2021年05月31日

高校版こてほんが出版された

『高校に古典は本当に必要なのか』(文学通信、2021年5月)が刊行された。
2019年1月に明星大学で行われた『古典は本当に必要なのか』(通称こてほん)と題するシンポジウムが行われた。古典は必要という肯定派と、いや不要だという否定派が議論するというもので、大きな話題となったと同時に、ディベートが不完全燃焼だったという不満の声も少なからずあった。
公開されたディベートの動画を見て、「当事者の高校生が置き去りにされている」と感じた高校生がいた。企画者の長谷川凜さんだ。長谷川さんは、そのもやもや感から、仲間を集め、ついに高校生同士のディベートを企画。実現したのが、2020年6月に行われた高校生版のこてほんである。当初3月にICU高校でお行われる予定だったが、コロナ禍のため延期され、2020年6月6日にオンラインで催された。私も視聴してレポートを書いた。
周到に準備されただけあって、論点が整理されて、こてほんの時より深められたし、また新たな論点も出て、有意義な会となった。あまりに高校生の議論がレベルが高いので感銘を受けた。
 本としてまとめられるとはきいていたが、当初の予定よりずいぶん延びたようで、ようやく発刊された。待ってました!とはこのことである。
 読んでみて、その時の様子がありありと甦った。参加者へのアンケートにも多く書かれたいたが、最後の長谷川さんの挨拶が胸にささった。彼女は大学のオープンキャンパスを回って国文科や日本文学科で学ぶ学生に「古典は本当に必要なのかと問われている、この状況をどう思うか」と問うたところ、多くの場合「古典が好きかどうかは人それぞれだから、あなたが古典を好きなら周りはきにしないで古典をやればいい」という答えが返ってきたという。彼女はそれにショックを受けたという。いや、これはショックだろう(でも確かに、今の日本文学専攻の学生は、多くそう答えるだろうなという感じはわかる)。もしこれを読んでいる日本文学専攻の学生さんがいたら、古典は、今の世の中にも未来の世の中にも必要で、古典を学ぶことは、その学びを支援するのに税金を投じる価値のあることなのだという主張ができるようになってほしいのだ。今はそういう時代なのだ。
 さてこの本のハイライトは、この高校版こてほんに参加した人々のアンケートを細大もらさず収録したことである。まずその量がすごい。そして熱が半端ない。そして出てくる感想・意見が実に多様である。シンポジウムに劣らず読み応えがある。
 このシンポジウムで肯定派・否定派が合意したのは、どうも「古典を学ぶ価値はみとめるが、いまの授業では好きになれない」というあたりだ。高校こてほんらしい落としどころである。だが、これは問題の解決ではなく、むしろその次の問いを生むだろう。もちろん、「古典教育の方法」という問いである。
 現場をしらないエリートの議論と批判された本家こてほんの問題点は、図らずも現場に(も)問いを投げかけたと言えるだろう。第三の「こてほん」論争があるかないか、それはわからないが、日本文学系の学会では、古典教育をテーマとしたシンポジウムが群発している。これに高校こてほんが更に拍車をかけるかもしれない。




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2021年05月27日

石井鶴山先生遺稿

 私の前に『石井鶴山先生遺稿』(公益財団法人孔子の里、2021年5月)と題した、水色の箱に入ったA5判250頁の、立派な本がある。
 「立派な」というのは、石井鶴山という佐賀藩八代藩主の侍講をつとめた儒者の人物にあてはまるだけではなく、鶴山とその文事を尊敬し、忘れ去られようとしたこの文人の遺稿の出版に繋いだ、多くの人々の志にあてはまる。資料を惜しみなく提供する人、資金調達に動いた人、そして資金を提供した病院理事長、すべてが古人を尊敬する人々の繋がりによって、奇跡的な、しかし必然的な経緯で世に出た本なのである。
 本書をお送りくださった佐賀大学名誉教授の田中道雄先生が、その経緯をお書きになっている。
 昭和42年に遡る話。田中先生の師である大谷篤蔵先生から、佐賀県の多久の図書館の『鶴山遺稿』を撮影してほしいという依頼があったという。熊本に住んでおられた田中先生は多久に出かけて写真をとった。大谷先生はなくなる数年前にその写真を送ってこられた。田中先生は後事をたくされたと了解した。旧友の石川八朗先生も写真を撮っていた。どちらも写りはよくなかった。そこで多久へ行ってみた。しかし多久にはもう『鶴山遺稿』は残されていなかった。だが司書の方はご自身の蔵書に『鶴山遺稿』の写本があると貸してくださった。準備は整ったが、田中先生にはそれを翻刻する時間がなかった。
 田中先生は、佐賀大の中尾友香梨さんの業績を目にし、大学の研究室をたずねた。引き受けてくださった。そして御夫君の健一郎さんと本文を仕上げた。公益財団法人孔子の里の常務理事の服部氏が資金調達に動いた。多久の勉強会(その名も鶴山会!)に集っていた人々が呼応した。自身の調査収集していた資料を中尾さんに惜しげもなく提供したり、印刷会社を手配したり、そして佐賀の病院の理事長である沖田信光氏が資金を提供されたという。
 これは鶴山のもつ求心力と、佐賀の人々の鶴山を敬慕する心が大きな力を生んだのだった。
 集められた遺稿の豊かさ、それは紙面からも伝わってくる。そして巻末の解説「石井鶴山、その人と交友」は、鶴山に寄り添って暖かい。その遺稿は江戸時代から鶴山を愛し、リスペクトした人々によって伝えられてきたのである。大田南畝や頼春水との交友もあった鶴山。この遺稿から、江戸時代の文人交流の一端も新たに明らかにされることがよくわかる。
 佐賀の文化の豊かさ、それは九州にいた私も少しはわかっていたつもりだったが、この本を拝見するといよいよそれを確信する。江戸や上方に引けを取らないハイレベルの文芸が醸成されているのである。大谷篤蔵先生、島津忠夫先生、田中道雄先生、井上敏幸先生、白石良夫さん・・・とそれは近世文学研究にも受け継がれているのである。かつて毎月泊まりがけでやっていた祐徳稲荷文庫の調査がなつかしい。
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2021年05月22日

羽倉本『春雨物語』の影印刊行

『天理図書館所蔵 春雨物語−羽倉本・天理冊子本・西荘本−』(八木書店、2021年5月)が刊行された。B5判・上製・652頁というわけで、最近はやりの鈍器本である。重さが相当あるので、本当に鈍器になる。
 待ちに待った刊行で、到着を今か今かと待っていました。羽倉本については、一度ここでもとりあげたことがあるが、秋成自筆で、奥付に秋成の書名と年記があり、それは秋成の死の直前なのである。しかし、これも「完本」ではない。六編からなり、そして一気に書き下ろされたものでもなさそうである。しかし、他の本に見えない顕著な特徴もある。「歌のほまれ」が「天津処女」の次に来ていること、「海賊」が他本にくらべて大幅に短いことなどである。どうしても意味の通らないところもあり、「最終的な完成の姿」を示すものではもちろんなさそうである。今後、この本について、いろいろな説が出てくるだろうが、まずは、大橋正叔先生が書かれた本書の解題が出発点となる。翻刻をふくめて、どう読むか、これから議論がはじまるだろう。かろうじて、私も生きてうちにお目にかかれたので、その議論に参加したいものである。
 

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2021年05月05日

秋成に関する新資料:新しい風

 青山英正さん「上田秋成著・正住弘美書写「ななふ草」「難波津の記」−解題と翻刻ならびに影印−」(『明星大学研究紀要−人文学部−日本文化学科』第39号、2021年3月)は、秋成研究者にとって、注目すべき新資料である。昭和女子大学におさめられた鹿島則幸氏旧蔵の桜山文庫については、これに尽力された故深沢秋男氏のブログ記事がある。文化五年本『春雨物語』や『井関隆子日記』を所蔵することで有名である。その中に『貝あはせ』(写本19冊)があり、その18冊目に、この未紹介資料が収められていたという。青山さんらしい目配りで、普通そう簡単に見付けられるものではない。
 写した正住弘美は、春雨物語も書写しており、秋成の筆の特徴をよく捉えて写す人である。「ななふ草」は従来いくつかの本文が紹介されてはいるものの、 この本には、京都から下坂するにあたり、この本をかたみとして与えた人物が秋成の養女であったという新事実が明らかになる。一方「難波津の記」は、大坂から生駒山を超えて、奈良から吉野などをめぐる紀行文であるが、これまで知られている秋成の大和・吉野紀行とは季節も行程も異なるという。読んでみると、さまざまな古典や古人への言及を挟み、我々の進めるデジタル文学地図プロジェクトの研究対象にぴったりである。影印までついていて、ありがたいことこの上ない。
 このところ『春雨物語』の新出本が出てくるなど、秋成関連の新資料発見報告が相次いでいる。こういう時は次々に出てくるものだが、それにはやはり理由があって、いきのいい研究者が秋成研究に関わっているからである。一戸渉さんや高松亮太さん、そしてこの青山さんらの活躍が頼もしい。みな秋成晩年の国学・和歌との関わりや人的交流を研究している方々であり、私が代表者をしている人的交流に関わる科研研究会にゲスト発表者として来てもらった方々である。
 青山さんは大東急記念文庫の研究誌『かがみ』51号(2021年3月)にも、城戸千楯書き入れ本『万葉集』から、本居宣長と荒木田久老の万葉集への向き合い方の違いを浮き彫りにし、久老の魅力を引き出すとともに、宣長学派がどのように拡張浸透していったかを垣間見させる好論である。その裁き方に抜群のセンスを感じるのは私だけではないだろう。ともあれ学界に新しい風が吹いている。これは気持ちがいい。
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