2023年05月26日

江戸の絵本読解マニュアル

 東京学芸大学の「叢の会」。1979年以来、40年にわたって、メンバーが草双紙の翻刻・解題を『叢』という手作りの雑誌に発表し、草双紙研究に多大な貢献をされてきた。それだけではなく『草双紙事典』や『初期草双紙集成』なども刊行してきた。『叢』という雑誌自体は、活動を休止したが、会の活動は続いていたらしい。その成果が素晴らしい形となって登場した。それが『江戸の絵本読解マニュアル』(文学通信、2023年4月)である。
 近世文学研究者だけではなく、小中高の国語の先生や、絵本に興味をもつ一般読者も意識して、親切丁寧な本作りになっている。企画・編集段階で相当時間をかけているとみた。
 草双紙とは、絵を主体とした娯楽読み物。子どもだけではなく大人も楽しんだ気楽に読めるこぶりで薄い造本の娯楽品である。草双紙のしくみ、その歴史、そして具体的な作品に即して丁寧に説明される、その作り方と読み方。教材としての使い方などなど。参考文献も非常に有益。
 なにより、この草双紙の解説から、江戸の生活・文化・教養へと導かれてゆき、江戸の理解につながる仕組みは素晴らしい。非常によく考えられた入門書であり、とくに小中高の先生方にお勧めしたい。幽霊や妖怪についても、学ぶところ大ですぞ。
 
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2023年05月13日

東アジアにおける笑話

 いつのまにか本ブログ記事も1500を超えていました!(自祝)
 2008年にはじめて、最初は日常の些事も綴ったりしていましたが、なんとなく自分の研究生活や、私の目に入った研究書について感想を述べるというスタイルが自然に固まってきました。
 2010年代に入って、語学が出来ないわりには、海外に行く機会が増え、2016年、ハイデルベルクに長期滞在することで、研究に対する姿勢のようなものが変わりはじめました。同じころ、古地震研究の人々や、デジタルヒューマニティーズの研究者とも知り合い、古典研究の意義を考えざるを得ない事態にも関わって、日本文学研究が、いま大きく変わっていく時代だということを実感しました。たまたま在籍する大学にいたからこそ、それを実感できたのかと思います。2016年以後は、学生にも国際化・学際化・文理融合を意識させるように努めましたし、自身が国際学会で発表するなどの実践をしないと説得力もないので、無謀ともいえるチャレンジもしてきました。
 厳しい国際情勢の中で、文学研究がどういう意味をもつのかを、常に意識しておく必要があるということを、何らかの形で今後も発信していこうと思います。
 そういう意味で、「東アジア」というのは、欧米の日本研究が属する研究カテゴリーで、そこに絶対的な意味があるわけではなく、一つの視点であるということをふまえなければならないものの、従来の日本文学研究を相対化する有力な視点のひとつであることは確かです。この観点からの共同研究や企画もいろいろ出てきています。このたび、川上陽介さんを代表者とする共同研究の成果として『東アジアにおける笑話』(文学通信、2023年5月)が刊行されました。ひとりひとりの問題意識には温度差があるようにも思いますが、たんなる「和漢比較」に終わらない、東アジア学をめざそうとする基調を感じます。川上さんの序言には、それぞれの論文が、どういう立場から書かれたかを明記し、それぞれの立場からの追究を糾合したことを強調しています。
 このような場が大事なことこそ、私が実感してきたことです。おそらく、共同研究では様々な立場をふまえた「議論」「意見交換」が行われたに違いありません。その「議論」「意見交換」の中に多くのヒントが含まれていたのではないか。それがどう反映しているのか、ということを期待して本書を読んでゆきたいと思います。はい、その通り、まだ読んでいないのにブログに書いてしまいました。
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2023年05月04日

知と奇でめぐる近世地誌

 木越俊介さんの『知と奇でめぐる近世地誌 名所図会と諸国奇談』(ブックレット〈書物をひらく28〉平凡社、2023年3月)。
 田中則雄さんと私とで編集した『日本文学研究ジャーナル』7号(2018年)の特集「近世後期小説の作者・読者・出版」で書いていただいた「寛政・享和期における知と奇の位相ー諸国奇談の戯作の虚実」が一応出発点になっている。そして、あとがきに記されたているように、私が開催校としてオンライン開催した絵入本ワークショップ12(2020年9月)での発表「寛政〜文化年間の名所図会と怪談・奇話・仏説」、さらに、これも私たちの共同研究であるデジタル文学地図プロジェクトによる国際研究集会の研究発表「十九世紀における地誌の広がりー名所図会と奇談的地誌(2020年12月)が、この本の大部分を占めている。木越さんの研究を進めるきっかけになっていたら、大変嬉しいことである。
 私じしん、近世中期ではあるが、「奇談」書研究をやってきたし、ここ数年はデジタル文学地図プロジェクトに関わっていることで、木越さんの研究には大いに関心があるばかりでなく、実際にプロジェクトに協力もしていただいている。
 『東西遊記』をターニングポイントとする「奇」への向き合い方の転換を地誌、たとえば名所図会に着目して、その中での奇の描き方を分析している。私なりにまとめると、「奇」に対して、19世紀の地誌の著者は「知」で向き合うのだが、それは「奇」の否定や合理的解釈とは違い、旺盛な知的興味や観察に基づくものである。これは当代の好古趣味や異国への関心とおそらく重なっているのだろう。怪談・奇談を、怪異・奇異を信じるか、信じないかだけで考えるべきではないことを教えてくれる、私にとってはありがたいブックレットであった。
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