2017年07月30日

ピタパ

久しぶりに、純粋な失せ物ネタ。
ピタパを東京で紛失。立川駅を出るまでは確かにあったのに。財布・ポケットと色々探したが見つからず。ホテルの部屋じゅうをくまなく探しても出てこない。駅やホテルフロントに問い合わせても「お届けはない」と。仕方なく、コールセンターに電話して再発行の手続きをした。1080円手數料がかかる。
ところが、先ほどホテルから「忘れ物がありました」と電話があり、聞いてみると案の定ピタパだった。「部屋に忘れていたのでしょうか?」と尋ねると「私の方ではわかりません」と。そうかあ。まあ、知らない人に使われていたわけではないから、よしとするか。しかし、どこに置き忘れたのかの謎が解けない。これは気持ちが悪い。
実は、つい先日もさる喫茶店で使ったまま財布が消えた。その喫茶店にちゃんと届けられていたが、これも、どこにあったのかがよく分からないまま。この無意識の紛失こわいー。これもやはり老化現象なのか? 連続してこのようなことが起きますと。
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雅俗16号

『雅俗』16号が届きました。九州大学の川平敏文さんが事務局を担当している雅俗の会が刊行している。第1期はやや縦長の唐本を意識した書型で10号で完結した。その後、デザイン・書型を一新して第2期を、年1回で刊行中である。
 この私的ブログでは、私の知っている方の原稿を中心に取り上げることになり恐縮だが、何度も言うように、このブログは、あくまで研究に関しても私的な感想を書いているのであるから、お許しいただきたい。
 今号は、前号の合山林太郎氏に続いて、山本嘉孝氏が袁中郎受容の一つとして樫田北岸の挿花論を取り上げている。近世漢文学研究は、世代交代の波が来ていて目が離せないところだ。それに比べて、和歌の方では、若手があまり出てこない印象である。しかし、中山成一さん(この方が若手なのかどうか実はよく知らないのだが)と言う方は、佐賀の文芸と中央の文芸、堂上と地下、和学と史学など、様々な意味で越境的な考察を意識しておられるようで頼もしい。ほぼ毎号投稿される西田耕三先生、少しも衰えを見せていない。園田豊さんの復活も嬉しい。村上義明さんは、和本リテラシー回復のための実践報告。そういえば近世文学会の和本リテラシーニューズも第3号で、様々な実践報告が載っているが、そろそろ、このような実践を1冊にまとめるか、WEBサイトにまとめるような企画があってもいいかもしれない。学ぶ側ではなく、教える側のための本である。
 そして、今号のハイライトは、中野三敏先生の文化勲章受章パーティでの挨拶の文字起こしである。福岡で行われたものだが、私は行けなかったので、とてもありがたい。先生は和本リテラシーに触れて『アプリで学ぶくずし字』を配り本に使ってくださったようで大変名誉なことだと思う。挨拶の終わりの方では、奥様との出会いにも触れられている。
 さらにさらに、入口敦志の壮大な学問エッセイ第3弾に、揖斐高先生のご研究ふりかえりのご文章も、読み応えがある。揖斐先生の卒論は、まさかの浄瑠璃、そして附論が広末保論とは。
 川平さんも、今号は特に自信満々の出来のようで、編集後記でも胸を張っている。いや、本当に。お見事。

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