2018年12月25日

慶長軍記

井上泰至・湯浅佳子編『関ヶ原合戦を読む 慶長軍記 翻刻・解説』(勉誠出版・2019年1月)。関ヶ原合戦が最初に描かれた作品である『慶長軍記』二種の全編を、上下段に組んで翻刻したもの。関ヶ原ファンにはこたえられない出版である。以前紹介した「アジア遊学」シリーズの1冊『関ヶ原はいかに語られたか』の資料編ともいえる1冊。コラムも9編。去年の映画も思い起こされる1冊。500頁超のボリューム。労作である。
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2018年12月24日

懐徳堂の天皇観を反映した和文小説

 むちゃくちゃ面白い。天野聡一さんが紹介する加藤景範の擬古物語(和文小説)『いつのよがたり』。いままでほとんど知られていない、懐徳堂の和学者が書いた写本の作り物語。でも実は、この物語の主人公の帝は、桜町天皇なのだ。しかも、ここに実際に起こった年貢増徴事件が組み込まれている。年貢の増加に困窮した農民は大挙して京都の公家方に押しかけ哀訴した。しかしこれは聞き入れられず、関与した人々は処罰される。ところが、物語では、帝が取りなし、年貢が減免されるというのだ。なんというアブナイ内容!
 なぜ桜町天皇なのか。景範は烏丸光栄を同じ歌の師系とする桜町天皇を近しく、かつ理想の君主に相応しい帝だと思っていたのだと。だがそれだけではなく、史実の桜町天皇がなしえなかった大学寮の再興・諡号天皇号の再興・御修法の変更(儀式における仏教的要素の排除)などが書き込まれているが、これは中井竹山の『草茅危言』などに見える懐徳堂の朝廷観・天皇観と重なっており、しかものちの光格天皇という君主を先見的に表出しているというのである。光格天皇は『草茅危言』を褒めていたという『野史』の言説もあり、和文小説研究からとんでもないデカい問題に展開しそうな勢いである。
 さて、この論文が収められているのが『近世和文小説の研究』(笠間書院、2018年12月)。和文小説というカテゴリーの位置づけは難しい。かつては読本成立と絡めて論じられており、近年は近世和文の流れで捉えられもする。天野さんは和文小説を国学者のつくる擬古物語と、和文の読本という両極のあり方を踏まえた上で、様々な角度から切り込んでゆく。総論である和文小説の概説と和文小説史に、これまでの彼の研究がまとめられている。まとめていただかないと、なかなか彼の構想は、見えにくかっただろう。
 五井蘭洲の『続落窪物語』についての考察。蘭洲が作者であることを考証するその手続きが徹底している。これが天野流である。そしてじわじわと、しかし決してすべることなく、大きな問題へと話を進めてゆく。もっと派手に書けそうなところも決して踊らない。あくまで冷静。これは人柄を反映しているのだろうか。
 あとがきにも書いているが、1年だけ学振特別研究員として私が受け入れたことがある。演習に参加してくれ、貴重な発言をしてくれたことを憶えている。しかも私の出身である九州に赴任した。あとがきで名前の出ている研究者は、私が知っている人ばかり。そういう意味でも繋がりを感じる本である。そういえば、次に開く科研研究会ではゲストとして発表していただく予定、楽しみになってきた。
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2018年12月23日

水田紀久先生追悼文集

 水田紀久先生追悼の特集が、先生を中心とする研究会、混沌会の雑誌『混沌』で特集されたことは既報したが、このたび「水田紀久先生を追悼する会」から、「水田紀久先生追悼文集」が上梓された。
 皆さんがよく書かれているのは、水田先生から賜ったお手紙・お葉書のことである。ともかく端正で美しい楷書、そして素早いご返事。それが震える字になることは、最後までなかった。この楷書に憧れて、これを真似されているとおっしゃる研究者の方もいる。著書をお送りしたらご返信にお歌を添えることもよくある。
 私の教え子で、雨森芳洲の漢詩を研究した康盛国君(現ソウル神学校)も、「水田先生からの手紙」と題して、先生の思い出を綴っている。私も聞いたことのないエピソードだった。
 「芳洲の漢詩は研究テーマにしないほうがいい、平凡だからね」と、初対面の時に言われたそうだ。康君は、「芳洲についてあれだけ調査された水田先生がそうおっしゃるなら、芳洲の漢詩に手をつけた人はいないと思っていいだろう。よしやってみよう」と、「おこがましくも、むしろ自信を得ていた」という。その2年後、『雨森芳洲の漢詩についての考察』という題の修士論文を書いて、それをお送りしたところ、讃辞と激励の手紙をいただいた、その喜びについて書いたものである。
 水田先生のお人柄と康君の誠実さ、そして康君の水田先生への尊敬が実によく伝わる文章で、感銘を受けた。
 
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2018年12月16日

絵入本ワークショップ記(明知大学校)

12月2日のエントリーに書いた、第11回絵入本ワークショップ、15日・16日の2日間、ソウルの明知大学校で、みっちり行われました。発表者が多く、初日の午前の部は2会場に別れました。私がこのワークショップで発表するのは、去年に次いで2回目ですが、学会と違って、運営がいい意味で融通が利いていて、臨機応変という印象を受けます。佐藤悟さんの献身的なご尽力によるものです。今回は韓国の日語日文学会との共同開催ということで、賑々しく行われました。

私はトップバッターの予定でしたが、指定討論者の先生が交通トラブルに巻き込まれて遅くなるということで、3番目になりました。発表は、『摂津名所図会』の人物風俗図を描いた丹羽桃溪の絵を全体的に考察し、名所案内・臥遊の書とされてきた『摂津名所図会』を、別角度から読み直してみる試みです。やや妄想的な仮説を提示したもので(それができるのがワークショップの良さだと思いますが)、指定討論者の先生をはじめとして、ご質問やご教示をたくさんいただき、また発表後も好意的なコメントをいろいろな方からいただき、もしかすると相手にされないかもと戦々恐々だった私にとってはとてもありがたかったです。とにかく、私がご教示を受けたいなと思っていた先生方がことごとく質問してくださった、という感じです。

私も今回は2回ほど質問しました。和歌絵本についての神作研一さんの発表と、忍びの装束についての吉丸雄哉さんの発表です。後者は私の学生のテーマと重なりますので、かなり熱心に聞きました。また、いま授業や読書会で読んでいる『絵本太閤記』の話題も1度ならず出てきて、これまた収穫でした。

今回のハイライトは延広眞治先生と佐藤悟さんの基調講演でしたが、延広先生のご講演は、かつて大阪大学に集中講義に来て下さった時の『奇妙図彙』のご解説をさらに進化させたもので、阪大の名前も出して下さり、とても嬉しかったです。佐藤悟さんのご講演は、ソウル大学に所蔵される、世界的な合巻コレクションについてのご紹介でした。私もソウル大の日本古典籍目録に参加して、合巻のカードを取るお手伝いをしたことがあったので、これまた懐かしく拝聴しました。

明知大学校の崔京国先生をはじめ、金美眞先生ほか韓国側のスタッフの素晴らしいおもてなしに感動・感謝の2日間でした。
そして、絵本に疎い私にとって、すべての発表が勉強になるもので、とりわけ2日目の草双紙をめぐる発表と質疑には感銘を受けました。発表は、文学史の定説に挑戦する刺激的なもの(松原哲子さんなど)もあり、またそれへの質疑が実に興味深く勉強になるのです。浅野秀剛先生など美術史研究者からの指摘に目から鱗という場面もありました。これは、ソウルまで来て、本当によかった。

ソウルは、実に久しぶりで、今回はとても寒かったですが、空気がとてもよく、ワークショップ前日には今はソウル神学大学校で教員となっている教え子に、ソウル歴史博物館を案内してもらい、美味しい韓料理をふるまってもらうなど、これもまた楽しい思い出となるでしょう。

2日目は懇親会途中で疲れが出まして、お先に失礼いたしました。みなさま、お疲れ様。カムスハムニダ。


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2018年12月06日

信州の本屋と出版

鈴木俊幸『信州の本屋と出版』(高美書店、2018年10月)。
ご紹介が遅れてしまったが、これは鈴木さんのフィールドとする信州・長野県の本屋と出版についての20数年にわたる調査研究の成果である。
江戸の本屋・出版といえば、三都(京・大坂・江戸)の他は、そんなに盛んじゃないよね、と思いがちだが、江戸の後期となると、地方都市にも、本屋がどんどん生まれ、書物が流通する。そのことを、信州を事例に明らかにしたのがこの本である。
 今に続く高美屋という本屋を中心に、残存する貴重な資料を読み込み、明治にかけての信州の出版状況を多数の図版を用いて鮮やかに描き出している。これぞ鈴木俊幸の仕事。しかし、これだけ学術的に高い水準の本を次から次へと、本当に敬服します。
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2018年12月05日

松野陽一先生のこと

松野陽一先生が亡くなられた。
30代のころ、松野先生が国文学研究資料館の文献資料部部長時代に、客員助教授として、呼んでいただいたことがある。
あの時は、小峯和明さんや、キャンベルさんも在籍していたころだった。
部長室には3時から4時ごろに、三々五々先生方が集まって、いろいろと座談をするならわしがあって、古書の話や研究の話をされていて、勉強になった。
中心には、いつも穏やかな笑顔の松野先生がいらっしゃった。それが今でも脳裏に浮かぶ。
松野先生は中世和歌がご専門ではあるが、近世和歌和文についても多くの業績があった。その集成が『東都武家雅文壇考』(臨川書店)である。
そこにも収められている和文の研究に導かれて、私も近世の和文を考えたことがある。岩波の『文学』で、中野三敏先生、上野洋三先生と近世歌文について鼎談されたものは、何度も繰り返し読んだものである。一度、山口にいらっしゃた時には、「ちょっとお会いできたらと思ったのですが」と留守電を残されていて、あー、しまった、もったいないことをと、在宅していなかったことを悔やんだこともあった。
先生は、国文学研究資料館始まって以来はじめての「生え抜き」の館長であった。つまり国文研の中から選ばれたはじめての館長であった。これは現在に至るまで、先生だけなのである。そして松野館長時代に、私もさんざんお世話になっている。
先生の館長時代、韓国での国文研の調査で、ご一緒したことがあり、たしか明洞のスタバだったかで、その時は食事のあとで、もう少人数になっていたと思うが、近世和歌の研究状況について、思いの外厳しいことを言ったりされたことも記憶にある。先生は私の師と、早稲田時代の同期だったと思う。それもあって、勝手に敬愛していた。
どうか安らかにお眠りください。






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2018年12月02日

絵入本ワークショップ in ソウル

今年の絵入本ワークショップは12月15日と16日に韓国ソウルで開かれる。
韓国日語日文学会との合同開催。
プログラムが固まったということで主催者から案内があった。

ソウルに行くことは10回目めくらいだが、最近は2011年だったかの、日本近世文学会高麗大大会以来久しぶりなので、大変楽しみである。
そして、発表者の多さよ。
もともと美術史と日本文学の学際的なワークショップだが、今回は加えて国際的、というわけである。
私は『摂津名所図会』で発表する。予稿集の原稿は送ったものの、パワーポイントの作成はこれからである。
むこうに行ってからでも少しは・・・と思っていたら、なんとトップバッターだった。
焦りますな。

韓国日語日文学会
2018年冬季国際学術大会
日時:2018年12月15日(土)11:30-18:00
   2018年12月16日(日)10:00-16:00
場所:明知大学
( ソウル市西大門区南加佐洞50-3 )
<国際シンポジウム>
日本文学と挿絵リテラシー
主催: 韓国日語日文学会 明知大学日語日文学科
共催: 日本絵入本学会, 国文学研究資料館, 東洋文庫, 一般社団法人 美術フォーラム21, 実践女子大学文芸資料研究所, フランス極東学院
∎古典文学3(絵入本ワークショップⅪ) 2018年12月15日(土)    
第 3 発表会場
座長 : 이준섭 (경북대)
11:30-12:00 受付
12:00-12:30
飯倉洋一(大阪大)
『摂津名所図会』における挿絵の役割
        討論:이현영(건국대) 司会:최태화(광운대)
12:30-13:00
高永珍(同志社大) 
「意馬心猿」図と『紀三井寺開基』の挿絵
−相違の要因としての演出と図様の展開−
        討論:김학순(고려대) 司会:최태화(광운대)
13:00-13:30
高杉志緒(釜山日本文化研究所)
斎藤秋圃の挿絵本について
  討論:康志賢(全南大) 司会:神林尚子(鶴見大)
13:30-14:00
개 회 식 개 회 사 :허영은(한국일어일문학회 회장)
축 사 :
사 회 :
14:00-15:30 국제심포지엄
주 제 : 일본문학과 삽화 리터러시 (日本文学と挿絵リテラシー)
강 연 : 延広眞治(東京大学), 佐藤悟(実践女子大学)
지정토론 :
사 회 :
15:30-16:00 休憩
                                  座長 : 구정호(중앙대)
16:00-16:30
洪晟準(檀国大)
知識伝達媒体としての挿絵
        討論:편용우(전주대) 司会:박희영(대진대)
16:30-17:00
神作研一(国文学研究資料館)
〈和歌絵本〉と絵入り歌書刊本
     討論:金裕千(祥明大) 司会:上野英子(実践女子大)
17:00-17:30
18:00- 懇親会
∎古典文学4(絵入本ワークショップⅪ)  2018年12月15日(土)
第 4 発表会場
    座長 : 황소연 (강원대)
11:30-12:00 受付
12:00-12:30
武藤純子(跡見学園女子大)
『絵本小倉錦』の出版経緯と特色−跡見学園女子大学図書館蔵本に注目して−
    討論:手島崇裕(慶煕大)司会:小林ふみ(法政大)
12:30-13:00
小笠原広安(駒澤大)
「蛇を咥える蛙」の図に関する一考察
  討論:斉藤歩(ソウル大) 司会:吉丸雄哉(三重大)
13:00-13:30
片龍雨(全州大)
歌舞伎における老いの描写
        討論:韓京子(慶煕大)
        司会:河合眞澄(大阪府立大学名誉教授)
13:30-14:00 개 회 식 개 회 사 :허영은(한국일어일문학회 회장)
축 사 :
사 회 :
14:00-15:30
국제심포지엄 주 제 : 일본문학과 삽화 리터러시 (日本文学と挿絵リテラシー)
강 연 : 延広眞治(東京大学), 佐藤悟(実践女子大学)
지정토론 :
사 회 :
15:30-16:00 休憩
16:00-16:30
金英珠(韓国外国語大)
視覚化から見る神話の生成と変容
討論:홍성목(울산대) 司会:木越俊介(国文学研究資料館)
16:30-17:00
井上泰至(防衛大)
絵入り本の「黄昏」−正岡子規の受容−
           討論:河野龍也(実践女子大)
           司会:木越俊介(国文学研究資料館)
17:00-17:30
18:00- 懇親会
∎ 古典文学5(絵入本ワークショップⅪ)  2018年12月16日(日)
第 1 発表会場
座長 :佐藤悟(実践女子大)
9:30-10:00 受付
10:00-10:30
金美眞(ソウル女子大)
ソウル大学図書館所蔵合巻の装丁-文政期以後の作品を中心に―
    討論:神林尚子(鶴見大)司会:片龍雨(全州大)
10:30-11:00
松原哲子(実践女子大)
草双紙試論−呼称・内容と時代との関係について−
    討論:康志賢(全南大) 司会:片龍雨(全州大)
11:00-11:30
神林尚子(鶴見大)
『〈お竹大日如来〉稚絵解』の成立とその背景
討論:金美眞(ソウル女子大) 司会:洪晟準(檀国大)
11:30-12:00
曽田めぐみ(東京国立博物館)
幕末期の合巻からみる摩耶夫人のイメージ−朝鮮仏画「釈迦誕生図」とのかかわりから−
    討論:류정훈(고려대) 司会:洪晟準(檀国大)
12:00-14:00 昼食
         座長 : 服部仁(同朋大)
14:00-14:30
康志賢(全南大)
三亭春馬作合巻『紫菜浅草土産』の書誌考−摺付表紙及び、板元文会堂山田屋佐助と錦重堂上州屋重蔵を中心に−
  討論:吉丸雄哉(三重大) 司会:松原哲子(実践女子大)
14:30-15:00 山本和明
(国文学研究資料館) 覆刻本版下について−草双紙を例に−
  討論:木元(大妻女子大) 司会:松原哲子(実践女子大)
15:00-15:30
吉丸雄哉(三重大)
絵入本にみる忍び装束の発生と定着
    討論:최태화(광운대) 司会:韓京子(慶煕大)
15:30-16:00
崔京国(明知大)
浅井了意『三綱行実図』の挿絵
 討論:斉藤歩(ソウル大)  司会:韓京子(慶煕大)
16:00- 懇親会
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