2019年02月27日

近世戯作の〈近代〉

 山本和明さんの論文集『近世戯作の〈近代〉−継承と断絶の出版文化史』(勉誠出版、2019年2月)が出た。科研による出版助成を受けたものだ。紹介すべき本がいくつかたまっているところだが、出張から帰って来てこの本が来ていて、ありていに言って、すごく嬉しかったので、祝意を込めてポストする。
 私と山本さんとの関わりが深くなったのは大阪に来る少し前からだろう。秋成の遺墨を今に守る谷川家を紹介してくださったところからである。山本さんの担当する市民対象の講座に、谷川家のご親族にあたる方が聴講に来られていたということで、ご紹介を受け、山口から新幹線で姫路まで行き、そこからご親族に車で案内していただいた。山本さんには秋成の論文もあって、もしかすると、そのことで話をしたことがあったかもしれない。記憶は漠としているが、それからまもなく私は大阪に来た。それで谷川家にも浅からぬ縁が出来た。
 しばらくして国文研が谷川家の調査に入ったが、山本さんとは毎年一回2日間、谷川家に残る資料(谷川家は江戸時代眼科医であり、天領である屋度の代官も兼務していた名家なので、文書が多く残る)を十数年、一緒に調査した。また蘆庵文庫の調査でも一緒であった。こちらは20年くらい一緒に活動した。それだけではない。忍頂寺文庫の研究にも巻き込んでしまったし、鹿田松雲堂旧蔵書の調査にもお声がけしてしまった(これは本書にも反映している)。どちらも山本さんの関心のあるところだったからではあるが、私の甘えでもあったのである。家人は山本さんの前勤務先で非常勤をさせていただいており、こちらも感謝である。さらにさらに、国文学研究資料館がらみでも・・・。
実際、大阪で私が曲がりなりにもやっていけているのは山本さんの存在がとても大きいことは事実である。私の恩人のひとりである。
 さて山本さんが国文学研究資料館に移ってからの5年間は、本当にすごかった。歴史的典籍の30万点web公開事業の責任者として、質量ともにこれ以上のない仕事をしてきたといえる。この事業の評価は徐々に高くなってきているが、山本さんの努力が大きい。文字通りの東奔西走、研究ではなく業務としての講演活動がどれだけあっただろう。しかし、その中での博士論文執筆、そして出版。これはやっぱりすごい。ご苦労をよく知っている者として、心からお祝いを申しあげたいのである。
さて、この論文集、近世戯作がどのように明治に受容されたか、というところを、人物は仮名垣魯文を軸に、そして出版文化史を視角として論じたものである。既読のものが多いが、初出時からかなり改稿されているように思う。第二部第四章の「近世的表現としての「序」」を興味深く再読。序という様式が「格」を持っていて、その読みにくい字体にこそ意味があるという指摘には全く同意。この中で拙稿を引いて下さったいるが、私も序についてはいろいろ考えるところがあって、テクストと外部の境界に位置する(私は思うのだが)序は、一部の作品を除いて、読みにくいこともありあまり注目されてはいなかったが、今後無視できない重要な要素であるとあらためて認識した。明治以後もそのあり方が続いているというところを学ばせていただいた。
 鹿田松雲堂のサロンの考察は鹿田さんの御子孫も喜ばれることだろう。お誘いしてよかったとこれも思うのであった。思い出話が大半になってしまったが、本が出版された際に、こういう風に思い出話を書いてしまうのが私のブログのパターンなのです。



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2019年02月22日

四季交加(しきのゆきかい)

 大高洋司さんは馬琴や京伝などをはじめとする読本研究者として知られる。しかしこのたび大高さんが編んだ京伝の『四季交加』は、「江戸の通町に煙草店を構える京伝が店先の「大路」を「交加」する人々を眺め、「四時月日」に分けて綴った」(神林尚子さんの附説より)風俗絵本である。京伝の教養と江戸への愛情、文章の洒脱が遺憾なく発揮された、上品な「戯作」だと言えよう。戯作の研究といえば、「戯作の研究者というのは、真面目な人が多い」という師中野三敏先生の言葉を思い出すのだが、大高さんも非常に真面目な方である。『四季交加』についても、長いこと読み続けてこられていたようであるが、その時間を感じさせる奥行きの深い注釈を、昨年2018年11月に太平文庫の1冊として上梓されていたのである。ご紹介が遅れてしまった。
 京伝といえば、黄表紙などにみる発想の奇抜さ、洒落本にみる人情の機微の描写、読本にみるストーリーテラーぶり、どれをとっても超一流であり、江戸を代表する作者であろう。しかし、近代小説との親和性があまりないため、一般にはまだまだ知られていない。岩波文庫あたりでどんどん作品を出してほしい作者である。
 さて、「四季交加」の注釈。非常に勉強になるのだが、江戸を描くということで、先人平賀源内に多く依拠していることが明らかになっている。また鴨長明が作者に仮託されている『四季物語』も大いに参照されている。今から見ると「パクリ」に見える京伝のこの典拠利用は京伝の十八番であるが、現在とちがって、それも文章術のひとつであるのが近世である。
 京伝にしては地味なこの作品は、商業的にはヒットしなかったが、『江戸名所図会』や『東都歳時記』そして鍬形寫ヨの『近世職人尽絵詞』に継承されているという。影印編と注釈編の二分冊は、影印を読みながら注釈を読める配慮。図版も大きくて味わい深い。
 江戸名所記や江戸年中行事の本の系譜の中に位置づけた神林尚子さんの付説は、上方の名所図会をこのごろちょっと読んでいる私にとっては有り難い指針となった。
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2019年02月21日

科研研究会(人的交流と場)のお知らせ

私が代表者をしている科研研究会のお知らせです。たぶんこじんまりとした会です。
3月2日にお近くにいらっしゃる方で、お時間ある方で、興味のある方は覗きに来てみて下さい。
ゲスト発表者は天野聡一さんです。

科研基盤研究(B)「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」公開研究会 U
日時 2019年3月2日(土) 13:30-17:20
会場 大阪大学豊中キャンパス 文法経本館 大会議室

プログラム
1 加藤弓枝 禁裏御書物所と勅撰和歌集
―出版変遷とその影響を中心に
2 山本嘉孝 光格天皇歌壇と漢詩
― 天明三年九月十三日当座詩歌会を中心に
(休憩)
3 盛田帝子 天皇の和歌空間
−南殿の桜をめぐって
4 天野聡一 五井蘭洲の和学について 
―宝暦期を中心に―

題目は変更されることがあります
※事前連絡不要・入場無料・使用言語は日本語
お問い合わせ先 
大阪大学文学研究科 飯倉洋一 iikuraアットマークlet.osaka-u.ac.jp
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2019年02月19日

いましばらく

大高洋司さん、揖斐高さん、小林ふみ子さん、丸井貴史さんらのご本を紹介したいところだが、いましばらくお待ちいただきたく候。
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2019年02月02日

男色大鑑〈武士編〉

西鶴の『男色大鑑』の全訳第1弾、武士編が昨年12月に文学通信から刊行されている。
染谷智幸さん、畑中千晶さん編で、数名の若手西鶴研究者が担当。イラスト陣にあんどうれい、大竹直子、九州男児、こふで、紗久楽さわ。
西鶴研究者がこれまで正面から取り組んで来た、とはいいがたい『男色大鑑』という作品。やはり、避けられてきたのである。
しかし、ここ数年のBLブーム、さらにいえば「性文化に起きつつある地殻変動」(染谷さんあとがき)と歩調を合わせるかのように、まずKADOKAWAコミックでコミカライズされ、学界でも議論されるようになり、『男色を描く』という本も出版された(本ブログでも紹介)。やがて若衆文化研究会なる研究会が何度も開かれ、ついに男色大鑑祭りとなって爆発したのが昨年の8月、怒濤の勢いでの現代語訳出版である。
原文は付けずに現代語訳だけ。しかし注をつけることで、本作品が「古典」であることを実感させているようである。
そこで、コンテンツビジネスとしての古典の事例として、この出版の動きを注視したい。続編の〈歌舞伎若衆編〉が出て完結した時に、あらたな波が起こるのかどうか。センター試験の玉水物語の反響を顧みると、〈萌える〉古典シリーズなんてのも、ありそうではないか。教養としての、だけではなく、コンテンツビジネスとしての古典を考えていくこと、重要ではないか。この点も、「古典は本当に必要なのか」で学んだことなのである。


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2019年02月01日

明治の医師の日記翻刻

日下古文書研究会が明治の医師の日記、末田茂吉『忍耐堂見聞雑誌』を翻刻。2019年1月刊。明治30年〜40年代。全部が揃っているわけではないようだが。全体にざっと見ると、文語体(漢文訓読体)から徐々に口語体へ移行している感じがある。これは国語史資料として面白いかも。もしろん医学史資料としても貴重なものに違いない。原文は漢字カタカナ交じり。やはりこの時代の人で、漢詩・和歌・俳句を嗜んでいる。浜田昭子氏による詳細な解説付き。とてもいい仕事だと思います。
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