2017年12月22日

近世読者とそのゆくえ

鈴木俊幸さんの『近世読者とそのゆくえ』(平凡社 2017年12月)が刊行された。
講義や、講演などでよく出る質問として、「当時の人たちは、◯◯だったのですか」という類がある。
特別の才能を持つ作者たちの作品を連ねた「文学史」では、普通の町人や農民の教養、読書、勉強の仕方なんて、さっぱりわからない。これは、近世に限らないことだろう。
近年、しかし日本史・日本文学では、「読書」という行為に対する関心が高まっている。鈴木さんがその研究の牽引者であることは誰もが認めるだろう。その「よく出る質問」に、具体的事例を以って答えることができるのは、鈴木さんの研究成果を待って初めて可能となったと言えるのではないか。
日本文学の研究とは、まず作品、テクストを読むことであり、その注釈をすることであるというのが、常識的な見解だろう。鈴木さんは、それもきちんとできる方である。しかし、彼の真骨頂は、当時の人が勉強のために当たり前に読んでいた
本を正面から取り上げて分析するところ、あるいは、それをどのように読んでいたかを普通の人の日記から追跡するところである。
 また、そういう読書生活を明らかにするだけではなく、書籍の流通を極めて具体的に明らかにする。そのために使う史料は、思いもよらない、しかし普通のものだ。例えば葉書や営業文書などなど。そういうやり方が面白いということがわかって、初めてそれに追随する研究もたくさん出てきたのである。
 あえて言えば、鈴木さん以前でそういうやり方をしていたのは、浜田啓介先生ぐらいではないか。ともあれ、そのやりかたは徹底している。普通の作詩の勉強本である『詩語砕金』や『幼学詩韻』を1冊や2冊、私なんかも持ってはいるが、諸本をこれだけ徹底的に集めて書誌的に検討するというのは、及びもつかない。
 鈴木さんが明らかにしたのは、江戸後期から明治にかけての、普通の庶民たちの勉強への熱意、そして生業を務めることとのバランスの取り方である。特に後者に目をつけるのは、本当に当時に立脚した視点であり、なおかつ現代的な問題でもある。
 この本はこれまでとは全く違う方法で綴られた思想史であり、生活史であり、近代論でもある。まだ未読の部分もたくさんあるが、取り急ぎの感想を述べた。何せ600ページの大冊。しかし値段はリーズナブルである。またまたありがとうと言わなければならない。
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2017年12月18日

面接授業2017

この週末はH大学面接授業(いわゆるスクーリング)。1日4コマ(各85分)×2日。
申し込みが定員80名オーバーというありがたさ。受講生は10代から80代まで、全世代。
去年は秋成をやった。
今年は受講者が多分一度も読んだことのない、タイトルを聞いたこともないような本ばかりを紹介し、
彼らの人生に何の関わりもない文学史の話をする。

でも江戸時代にはこういう本が読まれていたんですよ、面白がられていたんですよ、なぜでしょうねと問いかける。
受講者が戸惑うような、受講者の期待を裏切るような、「妥協をしない」授業を心がけた。

予想以上の反応で、質問が続出。しかもポイントを突いてくるし、こっちの勘違いまで指摘してくる。
喉が枯れるくらいに、しゃべりまくったが、優しいご婦人たちが、「先生、これ、どうぞ」と飴をくださった。涙。

終わってみると、こちらが元気をもらいました。グッとやる気が。
感謝感謝。
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2017年12月17日

ありがとう『書籍文化史』

これが、ニュースなら、
『書籍文化史』休刊へ。鈴木俊幸氏19年にわたる献身的偉業。
という感じだろうか。21世紀とともに歩んできた、鈴木俊幸さん個人刊行の書籍文化研究誌が、一応終わるようだ。近年では、高木浩明さんの古活字版悉皆調査目録稿の巨弾連載が続いていた。
これも連載の、鈴木さんの書籍研究文献目録は、どんどん目配りが広くなって、こんな雑誌まで!と驚かされることが多かった。奥付は1月1日で、本当に元日に届くこともあったが、この頃は結構早く届く。「正月の草双紙売り」なんていう鈴木さんの論文も思い出されるところで、正月恒例のお年玉と言って良い刊行物だった。
かなり寂しい思いだが、本誌の兄弟とも言える『書物学』もどんどん成長していることだし、一区切りは、いいご判断かもしれない。ただただご学恩に深謝するのみである。
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2017年12月12日

兼好法師

小川剛生さんの『兼好法師 徒然草に記されなかった真実』(中公新書、2017年11月)
この本、中公新書で好調な中世本ベストセラーズの一冊になりそうな勢いで、好調なようである。
現在広く流通している兼好の出自や経歴は兼好没後に吉田兼倶が捏造したものだったという衝撃的な小川説は、すでに少し前から、国文学研究者の間では知られていた。角川文庫の小川さん校訳の『徒然草』で、それは一般の古典愛好家にまで広がったが、今回のこの本で、さらに数万以上の人々に知られることになるだろう。それが10万となり、もっと広がることが望ましい。そして、日本文学研究者・学生そして国語科の教員は、必読の書である。
この小川説については、かつてこのブログで触れたので詳細は繰り返さない。
だが、この本のすごいところは、それだけではない。兼好の正体を明らかにしたのは、小川さんの広大深甚な学問の氷山の一角で、たまたま表に出てきたものに過ぎない。
この本には、驚くべき博学博捜に裏打ちされた知見が、その一行一行に散りばめられているのである。もちろん、私自身が無知なこともあるが、のけぞったり、膝を叩いたり、電車の中で冷静な顔を装って読むのが辛いくらいの衝撃の連続であった。このブログを読むような人は、おそらくこの本も読むような人が多いだろうから、具体的にいちいち記すことはしないが、例えば兼好がみた「内裏」はいわゆる「大内裏」ではなく、洛中の廷臣の邸を借り受けた里内裏であったとか、古典和歌がほとんど題詠であり、本意を重んじ、個人の感動を詠まないのは、前近代は異なる地域階層の人とコミュニケーションを取れなかったことに答えがあるとか、さらりと書かれている。
 うなるポイントは人によって違うような気がする。私などがうなるところは、小川さんにとっては多分当たり前のことだろう。しかし中世文学の専門家でもうなるところはきっと多くあるのではないか。残念ながら、そこのところは門外漢にはわからない。もちろんこの本は一般書であるから、それでいいのだが。
この本は、学問というものが、どれだけ厳密なものかということも教えてくれる。それなのに、わかりやすく、面白い。
この本が売れているとしたら、日本の学問的良心は捨てたものではない。



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2017年12月11日

絵入本ワークショップX参加記

 12月9日・10日、実践女子大学渋谷キャンパスで、絵入本ワークショップXが行われました。私は、2回目の研究会参加、初めての発表。初めての懇親会参加でしたが、ものすごく楽しかったし、有益でした。
 実践女子大の渋谷キャンパスってすごく立派で綺麗ですね。打ち合わせの際に、主催の佐藤悟さんから、大英図書館での海外研修の際に、中谷伸生さん(関西大学)と出会って、毎日のように昼食を一緒して、文学と美術の話をしていたことから始まり、会費ゼロの学会運営を続けて今日に至る歴史を伺い、感銘を受けました。
 私は、秋成の風変わりな画賛をとりあげ(ひとつは履軒との合賛)、それについて美術史の専門家からご意見を賜るという目論見でしたが、その通りに、専門家の皆様のレベルの高い議論を伺うことが出来、発表後も貴重なご指摘を数々いただき、本当に感謝しております。佐藤さんからこの研究会は、学会ではなく、ワークショップであって、発表よりも議論が大事なんだと伺っていたのですが、その通りに「発表よりも議論が面白い」ことになって、その点では大満足。
 私は「イメージ」力がない人間で、絵について論じるということにこれまで臆していたのですが、やはり近世の文芸は、イメージ抜きには語れないですよね。そもそも同時代に即して考えようとすれば、テキストの文字そのものが図像的な意味をすでに持っています。また、作品の中に出てくる様々なモノのイメージをつかめてないと、テキストを読めるはずもないわけですよね。当たり前のことですが、無意識に避けてきたような気がします。このごろ秋成の晩年の文事を考えるには、それ抜きにはあり得ないと、そういう方向で考えはじめたのはやはり没後200年の秋成展がきっかけでした。それでも、実際の画のことになると、苦手意識を免れません。しかし今回のワークショップ発表で、本当にイメージは面白い!と心から実感できたので、自分の中でひとつハードルを超えられたかなと、思いました。まあ意識レベルの問題で、無知には変わりありませんが。
 初日は、佐藤悟さんの画題についての基調報告が、これまでの画題研究の整理をされると同時に展望を示されました。他に高倉永佳さんの高倉流衣紋道の貴重なお話。正田夏子さんの能装束の意匠と画題の話があり、余りにも知らないことばかりでしたので、驚きの連続でした。
 2日めも各発表・質疑が白熱しすぎて、大幅な時間オーバー。最後の中谷先生のご発表の質疑途中で失礼しました。どれもこれも、面白い発表でした。午前中は近代小説と挿絵のお話。お昼を挟んで大津絵の発表が2本。当時の普及の割には研究が進んでいないということですが、第一人者(横谷さん、マルケさん)のお二人の発表が聴けて有り難かったです。圧巻だったのは、江戸の幟のコレクター北村さんの発表。IBMを退かれた後に露天商をしつつ、幟を集めたという異色の経歴。79歳とは思えない溌溂さで、全く私たちの知らない幟の世界のお話を聞かせてくださいました。そして、実物の幟を次々に「展示」していき、会場はどよめき、ついに隣の教室で、臨時展示会が開かれました。このあたり佐藤悟さんの臨機応変な運営には脱帽です。岩切さんの武者絵における画題図像の要素というのは、武者絵の画題に必須のアイテムはこれこれと、具体的な事例を示されて、勉強になりました。紀州徳川家の菓子の意匠の話も珍しく、最後の中谷さんの「蘭亭曲水図」のお話は、数多くの蘭亭曲水図を見てこられた方ならではの、素晴らしい発表でした。2日間とても楽しく、勉強になることばかりでした。佐藤悟さんはじめ、運営に関わった実践女子大の皆様、運営委員の皆様に感謝申し上げます。この学会に参加している人はみんなが楽しそうで、これがとても気持ちよかったです。
 懇親会のことは具体的には書きませんが、これがまた素晴らしい!さて会場は8階でしたが、男子トイレ近くの窓から、東京タワーとスカイツリーが同じに見えることを、山田和人さんから教えてもらい感激。ただ、立つ場所によるのですが、スマホで写真を撮ると、カメラの目が私の視線と微妙にずれていて、スカイツリーが半分しか映っていなかったので、写真を挙げられないのが残念無念。(「さん」づけで失礼ですが、私のブログではそう書くことが多いのです、非礼をお許しください)
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2017年12月04日

絵入本ワークショップX

佐藤悟さんの献身的な運営で、ついに第10回を迎える絵入本ワークショップXが、12月9日と10日に、実践女子大学で開催されます。今回の御題は「画題」。私の発表はご愛敬でお許し願うとして、興味津々たる発表が連なります。
http://kasamashoin.jp/2017/11/201712910804.html

絵入本ワークショップ]
画題 ―描かれたもの―
日時 2017年12月9日(土)・10日(日)
場所 実践女子大学(渋谷キャンパス804教室)

土曜日(14:00〜17:00)
◆開会の辞(14:00〜14:05)   中谷伸生(関西大学教授)
◆コメンテーター 奥平俊六(大阪大学)・司会 韓京子(慶煕大学校)
@14:05〜14:35
物語としての画題・叙景としての画題 ―画題についての基調報告― 佐藤悟(実践女子大学):
A14:35〜15:05
画賛のありかた 飯倉洋一(大阪大学)
質疑応答(15:05〜15:25)
◆休憩(15分)
◆コメンテーター 横井孝(実践女子大学)・司会 松原哲子(実践女子大学・非)
B15:40〜16:10
装束の文様における画題 高倉永佳(衣紋道高倉流)
C16:10〜16:40
能装束の意匠表現と画題 正田夏子(武蔵大学)
質疑応答(16:40〜17:00)
◆懇親会(17:15〜19:30)

日曜日(10:00〜16:50)
◆コメンテーター 栗原敦(実践女子大学名誉教授)・司会 高瓊(北京外国語大学日本学研究センター・院)
D10:00〜10:30
谷崎潤一郎と装幀・挿絵 佐藤淳一(和洋女子大学)
E10:30〜11:00
挿絵の中の故郷―佐藤春夫の新宮― 河野龍也(実践女子大学)
質疑応答(11:00〜11:20)
◆休憩(10分)
◆コメンテーター 中谷伸生(関西大学教授)・司会 神林尚子(鶴見大学)
F11:30〜12:00
大津絵の画題 横谷賢一郎(大津歴史博物館)
G12:00〜12:30
大津絵画題の再考のための新出資料―蔀関月の大津絵模写冊子、村上是信の新大津絵十集を中心に― クリストフ・マルケ(フランス国立極東学院教授)
質疑応答(12:30〜12:50)

◆昼食・総会(60分)
◆コメンテーター 浅野秀綱(大和文華館・あべのハルカス美術館)・司会 金美眞(「韓国外国語大学校・非)
H13:50〜14:20
江戸期の幟旗 北村勝史
I14:20〜14:50
武者絵における画題図像の要素 岩切友里子
質疑応答(14:50〜15:10)

◆休憩(10分)
◆コメンテーター 佐藤悟(実践女子大学)・司会 洪晟準(檀国大学校)
J15:20〜15:55
菓子に用いられる意匠の題材について―紀州徳川家の菓子資料を中心に― 鈴木愛乃(一般社団法人 調布市武者小路実篤記念館)
K15:55〜16:25
「蘭亭曲水図」の画題 中谷伸生(関西大学)
質疑応答(16:25〜16:45)

◆閉会の挨拶(16:45〜16:50)  横井孝(実践女子大学)

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