたい。
 本書の内容をここでわざわざ解説するのは野暮というもの。読めばその面白さは誰もが感じるはず。
 ひとつだけ紹介すると「赤木文庫主人」では、横山重翁が我が師のことを「中野君は、あれァ美丈夫だなぁ」と幾度も言われたというエピソードが挟まれている。
 『書誌学の回廊』では、『古文真宝』(漢詩文のアンソロジー)が江戸時代を通じてのロングセラーで、いくら買っても同じ本がないくらいに沢山の版・印があることを述べている。初出の時点では、その数が200くらいだったのが、本書「あとがき」の段階では450本になっている。
  
 あとがきによれば、リンボウ先生は、この『古文真宝』の諸本研究を「老後の楽しみ仕事に残しておいて、人生最後のご奉公として『古文真宝書誌』という書誌目録を完成し、それを手土産に天国の阿部先生のところへ参上しようと思っていた」という。しかし、個人研究の限界、そして罹災への不安から、このコレクションを、国文学研究資料館に移譲したという。

 国文研では、「古文真宝研究会」 が発足し、リンボウ先生を招いて、書誌学の講義をしていただいているということである。国文研側のキーパーソンは神作研一さんで、上智大大学院時代にリンボウ先生に書誌学を学んでいる。神作さんの国文研転任は少し前のことであった。本と人との縁、人と人との縁を感じさせる話で、私はこの「あとがき」に感銘を受けた。リンボウ先生には、いわゆる研究者の「教え子」はいないが、この上智大大学院で学んだ神作さんらが書誌学を継承し、またリンボウ先生が関わったケンブリッジ大学図書館の目録作成が、ヨーロッパに書誌学を伝道した。
 私も目録を作成したことがあるが、このケンブリッジ大学図書館の目録は参照して裨益した。
 そして、国文研の古文真宝研究会は、本当に意義のあるすばらしい研究会だと思う。是非、リンボウ先生の志を承けて、『古文真宝書誌』を作成してほしい。
 秋成も『古文真宝』の愛読者で、これを基に和文を書いている。秋成が読んだ本はどれだったのか?それを確定するまで研究はまだ進んでないのである。

追記:この文庫本にも注記されているように、『書藪巡歴』は一度新潮文庫で文庫化されている。今回、『書誌学の回廊』を合わせて増補版としてあらためて文庫化されたということ。
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