6月3日と4日の両日。日本女子大学で日本近世文学会春季大会の研究発表会が行われた。歴史有るチャペルでの2日にわたる研究発表会。初日は台風による新幹線機能不全の影響、二日目には地震による一瞬の中断と、いろいろありながらも、福田安典さんはじめ日本女子大の方々、事務局、実行組織のみなさまなど関係各位の献身的なご努力により無事終えることができた。心から感謝申し上げる。
さて、久しぶりの本格的な対面のみの学会。参加者数は250名を超えたとうかがった。初日午前中に新幹線が動かない、大幅遅延などのアクシデントがあり、参加出来なかった人が多数いたにも関わらず、初日の懇親会には、明らかに100名以上の参加者がいて、なんと鏡割りも復活、勝手に?歌を披露する先生まで出てきて、「昭和な近世学会」が現出した。「これだよこれ」と呟きながら、いろんな会員と旧交を温めることができた。若い頃は、学会に行くたびに、「勉強するぞ!」といつも刺激を受けたが、その感覚が鮮やかに蘇ってきた。1次会でたっぷり2時間もとっていただいていたので、本当にゆっくりとお話ができた。そして対面学会ならではの「情報」の質と量。これはやはりすごい。今回は3年分の皆さんの飢餓感が、一気に癒やされたのではというくらいの飛び交う情報であった。
初日は4名(うち3名は若い方)の、豊富な資料を使っての堅実な発表で、これまた近世だなーと感じさせるものだった。二日目は、俳諧3本を含む4本の発表と、大田南畝をテーマとするシンポジウム。ベテラン陣が発表した俳諧3本は聞き応えがあったが、特に佐藤勝明さんの『猿蓑』論は、撰集としての読みのご提案。長らく注釈をしてこられた経験に基づき、従来の見解に次々に異論を唱えていかれる自信に満ちた展開であった。「これだよこれ」とまた呟く。
ところで私は2日目の冒頭発表、幾浦裕之さんのTEIご紹介を兼ねた師宣画『藤川百首』についての発表の司会を担当した。私の関わった2月の国際シンポジウム「古典の再生」でも、デジタル時代の古典研究の基本になっていくであろうTEIについての発表をしていただいたが、その時の3人の発表者のうちの一人が幾浦さんであった。TEIの可能性をいろいろと紹介してくれたが、ママ原文と校訂本文の同時表示、TEIで書かれた複数のテクストの横断検索、翻刻本文と原文あるいは画像のリンク、単なる検索ではない人名検索や地名検索など、タグを利用した様々な可能性を示してくれて、次世代の翻刻公開方法を実感させた。問題は、TEIによる記述がワードのような簡単なものではないということで、これをどう簡略化していくのか、TEIに対する理解をひろげるとともにTEI利用の環境整備をしていく必要性を感じた。しかしそのためには、今日の発表だけではなく、ことあるごとにTEIの話を諸学会で展開し、古典文学研究者の耳に馴染ませていくことが肝要である。繰り返し繰り返し、情報系の学会ではなく、中古・中世・近世・和歌・説話・美術史・日本史・思想史のようなところで。今回だけで近世文学会の諸氏が、納得してTEIに目覚めてくださるとは思えないからである。あと、同じ人ではなく、別の人がTEIを使った発表をやるということが大事だろう。手を変え品を変え繰り返し、である。まあ方法の流通は選挙運動と同じなのだ。
南畝のシンポジウム。九大同窓の久保田さん、宮崎さんの幕臣としての南畝という視点は、中野三敏先生の御説の継承と展開、福田さんの上方から見た南畝も新視点。石川淳の江戸戯作受容のお話も貴重。ただ時間がおしていたようで、ディスカサントとパネリストの絡みや、議論の時間がなく、これは残念だった。論点はディスカサントの小林さんが出していたのだが。僭越ながら顰蹙覚悟で私もちょっと発言したが、南畝のような人物を論じるとどうしても論じる人の人柄が反映されるよな、という感想を持った。これは西鶴をはじめとしてこれまでも言われていたことだが。また上方側が南畝に歓迎的に対応するのも、幕臣なのに文芸をやるというキャラクターが大きいような気がする。幕臣加藤宇万伎が、秋成や蒹葭堂に歓迎されたのと同じ対応ではないかと。そういえば千蔭も上方で人気が高いし。まあ感想なのでお許しください。
さて特に計画していたわけではなかったが幾浦さんの慰労会を少人数で行った。彼は近世専門ではないが、近世文学会にとっても貴重な人材だと思う。
さて、3日目(5日)は学会とたばこと塩の博物館が連繋して行った大田南畝展へ。月曜日に学会員のために特別開館してくださったもの。会場には南畝の専門家である宮崎修多・久保田啓一・池澤一郎・小林ふみ子各氏をはじめとする錚々たる「解説者」がいたので、さまざまな知見を聞くことができた。今回の展示は、かなり専門家向けというかマニアックなもので、新資料・個人蔵が多く出ていた。いろいろと工夫もされていて、素晴らしいものだった。図録もじっくり拝見したい。