2024年02月28日

田渕句美子『百人一首』(岩波新書)

 田渕句美子さんの『百人一首ー編纂がひらく小宇宙』(岩波新書、2024年1月)。近年話題になった田渕さんの〈『百人一首』は藤原定家編ではない〉、という説については、このブログでも触れたことがある。教科書を塗り替えるくらいの衝撃的な説であるが、その論証は淡々としたもので、奇をてらったものではなく、多くの研究者の賛同を得ている。『百人一首の現在』という研究書につけば、それもよくわかるだろう。今回、田渕さんの『百人一首』についての見解が、一般読者にもわかりやすく新書で提供されたことは、まことに喜ばしいことである。
 とくに勉強になったのは序章と第一章の「『百人一首』に至る道」である。わずかな叙述量であるが、『百人一首』の見方と、『百人一首』までの和歌史が、実に見事に構築されている。第一章は『百人一首』までとはいえ、和歌史の根幹になる部分が押さえられ、書名や歌人を並べただけの文学史とは全く違う、立体的な和歌史になっている。これは、古典和歌を学ぶ人必読だろう。
  百人の歌人・和歌一首ずつのコンパクトな枠の中に王朝から中世前期の古典和歌が凝縮されているアンソロジー、これは『百人秀歌』が創成したコンセプトで、『百人秀歌』の編者、定家の独創。勅撰集から選ばれた。本書は、編集という観点を重視する。ウォルター・マーチという映画編集者の言葉を持ってきて、(すぐれた)映画の編集方法を勅撰集の編集方法が同じだと見立て、編集の観点から勅撰集の歴史を述べていく。歌風とかではないのだ。そして院政期に出現した『堀川百首』の与えたインパクト。これを大きな転換点として、和歌は題詠が主流となってゆく。宮廷和歌=題詠はここから始まる。題詠は、題の本意を詠むので、コミュニケーション手段としての和歌から、美的観念的世界へと飛翔する。こうして勅撰集も変化するのである。そして定家も選者の一人であり、後鳥羽院が深く関与したとされる『新古今和歌集』が八代集の締めくくりである。その八代集の歴史をコンパクトにバランスよく箱に納めたのが『百人一首』である。その原形である『百人秀歌』に、定家のアンソロジストとしての手腕が見える。
 さらにこのごろ大河ドラマのお陰で知名度をあげている藤原公任の『三十六人撰』のアンソロジーとしての意義を説き、アンソロジー史として『百人一首』を位置づけてゆく。
 いやはや、ここまではしかし、本書の序奏(助走)に過ぎない。本番はこれからだ。ここからが田渕説の真骨頂である。以前も書いたが、誰に向けて書いたのか(編纂したのか)、古典の世界では、これが大切である。誰かに依頼されたり、誰かに贈るというモチベーションなしに、前近代の作者・編者が作品を作ることはまずありえないと私も思うし、少なくとも私の研究する秋成が膨大に残した作品(一応写本に限定)のほとんどはそうだろう。よって、その点を重視する田渕説の方法に私も深く共感を覚える。その肝心かなめの第二章以下も読者は味読していただきたい。

 
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2024年02月18日

ワークショップ「18-19世紀京都文芸生成の現場−みやこに吹く新しい風」

ワークショップ「18-19世紀京都文芸生成の現場−みやこに吹く新しい風」
のご案内です。
私は司会担当ですが、発表者のは第一線で活躍中の中堅・気鋭のみなさんです。
対面開催ですが、ご興味のある方は是非ご参加下さい。


日時 3月3日(日)13:25-17:40
場所 京都産業大学 天地館304教室(T304)↓
https://www.kyoto-su.ac.jp/facilities/cam_map.htm

主催:基盤研究C(基金)「幕末維新期における天皇歌壇を中心とする文芸ネットワークの研究」(研究代表者:盛田帝子)

開催方法:対面のみ

13:25―13:30 開会の辞(盛田)
13:30―14:00 「『竹堂画譜』と『竹堂画譜二篇』に見る京都の文芸ネットワーク」 国文学研究資料館  山本嘉孝
14:00―14:30 「近世中期上方歌壇と小沢蘆庵―頼春水在坂期書簡を中心に―」 名古屋市立大学  加藤弓枝
14:30―15:00 「光格天皇の眼差し―京都御所という作品生成の場をめぐって―」 京都産業大学  盛田帝子
 15:00―15:15 休憩
15:15―15:45 「小津久足と京都」 山口県立大学 菱岡憲司
15:45―16:15 「蝶夢の文芸ネットワークを支える力ー「まことの情」と死者の魂ー」 豊橋技術科学大学  中森康之
16:15―16:45 「新趣向の雲中寿老人図―蕪村、呉春、上田耕夫・耕冲の作品をめぐって」 大阪大学  門脇むつみ
 16:45―17:00 休憩

17:00―17:40 総合討論(コメント:京都女子大学 大谷俊太、京都先端科学大学 鍛治宏介)

司会  大阪大学 飯倉 洋一
〇参加登録は下記よりお願いします。3月1日締め切りです。

https://forms.gle/pafaN4H4KhXjKdKC9
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2024年02月04日

教育ツールとしてのデジタル文学地図

国文学研究資料館のご協力を得て、ハイデルベルク大学と大阪大学で、歌枕マッピングツール「デジタル文学地図」の開発と、それを使った研究・教育を考えるプロジェクトを長いことやってまいりました。
今回、はじめて、高校の現場で教えて教えていらっしゃる先生方をお招きして、教育ツールとしてのデジタル文学地図について考える研究集会を対面・オンライン併用で開催いたします。
ご関心のある方のご参加を心からお待ち申し上げます。
プログラムは下記の通りです。発表要旨は、フライヤーを御覧下さい。

参加登録は下記URLのリンクまたはフライヤーのQRコードよりお願いします。参加登録締め切りは2月10日。

主催:科研基盤(B)「デジタル文学地図の構築と日本古典文学研究・古典教育への展開」(研究代表者:飯倉洋一)
日時: 2024年2月17日(土) 13:30-17:00
会場:大阪大学豊中キャンパス 文41教室  オンライン(Zoom)併用
使用言語日本語 参加事前申請制 
 
13:30-13:40 
ユディット・アロカイ(ハイデルベルク大学)
開会あいさつ
13:40-14:20
黄 夢鴿(大阪大学)・中村覚(東京大学) 
「日本のデジタル文学地図」の概要
中尾 薫(大阪大学)
日本のデジタル文学地図の活用 ―ハイデルベルク大学・大阪大学の合同授業報告―

14:40-15:20 
加藤直志 (名古屋大学教育学部附属中学校・高等学校) 
デジタル文学地図を高2「文学国語」で使ってみた
岡部 誠 (石川県立小松高等学校)
デジタル文学地図の教育への利活用―歌枕〈白山〉を例に―

15:40-16:20 
加藤十握 (私立武蔵高等学校中学校) 
デジタル文学地図活用の可能性について考える
横山恵理 (大阪工業大学) 
デジタル文学地図を活用した情報科学部生むけ授業実践報告
16:30-17:00
全体討議 司会 飯倉洋一(大阪大学)

参加登録は(締め切り2月10日→2月15日正午まで延長)↓
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdxreGgxenkb8MxJm3jesTdUfxibxuN6shYmR7h9O6mxyotaw/viewform

デジタル文学地図はこちら↓
https://literarymaps.nijl.ac.jp/

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2024年02月03日

近世文芸とその周縁 上方編

 神谷勝広さんの『近世文芸とその周縁 上方編』(和泉書院、2024年1月)。江戸編に続く刊行。浮世草子や多田南嶺の研究で知られる神谷さんだが、文壇研究(伝記研究)にも熱心である。ご所蔵の資料を使われることが多いが、各図書館で資料発掘もよくやられている。
 例によって、いわゆる「盛っていない」文章で、そっけないのだが、新しい情報だらけであり、有用度が高い。
 ただ、やみくもに新しい資料を紹介するのではなく、ひとつの指針があるという。
 中村幸彦先生の文章(著述集11巻の「後記」)を引いて、「著者も、「師弟」「交友」等に注目し、「集団の中」で交流する存在として考察したい」と言う。「はじめに」と第一章第一節の最後に、「一人に限った資料蒐集」ではなく、「師弟」「交友」を視野に入れ、「集団の中」で交流する存在として考えることが、くり返し述べられている。これは全くの同感である。下記の共同研究はまさにその視点で行っていた。
第一章第二節は「上田秋成資料の紹介」で、師匠の長島弘明さんばりに、多数の秋成資料を発掘紹介している。まことに有用だが、ここもさりげなく紹介するのみ。どうぞ使ってくださいと言わんばかりなのだ。第三節「上田秋成「哭梅克q」を読む」は、珍しく資料を踏み込んで解釈するが、その初出に対して高松亮太氏の反論を受けている。『金砂』をめぐる問題である。
 第四章第四節は古義堂と小澤蘆庵歌壇、第五節は古義堂と妙法院を扱い、我々の共同研究「近世中後期上方文壇と文芸生成の〈場〉」と関心を共有する、う非常にありがたい論考である。学ばせていただいた。第五章賀茂季鷹については、あまり進んでいない狂歌師や歌舞伎役者との関わりが明らかにされる。
 このように、神谷さんの著述には、新しい情報が満載であり、それについての解釈は全体に抑制的であって、どうぞ使ってくださいというニュアンスなのである。神谷さんは資料を入手すると、惜しげもなく研究会に持ち込んで見せてくれたり、秋成の資料であればコピーして何度も送ってくださる。多分「使ってくださって結構ですよ」という意味もあったのだろうが、私は上手くそれらを使えなかった。人さまのお持ちの資料を使う以上は、なにか意味づけをしないとできないからだ。しかしご架蔵のものであれば、紹介するだけで十分意義がある。今回、多くの資料を紹介してくださったのは、まさに学恩である。
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2024年02月02日

水市断章(シリーズ大阪本4)

 「水市」は水の町=大阪の意。「我が大阪の記」と副題された肥田晧三先生の珠玉のエッセイ集。大阪芸能懇話会の『芸能懇話』別冊として、肥田先生米寿記念に刊行されたもの。70を越えてから書かれた短文をまとめて1冊にしたもの。「水市断章」は、「永井荷風の訳したアンリ・ド・レニエの詩篇に付けられたのを借用」されたものとか。2019年2月刊行。個人的に面白かったのは「生玉人形」これは大阪の郷土玩具。「『大阪府立高津高等学校バスケットボール部七十七年史』」。そういえば肥田先生、昔の方の割には背がお高かった。私も高校の途中でやめたとはいえバスケットボール部だったので、勝手に親近感をもつ)。「『在津紀事』私記」。「青春の文学」とおしゃっている。これまた大学院の時、中野先生の演習で読んで、最初の担当となり3、4週連続で発表したので、私にとっても青春の書。「「雪」の作詞者二百年」。最近研究室の片付けをしていたら肥田先生のお手紙が出てきた。大阪歴史博物館「上方舞山村流」の特集展示のため、忍頂寺文庫所蔵の『歌系図』を出してほしいとのご依頼で便箋数枚にわたる。「雪」の作者のことについていろいろ書いてある。『歌系図』はその「雪」の作詞者流石庵羽積の著述なのだった。その羽積のことが書かれている。「河合ダンス物語」。これは貴重なエッセイ。宝怐E松竹と並んで人気だった女性舞踊グループ河合ダンス。宗右衛門町の北笠屋町の角から西へ五軒目のお茶屋「河合」の主人が創設。「道頓堀文学展望」。こちらは近代文学で道頓堀を描いた作品を紹介。などなど、肥田先生ならではのお話満載。
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