2009年07月23日

偽忘却散人録

忘却散人の鰻の戯文を読みし某先生より「偽忘却散人録、かくのごときは如何」と示されし文。

忘却散人食はせたこともなきに糟糠のと形容さる人と連れ立ち、近隣に軒を構へて「商店街」と大きく反り返る小さき店に、習わぬ籠下げて入り立てば、不思議や門前蝟集せり。常は雀羅を張るべかりしに、はてと訝れば、巷にては夏休みに入りしと教へる人あり。夏休みが七月を去りてそも幾年。大学は八月の声聞かずば休みと言はず。何が夏休みならん、さはさりながらけふの夕食を如何せむ、と言ひあひつ、蹌踉として食品コーナーと名付けられたる狭き通路を歩みゆけば、馥郁たる無上の香り。宜なり本日「土用の丑の日」とかや。その名号を記せし旗の先陣を競うて呼ばはるごとく賑やかなるに、にはかに勢ひづきし散人、「うなぎにせむ、うなぎにせむ。ああ、善なる哉。鰻哉。それ選りどりにせむ、抜かるな、抜かるな」と叫ぶ声こそ高けれ、つれなる人もあきれ果てつつ、おのがふるさとの名産、美味ならむ、これなむ召しませ、と良きを選びて、その慎ましくも喜ぶ様、お宮が富山のダイアを見せられて喜ぶごとし。日暮れて、天にはかに暗く、散人の胃もまたにわかに重し。かうべを垂れて「不思議に夜にいたりて食欲なし、うなぎは明日にこそ」と言へば、脂濃く、黒光りせる鰻を横目に、「ふしぎやわれも胃重し。しかせんよりほか無し」とつぶやく声も哀れなり。夏バテに二人ながら苦しみをりしこの明け暮れ、ついうつかりと忘れゐし忘却散人の名に恥ぢざるを誇るべきか。「夏痩せに召せ」とすすめし万葉のうた人の名さへ、どこへやら、日欠け、雲覆ふの日につらつらと記せる状、件のごとし。

ちなみに作者国文学を専攻せる人に非ず。驚くべし。
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