今日は必要があって論文を7本ほど読んだ。6月に出る予定の『上方文藝研究』の編集部チェックと、12月にあるところに出るはずの某先生のご論文。そして研究室新着雑誌や送っていただいた抜刷など。
12月に出る予定の某先生のご論文については、久し振りに読む快楽を味わっって、爽快。いろいろ議論されている超有名作者の作品についての一種の仮説なのだが、じつにスッキリした。言うのは出るまでがまんがまん。
近衛典子さんの「雪岡覚え書き―『筆のさが』周辺―」(駒澤国文 46号)。上田秋成の周辺にいる歌友の一人で、「筆のさが」論争に関係する重要人物。田中康二さんも『鈴屋学会報』で扱っていたので、急に光があたった感じがする。『六帖詠草』(蘆庵文庫本、これは刊本にくらべて数倍の情報量がある、自筆本系の写本)春11に載る記事を引く。
妙法院宮(光格天皇の兄)が南禅寺真乗院の雪岡のところにいて、蘆庵を召すので、行ってみたら東東洋(画師)が、その場で絵を描く席画をやっていた。騎乗の人をかいていたら、筆を落としたが、それを蝶々にしたという、なんとも好もしい話である。妙法院宮、相変わらずやってくれるな。
と、話がそれているようだが、とにかくこのころの京都文壇というのは、このエピソードに象徴されるように大胆な人的交流がある。その中から江戸に行く人が出てくれば、流れはさらに大きくなるというもので、そこを巧くとらえているのである。村田春海と上田秋成を繋ぐとか。
一戸渉さんの「『土佐日記解』成立考―宇万伎・秋成の土佐日記注釈―」(『国語国文』2009年5月)は、2007年に大阪大学で開催した「秋成 テクストの生成と変容」のシンポジウムで発表していただいた内容の論文化だが、博捜と詳細な考証に感心したが、シンポジウムでも話題になっていた、秋成が何度も補訂することにこだわる意味や、土佐日記注釈史での位置など、展開すべき大きな問題を含有しているとはいえ、とりあえずは閉じたな、という印象があった。まあ掲載誌のカラーもあるし、わかるのだが…。
有働裕さんの「「仁政」に対峙する西鶴―『本朝二十不孝』と『懐硯』の「諸国」」(国語国文学報 67、2009年3月)。これには言いたいことがいろいろあるのだが、西鶴にあるという「透徹した作家意識」とは具体的にはどんなのだろう。ここがよくわからないので、もう少し考えてみてから。
『文献探究』47号(九州大学、2009年3月)も来た。会員なので2冊送ってくる。奥付が3月というのは、きょうびちょっと遅れすぎ。タイムラグは1か月以内が限度だと思う。
2009年06月05日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

