2009年10月16日

尼子経久物語としての「菊花の約」

『雨月物語』「菊花の約」にはいくつかの謎がある。

@物語と直接関係のない尼子経久の富田城攻略の挿絵がなぜあるのか
Aこの物語は信義を描いたものなのか、信義という観念にとりつかれた人を描いたものなのか
B左門は何のために逐電し、どこへ姿を消したのか
C尼子経久はなぜそれを許したのか
D冒頭部で「交わりは軽薄の人と結ぶことなかれ」の教訓と本文内容はちょっとずれていないか
E末尾で繰り返される冒頭部のリフレイン「ああ、軽薄の人と交はりは結ぶべからずとなん」の意味は如何(典拠にはありません)

これらの謎の解決に尼子経久がすべて関わっている。そして「菊花の約」は一面では経久の「狐疑」から「信義」への改心の物語であり、左門を許した経久が後世に伝えた物語である。つまり末尾の一文は「ああ〜となん(経久は嘆じけり)」などという形で解釈すべきである。

前のエントリーで紹介した横山先生の記念論文集に書かせていただいた拙論は大体このような内容です。タイトルにあげたのが論文の表題。いろいろご異論がございましょうが、私なりにはこれで解決したつもりになっているのである。ご批判をたまわればうれしいと思っている。
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