2018年05月29日

文化史のなかの光格天皇

飯倉洋一・盛田帝子編『文化史のなかの光格天皇−朝儀復興をささえた文芸ネットワーク』(勉誠出版、2018年6月)の見本刷が出来てきた。
すでに、先週末の歴史学研究会(早稲田大学)でお披露目され、反応もよいみたいで、ありがたい。

ラインナップは以下の通りである。


序言 盛田帝子

緒論
光格天皇をどうとらえるか 藤田覚

第一部 近世歌壇における天皇公家
後水尾院と趣向 大谷俊太
霊元院の古今和歌集講釈とその聞書―正徳四年の相伝を中心に 海野圭介
冷泉為村と桜町院 久保田啓一
孝明天皇と古今伝受―附・幕末古今伝受関係年表 青山英正
武者小路実陰家集の二系統について―堂上〈内部〉の集と〈外部〉の集 浅田徹
香川黄中の位置 神作研一

第二部 朝廷をめぐる学芸・出版
『二十一代集』の開板―書肆吉田四郎右衛門による歌書刊行事業の背景 加藤弓枝
『大日本史』論賛における歴史の展開と天皇 勢田道生
中村蘭林と和歌―学問吟味の提言と平安朝の讃仰 山本嘉孝
江戸時代手習所における七夕祭の広がりと書物文化 鍛治宏介
書道大師流と近世朝廷 一戸 渉
梅辻春樵―妙法院宮に仕えた漢詩人 合山林太郎

第三部 光格天皇・妙法院宮の文芸交流
寛政期新造内裏における南殿の桜―光格天皇と皇后欣子内親王 盛田帝子
実録「中山大納言物」の諸特徴―諸本系統・人物造型を中心に 菊池庸介
冷泉家における光格天皇拝領品 岸本香織
妙法院宮真仁法親王の文芸交流―『妙法院日次記』を手がかりとして、和歌を中心に 飯倉洋一
小沢蘆庵と妙法院宮真仁法親王 鈴木淳
千蔭と妙法院宮 山本和明

あとがき 飯倉洋一

このところ、歴史学でも近世における朝廷あるいは朝幕関係の研究がかなりさかんになってきているように思う。文化史的側面についても、「天皇の美術史」などで、クローズアップされている。天皇文化・公家文化は、近世においても大きな意義を持っている。しかし、とりわけ文学的な面においては、天皇周辺については、後水尾院などごくわずかな文事に光が当たっていたにすぎない。近世後期における光格天皇の存在は非常に大きいが、その文芸面的な実態は明らかではない。本書においては、光格天皇とその兄妙法院宮の作った文化圏を中心とし、近世初期以来の「天皇文化」の縦の流れと、「天皇文化」の重要性およびその波及について、さまざまな角度から光を当てるものである。論者も錚々たるメンバーが集結した。ぜひご一読を乞う次第である。
なお、おのおのの論文については、改めてまた紹介していくことにする。

光格論集.jpg
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2018年05月27日

歌麿の狂歌絵本

5月ももう終わろうとしている。あたふたあたふた。しかし、仕事をちゃんとやっている人はいつもちゃんとやっている。
菊池庸介編『歌麿 『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』』(講談社選書メチエ、2018年5月)。
選書という大きさで、江戸らしさがつたわる本を影印するというミッションで、歌麿の狂歌絵本が選ばれた。
この選択、Good Job!といいたい。
昭和60年度の日本近世文学会の裏方担当だったときのことを思い出した。展示品のひとつが、『画本虫撰』だったなと。
近世中期の雅俗融和の雰囲気を見事に表している歌麿の上品な彩色がよく再現されている。
もう一度、菊池さん、Good Job!
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『好色文伝受』

『浮世草子大事典』のような事典の刊行は、浮世草子研究を盛んにする。この事典によって浮世草子の全体が見通せるようになったということが一つだが、そもそも各項目を担当した方が、一定字数では書けない調査成果を論文として続々と発表する、ということが起こるのである。そのひとつが、大木京子氏の「『好色文伝受』伝本と本文批判(付用語集)」(『青山語文』48、2018年3月)である。
『万の文反古』を受ける書簡文学という点で注目される本書だが、調査によって新たに2つの伝本が見つかり、それを含めて本文批判を行い、伝本の成立順序を明らかにするという基礎的考察が本論によってなされた。付録の用語集も興味深い。
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2018年05月23日

水田紀久先生

大阪藝文研究の雑誌「混沌」(混沌會)41号に、12人の方による水田紀久先生を追悼する文章が寄稿されている。中野三敏先生が、『江戸狂者傳』に、先生の序をお願いしたことを書かれていた。漢文の序を格調高く。本書には特装版があって、そちらには自筆影印で載っていたかと思う。我々の間では、「印が読めないときには水田先生に聞け」というのが約束事で、どんな印でもお読みになると伺ったことがある。私も読んでいただいたかもしれない。ただ、私はそんなに先生のお近くにはいなかった。研究会でご一緒することもなかったけれど、しかし、どこそこでよくお会いするのはどういうわけか。シンポジウムや展示会・講演会など、誘われたら、必ず行かれるという。私も2007年に阪大で開催した秋成のシンポジウムにお誘いしたが、そのときは、主客転倒、いろいろお世話になった。2次会では浪高校歌を歌われたという記憶がある。蒹葭堂顕彰会・鉄斎美術館・中之島図書館・放送大学などなど、いろいろなところでお会いした。有り難いご縁である。確か秋成展がらみだっただろうか、鉄斎美術館にある秋成肖像を見せてもらうために出かけた際、なぜか私の車で先生に同行していただいたように記憶する。こちらが何か書いたものをお送りすると、いち早くお返事を下さり、ほぼ必ず間違いを指摘される。本などをお送りするとみなさんが書いていらっしゃるように、歌を添えてくださる。そして電話がかかってきたときには「スイタのミズタです」。これも皆さん書かれているようにお約束である。洒脱というか、茶目っ気というか、80歳を超えられても矍鑠としておられたし、つい最近まで本当にお元気な姿をお見かけしていたのだが。ついつい、私もいろいろと思い出を書いてしまった。

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全文を読み切る『奥の細道』の豊かな世界

 大垣市に「奥の細道むすびの地記念館」という名のミュージアムがある。私はここに呼んでいただいて、講演をしたことがある。とても感じのいい学芸員さんらに大変お世話になった。また大垣の町が好きになった。
 記念館の総合監修者である佐藤勝明さんは、このところ、芭蕉の本をよく出されているが、このたび、NHKラジオ講座での講義を基にした『全文を読み切る『奥の細道』の豊かな世界』という本を大垣市・大垣市教育委員会から出された。2018年3月。その経緯については、あとがきで触れられている。
 講演をした縁であろうか、わざわざこの本をお送りいただいたことに、この場をお借りして深謝申し上げる。
 それにしても、佐藤さんの読みは、とても丁寧で、ポイントを外さず、わかりやすく説いている。全頁に美しいカラー写真が掲載されているので、まさに臥遊を楽しむこともできるが、本書をガイドブックにして、奥の細道をたどることもできるだろう。たしかにこれを1冊持っていれば『奥の細道』の豊かな世界を味わうのに十分である。
 タイトルが面白い。これも結びの地から発刊されるからこそ、「全文を読み切る」必要があるわけである。大垣に着いてはじめて、「奥の細道」は「奥の細道」たりうるのである。さて、お値段のついていないこの本、ここで紹介したものの、求めることはできるのだろうか?多くの人に読んでいただきたい本なのだが。

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2018年05月19日

居行子と児戯笑談

『文献探究』は九州大学の国語学国文学研究室の院生が中心になって出している学術同人誌。かつては年2回、今は年1回刊行されている。我々の少し上の先輩たちが創刊し、今回2018年3月に出たのが56号。これも40年ばかりの歴史を持つ。当初は手書き。先生方のご寄稿を手書きして、確認すると、文字通りの朱が入り、それを上から貼ってまた書き直すという、超アナログな雑誌だった。東京学芸大の『叢』が同じ感じで親しみを持っていた。さて、56号は近世が多い。中でも吉田宰さんの『居行子』翻刻の連載と、脇山真衣氏の『児戯笑談』の翻刻(こちらは完結)は、とてもありがたいもの。近世中期のこのような通俗教訓的な本、「奇談」領域と重なるものもあるわけだが、当時の「知と教訓」がどういうレベルでいかに融合するかが見えてくる。私が編集に関わっていたのはまだ一桁の号のころだった。よくここまで継続していただいた。そしてこれからも、がんばってほしい。
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『東国名勝志』の意義

 真島望氏が『国語国文』2018年4月号に書かれた「再生される地誌−『東国名勝志』とその依拠資料をめぐって−」は、様々な意味で非常に示唆に富む論文である。
 この論文に私はかなり興味を持ったが、その理由は第1に、宝暦に出た『東国名勝志』が、「奇談」書を刊行しかつ自身も作者であった大阪吉文字屋市兵衛(鳥飼酔雅)の作・刊行であること。「奇談」書研究の周辺として押さえておかねばならない本である。第2に本書が、安永以後輩出する「名所図会」の先駆的な地理書であることだ。デジタル文学地図のプロジェクトに関わっている身としては関心をもたざるを得ない。
 まず、本論は、『東国名勝志』の絵が西鶴の『一目玉鉾』および遠近道印の『東海道分間地図』という元禄の地誌に依拠していること。本文は『一目玉鉾』『国花万葉記』に依拠しているということと、その東国認識の継承について触れるとともに、捨象した要素にも着目し、その情報整理について分析している。
 そして吉文字屋が『一目玉鉾』の版木を入手していたこと、『分間地図』もその可能性があること、さらには西鶴本の復興機運との関わり、後代の名所図会に繋がる位置づけなどを指摘、吉文字屋の書肆としての手腕の評価を行っている。
 「再生される地誌」のタイトルにはおそらく重層的な意味が込められているが、もっとストレートでもよかったかもしれない。いい論文だった。
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大阪で「江戸の戯画」展、京都で「池大雅」展

5月になって、更新をサボり続けていた。ひとつの記事が短くなるが、すこしずつ書いてゆく。
大阪市立美術館の「江戸の戯画」展は、北斎・国芳・暁斎というビッグネームを「売り」にしているが、私としては耳鳥斎を楽しみにしていた。期待を裏切らないとぼけた味!嬉しかった。
 そして京博では池大雅展。85年ぶりとか謳っているけど、南画の大成者といわれながら、確かに大規模な大雅展というのはこれまで見たことがない。秋成が『胆大小心録』で大雅のことを回顧し、「いまでは超有名な画家でちょこっと字を書いただけのもめっさ高価。でも昔は座る場所もないような家に書き損じを山と積み、あんたは堂島やて?と言いつつ黒舟忠右衛門を描いてくれた」と懐かしんだが、それをそのまま絵にしたかと思える「池大雅家譜」の初丁の絵は、妻玉瀾も描かれているが、物にかかわらない飄々たる芸術家夫妻をよく写している資料である(鉄斎美術館蔵)。
 遺影を福原五岳が描いていたり、木村蒹葭堂が弟子だったりと、大坂の人に愛されたなという印象。一方で和歌は冷泉為村門。書や篆刻にも才を発揮し、間違いなく教養人。指墨図という指で描く画にも長じていた。語り尽くせるものではない大雅の魅力が満載の展示でありました。
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