2009年07月25日

渡部泰明『和歌とは何か』

渡部泰明さんの『和歌とは何か』(岩波新書、2009年7月)は、和歌を演技という切り口から説明しきってしまおうという挑戦的精神に満ちた一書である。

導入の部分が秀逸である。和歌を縁遠く感じる感覚は古い時代から主流であった。だからこそ和歌は1300年続いたのだという逆説的言説からはいる。

わずか31音の中に、「ひさかたの」などという実質的に意味のない枕詞や序詞、掛詞などのレトリックを使う。これは何か。和歌を和歌らしくさせるとともに、和歌を縁遠い存在と感じさせるものである。それは引き出しの取っ手のようなもので、特別な行為とともにあるときに意味を発する。その特別な行為は、儀礼的行為であり、レトリックは儀礼的空間を呼び起こす働きがあるという。

儀礼的空間とは、複数の人間が限定された場所で、あるルールに基づいて特定の役割を演じる空間である。つまり演技である。和歌は、そういう儀礼的空間と関わる。

ふーむ、それって石橋博士(Dr.S.Kinsui)のいう役割語じゃないのか?と思っていたら、やっぱり出た。15頁に『役割語の謎』が引用されている。

さてこういう思い切った枠組みをつくってしまえば、あとはどうしてもそれに「あてはめていく」感じが否めない。しかし一読者としては、この渡部さんの挑戦にエールを送りたい。渡部さんが、行為としての和歌にこだわっているのは、若き頃、夢の遊眠社で活動していたことがおおいに関係しているに違いなく、本書あとがきで、最後に野田秀樹氏らに謝辞を述べているのもその表れであろう。

奇矯な言い方になるが、そしてすこし偉そうな言い方であることを承知でいえば、私は渡部さんに、世代的共感を感じる。これは石橋博士の『役割語の謎』にも感じた感覚なのだが、つまり、「生きること=演技すること」という感覚あるいは倫理が我々の世代には共通しているような気がするのである。

 では、あんたら世代は、本音を隠して生きているのか、偽善的やな、といわれるかもしれないが、それとは違う。人生を一つの劇場と考えて、真剣に本気で「自分」を演技しているのだ。本音と別のことを話しているわけではない。本音を演技しているのである。石橋博士とS.Kinsuiは、一体だということである。しかし、常にその演技をチェックしている自分もいるだろう。それは自分を高めることに他ならない。こういう生き方を私は同世代の人々に感じるのである。

今度の渡部さんの本は、そういう我々世代の人生観を描いている本のように見えてならない。

渡部さんには、東京大学で一度お目にかかったことがある。長島弘明さんに用事があったのだが、私が早く来すぎて長島さんは食事に出かけていた。その間研究室でぼうーっとしていると、そこに東大に赴任されたばかりの渡部さんがおみえになってしばらく話をした。「ワタナベです」といわれたときに「渡辺」という漢字を思い浮かべ、「あれ、渡辺さんって東大にいたっけ」としばらく不安だったが、中世和歌ときいて、「あ、渡部さんだ。東大に見えたのか」と了解された。その時も、むかし演劇をやっていたことをお話しされていたと記憶する。非常に私の中では印象深かった時間である。あとで、同世代と知り、不思議にふにおちた。

 本書がとるのはいわば演繹的な叙述方法だから、予想される反論や疑問にも誠実に対応しながら書きすすめなければならない難行である。しかしこの難行の跡を追うことで、渡部さんの生き方に触れることができるのは本書をよむ愉しみである。
posted by 忘却散人 | Comment(2) | TrackBack(1) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
引き合いに出していただいて恐縮です。渡部さんとは、以前、下記のシンポジウムにお招きいただき、お話させていただきました。

http://skinsui.cocolog-nifty.com/sklab/2007/03/post_8398.html

実は私と渡部さんとは駒場(T大教養部)の同級生なのですが、彼は劇団「YのY眠社」に入り浸っていて、言葉を交わすどころか顔を合わせることもないまま学生時代が終わってしまいました……
Posted by SKinsui at 2009年07月26日 10:03
SKinsuiさま。コメントありがとうございます。同級生で、さらにそういうシンポジウムでも同席されていたのですね。納得です。
Posted by 忘却散人 at 2009年07月26日 20:14
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和歌とは何か
Excerpt: 忘却散人ブログに、役割語について言及がありました。渡部泰明さんの『和歌とは何か』
Weblog: SKの役割語研究所
Tracked: 2009-07-26 10:07