ちょっと前の論文ですが、西田正宏氏「『古今集遠鏡』と『古今余材抄』」(『文学史研究』48、2008年3月)は、私にとって刺激的です。
懐徳堂教授の五井蘭洲の和学に触れるところがあって、見過ごせない論文なのです。
『古今集遠鏡』については、今西祐一郎先生の校訂によって平凡社の東洋文庫からよみやすい活字が出ています(なぜ今西「先生」なのかというと、私がQ大の助手をしていた時に若き今西先生が着任されたからで、直接教えを受けることはなかったがやはり私にとっては「先生」がしっくりきます)。田中康二さん鈴木健一さんも『遠鏡』について最近書いていました。ちょっとしたブームですね。
橋本治の桃尻語訳に影響を与えたのが、この宣長の、当時の京都語に「現代語訳」した『遠鏡』だったのでしたっけ(うろおぼえなり)。
まちがいだったらどなたか正してください。
西田氏は宣長が契沖の注釈に異論を唱える時のあり方を、解釈の誤り、説明のくどくどしさ、深読みの3点から分析し、これらを、和歌を自立した文学作品としてみなす宣長の文学観の反映とし、さらに補助線として五井蘭洲の『古今通』をあげ、蘭洲にも宣長的認識が見えることを指摘、これを時代思潮の達成とみようとしています。まあ、私はそう読みました。
ここで思ったことは、蘭州という儒学者における『古今集』の意味と、契沖・宣長のような歌学の伝統(当然古今伝受と関わります)を背負う和学(国学)者における『古今集』の意味とは根本的に違うかもしれないということです。
むしろ宣長の中に、歌学史を相対化しやすい心性があり、それは実は儒学者の和学研究からもたらされたという観点の方が私には魅力的に思えるのです。そしてこれはまた、「漢意」を内包すると宣長から決めつけられた「和学者」秋成の「古今集」観にも関わってきます。横道にそれて、完全に自分文脈です。ブログのいいところ。
秋成の和学の最初の師は、多分蘭洲ですから。
それにしても蘭洲は面白い人で、中村幸彦先生が注目しただけのことはありますね。
いったい儒学者で古今集の注釈をした人といえば、蘭洲以前に誰がいますか?調べればわかるんでしょうけど。


それはともかく、これは西田氏への私信にも書きましたが、「大坂」の和学というものには、「深読み」の系譜のようなものがありませんか。契沖にしろ蘭洲にしろ、それから私が以前扱った井村信成という徒然草学者(古義学末流と自称しています)にしろ。もちろんこれだけでは何とも言えませんが、広く大坂文人の心性として浮かび上がれば面白い気はするのですが。今度お会いした時にでも。