2024年05月11日

西山宗因の研究

 尾崎千佳さんが西山宗因研究を一書に成した。その名もずばり『西山宗因の研究』(八木書店、2024年3月)である。
 尾崎さんが献身的な働きをして成った『西山宗因全集』の版元八木書店から出たのは当然であろう。692頁の大冊。
 自著解説は、こちらのコラム。
 西山宗因の研究書(論文集)は初めてなのだという。これは意外だ。これだけ連歌史・俳諧史で重要な存在なのに。
 尾崎さんは、まぎれもない宗因研究の第一人者。満を持してという言葉にふさわしい研究書(論文集+年譜考証)の発刊は、連歌研究、俳諧研究、近世文学研究にとってまさに慶事である。
 尾崎千佳さんと私とは、かなり縁がある。尾崎さんは長崎市出身。私も事実上の長崎市出身(実は大分県生まれだが、1歳の時に長崎市へ)。そして、2001年、私は山口大学から大阪大学に転任したが、私の後任として同年、山口大学に就職したのが、大阪大学出身の尾崎さん。まるで交換トレードのように。「バーター」だと言われたこともある。
 転任する直前、2001年の3月だったと思うが、私は大阪府立中之島図書館に行った。記憶が間違っていなければ水田紀久先生の講演を聞くことが目的のひとつだった。私がまさに入ろうとしたその時に、尾崎さんが図書館から出てきた。もちろん互いに消息を知っていたので、「おーっ!」となった。家人も一緒だったが、「このあと待ち合わせて飲みに行きましょう」となって、梅田の茶屋町あたりの居酒屋で語り合ったことがある。
 その後、『上方文藝研究』や阪大と国文研の共同プロジェクトであった忍頂寺文庫・小野文庫の研究で、OBの一人としてご協力を仰いだ。一方、私が14年もいて果たせなかった山口大学所蔵和古書目録を彼女は立派に完成させた。私が指導していた院生も引き継いでくださり、驚くほどきちんとした論文を書かせていた。その後も尾崎さんが指導した学生はいい論文を『山口国文』に載せていて、教育者としても尾崎さんが優れていることを示している。
 ちなみに山口は大内氏文化を継承した町であり、連歌にふさわしい土地である。尾崎さんは、社会連携活動として、現代における連歌の普及にも尽力しているし、学生も連歌の魅力にひかれて活動をしているようであるhttps://www.hmt.yamaguchi-u.ac.jp/2016/12/26/13572.htmlこれぞ、「古典の再生」ではないか。私は在職中遊び呆けていたが、後任の尾崎さんは、地域と大学のために、身を粉にして働き、なおかつ『西山宗因全集』(文部科学大臣賞受賞)という学会への貢献をし、そしてついに決定版ともいえる宗因研究書をまとめたのであり、これはもう称賛しかない。連歌を実際に市民に普及したり、文化として復元するのは、師の島津忠夫先生の志を継ぐものである。そして、偉大すぎる島津先生の言葉が、彼女を苦しめたのもまた事実である。しかし、この本で、尾崎さんは島津先生の期待に見事に応えたと言えるだろう。
 さて、『西山宗因の研究』に戻ろう。尾崎さんは、冒頭で、宗因研究の先達である野間光辰の説を挙げている。野間は、「宗因の本業はあくまで連歌にあり、俳諧は余技であったことを繰り返し主張」、「俳諧師宗因」というより「連歌師宗因」として理解すべきだと言い、文学史を塗り替えた。しかし尾崎さんは、言う。「「俳諧師宗因」にせよ」連歌師宗因」にせよ、宗因の存在を固定的に把握する点において、文学史にとって両者はまったく等価である」。つまり、前者は芭蕉を頂点とする俳諧史観、後者は連歌の時代を中世に求める連歌史観に立つのだと。「あらかじめ定められた価値を目指す研究の描く文学史は、その方法において」「静態的である」。宗因という人物をよく見よ!事実を踏まえて考えよ! そうすると、宗因が連歌師と俳諧師という二つの立場に生きたという事実の意味を徹底して問わなければならない、という尾崎さんのスタート地点(問題意識)が浮かび上がってくる。まさにそれを問うたのがこの研究書である。「近世初期の文化・政治・社会の状況と関わらせつつ具体的に考証する」。
 野間光辰の築いた宗因像は、本書によってかなり相対化された(という言い方はまだ緩いかもしれない)。一方で、尾崎さんは「虚と実」をキーワードとする。「虚像を解体してその実像に接近し、実像の成した虚構の意味を読み解く」という。つまり作品研究もしっかりとやっている。
 前者においては、第一部第三章「宗因における出家とその意味」から第五章「連歌師宗因の俳諧点業」まで、緻密な考証に基づく、あたらな宗因像が提示される。後進は、この尾崎さんの提示した新たな宗因像を前提に、これに立ち向かうことになる。
 後者においては、第二部の宗因の紀行文の考察が白眉で、古典を活用した虚構の生成を見事に描き出している。学会発表の時に聞いて実にワクワクした記録のあるものだ。
 そして、宗因論の現時点での集大成として、約80頁にも及ぶ、「主従の連歌から職業としての連歌へ」がある。本書のための書き下ろしである。注が250を越える。「近世武家社会における連歌の情理」という副題が、尾崎さんのスタンスをよく示している。これは到達点というより、出発点なのだろう。今後の宗因論は、この論ぬきには始められないだろう。
 尾崎さんは、先に挙げたコラムの中でこう言っている。
「個々の作品が〈いつ〉成立したかだけではなく、〈どこで〉成立したかに迫らなければ見えてこないものがある。複数の人物の居所情報の編年集成によって時代の動態を複眼的に提示した『近世前期政治的主要人物の居所と行動』(1994年、京都大学人文科学研究所)や『織豊期主要人物居所集成 第2版』(2016年、思文閣)など、歴史学の手法にも学びつつ、作品から行為がたちあらわれるように、連歌・連句についてはもちろん、発句についても能う限りその成立の「場」を復元することに努めた。」と。深く頷いてしまう。私も文芸生成の〈場〉が大事だと考えている。前回の科研課題のタイトルも、その言葉を出した。しかし、これは言うのは簡単だか、場を復元するのは大変むずかしいことだ。しかし、志向としては、とても重要なことで、これからの文学研究の視点として欠かせざるものだと考えている。その志を持った研究書であるということに、私の深い慶びがある。
 そして、本当は一書として出してもよかったと思われる、本書の過半を占める「年譜考証」。数ある優れた年譜考証の仲間入りをしたと言ってもよい。「考証」の部分が実に丁寧で力強い。
 最後にもう一度、素晴らしい研究書、ありがとうございます。
 さらなる研究の進展を心からお祈り申し上げます。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする