2015年03月31日

近代俳句の誕生

いや、タイトルを、「井上泰至さん」にしようかどうしようか、迷ったのだ。
というのは、今日は井上さんの誕生日であり、井上泰至論をぶつのに最適の日だからである。
だが、井上泰至さんを論じるキーワードがちょっとまだ見つけられないのだ。キーワード必要でしょ?
ただ、3月31日生まれというのは、やはり子供時代、とくに低学年では苦労を強いられたはずだ。
クラスの中で、ほぼ一番わかいということになる。これが井上論のひとつのポイントになるだろう。
あとは、やはり京都生まれということ。最初そう見えなかったのはなぜだろう。
日本近世文学研究者で、いま一番走っている人だろう。
井上さんの日本文学研究者としての研究の柱は、軍書・秋成・人情本・近代俳句の四つと言っていいだろうが、ライシャワー論など、守備範囲は文学を超えて恐ろしく広い。軍書研究から、近年は西鶴研究にまで触手を伸ばしている。『サムライの文学』あたりからブレイクしたが、西鶴の武家物ブームといい、武士文学としての江戸文学研究は、いまのトレンドであり、井上さんの功績が大きい。専門分化の進んだ最近の学界ではこういうマルチな人はなかなかいない。しかも、学会でも学会誌の編集委員長をはじめとして、さまざまな役職をこなしている。評論家ではないのだ。
 一体、井上泰至は何人いるのか?クマモンに質問なさった美智子妃ならずとも「おひとりですか?」と聴きたくなるのだ。
 と、いろいろと思うままに書き連ねたが、これは私流のお誕生日祝だと思っていただくとして、さて井上さんの新著は、俳句方面であった。虚子を中心に論じた『近代俳句の誕生』(2015年3月)である。井上さんは、俳諧研究者と俳句実作者(俳人)が共有すべき問題・課題をよく指摘されるが、井上さんご自身が、また実作者でもあり、その腕前はかなりのものである。本当に、「おひとりですか?」とまたつぶやきたくなるのだが。それにしても、福田安典さんの忍頂寺務論まで参照する目配りは相変わらずですな。音曲研究者の務の人生における俳句の重要性は、忍頂寺務の再評価を目指した、私たちのプロジェクトの中で、福田さんが強調したところである。引いて下さるのは我が事のように嬉しいのである。
 さて、井上さんのこのご著書にコメントするほどの能力は私にはない。研究の幅をますます広げる井上さんにさらなるご活躍とご自愛をお祈りすることとして、この文章を閉じることとしよう。
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クラスター報告書完成

国文研の大型プロジェクトである歴史的典籍の画像データベース化と連携ということで今年度からはじまった大阪大学文学研究科の、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター」(代表、飯倉)の成果報告書(2014年度)が、本日刊行されました。
2月18日に行われた、国際シンポジウムの報告と、大阪大学所蔵典籍で最初の画像公開予定の適塾記念館および懐徳堂文庫所蔵の典籍の目録が中心となっています。
いずれ大阪大学のOUKAにも登録されることになるでしょうが、ご要望があればPDFファイルをお送りすることができます。とりいそぎご報告まで。なお冊子は関係者を中心に4月2日以降に発送します。
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2015年03月30日

平雅行先生

平雅行先生(日本史)は、今年度限りで大阪大学を退職され、京都学園大学に移られる。
先生とは、懐徳堂記念会の阪大学内幹事として、10年以上にわたり、ご一緒に仕事をさせていただいた。
その先生が、ご退職にあたって記念の本を作られた。

『拾芥雑録』

まるで江戸時代の随筆のような、古風で地味なタイトルだが、その中身は実に過激である。
研究に関わる、家永三郎氏ら研究者との、書簡のやり取り。厳しく真摯に向き合った姿勢もさることながら、「書評」といってもよいくらいの長文で本格的な内容。河田光夫氏あての論文批評は、論文と同じくらいの長さで、徹底的なもの。そのコピーを送られた家永氏からの書簡もまた。最も感銘をうけたのは、小松雪城氏あての書簡で、平先生が黒田俊雄著作集2の解説で書かれたことは黒田先生に非礼ではないか、という内容の書簡に対する返信である。この解説自体知らなかったが、たしかに常識外れの解説である。これはここで変に要約すべきではないので、実際に当たっていただきたいが、なぜそういう解説を書いたのかという内容で、ここに私は学者の真の厳しさを見たと同時に、最後の一文には心臓を掴まれた。とにかく読んでいただければわかる。

私の前の勤務先の同僚であった森茂暁さん(日本中世史)は、学生時代に毎日のように配られたアジビラを全部保存していたと言って私を驚かせたが、歴史研究者の記録癖はすごい。平先生もそうなのだろう。この退職記念の本は、一面、歴史的な資料集なのである。写真も充実している。博士前期課程の学生証の写真がいちばんアブない!(失礼!)。先生の長髪はやはり学生時代からのものだったようだが、この学生証は長髪に髭で、典型的な学生運動家風である。
 平先生には一度も申し上げたことはないが、私は大学に入って2年目に親鸞の『教行信証』を読み耽っていた。西洋史学(ドイツ史)に進むためにはドイツ語があまりに不出来でドイツ語の勉強のために教養部を留年したが、宗教改革の比較で親鸞を読み始めると、そっちにはまってしまい、中世仏教文学をやるために日本文学に転向することにした。親鸞は私の運命を変えた存在であった。それからまた近世に転向するのだが、それはおいておく。だから密かに親鸞研究には興味を持っていた。平先生からいただいた『歴史のなかに見る親鸞』(法蔵館)を拝読し、思想に挫折した親鸞への共感が、その学問の基底になっていることを知り、何かを思い出させていただいたことがある。

 懐徳堂記念会は、ここ十数年の間だけでも、さまざまな危機や苦難が襲いかかった。その時、適確に、誠実に、真摯に、事に臨まれ、我々をリードしてくださったのが平先生である。その離脱の痛手はあまりにも大きい。ただ、別の形でお力添えをいただくことになっているのはありがたい。今後ともよろしくお願いいたします。
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古今奇観と云聖歎外の作文

日本文学協会近世部会の会誌『近世部会誌』第9号(2015年3月)が刊行された。
この中で秋成研究の立場から見過ごせないのは、丸井貴史さんの

「古今奇観と云聖歎外の作文」―秋成と白話小説・序説

である。秋成の史論『をだえごと』に、秋成が言及する、妖亀が美女に化して少年を誑かすという文章の出処が従来わからなかった。丸井さんは、それを『警世通言』巻27の一話であるとつきとめ、「亀が人間と交わる話は『三言ニ拍』全二百篇の中でこれ以外にはない」とさらりと言ってのける。これは丸井さんでなければなかなか言えないだろう。中国白話小説と近世小説の関わりを追いかける丸井さんの努力の賜物である。また、秋成が『今古奇観』諸本のうち、その封面に「金聖歎先生評」の文字が刻されている会成堂本を見た可能性があるという指摘もすごい。

 この2つの指摘は、秋成の文章を注釈しようとして簡単に成し遂げられるものではなく、諸本調査を含む白話小説研究の積み重ねがあればこそであり、そこに丸井氏の確かな力を看取できるのである。わずか2頁の文章であるが、秋成研究史にたしかな足跡をのこす好論である。




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2015年03月29日

読み応えある『近松研究所紀要』25

この紀要には時々見過ごせない論考が載る。
いま私はこの研究所の評議員を(なぜか)務めている(なんでお前が、という向きは近松研の方へご投書ください)ので、編集委員会にも出ているのだが、今回の25周年記念号は、近松研究者のみならず、見逃せないものではないだろうか。編集委員の一人としては、ちょっと胸を張りたいような気分である(といいつつなんにも役にたっていないのだが)。

とりわけて原道生先生の「戦後近松研究史の一側面(その一)―「近松の会」を中心に」は興味深い。岩波書店の「文学」が戦後の一時期、日本文学協会に編集を委嘱していたというような話も出てくる。これは次回につづく。楽しみである。

武井協三先生の、25周年記念講演録。これは大盛況だったらしいが、近松研究所創設の裏話。先生は園田女子大学におられたので、事情をよくご存知なのである。市民のために開かれた近松図書館の開設を構想する当時の学長に、「ホームレスのたまり場になる覚悟がありますか」と水を差した教員がいた、それは実は私、などという思い出話を挟みつつ、近松研究所誕生秘話を語っておられるほか、「近松門左衛門」の名前についての興味深い説も。

さらには、角田一郎先生の「道行の文学」の連載の、つづきを一挙掲載。もともと新書用に書き下ろしたのが、一般向きでないということでボツになったという幻の文章が、前号につづき公開される。「道行」を考えるに今後必読文献になるのではないか。

というわけで、かなり読みごたえのある号とはなりにけり。みかけましたらぜひご一読を。

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兼好法師『徒然草』

ついに、小川剛生さんの訳注になる『徒然草』(角川ソフィア文庫、2015年3月)の文庫本が登場した。
今後しばらくは、徒然草注釈書の決定版となるのではないか?
まず表紙に「兼好法師」と作者名が書かれているが、これが近年国文学研究史上画期的な発見となった「兼好は吉田氏ではないことを完璧に立証した小川さんの論文「卜部兼好伝批判」に基づいていることは言うまでもない。
そして、我々研究者が読んでワクワクするのは、補注であろう。近年の研究に目配りした丁寧なもので、徒然草の新しい読み方をフォローしている。荒木浩さん、落合博志さん、米田真理子さんの説は複数回引かれている。白石良夫さんの説も。きっと現代語訳にも、小川さんの新見がいろいろと示されているのだろう。
ともあれ、近世文学研究をする際に、徒然草はしょっちゅう参照しなければならないが、少なくとも私は、迷わずこの本を参照することにする。そういう人が多いのではないか。川平敏文さんの『徒然草の十七世紀』も出たばかり。今年は徒然草の年なのか?
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日本人は日本をどうみてきたか

3月末までに、10点ほど本や報告書、論文を紹介したいと思う。詳しく紹介する余裕はないが、取り上げておきたいと思う。

田中優子編『日本人は日本をどうみてきたか―江戸から見る自意識の変遷』(笠間書院、2015年2月)刊行。法政大学国際日本学研究所の催したシンポジウムを元にした本。

かつて渡辺京二の『逝きし世の面影』が、外国人からみた江戸を、多くの資料を用いて鮮烈に描き、江戸時代像を大きく塗り替えた(という評価には異論はもちろんあろうが)。そういう視点からの江戸時代の描き方がユニークだったわけである。しかし、本書の視点もまた新しい。日本人の異国観ではなく、自国観を江戸時代の言説から照らしだそうというのである。もちろんそれは異国観が前提になる。本書の大きなテーマとなっているのは「華夷思想」という概念である。大木康氏がこれについて巻頭論文を書いているが、その中で、宣長の「漢意」を排除すれば「やまとたましひ」をもつ本来の日本人になるという考え方が、「天理を存し、人欲を去る」という朱子学の言説と同じ構造だという指摘には、唸らされた。
また、「和の国」「武の国」「神の国」という三つの日本意識を柱にたてた構成も見事である。授業に使えるネタも多い。触れたいものは多数あるが、とりあえずここまで。
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2015年03月25日

ブックレット『文学部の逆襲』

2014年3月に名古屋大学で行われた公開シンポジウム「文学部の逆襲」が、ブックレットとなって登場した。
塩村耕編『文学部の逆襲』(風媒社、2015年3月、800円)。これ、どうか書店に平積みで置いてほしい。
1 人文学の活性化のために考えておくべきこと 多田一臣
2 サンスクリット古典学からの提案 和田壽弘
3 「廃墟」としての人文学 木俣元一

いずれも、「文学部」の意味を根源的に考えたものであり、しかも面白い。文学部の学問は、メタ学問的なところがある。つまり「学ぶとは何か」を学ぶということ。学ぶことの意味を学ぶのがまさに文学部であると、あらためて痛感した。
あるいは問いをたてることを学ぶと言ってもよい。
私は、論文は、問いの立て方で70%は良し悪しが決まると学生に言うことがある。良い問いをたてるためには、専門をまなぶだけではだめで、いわゆる教養が必要である。
それは実学だけではなかなか身に付くものではない。
ヨーロッパの都市に時々見られる廃墟。その廃墟がなくなれば、都市は都市でなくなる。廃墟という非存在が、存在を照らし出すという構造。人文学はそれにたとえられる。これが木俣氏のいう「廃墟としての人文学」である。それはランキングというような指標とは全く相容れない。

とはいえ、世の流れは、文学部無用論、実学重視へと向かっていて、それを止めることはきわめて困難である。しかし、問いをたてるということは、普遍的なことであり、そのためには人文的教養(人文知)と、人文学が必要であることは、宿命的な真実である。流れに逆らうことはもちろん、流されてはいても、どこかで逆襲の機会をねらい続ける人たちは必ずいつづけるだろう。場合によっては、あえて数値化してみせることも必要かもしれない。それも人文知によって可能だと思う。

会場の声も拾っている。文学部出身以外の人の「文学部有用論」がある。そういう人の文学部有用論をあつめて、刊行するという試みもあらまほしい。



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2015年03月23日

日本漢文学総合討論報告

本日行われました。
さきほど懇親会も終了。
このプロジェクトは、「日本漢文学の通史」を目指している。
最終パネルはその討論であった。
結論が出たわけではないが、その意欲はよく伝わった。
ベーシックな通史になるのか、グローバル化を意識したものになるのか。
志はいいが、短期間での実現はなかなかの難事であろう。
とりあえず、ツイートをまとめていただいた。これをもってご報告に代えます。
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2015年03月21日

天理至宝展 たった1日だけの展示

天理図書館が、善本叢書シリーズカラー化の刊行記念として1日だけ開催する古典籍の至宝展のラインナップが凄すぎる。
http://www.tcl.gr.jp/tenji/tokubetsu/shinzenpon/kinenten.pdf
4月23日(木)の1日だけである。

だが、この日は、午前中は授業、午後からはずっと会議なのである・・・。
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2015年03月19日

第1回日本漢文学総合討論

3月23日、大阪大学豊中キャンパスで、第1回日本漢文学総合討論が行われます。

公開シンポジウム 第1回 日本漢文学総合討論
A Symposium of Japanese Kanbun : A Comprehensive Study on Chinese Prose and Poetry Written by Japanese, 2015
新しい学問の環境において日本漢文学をどのように研究していくかについて考えるシンポジウムです。
多くの方の来場をお待ちいたしております。

〇学部生も発表!
〇一般の漢詩愛好家の方の参加大歓迎!
〇日本経済新聞が本シンポを告知!
〇田中角栄が好きだった漢詩は?という話題も!

その内容は下記の通り。

2015年3月23日(月)10時30分−17時30分
大阪大学豊中キャンパス文学研究科本館大会議室

開会の辞・趣旨説明 10:30−10:40

パネルディスカッション1  10:40−12:10
日本漢詩の古典化と近代の文芸批評及び教科書
合山林太郎 GOYAMA Rintaro (大阪大学)
高兵兵 GAO Bingbing (中国・西北大学)
大阪大学学生チーム
鈴木加成太 SUZUKI Kanata 小杉優歌 KOSUGI Yuka 木村小百合 KIMURA Sayuri 熊田友里 KUMADA Yuri 羽原綾香HABARA Ayaka  吉川真史 YOSHIKAWA Shinshi

パネルディスカッション2 13:00−14:30 
祖述の様相−近世詩文の内なる唐土− 
福島理子FUKUSHIMA Riko (帝塚山学院大学)
浅見洋二 ASAMI Yoji (大阪大学)
康盛国 KANG Sung-Kook (大阪大学)
新稲法子 NIINA Noriko (佛教大学・非)
鷲原知良 WASHIHARA Tomonaga (佛教大学・非)

パネルディスカッション3 14:40−16:10
日本漢文学の基層−宗教・学問・歴史− 
滝川幸司 TAKIGAWA Koji (奈良大学)
中本大 NAKAMOTO Dai (立命館大学)
仁木夏実 NIKI Natsumi (国立明石工業高等専門学校)
町泉寿郎 MACHI Senjuro (二松学舎大学)
湯浅邦弘 YUASA Kunihiro (大阪大学)

全体討論 16:20−17:20
新しい日本漢文学の通史を考える

総括・閉会の辞 17:20−17:30

主 催: 日本漢文学プロジェクト研究チーム
大阪大学大学院文学研究科 日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター(国際古典籍学クラスター)
共 催: 国文学研究資料館・古典籍共同研究事業センター
連絡先:合山林太郎研究室 : 06-6850-5680 Mail : goyama@let.osaka-u.ac.jp (@=@)


日本漢文学プロジェクトのブログから転載。
「第1回日本漢文学総合討論」(3/23)パネルディスカッションの要旨です
パネルディスカッション1
「日本漢詩の古典化と近代の文芸批評及び教科書」
 日本漢詩文のうち、どの作品が、名詩や名文と呼ばれるかは、その時代時代の思潮や教育が大きな影響を与えている。本パネルでは、主として江戸時代の漢詩を対象として、明治期以降、どのような過程を経て、名詩となったか、すなわち、古典化されたかについて検討する。明治期以降を通覧した場合、とくに古典形成の動きがとくに顕著な時期として、明治30年代(1900年代頃)と、昭和40年代(1965〜74年頃)を挙げることができる。
 明治30年代は、1904(明治37)年に国定教科書が採用され、それまで多様な試みがなされていた中学漢文教科書が一定の方向に集約され、掲載される漢文作品の質が統一的になった時期である。と同時に、小説などを通じて、広瀬淡窓「桂林荘雑詠示諸生」などの詩が一層人口に膾炙することとなった時期でもあった。
 一方、昭和40年代は、富士川英郎や中村真一郎が競うように江戸後期の漢詩人の作品を紹介した時期である。彼らの日本漢詩評価の背景には、ドイツ文学をはじめ西洋を強く意識した普遍主義的な詩歌観がある。真夏の昼下がりの山村の情景を活写した菅茶山「即事」(「渓村無雨二旬餘…」)は、富士川が取りあげて初めて愛唱されるようになったと考えられる。
 なお、本パネルでは、日本漢詩の海外における受容状況についても検討を行う。英語圏や中国では、どのような作品が知られているのかについて、翻訳状況や詞華集・注解書への収録状況から考えてゆく。

パネルディスカッション2
「祖述の様相−近世詩文の内なる唐土−」
 荻生徂徠によって首唱された古文辞学の拡がりは、たしかに近世詩壇における一大事件であり、徂徠を囲む蘐園派の詩人たちの精力的な活動は、木下順庵門下の新井白石や祗園南海、また梁田蛻巌らのすぐれた詩人たちが盛唐詩を重んじたのと相俟って、1720年代から約半世紀にわたる盛唐詩ブームを招来した。
 安永・天明のころ(1772〜1789)反古文辞の気運が高まり、18世紀末から19世紀初頭にかけて宋詩風―ことに南宋詩に傾倒するもの―に詩壇が染められたというのが通説である。しかしながら、当然のこととして、盛唐詩風か南宋詩風かといった単純な色分けで実際の詩人たちの営みが捉えられるものではなく、例えば宋詩風の旗手とみなされている六如に深い杜詩への理解があったことは、黒川洋一らによって夙に指摘されている。
 反古文辞を掲げる詩人たちが否定したのは、「唐詩」を重んずることではなく、「盛唐詩に擬える」手法そのものであり、唐人よりも直接的には明人―明代の古文辞派詩人―に学んだ唐詩の受容のしかたにあったのである。この明人を介した盛唐詩の模倣ではなく、真の唐詩風の詩を賦すのだという主張は、古文辞派の流れを汲む龍草廬などにもすでにみることができる。ポスト古文辞の口火を切った大坂の混沌社や南宋詩風を取り込んで賦作を行った江戸の江湖詩社社友、六如の影響を受けて新風を開拓した菅茶山ら次世代の詩人たちにとっても、盛唐詩が詩の正鵠を得たものであるとの認識に相違はない。しかし、より新しい表現の可能性を求めて、また、自らの性情の発露としてよりふさわしい表 現を求めて、詩人らはさまざまな可能性を模索する。その模索は、すでに親しい漢魏六朝や宋代はもちろん、古文辞派以外の明人や清人の賦作にも及ぶのであるが、唐代に限っても、盛唐以外の詩人たちに注目する者、新奇なジャンルを開拓しようとする者が現れる。
 すなわち、それぞれの詩人たちが唐代の詩といかに対峙し、いかに受容したかを検証することは、極言すれば、江戸時代の詩史をたどることそのものにも等しい。
 本パネルでは、中晩唐詩の影響や竹枝詞の流行などさまざまな角度から唐詩受容の様相を探るほか、日本の詩人たちが唐詩からいかなる詩法を獲得し、いかなる詩論を学んだかという問題、さらには、明代古文辞派の朝鮮における受容を比較の対象とするなど、さまざまな方法論を提示しつつ、江戸時代における唐詩祖述の様相を明らかにしたい。

パネルディスカッション3
「日本漢文学の基層−宗教・学問・歴史−」
 日本漢文学史を記述するには、様々な視点、方法があろう。主要作品や作者を時代順に並べる方法はもっとも古典的であろうか。他にも典籍(漢籍)の享受に主眼を置く方法もあれば、表現方法の変遷(典拠となる素材、中国典籍・作品の変遷)などを辿る方法もあろう。
 本パネルでは、漢文学の「基層」という点に着目したい。漢文学の表現自体、作品自体を検討するのは当然であるが、それらの基づく、思想や学問、それらを生み出す制度や作者の立場に注目するのである。
 例えば、古代の漢文学は、律令社会と不即不離の関係にある。律令官僚の養成に必須の学問として儒学があり、儒学を学んだものこそが官僚として組織を支えていた。平安時代の漢詩人は、多くはそうした官僚であったのである。そうした制度、学問、人を基盤として、漢文学は支えられていたのである。
 本パネルでは、古代から近世までの日本漢文学史を、その「基層」の面から捉え直そうとする試みである。

詳細は、日本漢文学プロジェクトのブログで!
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2015年03月05日

徒然草の十七世紀

 川平敏文さんの論文は大抵読んでいる。二、三年前に、一書に編んでいるところだということをご本人からうかがった。どういう構成になるか、楽しみにしていた。
 それがこのたび岩波書店から刊行された『徒然草の十七世紀―近世文芸思潮の形成』(2015年2月)である。見ると、実に見事な構成である。T徒然草の位相―文芸と学問のあいだ、U「情」と「理」のゆくえ―和学史再考にむけて V徒然草を「読む」「聞く」 W注釈者たちの肖像、D徒然草の波紋、と。これを見ただけで、近世における徒然草受容を、目配りよく、総合的に論じていることがわかるだろう。若い頃の川平さんは、論文のタイトルがあまり上手であるように思えなかったが、この本の如上の章題と、この書名については見事であると言わざるを得ない。
 本のタイトルには、いくつかの先行研究書の影がある。まずは、師匠である中野三敏先生の『十八世紀の江戸文芸』。十八世紀に対して自分は十七世紀だというのがあると思う。そして、中村幸彦先生の『近世文芸思潮攷』。彼が学部生の時に出会った衝撃的な論文「徒然草受容史」の著者の本である。近世文芸思潮すなわち「文学思想」史が彼には常に意識されているが、これは中村―中野の系譜に連なるのである。さらに、もしかすると、大谷俊太氏の『和歌史の近世』。近世前期の文芸思想への切り込みという点から、この本は必ず意識されていただろう。
 それにしても、いま私の手元に届いたばかりだから、「はじめに」と「おわりに」くらいしか読んでないので、中身については全く何もいう資格はないのだが、見ただけでかなりすばらしい本だとわかってしまう。同じ岩波から出た大谷雅夫さん、揖斐高さんの本と同じ香りがするのである。これは文字通りの意味もあるが、文字面から漂う気のようなものをいうのである。
 それに装丁、いいですね。文字もちょっと木活からの集字風な感じで、これも中野先生流だ。
 思えば、彼が大学院のころだった。博多駅のカフェで『雅俗』に原稿を書くように依頼したことがあった。本書にもそれは収められている。ずいぶん深く、広く研究を進められたことだと思う。最近は「談義本」という絡みで、彼の研究に直接学ぶことが多くなってきた。寓言論でも。一度、西村遠里の著作で徒然草のことが書いてあるのを口頭で伝えたことがあったが、律儀にも、本書でも注にそのことを記してくれている。
 読んでから書こうと思ったら、いつになるかわからない。とにかくすぐに何か書きたかったので。
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2015年03月01日

近世天皇歌壇研究会報告

2月28日の「近世における天皇歌壇とその周辺」研究会は、大谷俊太氏の講演、山本嘉孝・加藤弓枝・盛田帝子・鍛治宏介各氏の発表、いずれも大きな問題提起をされたもので、実に面白く、またレベルの高い質疑が多かった。

天皇歌壇といえば出版とあまり関わらないはずだが、加藤弓枝さんの板本『六帖詠草』考は、稿本との緻密な比較検討から、光格天皇をめぐる歌壇史への大きな問題提起ともなるダイナミックな論で感服。鍛治さんの発表も、天皇歌壇と庶民教育が関係してくることを節用集や浮世絵を使って説くという意外な展開に一同感心。

鈴木淳さん、一戸渉さんら、東京から参加の方もいらっしゃって、議論も活発であった。もっともっと議論したかったのに時間が限られていて、司会者としては申し訳ない気持ちでいっぱいであった。それくらい充実した時間であった。

なお、ハンドルネーム「野中の清水」さまのご好意により、近世天皇歌壇に関わる興味深い加点資料などが会場で展示され、眼福を得ることができたのも、ありがたいことであった。深謝申し上げます。

ちなみに、その場で、私の所蔵するある資料のことで質問があり、その資料購入にまつわるちょっとしたエピソードを調子にのって披露したが、あれはあの場だけの話ってことで、よろしくお願いします>その場におられた方。
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西鶴研究会のブログ開始

 西鶴研究会がブログを作った。笠間書院さんがまた協力してくださっているらしい。ありがたいことである。そこで、まず篠原進さんが、井上泰至さんの『武道伝来記』論を批判する論文(これは『青山語文』に掲載予定ということ)をアップした。すると一夜にして井上さんがコメントを寄せた。早くも熱い。
 井上さんは『甲陽軍鑑』などの軍書を読む読者が西鶴も読んでいたと想定して、「武道」を主題とする新たな読み方を提示するのに対し、篠原さんは、軍書と西鶴の読者は違うだろうといい、『人倫糸屑』という山雲子の作品を補助線として、気質物のような読み方の可能性を探っている、と私は大雑把に受け取っているが、これは私のまとめ方だから間違っているかも。是非実際の論文を読んでいただきたい。
 ただちに井上さんから反論。
 西鶴の武家物論争も新たなステージに入ったといっていいだろう。それにしても濱田啓介先生が、「外濠を埋めてかかれ」という提言をされたのだが、お二人の論文は、期せずしてその実践とも見えるのである。
 リンクなどを貼るべきだが、ちょっと時間がないので、この形で失礼する。3月26日(木)は、青山学院大学における西鶴研究会で、武家物ばかりの発表が3本あるようだ。
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