2008年10月14日

『日本教育史研究』27号(後日ばなし)

 こちらのエントリで言及した拙稿ですが、実をいうと、最初は中野三敏先生のところに、誰か適当な方を紹介いただけないかという打診が編集部からあったようです。

 というよりも、本当は中野先生に書いてほしかったようですが、先生は1度、該雑誌に論評を書かれていることもあり、私に機会を与えられたようです。まあ、高野論文には中野先生の『戯作研究』はもちろん引用されていますが、拙論もいくつか引用されてますので。

 そういうこともあって、この論評(誰にも差し上げておりませんでしたが)、一応先生にだけは読んでいただかねばと、おそるおそる呈上いたしましたが、「やはり」というか、「思いがけず」というか、叱責されました。

 「やはり」というのは、先生からみれば、当然ダメだということになるだろうと予想していたということですが、「思いがけず」というのは、叱責であれ何であれ、コメントをいただけたということです。それだけですごいんじゃないかなどと思っているのですが。

 で、なんと叱責されたかと申しますと、近世では文学と教訓は何ら背離するものではないことを、もっと言うべきだということです。(もっときつい言い方ですが)。相手は教育思想史の研究者で、こちらは文学研究者。その境界線を自ら引いてどうする、ということでしょう。

 まあ、中野先生と全く同じことをいうわけにもいきませんので、というのは言い訳がましいですが、いわれてみれば、少し「文学」という概念にこだわりすぎているのかもしれません。当時そういう概念はなかったのに。たしかにそうなのですが、でもやはり、それ的なものはあるような気がするという・・・・。もう少し悩んでみることにします。

 



posted by 忘却散人 | Comment(0) | 私の仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: