2018年07月26日

中嶋隆さんの「子捨て乳母」

『時代小説 ザ・ベスト2018』(日本文藝家協会編、集英社文庫、2018年6月)の巻頭を飾るのは、中嶋隆さんの「子捨て乳母」である。2016年にも選ばれているから、今や時代小説の旗手の一人といっても過言ではないだろう。解説の縄田氏は「平成の夫婦善哉」と評する。中嶋さんみずからは、「円朝の人情噺「芝浜」のような賢妻とダメ夫の話を書いてみたかった」と。そして、原拠は西鶴『世間胸算用』「小判は寝姿の夢」である。
「上手い!」と唸る。とくに会話が見事。
 このブログを読む人は知っている人が多いだろうが、中嶋さんは西鶴をはじめとする近世文学研究の第一線の研究者。早稲田出身で、現在早稲田大学教授。今は数少ない、実作もやる、やるだけでなく一流の研究者である。10年あまり前に衝撃的な新人賞デビューを果たし、着々と時代小説家としても知られるようになった。
 この小説を読むと、細かい場面が、きちんとした知識・考証に裏付けられているために、非常にリアルである。といって文芸的な香りがあり、通俗に流されていない。ダメ夫と賢妻は上方の演劇にはよくあるコンビで、ひとつの型ともいえる。その型をくずさずに、むしろ徹底させることが、この小説を成功させている。中嶋さんが工夫したストーリーはあえて記さない。賢妻の賢妻たるゆえんは、最後の最後で明らかになる。
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越境的な『雅俗』17号

九州発の近世文学・思想研究誌『雅俗』が17号を刊行した(2018年7月)
単に論考を並べて載せるだけではなく、様々なコーナーを設けて、読みどころ満載である。
「スポットライト」という、まるで文芸誌の注目新人コーナーみたいなネーミングのコーナーには、丸井貴史さんが登場。「吉文字屋浮世草子と白話小説」という論文を寄稿されている。白話小説といえば読本であるが、これまで浮世草子にも白話小説の翻案や影響があることは、時々指摘されてきた。しかし、それはたまたまであり、小説史上の重要な出来事としては位置づけられていなかった。本論は、白話小説と近世文学をテーマに、業績を重ねつつある丸井さんの、大きな問題提起となる一編である。近世中期における白話小説の受容を、読本という枠を外し、考えてみること。常識化した文学史への挑戦であり、コーナーにふさわしい力作である。
 冒頭の深沢眞二さんの「風流のはじめや奥の田植うた」の大胆な解釈、𠮷田宰さんの文理越境視点からの『都老子』論、木場貴俊さんの本草書と怪異という問題提示、そして個人的には園田豊さんの本格的な復活を告げる伊庭可庭論が嬉しい。なにしろ彼とは同期なのだ。大島明秀さんや西田耕三先生の論考もそうだが、今回の論考群は、文学の範囲を大きく広げ、思想史との境界を越えるものが多い。『雅俗』の持ち味になってきそうである。

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2018年07月22日

上方文藝研究15号

『上方文藝研究』15号(上方文藝研究の会、2018年6月)が出ています。
今回は、知る人ぞ知る、深沢眞二・了子(のりこ)ご夫妻の宗因独吟注釈シリーズが登場しました。
今回は「花で候」巻。
これまでの掲載誌が休刊となったらしく、こちらにいただくことになった次第です。40頁超の大作。
この、対談式注釈、時々かなり弾けます。それも夫婦ならではのネタ、というか男女の観点の違いなんかがあって、楽しく読めて為になるのです。
だけど、きちんと学術的。
今回はあんまりはじけてないんですけど、それでも「有村架純」「スチャラカ」「そだねー」などがあります。
「スチャラカ」って何?と言う方は、了子さんと同じく「若い」です。
しかし、いつも思うのですがが、この原稿どうやってつくっているのでしょうか?
本当に対談していて、いったんそれを録音してそれをベースにしてるのか。
それともメール対談みたいなのを繋いでいる?
臨場感があるので、前者のような気もしますが。

ほかに仲沙織さんの『新可笑記』1の4論
有澤知世さんの京伝合巻と古画の論
浅田徹さんの萩原朗「花がたみ」翻刻と考察。いつもながら大きな問題につなげる。堂上派地下のシステムという問題。
上方文藝への招待のコーナーでは、日本女子大留学生のジョエル・ソーンさん(英文)とそれをまとめた福田安典さんの日本語要旨。アメリカのタカラヅカについて。

この研究会では合評会をやります。8月11日。

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2018年07月15日

千石篩と同行二人

 意味不明のタイトルで申し訳ない。
 7月14日、猛暑の京都、花園大学で行われた京都近世小説研究会。
 発表者は、私と井口洋先生。
 私が「『作者評判千石篩』考−仮名読物史のために−」、井口先生が、「室の八嶋の二人ーー奥の細道・点と線」。
 私のは、近世仮名読物における「作者」とは何かということを考えるヒントになるのではと、戯作評判の開山である「作者評判千石篩(せんごくとおし)」で、読者の側からみる「作者」という視点から、ぐるぐる考察したもの。貴重なご助言を受けたので、ありがたかった。どこかでまた論文にします。
 井口先生のも、いずれ論文になるのでネタバレはいかんと思いますので詳しくは書きまへん。「同行曽良」への疑問。本当に同行?そしてアリバイ崩し。なかなか見事な推理。そう、だから点と線。東京駅ホーム4分の空白というあの有名な清張の小説。日本推理小説ベスト10にたぶん入るやつです。とりあえずこのあたりで。
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2018年07月08日

博多演劇史

狩野啓子・岩井眞實編『武田政子の博多演劇史 芝居小屋から』(海鳥社、2018年6月)が上梓された。
帯文をそのまま挙げる。「芝居小屋からみた博多演劇史。3代続いた芝居どこ(芝居小屋)との関わりを通し、明治・大正・昭和の博多の演劇を綴る。芝居小屋の空気、興行の仕方、劇場の変遷、芝居の面白さ……。時代と芝居を切り結ぶ貴重な証言」。
狩野さんは、九州大学の先輩で近代文学専攻。岩井さんは早稲田ご出身で演劇専攻。狩野さんは久留米大学教授。岩井さんは少し前まで福岡女学院で教鞭をとっておられた。狩野さんとは学海日録の編集チームメンバーとしてご一緒し、岩井さんには一方的にいろいろなことをお願いしてきたという関係。本書は、博多の演劇興行に深く関わった祖父と父、そして自身の体験を元に、芝居への愛と、客観的で冷静な分析力を併せ持つ武田政子氏の研究ノートを元に編まれた魅力的な一書である。

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2018年07月02日

秋成ゆかりの地、日下を歩く

 河内の旧河澄家で「上田秋成展」が開催されると伺い、以前からずっと行ってみたかった秋成ゆかりの地を訪ねることにした。たまたま日下におすまいで、生駒山人の研究をしていらっしゃる放送大学の受講生山路孝司さんに、そのことを伝えると、そういうことなら河澄家はじめ、唯心尼の墓・鳴鶴園跡など、秋成ゆかりの地をはじめとして日下を案内してくださるというありがたいお申し出を受けた。
学会後のちょいのみでご一緒だった近衞典子・福田安典ご夫妻も参加してくださることとなった。福田氏は河内のご出身だし、近衞氏は秋成の日下滞在の文事について、精力的に研究をしていらっしゃる。私のところのゼミ学生4名を加え、総勢7名でのご訪問となった。7月の最初の1日、気温はぐんぐんあがって猛暑。河澄家とならんで日下の大きな庄屋であった森家(ここにも秋成はお世話になっている)の森さんご夫妻、日下古文書研究会の浜田昭子さん、長谷川治さんもいらしてくださり、にぎやかな文学散歩となった。
 山路さんが案内用の地図と、詳細な資料をご用意くださった。コースは、日下のヒトモトススキ、太宰治のパンドラの匣の舞台となった健康道場、御所ケ池跡、日下村領主であった曽我丹波守を祀る丹波神社、秋成仮寓の地正法寺跡、秋成の心の友ともいえる唯心尼のお墓、生駒散人をはじめとする森家の墓所、生駒散人書と伝えらえる「常夜燈」の文字が彫り込まれる大きな石灯籠、森屋敷の問跡、鳴鶴園跡を経て、本日のメインである河澄家へ。現在は東大阪市が管理し、河澄家にあった秋成の遺墨などは大阪歴史博物館に寄託されているということである。今回はパネル展示で、学芸員の方に丁寧な説明をいただいた。旧河澄家は実に立派な建物で、枯山水の庭、大きな蔵を有する。
 やはり、実際に現地に来てみて、わかることが多い。秋成がこの地のことを「山霧記」にしるしているが、「山霧」がどんな感じで発生するのかも十分想像できる。またあべのハルカスをはじめ、眼下に見渡す大阪市内の模様は絶景であった。
 日下では、先述の浜田さんを会長とする古文書研究会が16年も続いており、今年5月には会報「くさか史風」が創刊された。「森家庄屋日記」からうかがえる江戸期日下のくらしをはじめ、52頁に、江戸時代の日下の情報が満載である。素晴らしい会報!
 
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