中野三敏先生が「江戸儒学史再考―和本リテラシーの回復を願うとともに」(『日本思想史学』第40号、2008年9月)を御発表。
閑山子氏が詳細に触れていますが、朱子学中心の江戸儒学史を根本から書き変えんとする驚くべき内容の論文です。
どのように書き換えるのかというと、江戸思想史をリードしてきたのは、朱子学ではなく、江戸の知識人にとって新しい陽明学であり、それは近世前期の藤原惺窩・林羅山からみられ、伊藤仁斎・荻生徂徠また陽明学に強い思想的影響を受けている、また浮世草子の気質物や石門心学もその反映をみるべしという説なのです。
例によっての博覧強記で、その実例を次々に挙げてゆく証例には、和本リテラシーで培われた江戸言説へのしなやかな親炙があります。
つまり、江戸を活字ではなく和本で理解すれば、自然に江戸人の感覚がわかってくる。もちろん活字化されていないが、江戸理解にとって重要な文献が、体でわかってくる。
その感覚に素直に従えば、朱子学じゃなくて陽明学でしょ?というわけで、前半の和本リテラシーと後半の儒学史のパラダイム転換が結びつくという案配。
これはなかなか反論が難しい。和本を読まないとわからないでしょ、といわれているわけだから、活字だけ読んでの反論は無意味となるという理屈ですから。
たしかに、知識人というのは新しい思想に敏感であることは、ここ数十年の我が国思想界を見ていても明らかでしょう。
なるほど江戸初期から陽明学は知識人に刺激を与えていたと考えていいのか、と私なりに目から鱗の話。実は去年の冬、集中講義にお招きしたときにそのお話はうかがっていたし、懐徳堂アーカイブ講座のご講演でもお話されていた(来年には講演録が活字化される)のですが、まさか和本リテラシーと一緒に説かれるとは思っていませんでした。
2008年10月16日
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